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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
魔法少女は夜眠る
19/108

私に何が出来るか

 二体三体と魔物を切る。ぼやけた影の様な姿をした魔物達だが確かに切った手ごたえはあった。だがその何倍もの魔物が向こうから押し寄せてくる。人の形、獣の形、鳥の形、魚の形、様々な生き物の姿を混ぜ合わせた様な影達の怒涛の如き波が押し寄せてくる。

 学校で道化と戦った時の様な不毛さだが、まるで違う。一体一体が道化なんかよりはるかに強い。そして切っても消える事が無い。しばらくすると傷が塞がってまた襲い掛かってくる。数自体は道化の分身と比べると少ないが、手強さは段違いだった。

 法子はまともに戦う事すら出来ず、ひたすら自分を追って来る魔物をひきつけながらショッピングモールの中を逃げ続けた。弱音を吐かず魔物を切っては逃げるを繰り返す。

 タマはもう何も言わない。言っても無駄であるし、何か言えば法子の気が散ってしまうから。手助けをする事は出来ない。出来る事は祈るのみだ。せめて死なないでくれる様に。


 時は戻って、魔王が顕現した直後、

「魔王?」

目の前で次第に大きくなり始めた影を見て、法子は呆然と呟いた。

「そう。あの強力な魔力は間違いなく魔王だ」

 タマの言葉を受けて、法子はぎゅっと唇を噛みしめると、タマに向かって変身の呪文を唱えた。

「タマちゃん、私はあなたと契約する」

 だがタマは黙っている。

「タマちゃん?」

「もう変身しているよ」

 法子が自分の体を確かめると確かに魔法少女に変わっていた。

「良し! じゃあ」

「やめろ!」

 タマに怒鳴られて法子の体が震える。

「ど、どうしたの?」

「戦うなんて無茶に決まっているだろ」

 確かに駆け出しの自分が魔王に太刀打ちが出来る訳が無い。それは分かるのだが、法子は納得出来なかった。目の前に魔王が居るのだ。どれだけ勝ち目がなくとも英雄を目指すのなら闘わなくてはならない。そう思った。

「でも」

「あのね、君は魔法少女になって何がしたいの?」

「何って……英雄に」

「英雄っていうのは?」

「みんなを守る……」

「だったら勝ち目のない闘いに挑まないで逃げ遅れた人を助けるのが先決だろう」

 それは、分かる。分かるが、逃げ遅れた人を助けている間に、あの魔王に襲われたらどうしようもない。誰かが止めなくちゃいけないのだ。

「大丈夫だよ。魔王は今、動けないから」

「動けない?」

「そう。詳しい事は省くけど、強力な存在が世界を越えた時はその反動で、まともに動けなくなるんだ。さっき君に攻撃したので恐らく限界。今はあの魔王も、それから取り巻きもまともに動けないよ」

 見れば、魔王は天井を突き抜ける程、大きくなっているものの、同じ場所から一歩も動いていない。取り巻き達も、何だか黒く滲んだ墨の跡みたいなのばかりで、それらは皆地面にへばり付いて動かない。

「なら今の内に倒しちゃえば」

「無理だって言っているだろ。大規模な送還魔術が君に出来るのかい?」

「それは……でも今の内に弱らせておけば」

「大して変わらないよ。今、あいつ等は自分の体や力を上手く使えていないってだけだ。あいつ等が膨大な魔力を持っている事は変わらない。だから君が攻撃したところで山を水滴で切り崩そうとする様なものだよ」

「でも、このまま何もしないで居たら、あの魔王は強くなっちゃう訳でしょ?」

「あれだけ膨大な魔力なら、完全な本調子になるには、一日そこ等じゃ無理だよ。何日もかかるはずさ。それまでに現代の魔術師達が集まるのを待とう。今はとにかく辺りに居る人を避難させる事だ」

 反論できなくなって、法子は納得した。

「分かった。今はとにかく逃げ遅れた人を助ければ良いのね」

「うん。まずは少し奥へ行ってみよう」

 法子は刀に手を添えて、魔王達へ向けて走り出した。

「おい!」

「大丈夫」

 そうしてすれ違いざまに魔王と数体の魔物を切り裂いてそのまま魔王を尻目に走りぬける。魔王から離れきった法子は笑う。

「これなら大丈夫でしょ?」

「上に飛べ!」

 タマの叫びに反応して、法子は飛んだ。一瞬前に法子が居た場所に光が着弾して爆発する。廊下に大きな穴が開いていた。

「油断するなよ」

「ごめん。まだ動けたんだ」

「みたいだね」

 下から悲鳴が聞こえた。

「落ちた瓦礫に当たったか? 助けに行かないと」

 タマが言い終わる前に、法子は穴を抜けて下の階に下りた。散乱した瓦礫を取り巻いて人々が怯えた様子で震えていた。だが瓦礫に潰された者は居ない。

 ほっと法子が安堵したのもつかの間で、辺りに居る人々が法子を見てあからさまに恐怖の表情を浮かべ、悲鳴を上げて逃げ始めた。その内の一人が倒れ、逃げ惑う人々に踏み潰される。倒れた者を誰も助けようとはしない。法子が助け起こそうと慌てて駆け寄ると、倒れた者は近寄る法子を見て恐怖の悲鳴を上げ、擦れた許しを請いながら、必死の体で後ずさりし始めた。法子がそれにショックを受けて立ち止まると、倒れた者はそのまま壁にまで後ずさり、手を這わせて立ち上がり、人々に踏み潰された所為で明らかに折れている腕の痛みなど感じない様子で、泣きながら走り去っていった。

「そういえば、君、汚名があったね」

 法子はあまりの苦しさに答えられない。

 泣き声が聞こえた。

 見ると、子供が一人倒れて泣いていた。

 法子がまた駆け寄ると、子供は怯えた様子で法子を見つめ、母親を呼び始めた。これでは近寄れない。

「タマちゃん、どうすれば良い?」

「無理矢理抱えて逃がせばいいんじゃないかな」

「それは」

 目の前で子供が泣いている。恐怖に染まった表情で泣き叫んでいる。

「出来ないよ」

 その時、声がした。

「どうしたの?」

 声のした方を見ると、かつて法子を倒した魔法少女がやって来た。

「その子、怪我したの?」

 魔法少女は子供へ駆け寄って体を検めた。

「うん、大丈夫みたい」

 魔法少女が子供を抱きかかえる。すると子供は安心した様に魔法少女へ体を預けた。その様子を見て、法子の心が痛む。

 魔法少女は屈託のない笑顔を法子に向けて尋ねてきた。

「あなたも逃げ遅れた人を避難させようと?」

「そ、そうです」

「そっか。さっきね、黒い鎧の人と会って協力してみんな逃がそうって事になったの。あの魔王、あ、えっと、強力な魔物がこのショッピングモールの真ん中に居るんだけど、ショッピングモールは東西に長く伸びているから、東と西の二手に分かれようって言われて、私は西側の人を逃がす事に決めたの」

 黒い鎧。法子は一人のヒーローを思い浮かべる。きっと自分を助けてくれたあの騎士だ。学校で戦っていたあの騎士だ。そう言えば、目の前の魔法少女も学校で騎士と共に戦っていた。自分の知らない所で繋がりが出来ている。何だか嫌な気持ちがした。

「だから、あなたも一緒に逃げ遅れた人を助けに行こう」

 そう言って、魔法少女が手を差し伸べてきた。

 その誘いを受けようと手を伸ばして、さっきの怯えた人々の表情を思い出して、伸ばした手を下ろした。

 自分が居たらむしろ混乱してしまう。

 だから、言った。

「私は、あの魔王を止める」

 途端に頭の中にタマの罵詈が響いた。

「馬鹿か、法子」

 だが自分に出来る事はこれしかない。もう決めたのだ。

「やめた方が良いよ」

 魔法少女も止めてくる。

「魔王は動けないみたいだけど、周りにも魔物が沢山居て動き始めているから。危ないよ」

 活動を開始した。そうとなれば、ますます行かなくてはならない。みんなが逃げ出す時間を誰かが稼がなければ。

「私が食い止めるから、その間にあなたはみんなを逃がして」

 法子が決意を込めてそう言った。魔法少女はしばし逡巡してからやがて頷いた。

「分かった。すぐにみんなを逃がして迎えに来るから。無茶はしないで」

 魔法少女が拳を突きだしてきた。法子にはその意味が分からない。

「約束だよ」

 魔法少女が重ねていった。そうして更に拳を法子へ近付けた。意味は分からないが、何となく拳を突き合わせた方が良い気がして、法子は相手の拳に自分の拳を当てた。

 すると魔法少女は頷いて、子供を抱えて去っていった。最後に一度振り返って、

「絶対に無理しちゃ駄目だよ!」

そう叫んで消えていった。

 残された法子は気合を入れて、魔王の所へ向こうとして、

「ちょっと待て」

タマに止められた。

「止めても無駄だよ」

 法子が言った。

「みんなを逃がす役になれないんなら、今私に出来る事は魔物を食い止める事」

「大人しく引き上げる選択肢は?」

「無い」

 法子の決意が固い事を感じ取って、タマは諦めた。

「分かった。でも良い? さっきあの魔女も言っていたけど、絶対に無茶はするなよ」

「うん」

 法子は天井の穴を抜けて二階に戻り魔王の居る噴水へと向かった。

 強大な敵に向かう今の状況は憧れていた英雄の姿に酷似していたが、法子の心にはその事に対する高揚はまるで無かった。緊張もまた無い。心は凪いで何の感情も湧いていない。ただ駆けた。

 視界の先に魔王と魔物達が居た。魔法少女の言った通り、魔物達は活発に動き始めている。何かを探す様に辺りを徘徊している。

 人間を探しているのかもしれないと法子は思った。だとすればやっぱり食い止めに来て正解だ。

「違う、法子」

「何が?」

「あいつ等は君を探しているんだ」

 一体が法子を見つけた。途端に噴水の周りに居た十数体の魔物達が法子を見て、そして襲い掛かって来た。

「数が多いな」

 タマがぼやく。

「うん、でも何とか」

「注意してね。目の前のだけじゃない。下の階にも何匹か。それに後ろからも迫っている」

 法子が後ろを振り向くと、確かに四体、魔物が居た。下の階から唸り声が聞こえた。囲まれている。

「とりあえず囲みから逃れよう」

 法子は来た道を戻る。四体の魔物が向かってくる。

「倒す事は考えなくて良い。とにかくあの四体の向こう側へ」

 法子は刀を構えて、四体との距離を詰め、直前で横に跳んで、壁を蹴り、魔物達の斜め上を通り抜けようとした。そこへ、反応した一体の爪が襲い掛かってくる。法子はそれを切り払い、魔物の囲いを抜けた。

 一度立ち止まって振り返り、襲い掛かってくる魔物達へ法子は刀を構える。

 その時、タマの声が響く。

「後ろへ跳んで」

 言われた通りに後ろに下がると、廊下が突き破られ、下から魔物が現れた。その魔物を刀で切りつける。

「ちゃんと魔物の気配を探りながら」

 着地した法子は気を研ぎ澄ます。辺りに居る魔物の気配を感じ取れた。まだ下に何体か居る。前からも沢山の魔物が迫って来る。

 速度の違いで三体が集団を抜け出して法子に迫って来た。襲い掛かってくる魔物へ向けて、機先を制す為に法子は踏み込んで一体を真上から切り裂き、更にもう一体を下から切り上げる。後ろに跳躍して距離をとってから、刀を振って斬撃を飛ばし、三体目を切り裂く。

 だがいずれも大した痛手を負わせられず、三体はすぐさま体勢を整え向かってきた。

「一回切った位じゃ駄目か」

「当たり前だよ。はっきり言って、何回切ろうと無駄」

「もっと魔力を込めれば」

「多少は動きを止められるかもしれないけど。きっとすぐに回復するよ。君が力尽きるのを早めるだけだ」

 法子は考える。この場にいる魔物を倒すにはどうすれば良いだろう。そうして思い出す。あの道化戦で使った刀に概念を込めるという方法なら倒せるんじゃないだろうか。

「無理」

 だが相談する前にタマが切って捨てた。

「あれを作るのにどれだけ魔力が必要だが分かっている? あの時は私が溜めていた魔力があったけど、今はもうほとんど無いよ。君の魔力を使っても一本作れるかどうか。維持するのにも魔力が必要で、二体か三体切ったところで終わりだね」

 二体か三体。だが目の前からは十数体の魔物が迫って来ている。全く足りない。

「どうしよう」

「良い? 君の目的は魔物を食い止める事。魔物が君だけを狙っている今の状態は、他に危害が加わらないという意味で、願ってもない事だ。魔物が君を見失わない程度に逃げながら、この状態を維持しつつ、逃げ遅れていた人々が完全に逃げるのと救援が来るのを待つのが一番だ。だから余計な事は考えずに逃げる事に集中すれば良い」

「分かった」

 また数体が抜け出してきた。法子はそれを切ってやり過ごそうと、真一文字に切り付けた。だが一体だけ切られても全く怯まずに襲い掛かってくる者が居た。棘がびっしりと生えた拳を突き出してくる。法子は反射的に思いっきり魔力を込めて、魔物の拳を刀で跳ね飛ばし、返す刀で魔物を切り下した。

 魔物は崩れ落ち。動かなくなる。倒したのだろうかと法子の心に僅かに光明が差した。

「タマちゃん、もしかしたら倒せるかも」

「無理だよ。じきに治る」

 また別の魔物が二体、襲い掛かってくる。法子は魔力をありったけこめて二体を切り飛ばした。そうして、さっき倒した魔物を見てみると、タマの言った通り傷が治っていくところだった。

「どんな魔物でも概念を破壊しない限り殺す事は出来ないし、どんなに切ってもいずれは回復するけど……でもこいつ等は特に回復が速いね。流石と言ったところかな」

 タマの呟きに法子は絶望的な気持ちになった。

「倒せないんだね」

「言っただろ」

 そうして法子の逃走が始まった。


 逃げに逃げに逃げ続けて、次第に法子の魔力は費え、もう限界に差し掛かっていた。

 口を出すまいと決めていたタマもここに至って口を出さざるを得なくなる。

「もう限界だよ、法子」

「うん、分かってる。もうみんな逃げ切れたかな?」

 タマは、勿論皆逃げ切れたと答えようとしたが、すぐに思い直した。それでは嘘を吐く事になってしまう。嘘を吐かれたと悲しむ法子の悲痛な様子を思い出す。

「どうだろうね。君があの魔法少女と別れてから十五分、普通に歩けば外には出られているだろうけれど、この状況は普通に歩いて外に出るのとは訳が違うし、微妙なところだね。混乱でも起こっていたら、多分まだ」

「まだ十五分? 二時間位は戦ってたつもりだったのに」

「残念ながらね」

 目の前に迫った魔物を避ける為に、法子は大きく上に跳んだ。

 法子は天井へと着地する。すぐさま魔物が迫り攻撃を放ってくる。すんでのところで法子は天井を蹴って、下へと落ちた。天井の一部が魔物達の攻撃で吹き飛び、天井に巨大な穴が開く。ぽっかりと空いた天井を見上げて、法子は戦慄した。段々と魔物の攻撃が強くなっている。

「もう無理だよ、法子。外に逃げよう」

「外に逃げてどうするの?」

「少なくともあの魔女ともう一人黒い騎士が居るだろう? 一人より三人の方がまともに相手できるだろう」

「でもそうしたら普通の人達は」

「それを何とか食い止めるんだよ」

 だがそうは言っても魔物の中には遠距離まで届く攻撃をしてくる者も居た。少年を切った時の嫌な記憶が思い出される。守りきれるだろうか。

「三人なら、勝てる?」

「無理だね。食い止めるのもきついかもしれない」

「じゃあ、外に出たって」

「でも出るしかない。このままここに居ても仕方が無い。今、魔物は君だけを狙っている。君が居なくなれば魔物は無差別に人を襲うだろう。君が生きのびれば生きのびるだけ周囲への被害が少なくなるんだ。だったら生存確率の高い方を選ばなくちゃ」

「そうかもしれないけど」

 その時、大気が鳴動した。うねる様に空間が歪む。甲高い音が世界の全てを切り裂いた。

 天井がばらばらに崩れ落ちてくる。法子はそれを避けながら、何事かと辺りを見回した。

「もう……ここまで」

 頭の中でタマが呟いた。

「どうしたの?」

「魔王が起き出した。何だこれ、異常な魔力だ。尋常じゃない速度でこの世界に慣れ始めている」

「でも、さっき」

「私の見立てが甘かった。これは、まずい」

 タマから絶望の思念が流れ込んでくる。事態を理解した法子は迫って来る魔物から逃げながら、怯えきった思念でタマに尋ねた。

「どうすれば……良いの?」

「逃げろ」

「外に?」

「違う。とにかく何処までも。奴等が追ってくる限り何処までも。もう周りなんか気にするな。とにかく逃げろ」

 ふっと空が陰って、辺りが暗くなった。見上げると、建物よりも何倍も大きくなった魔王が太陽を隠していた。

 その巨大さに法子が慄いていると、更に変化が起こる。

 辺りが枯れ始めた。廊下や壁が茶色や灰色に変色していく、瓦礫もまた茶色と灰色に浸食され、浸食されつくすと粒子となって溶け崩れた。爆発音が聞こえた。見ると、電化製品が次々とショートして破裂し、中から緑色の液体を流し始めていた。隣のフードコートでは散乱している食べ物が紫色に変色していた。

「何これ?」

「知らん! 良いから逃げろ!」

 植物は枯れ果て、それなのに奇妙にねじくれながら成長していく。ペットショップから奇妙な泣き声が聞こえる。見たくない。本が全てどろどろの白いスープになっている。インテリアのコーナーがお化け屋敷と見まがうほど。服が全て糸状の絡まり合った何かになっている。その合間から何かの目が覗いている。

 世界が狂い始めていた。

「どうにかしないと」

「どうにも出来ない! もう君がどうこう出来る次元は遥かに超えているんだ。とにかく逃げる。もうそれしか道は残されていないんだよ」

 法子は嬉しく思う。タマの言葉が全て法子の為を思ってのものだと思念で分かるから。相手の考えている事が分かるって言いなぁと思う。

 タマの気持ちがとても嬉しい。嬉しいからこそ、ここで逃げて情けないところを見せたくない。

「法子? 何だい、その魔術」

 そう思うと、何としても、新しい道を切り開きたくなった。

「君の生命を魔力に換えているのか?」

 だからその為に、力が欲しいと思った。

「それにしたって変換する量が桁違いだぞ。死ぬ気か!」

 法子が駆けた。魔王へ向けて。金色の髪が常よりも光り輝いている。衣装の丈が伸びて、ローブの様になっていた。

「馬鹿か? 馬鹿か馬鹿か馬鹿か? 死ぬぞ? 本当に死ぬぞ?」

 目の前に、沢山の魔物が迫る。法子は刀を握り、ただ一度振った、それだけで遠近大小強弱構わず魔物達は切り裂かれ、

「やめろ! やめてくれ! どんどん君の命が削れている。命はまだ良い。修復できる。でもこれ以上やれば存在まで削れてしまう。取り巻き達を倒したんだから、ここで」

同時にその周囲を魔法円が囲み、光と共に全ての魔物が消えた。

「嫌だ! 嫌だ! 私はもう、納得のいかない形で主と分かれるのは嫌なんだ。お願いだからやめてくれ!」

 走る法子の前に魔王が迫る。天を摩す様な巨体を見上げて、法子は笑う。今生きている事が堪らなく嬉しかった。そして死ぬ時に大好きな友達が傍に居てくれる事が嬉しくてしょうがなかった。

「ねえ、タマちゃん。今迄ありがとう」

「止まってくれよ、お願いだから」

「ねえ、タマちゃん。タマちゃんと会えてね、初めての友達になってくれて、とっても嬉しかった。きっとタマちゃんと会わなかったらずっと嫌な思いをして、小さくなって生きてたと思う。でもね、タマちゃんと会えて、物語みたいな生き方が出来て、短い間だったけどとっても楽しかった」

「お願いだからそんな事言わないでくれ」

「だからね、タマちゃん。私はここで死んじゃうと思うから、次の人と仲良くしてあげて。きっと世の中には私みたいな人が沢山居ると思うから」

「やめてくれ、私は君と」

「だからね、タマちゃん。さようなら」

 法子は底抜けの喜びを胸に抱きながら魔王へ向けて駆け抜けた。

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