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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
魔法少女は夜眠る
13/108

誰も見えない孤独な日常

 朝起きて、いつもの通り用意をして、刀の形をしたアクセサリーを手に取って、アクセサリーから流れて来るはずの精神が感じ取れなくて、そこでようやくはっきりと覚醒した。昨日の事を思い出して、朝の清々しい気持ちから急転直下、鬱々しくなる。

 タマに幾ら話しかけても答えてくれない。何度謝ってもうんともすんとも言ってくれない。悲しくなって目に涙が浮かんだ。

 昨日、あの公園からどう帰ったのかあまり覚えていない。泣きながらブランコを漕いでいたところまでは憶えているのだが、それ以降は曖昧だ。多分放心しすぎて、無意識の内に帰ってきたに違いない。

 結局、タマは法子と繋がってくれなくなった。タマはただのアクセサリーになった。

 窓から外を見ると、晴れ晴れとした青空が広がっていた。外はあんなにも明るいのに、自分の心はなぜこれほどに暗いのか。

 溜息を吐いて、昨日の事に思いを巡らせて、子供を切った事を思い出して、吐き気が込み上げた。近くのビニール袋を急いでとって、その中に口を突き出す。幸いにも涎が少し垂れただけで、吐瀉する事は無かったが、何だか酸っぱい味が口の中に広がって、気持ち悪くなった。

 切った。人を切ってしまった。大きく広がった血だまりが思い出される。慌ただしく運ばれていく子供が思い出される。自分に向けられた恨みがましい目が思い出される。

 殺してしまった。人を殺してしまった。そう思うと更に気持ち悪くなった。涙は出ない。ただ吐き気が酷い。頭が痛い。壁にぶつかりたくなった。体を傷つけたくてしょうがなくなった。我慢できなくなって、思いっきり頭を後ろに引いて壁にぶつける。ぶつけると後頭部に張り締める様な生暖かい感覚。それがやがて鈍い痛みに変わっていった。けれどそれで何が変わる訳でもない。心は全く晴れない。

 虚しいだけだった。

 部屋を出て一階に下りる。子供の日常を奪ってしまった自分が、日常生活を送ろうとする事が浅ましく感じられた。制服を着た自分が何だか許せない。けれど日常生活を捨てる勇気は、法子に無かった。

 リビングに入ると、弟は既に朝ごはんを食べ終わっていた。

「おはよう、姉ちゃん。昨日はどうだった?」

 弟の質問は姉が将刀と上手くやれたか気になっての言葉だったが、法子には人を切った記憶が喚起された。顔を俯かせる。答える気力は無い。

 弟はそんな姉を見て、どうやら将刀と上手くいかなかったらしいと早とちりして、話題を変える。笑顔を向けて、楽しそうに語る。

「そういや、あの魔物騒ぎ大変だったみたいだよ」

 法子は反応しない。その事に焦って、弟は更に朗らかに言った。

「何だか、怪我人も出たらしくてさ。幸い生きてるみたいだけど、やっぱ姉ちゃんの言った通り、危ないんだな。姉ちゃんが止めてくれて助かったぜ」

 そこでようやく法子はのろのろと顔を上げた。

「生きてるんだ」

「え? うん、意識も取り戻したとか何とか、さっきニュースで言ってたよ。もしかしてその場面、姉ちゃん見てたの」

「うん、ちょっとね」

 法子が元気無さそうに答えるので、弟はそれ以上話題にするのを止めた。きっと姉は怪我人が出たところを見てしまってショックを受けているのだろうと思い、無神経な話題を反省した。

「じゃ、俺もう行くから」

 弟は気まずくなって、法子の脇を通り抜け、出て行った。

 残された法子はほっと安堵した。どうやら一命は取り留めていたようだ。人殺しにならなくて済んだ。応急処置を施した人や病院の人達に感謝する。

 だがすぐに自分を戒めた。切った事には変わりない。命が助かったとはいえ、傷付けたのは確かなのだ。罪が軽減される事は全く無い。一歩間違えれば死んでしまっていた以上、人殺しの汚名が晴れる事は、無い。


「いやー昨日は怖かったな」

「ねー」

「そういや、あの切られた子、どうなったんだろう?」

「助かったみたいですよ」

「そうなんだ。良かったな」

「おっす」

「お、武志、おはよー、残念だったね。試合中止になって」

「別に大した大会じゃなかったから。楽勝過ぎてつまんなかった。それよりお前等は大丈夫だったのか?」

「ああ、あたし達はね。近付かなかったし。摩子なんて真っ先にどっか行っちゃうし」

「だって怖かったんだもん」

「友達のあたし達を置いていくなんてねぇ」

「薄情ですねー」

「だからさっきから謝ってるでしょ。もう」

「分かってるよ。あたしもむっちゃ怖かったしね」

「私も腰が抜けてなかったら逃げてたよ」

「そっかお前等が無事だったなら。良かったよ」

「武ちょん、もしかして心配してくれてたの?」

「当たり前だろ……特にお前は、一応幼馴染だしな」

「愛だねー」

「愛だねー」

「愛ですねー」

「うっせえ」

「ありがとね、武ちょん」

「え、いや、別に。じゃあ、俺行くから」

「愛だねー」

「愛だねー」

「愛ですねー」

「だからお前等うっさい」

「行っちゃった」

「ホント可愛い奴だな、あいつは」

「あ、そういえば」

「どうした?」

「昨日法子さんも居たけど、大丈夫だったかな?」

「あー、そういえば、丁度魔物が現れた方に向かってたからなぁ」

「でも、あの怪我をした子の他に、特に怪我人は居ないみたいですし、大丈夫だったんじゃないですか?」

「うん。でもまだ学校来てないし」

「いやに気にするね」

「思い出してみれば、法子さんていっつも一人だったでしょ?」

「それが?」

「何だか寂しそうにしてるし」

「まあね」

「きっとグループが固まっちゃってるから溶け込みづらいんじゃないかなと」

「そうかもしれませんけど。それがどうしたんですか?」

「うん、だからさ、私達の中に入れてあげられたらなって」

「お節介な気がするけど」

「入れてあげるっていうのも、何だか上からですし」

「そうかもしれないけど、でも」

「まあ、良いんじゃない? とりあえず話しかけてみたら? 嫌そうなら、それっきりにすれば良いし、嬉しそうにしてくれたら、その時は仲良くなれば良いんじゃない?」

「そうですね。友達になれたらそれは良い事です。いつも本を読んでいるし、何だか私と話が合う気がします」

「だよね、だよね!」

「まあ、摩子がしたいなら、したいようにすれば良いんじゃない。あたしは別にどっちでも良いし」

「うん、じゃあ、早速話しかけてみるよ!」

「あ、噂をすれば登校してきたよ、法子さん」

「とりあえず無事だったみたいですね」

「ほら行ってきな」

「うんじゃあ、行って……あれ?」

「何だかすげえ落ち込んでるな」

「そうですね」

「もしかして昨日怪我したのって法子さんの知り合いなんじゃ」

「そうなのかも」

「あれは話しかけちゃまずいよね」

「少なくともあたしなら話しかけない」

「だよね」


 法子が酷く沈んだ様子で入って来た時、その様子にクラス中のみんなが注目した。そしてほとんどが早とちりをした。法子さんが落ち込んでいる。あれはきっと転校生がやってきた日の悪口を聞いていたからに違いない。悪口を実際に言っていた者達は何も感じず無遠慮な視線を投げかけたが、それ以外の者達は何だか申し訳なく思って、すぐに目を逸らした。

 法子はそんな形で注目を浴びている事なんて全く気が付かずに、ひたすら下を向きながら自分の席についた。すぐに教師がやって来て、学校が始まる。

 法子はいつもの様に俯きながら学校生活をやり過ごす。だがタマと出会う前の、諦念と羞恥の入り混じった無心に近い心ではいられなかった。本を読んでも頭に入らず、寝ようとしても周りの音が大きく聞こえる。孤独が酷く浮き上がって、法子は涙が出そうな位に悲しくなった。

 話したい。話し相手が欲しい。タマちゃんに戻って来て欲しい。そう考え続けているのだけれど、そんな切なる願いもまた自分が一人ぼっちだと実感する為の材料にしかならず、法子はひたすらタマが戻ってくる事と今日という日が過ぎる事を祈りながら、俯いて学校生活を送り続けた。

 時は進み帰りの時間にさしかかり、最後の関門ホームルームが始まった。それも教師のちょっとした話が終われば解放される。そう考えて、法子は早く帰りたいと思い続けたが、事はそう上手くいかなかった。

「あ、そうだ、学園祭ももう一週間前だ。お前等そろそろ準備しとけよ」

 教師がぶっきらぼうな調子でそう言った。

 法子は嫌なイベントが迫って来たなとやさぐれた気持ちになった。今の最低に沈んだ気持ちで孤独な学園祭を迎えたら死んでしまうのではないだろうか。

「出し物は前に決めたよな。えーっと……何だったかな?」

 教師のとぼけた発言に、周囲が一斉にカフェだと突っ込む。法子にはその予定調和なやり取りがうっとうしくてたまらない。

 やさぐれている法子を余所に、学園祭の話がどんどんと纏まっていく。中にはめんどくさそうな人も居るけれど、その人も含めてクラス全体は楽しそうに、学園祭に向けてはしゃいでいる。

 ただ一人自分だけが何も喋らずに一人ぼっちで俯いている。本当は周りと同じ様に楽しくやりたいのに。本当は周りの人達と親しくしたいのに。

 いつもクラス一丸となる様なこういったイベントは嫌で嫌で仕方が無かったが、今日はいつもより色々と考えてしまう。どんどんと嫌になる。その原因であるタマの失踪を思うと、更に嫌になった。

 法子は文化祭に向けたやり取りを聞きながら胸の奥に何か重い物が詰まっていく様な心地がしていた。

 きっと私がみんなで楽しくする事なんて一生ないんだろうな。

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