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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
魔法少女は夜眠る
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そして誰もいなくなる

 人通りの無い道に法子は着地した。そこで力尽き変身を解く。闇夜に溶ける様な衣装は、私服となる。法子は汚れる事も構わずに道の上で跪き無念そうに項垂れた。

 結局あの後、子供を切った法子は再び戦う気力を湧かす事が出来ず、魔物の方もまた深手で動く事が出来ず、膠着したまま、ただ周囲だけがざわついていた。そこにあの法子を負かした魔法少女がやって来て、魔物を送還して喝采を浴びながら帰っていった。

 法子は、魔物と魔法少女が消えてからしばらくの間動けずに呆然としていたが、タマの言葉に促されて立ち上がり、取り囲む群衆の頭を越えてその場を離れた。

 離れる際に、悪罵の声が響いたが、心あらずの法子にはその言葉は聞こえず、されど悪罵は法子の耳に確かに届いて心を抉った。

 そうして今、精神と魔力をすり減らし切った法子は遂に力尽きて変身を解いた。誰も居ない闇夜の中で、街灯の頼りない硬質な光に照らされて、法子は呆けた調子から立ち直れずにぼんやりと呟いた。

「何でこうなっちゃうんだろう」

 誰にともなく吐き出した呟きは風に紛れて消えていった。タマは答えない。今は傍観に徹し、法子に成長してもらおうと考えていたからだ。自分で答えを見つけて自分で先に進む。法子はまずその当たり前の事が出来る様にならなければいけない。タマはそう考えていた。

 今迄タマが変身させてきた者達は皆耐え難い情動を変身の核に据えていた。ある者は復讐の為に、ある者は友を助ける為に、ある者は一族を再興する為に。だからこそその目的の為に皆必死になって変身し目的に邁進した。一方法子の情動はと言えば、単に変身する機会を見つけたから、楽しそうで変身しているに過ぎない。惨めな自分を変えたいという英雄願望も、切実という程強くない。どうしても変身しなければいけない理由が法子には無い。それが悪い訳ではないが、必死になれないのであれば、やはり問題がある。

 このままいけば、法子はタマが支えていなければ歩けない人形になってしまう。

「結構さ、頑張ったんだよ。私にしてはかもしれないけどさ。魔法少女になれて嬉しかった。だから一所懸命頑張ってさ、でも全然上手くいかないんだもん。なんでだろうね」

 法子が引きつった笑いを浮かべる。タマはそれに何も答えない。

「今日なんてあの子を」

 一瞬言葉が途切れた。法子の目から涙が零れ落ちる。

「どうしよう、人切っちゃったよ」

 法子が必死に目を擦る。泣きじゃくる。

「死んじゃったらどうしよう」

 法子は自分の手を見つめた。直接切った訳ではない。それでも何故だかその手には切った時の感触が残っていた。生温い柔らかい物を切る感触。それは単に料理の際に包丁で鶏肉を切った感触を思い出したものでしかなかったが、今だけは確かに子供を切った感触で、それを感じ続けている内に、自分の頭が狂っていく様な気がした。法子は思わず頭を振って、手の感触を払いのけようとする。

 タマは何も言わない。法子が人を殺したとしてもどうこう思わない。今迄の契約者の中にも人殺しは幾人か居た。法子がどんな事をして、どんな法律を破り、どんな倫理観を蹴り飛ばしても、タマはそれを悪い事だとは思わない。

「ねえ、タマちゃん、私どうすれば良い?」

 ただこれだけはやめてくれと思う。法子はどうしてこんなにも頼ろうとするのだろう。今迄一人ぼっちだったから、その孤独を埋めた相手に殊更依存しているのだろうか。それなら下手に励まそうとしてきた事は失敗だったのか。

 悶々としつつ、タマは答えた。

「さあね。それは君の問題だろ?」

「冷たい」

 法子の沈んだ言葉に苛々してタマは怒鳴った。

「勝手にしろよ!」

 法子の呼吸が止まる。

「何でそうなんでもかんでも私を頼ろうとするんだ!」

 言い切ってからタマは言っちゃったなぁと思った。多分法子は傷ついただろう。それでも自分の欠点に気が付いてくれれば。そう期待してタマが法子の言葉を待っていると、やがて法子が言った。

「……ごめん」

 そう謝った。まだ何か言いたそうにしている。タマはもうしばらく待つ。これから頼りっきりにならない。もっと自分の頭で考える。そう言ってくれるだけで良い。そんな言葉を待っている。

 けれど法子の言葉はタマが期待したものとまるっきり違うものだった。

「……私、魔法少女辞める」

「は?」

「だって、私、何やっても上手くいかないし、これ以上続けても良くなるなんて思えないし、自分で考えてなんて出来ないし、それに……それに人……切っちゃって、何だかやになっちゃった」

 タマは絶句した。本気か? 一瞬、意志伝達の魔術に何か不具合でもあるんじゃないかと疑う位に、信じられなかった。

「だから魔法少女辞めたい。……あ、勿論、ずっとって訳じゃないと思うけど、多分またやりたくなるだろうし。でも……しばらくの間は魔法少女……辞めたい」

 法子が遠慮がちに伝えてくる。その思念を受けて、タマは駄目だと思った。

 こいつは駄目だ。

「ね? だからしばらくの間だけ」

「分かった」

「ホントに?」

「ああ。君との契約は打ち切ろう」

「うん! ありがとう」

 嬉しそうに言った法子へ、タマは溜息を伝える。

「やっぱり甘やかしすぎた」

 申し訳なさに身を縮こまらせる法子へ、タマは尚も伝える。

「あんまり甘やかすのは良くないみたいだね。次の参考にさせてもらうよ」

「う、うん。きっとまたすぐに元気になると思うから、その時に、ね」

 タマが不思議そうに尋ねた。

「その時?」

「え?」

「どうして君は次があると思っているんだい?」

「だって……タマちゃんが次の参考にって」

「私の次って言うのは次の契約者って意味だと思わないのかい?」

 法子の思考が止まる。

「何か勘違いしてないかな?」

「勘違いって……」

「私は人を変身させる使命を持っているんだ。変身しない人間の傍に居続けるなんてあると思う?」

 法子が手に握るタマを驚愕の目で見つめた。

「で、でもタマちゃん」

「君が私の事を友達だろうと何だろうと思うのは勝手さ。私だってそういった関係になる事にやぶさかではないよ。けれどね、いの一番はまず契約なんだ。一緒に居る者は契約者じゃなきゃ意味が無いんだよ」

「タマちゃん待って」

「それで君が私との契約を止めると言うのなら」

「違うよ。ほんの少しの間だけで」

「同じ事だよ。君は契約者じゃなくなるんだから」

「タマちゃん、分かった。私が間違ってた。魔法少女辞めないから、だから」

 必死に縋る法子をタマは冷徹に振り払う。

「君はヒーローになる事を望んでいたね。けれど今の君の姿はヒーローから掛け離れすぎている」

「ごめん、タマちゃん、ごめん」

「君の言葉にも一理あるよ」

 皮肉気な笑いを伝えながら、止めの言葉を放つ。

「これ以上続けても良くなるなんて思えない。全くその通りだ」

 タマと法子の繋がりが途切れた。意志伝達の魔術が途絶え、今迄伝わって来ていた相手の精神が伝わらなくなって、法子は狂わんばかりに剣の形をしたアクセサリーに縋る。

「ごめん。ごめんタマちゃん。待ってよ。嫌だよ」

 その時、忍び笑いが聞こえてきた。

 振り返ると、二人の女性が法子を横切る所だった。いつのまにか現れた通行人は気味の悪い物を見る様な目をして笑っていた。目だ。また目が法子の事を見つめている。

 法子は恐ろしさに駆られて、その場を逃げ出した。しばらく走って公園に着いた。公園には誰も居なかった。

 人気の無くなった事に落ち着いた法子は、ブランコに座って、刀の形をしたアクセサリーに目を落とす。

 許して欲しい。また話して欲しい。けれど幾ら謝っても答えてくれない。タマちゃんは完全に怒ってしまった。ならどうすれば良い? タマとの最後のやり取りを思い出す。タマちゃんが望んでいたのは、私がヒーローになる事だ。私がヒーローになればきっとタマちゃんは許してくれる。

 一瞬湧きかけた希望は、すぐさま、けれど、と沈められた。けれど私はヒーローになれなかった。強くなろうと頑張った。人を助けようと頑張った。けれどそれをした結果が、今なんだ。ヒーローになろうとしてもなれなかったんだ。ならどうすれば良い? どうすればヒーローになれる?

「分かんないよー」

 法子が情けない言葉を吐きだして、ブランコをこぎ始めた。

 出来れば誰かに教えて欲しい。けれどいつも教えてくれたタマちゃんはもう居ない。相談出来そうな友達だっていない。最近話しかけてくれた転校生を思い出す。

 あの将刀という転校生はいつも憎まれ口ばかり叩いてくる。今日だって私の事を軽蔑していた。そう考えると話しかけてくれては来たけれど、きっと本当の所は私の事を嫌いなんだろう。当たり前だ。私に好意を持つ人なんている訳が無い。

 後は家族。けれど家族だって、もし家族じゃなければきっと私の事を相手にはしないだろう。特に弟なんて私の事を特に嫌いそうだ。弟は私なんかと違って明るいから。私と家族は、家族という繋がりでしか繋がっていない。もしかしたら、辛うじて繋がってはいるものの、いつも私の事を邪魔だと思っているのかもしれない。

 そう考えていくと、誰も居なくなった。法子が相談できる相手は居なくなった。

 法子はブランコを強く漕いで、流れる涙を風で堰き止めようとした。勿論、そんな事で涙が止まる訳が無く、後から後から流れてくる。

 一人ぼっちなのはずっとだった。だからいつもの日常に戻っただけなのだ。今迄だって一人ぼっちを寂しいとは思いながらも、嫌だと思いながらも、それでも何処か慣れた自分が居て、一人ぼっちでも平気だと思う自分が居た。

 だからおかしかったんだ。私に話し相手がいるなんて。タマちゃんと出会ったこの数日間だけが異常だったんだ。また元に戻るだけなんだ。昔と同じになるだけなんだ。けれど、それでも、その異常な数日間が──この上の無い幸福感を感じた数日間が、確かに法子を変えていて、一人ぼっちな自分を思うと死にたくなるくらいに、嫌になった。

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