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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
魔法少女は夜眠る
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英雄になりたくて

 時は早いもので、ついこの間、一週間前に迫ったと謳われていた文化祭がもう明日に控えていた。法子のクラスの準備は着々と進み、既にほとんど出来上がっている。先程看板を作り終えて、後は片づけをしつつ、残りのこまごまとしたところを飾り付けるだけだ。

 この一週間、法子の心境も様々に変化した。法子の様子は以下の通りとなる。

 初めの二日はひたすら落ち込むだけだった。初日はあのホームルームが終わった後、ずっと暗澹とした想像をしながら、自分の駄目さ加減を呪って、家に帰り、何もする気が起きずにそのまま寝た。二日目、ほぼ初日と一緒だが、ホームルームが終わった後に学園祭の準備があった。ほとんどクラスとの繋がりが無い法子はまともに立ち動く事も出来ず、ほとんど役に立つ事が出来ず、辺りをうろうろしながら、手持無沙汰に仕事をしているふりをしていた。それに対するクラスの意見は、この前の陰口で傷ついたから仕方が無い可哀そう、やっぱりあいつは役に立たないクラスのゴミという二つに分かれた。それらの評価はほとんど法子に届かなかったが、最後の最後、丁度帰ろうとした時に、あいつ本当に使えないな、そんな言葉が聞こえて法子は思わず振り返ってしまった。意地の悪そうな顔達が法子を見て笑っていた。法子は逃げる様に走って帰った。何もする気が起きずそのまま寝た。

 三日目、タマを失って沈む気持ちに加えて、更に学校に行きたくないという憂鬱までが混じって、朝からどん底に陥っていった。だが底まで来たのなら後は上るだけで、登校している内に法子の心境に明確な変化が表れる。前日まではタマの事を考えても、ひたすらタマが居ない事に沈むだけだったが、その日はどうすればタマは戻って来てくれるだろうと前向きに考える様になった。必死に頭を働かせてタマとの会話を思い出しながら、タマが戻って来てくれる為の方法を考えて、学校に着く頃になってとりあえず自分の欠点を直していこうと結論付けた。欠点とは何か。それこそ数えきれない位にあるのだが、法子はその中で一番気にしている事、非社交性を治そうと考えた。そうだ、クラスの人と話してみよう。私が他の人と喋れる様な位にまともになったらタマちゃんは戻って来てくれるかもしれない。まずは挨拶を。心に久しぶりの火を灯らせて、教室のドアを開き、そうして大きく息を吸って、大きな声で朝の挨拶を言い放とうとして──結局声を出せずに自分の席へと座った。駄目だった。話そう話そうと強く思うのだが、実際に行動に起こす事がまるで出来ない。結局、何度も話そうとしては諦めて、放課後まで誰とも話せなかった。学園祭の準備では相も変わらず積極的な参加は出来ないが、せめて少し位は役に立とうと、前日よりは大分働いた。だが頑張ったところで周りと比べると結局役立たずが少し役に立った位であり、ついでに手伝いの中で相手から話しかけられても法子は喋る事が出来ずに黙っていた為に、クラスの評価は前日よりも更に明確に分かれた。辛い事があったのに頑張ってくれている。今更何やる気出してんだよ。同情と嫌悪の割合は全く変わらないが、前日よりも法子に注目する人数が増えて、評価は両極端になった。教室から向けられる二種類の視線。法子がもしその視線に気付いたらいつもの如く後ろ向きに捉えて落ち込んでいたであろう。だが幸いにも法子はその視線には気が付かず、ついでに心にはほんの僅かながらも達成感が湧いた。今日は頑張った。これならもしかしたらタマちゃんも。そんな期待をして家に帰るのだが、結局タマは反応をみせてくれず、がっかりしてまた沈んだ気持ちになり、そうして前日と同じで何もする気が起きずにそのまま寝た。

 四日目、ヒーローになろうと思った。別れる際にタマは法子がヒーローになれないと失望していなくなった。ならヒーローになればまた戻って来てくれるんじゃないだろうか。一度は否定した答えを再度吟味して、法子はこれこそ答えだと確信した。答えを見つけたつもりの法子は何処か嬉しい気持ちで学校へと向かった。学校での様子は前日と変わらない。文化祭の準備もほぼ同じ。今日は加えてヒーローについて考えた。ヒーローにはどうすればなれるのだろう。帰り道の途中、ヒーローの条件とは強さと優しさではないだろうかと思いついた。誰にも負けない強さと人を助ける優しさ。そうだ、そうに違いないと勇んで、法子は人助けをしようと辺りを見回しながら家に帰る。だが特に困っている人は見つからず、最終的に家の前に落ちているポイ捨ての空き缶を拾っただけで終わった。優しさが駄目なら強くなろうと、腕立て伏せを開始し、三回目で力尽きて、疲れ切った法子はそのまま寝た。

 そうして今日、五日目、クラスの人々はほとんど帰り始めて、残りは有志達だけが残っている。法子もこそこそとした様子で家路についた。帰り際に、ホントキモいよな、あいつ、という声が聞こえたが、今日は振り返らなかった。顔が熱るのを感じながら、急いで教室から離れた。結局この一週間、タマは反応してくれなかった。もしかしたら今持っているのは既に何でもないアクセサリーに過ぎず中身のタマはもう別の所に行ってしまったのではないか。そんな不安が心をよぎる。だがそれを考えても仕方が無い。今はとにかく自分が出来る事をするだけだ。

 どうすればタマは戻って来る? 再び頭を巡らせて、ふと思いつく。アトランという巨大なショッピングセンターがある。最近出来たその商業施設には国内最大の魔術専門店がある。そこにタマは行きたがっていたのではなかったか。もしかしたらそこへ行けばタマが興味を持って戻って来てくれるかもしれない。

 人の多い所に行きたくは無かったが、タマが戻って来る為になら仕方が無い。法子は意を決して道を変えた。

 道の途中で法子は死にそうになりながら道脇の石塀に手を掛けた。まだ着かない。一体何処にあるのだろう。情報に疎い法子はショッピングセンターがどの位離れているのか知らなかった。近いとだけ聞いていたが、それは専用のバスや車で行く場合の話であって徒歩で行く距離ではない事を知らなかった。荒い息を吐きながら、そもそも道順すら知らない事を思い出して絶望的な気持ちになった。

 ふと近くから人ごみ特有のざわつきが聞こえてきた。その賑やかさに思わず踵を返したくなったが、踏みとどまる。ショッピングセンターに行けないまでも人通りの多い所に近付いてみよう。そんな決意が心に湧いた。嫌いな人ごみに自分で入って行けたら、何かが変わる気がした。

 一歩踏み出そうとした時、

「あ、お前」

傍から聞こえてきた呼びかけの所為で足が止まった。聞き覚えのある声だ。見れば、そこに転校生の野上将刀が居た。

 将刀を見た瞬間、法子は苦手だなと思った。思った瞬間、その思いは爆発的に広がって、法子の中で将刀に対する明確な苦手意識が育ち上がった。

「……野上君」

 辛うじて法子は言葉を発する。法子が名前を呼んだのは決して話し合いの為の緩衝剤ではない。それは相手に主導権を持たせまいとする、拙い隔意だ。相手に一方的に喋らせればどんどんと相手の会話は調子上がり、それに比例して自分の苦痛が増えていく事を法子は知っていた。けれど法子の隔意は何の効力も無く、将刀は気安い応答と受け取って、朗らかに笑った。

「どうしてこんな所に?」

 友達が居なくなって寂しくて、だなんて言える訳が無い。しかし咄嗟の嘘も思いつかずに、法子は顔を伏せた。

「そっちこそ、どうして?」

「俺は……まあ、何となく」

 将刀が歯切れ悪く答える。

「じゃあ、私も何となく」

 法子も不愛想に答えた。

 沈黙が下りる。

 法子は自分で作り上げた沈黙なのに、その重苦しさに耐えられず逃げ出したくなっていた。

 将刀は思いのほかに弾まない会話に戸惑いつつ、気まずくなった雰囲気を変えようとした。

「そういえば、文化祭は明日だな」

 将刀は無難な話題を出したつもりだったが、法子は文化祭に苦痛と無関心しか感じない。笑顔で文化祭の話題を出した将刀に法子は怒りすら感じて押し黙った。

 将刀は法子が話題に食いついてこない事を訝しみつつも、まさか怒っているとは思わず、何とか法子の琴線に触れる話題を手繰り寄せようとする。やはり笑顔のまま将刀は言った。

「そういや、文化祭の準備頑張ってたな」

 将刀は法子の振る舞いを頑張りと見ていた方で、単純な励ましのつもりだったのだが、後ろ向きな法子には将刀の言葉が皮肉にしか聞こえない。瞬間、沸騰した感情のままに叫ぶ。

「分かってるよ! あたしが役に立ってないってのは! みんなに嫌われてるのも分かってるから! いちいち言わなくても分かってるよ!」

「な! そんな事言ってないだろ!」

「うっさい! 自分でも分かってるよ、こんなんじゃ駄目だって! でもしょうがないでしょ! どんなに頑張ったって人並みに出来ないんだから!」

 急な剣幕に圧されて何も言えずにいる将刀へ、法子は尚も言い募る。

「良いよね、野上君はさ! 楽しいんでしょ? 生きてて! 明日の文化祭だって楽しみなんだよね? でもね、世の中にはあんた等みたいな恵まれた人間ばかりじゃないの! 何をしたって、皆に嫌われる人が居るの! 明日の文化祭だって、生きてる事だって、辛くて仕方が無い人が居るんだって分かってよ!」

 ぶちまけられた一方的な物言いに今度は将刀が逆上する。

「お前な!」

 そこで感情が高ぶり過ぎて一瞬将刀の声が詰まる。突然の将刀の大声とほんの一時の悲しげな間に法子は虚を突かれた。そこに将刀の言葉が突き刺さる。

「そんだけ後ろ向きに考えてれば、誰だって鬱陶しいと思うに決まってんだろ! こっちが楽しくしようとしてるのに、そっちがそれをぶち壊して、しかもそれを他人の所為にして不満に思って! そうしたいって言うならそれでも良いよ! けどなそれが嫌だって言うなら変わろうとしろよ! 何で嫌だと思うなら自分を変えようとしないんだよ! どうして物事を前向きに捉える努力をしないんだよ!」

 それはまさしく法子が日頃から自分に対して抱いている悪い評価その物だった。その答えはさっき行った通り、変わろうとしても変われない。どんなに努力したって出来ないのだ。けれどそれが普通の人にとっては簡単な事で、出来ない事が異常で、他人から見れば努力をしていない様に見える事は分かっている。だから法子は何も言い返せずに、目に涙を浮かべて顔を俯けた。

 法子の頭の中に言葉の衝撃が鳴り響いている。視界が揺れて安定しない。首筋から悪寒と熱が奇妙に綯い交ぜになりながら這い上がって、息が荒くなる。法子はよろめいて、後ずさった。もう将刀の声は聞こえていない。

「実際あんたは頑張ってただろ? 変わろうとしてたんだろ? みんなもそれを歓迎してた。だから後は前を向くだけなんだよ! ──あ、おい!」

 法子はその場に居られなくなって、背を向けて人通りの多い道へ走り出た。将刀の言葉など聞く余裕は無く、法子は涙をこぼしながら、後ろ向きな自分を責め、それを指摘した将刀を責め、自分の周囲を責め続けて、人通りの多い道を駆け抜けた。先程の将刀の言葉に、自分という存在と今迄の生き方とこの一週間の頑張りを否定された気になって、法子は心を瓦解させながらひたすら頭の中で呟き続ける。

 嫌だ、もう全部嫌だ。

 すぐに息が切れて走れなくなり、丁度良く在った時計台を囲むベンチに腰かけて、ふさぎ込んだ。

 嫌だ、嫌だ。

 段々と思考は曖昧になり、もう何が嫌なのか明確に思い浮かべぬまま、むしろ明確な思考と結びつかぬ様に頭の中を塗り潰すそうと、嫌だ嫌だと思い続けた。

 そこに声がかけられた。

「ねえ、一人?」

 見上げるとスーツを着た中年男性がにやにやと笑いながら法子の事を見下ろしていた。脂ぎった毛深い手が法子の肩を掴む。

「ちょっと見ててよ」

 そう言って、中年男性はもう片方の手で懐から銃を取り出して、己のこめかみに当て、引き金を引いた。音も無く男性の頭が破裂して消えた。

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