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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
主人公は眠らない
107/108

エピローグ その時法子は魔法少女の夢を見た

 法子が目を覚ますと、将刀の腕の中に居た。目を開けた法子に対して、将刀が嬉しそうに笑いかける。

「勝ったね」

「え?」

 一瞬何の事か分からず法子が起き上がって辺りを見回すと、傍に摩子が立っていた。それを見て、法子は自分が戦っていた事を思い出す。

 そして恐ろしくなった。友達を攻撃してしまった。嫌われてしまうんじゃないかと。

 けれど摩子は笑顔を浮かべて言った。

「負けちゃった」

 何だか怒っていなさそうだけど、何となく謝ってしまう。

「あの、ごめん」

「え? 何が?」

「その攻撃して」

「お互い様じゃん」

 摩子がからからと笑って、法子の鼻先に指を近付けてきた。

「これで駐輪場の時と合わせて一勝一敗。まだあいこだからね」

「う、うん」

 法子が頷く。

 だがまた摩子がいかにも残念そうな口調で言った。

「あーあ、負けちゃったな」

「ああう、ごめん」

「だから何が?」

「だって摩子が残念そうにしてるから」

「そんな事無いよ。まだ一勝一敗だしね」

 そんなやり取りをしていると、陽蜜達の声が聞こえてきた。

「摩子! 法子!」

「あ、陽蜜!」

 摩子が手を大きく振って、駆け寄ってくる陽蜜達を迎え入れた。

「摩子も法子も大丈夫だった?」

「私の方は全然。法子も大丈夫だよね」

「うん」

「良かった」

 陽蜜達は安堵した様に息を吐いて、それから意地の悪そうな顔で摩子を見た。

「で、さっきの話の続きなんだけど、摩子とたけちょんが付き合ってるんだって?」

 摩子が後退る。

「それは、あの、今はちょっと。傍に武志が居るし」

「おや、摩子さん、たけちょんじゃなくて、武志と呼ぶ様になったんですか?」

「さあさあ、お姉さん達に説明してごらんよ」

 詰め寄る陽蜜達に困窮した摩子は思わず法子を指さして言ってしまった。

「でもだったら、法子だって」

「え?」

 摩子がはっとして手を口に当てる。

「あ。ごめん、法子」

 全員の目が法子に集まる。途端に法子の顔が赤くなる。

「おい、ちょっと待て、法子。もしかして、もしかして」

「あ、あ、あわ」

 しどろもどろになった法子が目に涙を溜めていると突然その手を引っ張られる。

「将刀君?」

 将刀に引っ張られ、法子は陽蜜達から逃げ出した。

「ごめん、何だか困っているみたいだったから思わず」

 守ってくれたんだ。将刀に引っ張られながら、法子は浮き上がる様な嬉しさを感じる。将刀の手がとても温かくて何だかとても幸せな時間だった。

 少し走って、さっきまで居た学校に辿り着くと、そこに一人の少女と甲冑が立っていた。

「あ、穂風」

「法子に将刀、丁度良かった。そろそろお別れだね」

 そうだった。この世界が無くなるという事は穂風とも会えなくなってしまう。親友になれたと思ったのに。

「もう会えないのかな?」

「うん。あのルーマが二度とこの卵を割らないだろうしね」

「そっか。あ、でも、私、何とかルーマにお願いして」

「やめときな。この卵に夢を見たらきっと酷い事になるよ」

「でも穂風と会えなく」

「ありがとう。でもね、どちらにしても私は法子と会ってないよ」

「違う。私は穂風の」

「私はこいつの妻」

 穂風が後ろの甲冑を拳で叩いた。

「に似た概念。まあ、こいつが? 私の事を? 忘れちゃったから? もう元の私の姿を取れない訳だけど?」

「すまない」

「その上、穂風って人物として作り変えられているし。私なんてものはないんだよ。強いて言うなら、あやふやな夢の中のぼんやりとした登場人物ってところかな?」

 穂風の言葉に法子は首を横に振って否定する。

「でも、私は親友だって思ってる」

「ありがとう。でもその言葉すら、夢の向こうには届かないんだ」

 そう言って、穂風は学校の大時計を見た。

「さ、そろそろ夢から覚める時間だね。零時の鐘が鳴るよ」

「え? 零時? まだこんなに明るいのに」

 法子が真昼間の空を見上げると、穂風が笑った。

「馬鹿だね。この世界に外の世界の常識を求めないでよ」

 ふと穂風の口調が変わり、寂しげに別れの言葉を告げる。

「じゃあね」

 その瞬間、空が夜空に変わった。

 法子が穂風の立っていた場所に目を戻すと誰も居なくなっていて、イースターエッグが一つ落ちていた。

「戻ってきたのかな」

 法子が卵を拾いながら尋ねると、将刀は同意した。

「そうだろうな。中々大変だった」

「うん、そうだね」

 不意に学校の電気が灯った。

「あれ、職員室の電気が点いたよ」

「みんな戻ってきただろうからな」

「あ、そっか。やっぱりみんな記憶は無いのかな?」

「さあ、でも俺達があるって事はみんなあるんじゃないか」

「殺されちゃった記憶が」

「ああ」

 ぱらぱらと空から音が聞こえてきた。空を見ると、何やら光が灯っている。

「あれ、何だろう?」

「音からするとヘリコプターだと思うけど」

「ヘリコプター?」

 何でだろうと思っていると、誰かの走ってくる足音が聞こえた。見ると、職員室から教師達が走ってくる。

「もしかして見つかったのかな。夜の校舎に忍び込んでるって思われたら怒られるかも」

「じゃあ、逃げようか」

 将刀が薄っすらと笑って、手を引いてきた。法子は喜んで引かれるままに走る。

 しばらく走ると、突然声が聞こえた。

「かーみーさーまー」

 身構える事も出来ずに法子は突っ込まれ、そのまま将刀の手を話して地面に転がった。

「感動しました、神様! 私は感動しました!」

 法子は何とか立ち上がりながら、突っ込んできたエミリーに尋ねる。

「ああ、そう。エミリーちゃん、何処に居たの?」

「新世界に魔力となって取り込まれていたのです!」

「え? エミリーちゃんも?」

「あの、神様覚えていないのですか?」

「え? うん」

 エミリーが露骨に残念そうな顔を法子に近付けてきた。けれどすぐにぱっと笑う。

「でも感動したのです。病院で将軍を倒したのも凄かったですし、学校でエドガーを追い払ったのも凄かったですし、摩子さんとの戦いも格好良かったです」

「全部見てたんだ」

「はい!」

「あれ? でも魔力になって取り込まれたって言ってなかった?」

「はい! ああ、何と言っても感動したのは、神様に将刀さんが告白したところです」

 その瞬間、将刀が盛大に咳き込み始めた。法子は固まって何も言えない。

「もうとてもロマンスを感じました。とても素敵だったのです」

 法子は固まった体を何とか動かしてエミリーの肩に手を置く。

「あの、エミリーちゃん、エミリーちゃん、そのお話は一体何処で知ったの?」

「ですから魔力として取り込まれている中で」

「取り込まれたのに?」

「はい、何だかふわふわのソファーとか白いテーブルとか、飲み物も食べ物も何でもあって、壁に映像が映っていました。チャンネルを変えると、生き残っている人が見れたのです」

 法子は思わずよろめいた。

「あの、じゃあ、つまり、それを使えば、誰でも私達の行動が見れたって事?」

「さあ、他の人は知りません。ただ私は見る事が出来ました」

「音声も?」

「完全に」

 法子が更によろめいて、それを将刀が受け止める。

「でも、でも、でも沢山居る中で私達を敢えて見る人なんて、ね」

 将刀に同意を求めると、将刀も頷いた。

「ああ、そうだな。ただ、クラスメイト位は見ていたかも」

「もしも皆が私と同じ様に見る事が出来たとしたら、多分みんな神様達を見たと思いますよ?」

「え?」

 将刀と法子が同時にエミリーを見る。

「最後はもう二十人も居ませんでしたし、神様と将刀さんは一緒に居たので、どちらかを見れば二人共見られます。つまり確率は十分の一です。告白した時なんかは、神様の戦いが一番激しかったので多分みんなあの戦いを見たと思います。ですから、その時皆が見ていたのは神様か摩子さんのどちらか。更に神様が告白した瞬間、摩子さんは神様が起きるのを待っているだけでしたけど、神様は将刀さんとお話をしていて、どちらの方が面白そうかと皆が考えるかと言うと神様の方でしょう。きっとみんなあの瞬間に釘付けだったと思います。私も思い出すと」

 そこでエミリーが嬉しそうな悲鳴を上げた。

「もうとても、思い出すだけで、素晴らしいのです! ああ、感動しました。私もあんな」

 法子はくらついて、うんざりしながら、将刀と見つめ合う。

 将刀は肩をすくめて、溜息を吐いた。

 その時、遠くから声が聞こえた。

「居た! あそこ!」

 法子が声をした方を向くと、法子のクラスの担任が他の先生も引き連れて走ってくる。

「法子さん! あなた変身ヒーローだったの?」

 完全にばれてる。

 涙を浮かべながら将刀を見ると、将刀もとても困った顔で法子の事を見つめてきた。

 更に声が聞こえてくる。

「居た! 姉ちゃん、大丈夫か! 見てたよ!」

 法子は項垂れた。更に様々な声が野次馬として集まってくる。もう本気で死にたくなったところで、最大の追撃がやって来た。

「うわ、何だよ。お前等」

 弟の驚いた声に、法子が顔をあげると、白衣を来た男とその周りを固める護衛が歩いてきた。護衛は手早くエミリーを含めた辺りの野次馬を追い払う。白衣の男は残った法子と将刀に向かって握手を求めてきた。

「この度はありがとうございました」

「はあ」

 法子は握手して、呆けた様に白衣の男を見上げた。一瞬徳間かと思ったが、よくよく見るともっと年をとってしわがあり、ところどころ違う。

「皆さんのご活躍は新世界のスクリーンを通して見させていただきました」

 はあ、そうですか。

 うんざりしながらも、この人も死んでいたのかぁと考えると、少し気の毒になる。が、違った。

「いや、素晴らしい人気ですよ。全世界に放映されましたからな」

「は?」

 法子と将刀が呆けた声を出した。

 嫌な予感がした。とても嫌な予感がした。

「いやあ、私個人としてはヒーローである皆さんの個人情報は出来るだけお守りしたいのですが、あそこまで大々的に移るとどうしてもマスコミに撮られてしまって」

 将刀がそれを遮って、尋ねた。

「あの、ちょっと待って下さい。それは死んだ人が見る映像の事ですよね?」

「死んだ人? 走馬灯ですか?」

「いえ、あの」

「ああ、中からは見えなかったのですかね? 実はですね、新世界が発動している間、この町を覆う様に卵の殻が張っていたのですが。あ、で、この殻が実に面白くてですね、何と鶏の卵と同じ成分なのですが」

「はあ」

「失礼脱線いたしました。その殻に中の様子がでかでかと映っていたのですね。恐らく一番盛り上がってるところを映していたんじゃないかな? いや、中々これが面白く、しかもあんな大音量だから無視する事も出来ず」

 法子はほとんど死にそうになりながら尋ねた。

「あの、それじゃあ、わた、わた、私達の、私達の、私達の、私達の」

 狂った様に私達のと言い始めた法子に向かって、白衣の男は楽しそうに笑った。

「ええ、お二人の告白も全世界中継で!」

 それを聞いた瞬間、法子は気を失って倒れた。


 法子が目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。

 傍に人の気配を感じる。

「法子、起きたか」

 ルーマが切り分けた林檎を食べていた。

「食べるか」

 そう言われて、ぼんやりと兎の形をした林檎を頬張る。

「中々活躍したみたいじゃないか。今、世界中でその映像が流れているぞ。後で見ると良い」

 法子は誤って林檎を飲み込み、胸を叩く。

 そうして話題を変えようと、ルーマに尋ねた。

「ルーマはどうだったの?」

「ん? 中々楽しかったぞ。終わった後の戦いも、覇王との戦いも。いや、まだまだ成長せねばならんな」

「成長? ルーマ、そんなに強いのに」

「まだまだだ」

 何となく沈黙が降りて、法子はふと覇王の卵の事を思い出した。

「あ、そうだ。私、卵拾ったんだ」

「ああ、それならサンフが持っていった」

「そっか」

 ルーマは林檎を食べ終えた皿を傍のテーブルに置いて法子に向かって笑みを浮かべた。

「お前には感謝している」

「え? 何、急に」

「この世界に来て、お前のお陰で暇をしなかった。お前の成長も目を見張るものがあった。覇王の卵でも助力をもらった。ラベステとの戦いも、まあ一応助けてもらったと言えなくもない。それに恋の魔法を見せてくれた」

 ルーマが手を差し出してくる。

「当初想定していたよりも遥かに利があった。ありがとう」

 法子がその手を掴んで握手をしながら、尋ねる。

「私、恋の魔法を使ったの?」

「ああ、あの摩子とかいう魔女との戦いで使っていただろ?」

「全然記憶にない」

「体の中から魔力が生まれていたじゃないか」

「あんな程度なの? もっと凄いものかと」

「無から有を生み出す。これ以上の魔法はありえん。実に素晴らしい」

 法子は何だか褒められたのが気恥ずかしくて赤くなる。

 ルーマが立ち上がる。

「まあ、そういう訳でお前には感謝しているよ。じゃあな」

「うん」

 頷いてから、何だかルーマの様子がおかしい事に気が付いた。

「もしかしてルーマ魔界に帰っちゃうの?」

「ああ、恋の魔法のデータは取ったしな。帰って解析だ」

 それは、寂しい。

「もう少し居ても良いのに」

「そういう訳にはいかん。魔王を決める選挙がある」

「あ、そっか。ルーマ、魔王になるんだっけ」

「まだ決まっていないが、十中八九な」

「そっか。魔王になったらきっと会えなくなっちゃうんでしょ?」

 法子は俯いた。折角仲良くなれたのに。

 ところがそれをルーマが否定する。

「いや、そんな事無いぞ?」

「え?」

「魔王になったら俺の好き勝手に出来る訳だ。だからこっちに遊びに来る」

「そんな」

「というのは冗談だが」

「なんだ。じゃあやっぱり会えなくなっちゃうんだ」

「そんな事は無い。まあ多少の行動は制限されるだろうが。そもそもこちらには来ざるを得んからな。魔界との通商を確立する為にも。そこで世界的に有名なヒーローとなったお前と会ったところでおかしくは無いだろう?」

「もう! からかわないでよ」

「からかってないさ。何にせよ、会う方法等幾らでもある。お前等が魔界に来ても良いしな。美味しい店に連れて行ってやろう」

 そう言いながら、ルーマが窓枠に足を掛けた。ルーマが窓から出ていってしまう。何だか全てが終わってしまう気がして、涙が出そうになる。

「ねえ、ルーマ」

「何だ?」

「私強くなったよね」

「ああ、最初に比べたらな」

「じゃあ、だったら、今戦ってみる?」

 ルーマが小馬鹿にする様な顔をした。

「馬鹿者。今のお前じゃまだまだだ」

「ぐ」

 法子は言い返せない。ルーマとの強さは歴然としている。

 だがルーマの表情はすぐに優しそうな笑みに変わった。

「だが次に会った時は分からない。その時を楽しみにしている」

 そう言うとルーマは窓枠から飛び出した。

「じゃあな」

 そう言って、ルーマは魔界へと帰っていった。


 家へと帰った摩子は大きな声を上げた。

「ただいまー!」

 そう言って、リビングに入ると姉がノートパソコンを前に座っていた。

「お帰り、摩子」

「うん! つっかれたー」

「あんた、物凄く普通に帰って来たわね。大丈夫だったの? 怪我はない?」

「うん、全然」

「そう。まあ、あたしには関係ないけど」

「うん、そうだね」

「それで、あんた魔法少女だったんだ」

「うん! ちょっと前から!」

「そう」

 姉は何だか表情を沈めると、低く呟く様に言った。

「良かったじゃない。これでお父さんもお母さんもあなたの事を見直すんじゃない?」

 それを摩子は笑って否定する。

「ええー良いよー。だってお姉ちゃん見てると大変そうだもん」

「そう。そうかもね」

 姉は笑って、摩子を見た。

「ま、とにかくあんたがなったんだから、後はあたしがなるだけね、魔法少女」

「え?」

「そうしたら姉妹で魔法少女! これは人気出るわよ!」

「お姉ちゃんにあの衣装は無理だよ」

 あっさりと摩子は言って、自分の部屋へと向かう。

 それを見送って姉は呟いた。

「はあ、レールを外れてる方がよっぽど楽しそうじゃない。そこんとこどうなのさ、お父様、お母様」

 姉は両親から送られてきた全世界的に話題になっている事件に付いての電子メールに返事を書き始めた。

「まさか今度はレールに乗ってる方が要らないなんて言わないわよね」

 姉はテレビの画面で妹が活躍している様子を眺める。

「そんな事言われたら、本気で魔法少女目指して、この衣装来てやろう」

 そう言って、楽しそうに笑った。


 将刀が家に帰ると、玄関にファバランが立っていた。

「あ、ファバラン。ごめん。鍵持ってなかった?」

「持ってる。でももう帰る。だから鍵返す」

 ファバランから鍵を受け取って、将刀は寂しげな表情を浮かべた。

「あ、そうなんだ」

「将刀、ごめん」

「何が?」

「色々。キスしたり」

「それは、まあ」

「私、魔界に帰る。けど。それに将刀、彼女居る。けど。これからも将刀と遊びたい。駄目?」

「駄目じゃないよ」

 ファバランはふっと笑うと、将刀に抱きつき、硬直している将刀を置いて、外へ向かった。

 硬直から解かれた将刀は慌てて振り返る。

「ファバラン、また会おうな!」

「ベテ!」

 そう言って、ファバランは帰っていった。


 ファバランを迎え入れたサンフはイーフェルに向かって言った。

「さあ、ルーマ様を迎えに行きましょう」

「そうですね。これから選挙か。面倒だなぁ。別に何もしなくたって勝てるでしょうに」

「あなたは他の千倍働いてくださいね」

 サンフがにこやかに言った。

 イーフェルが仕方なさそうに肩をすくめる。

「分かりましたよ。では頑張って選挙期間中に出される料理を他の方の千倍食べましょう。決して残り物が出ない様に」

「お戯れを。冗談抜きで、他の千倍働かせますからね」

 サンフがもう一度にこやかに言った。

 イーフェルはサンフの瞳を見て、その言葉が本気である事を読み取る。

「約束しましたよね。卵が孵ったらあなたを殺すと。温情で殺さないでやるから責任を取って死ぬまで働きなさい」

 イーフェルはそれを見て真剣な表情になる。

「分かりました」

 そうして拳を握って前につきだした。

「それでは頑張って選挙期間中に出される料理を他の方の千倍食べます」

 あくまでふざける様子のイーフェルに対して、サンフがもう一度、にこやかに口を開こうとした時、その口をファバランが抑えた。

「待って、サンフ」

 サンフが不思議そうにファバランを見る。

「それを言うなら、サンフは私の恋を邪魔した。サンフがあの時引き止めなければ私は付き合えていた。責任をとれ」

 サンフが呆れた様子で溜息を吐く。

「全く。なら一体何をしろというのですか? 二人の仲を引き裂くなんて御免ですよ。あの女、ルーマ様に気に入られすぎている」

「責任取れ」

「だからどんな風に」

「ルーマに告白しろ」

「は?」

 サンフが固まる。

「サンフがルーマに告白しろ」

「い、い、い、い、一体、なななな何を。わ、私は別に」

「見ていて、じれったい。早く付き合え」

「全くですね。卵を見つけられなかったのもサンフさんの煮え切らない関係に気を取られていた所為ですし」

「イーフェル、あなた下らぬ言い訳を」

「付き合え」

「もう言っちゃえば良いじゃないですか」

 イーフェルが病院を指差した。

「ほら、まだ法子さんは起きていない様です。ルーマさんは起きるまで隣で待っているでしょう。ですから屋上でサンフさんがルーマさんに何て言おうかみんなで相談しましょう」

 そう言って、赤くなったサンフを心底楽しそうにからかいながら、イーフェルは病院の屋上に降り立った。


 ヒロシは逃げていた。

「おい、ついてくるなよ」

 山中を歩きながら追手を振り切ろうとするが、もう疲れて足が動かない。

「いえいえ、そういう訳にはいきません。あなたはきっと私と一緒に居た方がましですよ?」

 追手である桃山がそう言った。

「何でだよ!」

「だってあなた、もうまともに人前に出られないでしょ?」

 ヒロシが苦しそうに胸を抑えて止まる。

 全世界に裏切りを放映されたヒロシは確かに人前に出られない。

「でも変身しなければ」

「変身しなければ、惨めなままですよ。調べました。まさか変身する前の過去を忘れた訳ではないでしょう」

 ヒロシは更に胸を掻き抱く。

「私と一緒に行きましょう。あなたからは同じ匂いを感じます」

「でもどうせ俺と一緒に居たら迷惑になって」

「私の辞書に迷惑などという言葉はありません。それにちゃんと使える様にしますよ」

 ヒロシは涙を浮かべながら桃山の顔を見上げる。

「でも俺は嫌われ者で」

「似た様なものです。まあ、私の方がもう少々酷いですが」

 そう言って、桃山はヒロシを連れて行った。


「なあ、ハル。緊張してへんか?」

 スーツ姿のジョーが不安そうに晴信に尋ねた。

「僕は別に」

 平然と言った晴信にジョーが頷く。

「そか。良かった。ところでこの姿おかしくあらへん?」

「ええ、特に」

「そか。良かった。心配は要らんで。いじめられたらすぐに助けに行ったるからな」

「うん、ありがとう。ところで今日は先生に挨拶に行くだけなんでしょ? そんな緊張する必要無いと思うんだけど」

「こういうのは最初が肝心なんや。安心しとき、幾多の役柄を演じてきた俺が、必ず最高のファーストインプレッションを飾ったるから」

「そう、良かった。じゃあ、その緊張しているのも演技なんだね?」

「当たり前や」

「ちょっと安心した」

「そか? やっぱり緊張しとったんやな。ならこれ飲みな。胃薬や。俺もさっき飲んだが効くで」

「ジョーさん、邪魔だから、僕もう独りで行って良いかな?」

 そう言って、晴信は崩れ落ちたジョーを置いて法子の通う学校を訪問した。


「おい、あんたなんだってそんな落ち込んでるんだ?」

 アジトの中で、凡がジェーンに声を掛けると、ジェーンが暗く沈んだ声で言った。

「いえ、折角死ねると思ったのに、普通に生き返ったので」

「はあ? 何だって死にたいなんて思ったんだよ」

 それを聞いて葵が凡を咎める。

「ひどーい、凡ちゃん。女の子には色々あるんだよ、ね?」

「女の子って年じゃないだろ」

「ひどーい」

 葵に寄り添われて、ジェーンがぽつりと呟きを漏らした。

「私には呪いがかかっているのです。死ねない呪いが」

「不死? 何だそりゃ羨ましいじゃねえか」

「私にとっては苦痛なのです。それでようやっと、言霊で私の死を予言してもらえたのに。まさかこんな結果になるなんて」

「何かそりゃあ、災難だな」

「ええ、これからもうどうすれば良いのか分かりません」

 凡はしばし考え、そうして聞いた。

「なら俺達と来るか?」

 すると周りに居た同じ組織の人間が声を上げた。

「うわ、凡さんが告白したぞ!」

「ついに彼女居ない歴イコール年齢を脱出するのか!」

「でも凡さんと結婚するの大変そうだよね。凄い口悪いし、無茶苦茶不精だし」

 滅茶苦茶に言う周囲に凡が怒鳴る。

「うっせえてめえら!」

 すると、周りがほらーと言って肩をすくめるので、更に青筋を立てた。

 そんな流れを無視して、ジェーンが尋ねる。

「でも私が居たら迷惑でしょう。今回の事件の一味ですし」

「問題無い。それを言うなら、俺等の目的は魔検潰しだしな」

「おや、これは物騒な」

「いや、お前が言うな」

「しかし、何故魔検を?」

「何、生存競争だよ。俺達時流に乗り遅れた魔術師が、家系が淘汰される前に敵を潰す。それだけだ」

「そうですか」

 呟いたジェーンに周囲の一人が言った。

「まあ、あんた強いらしいじゃん? だったら良いんじゃね」

「凡さんを瀕死に追い込んだんでしょ?」

「強さは文句ねえよな」

 それにジェーンが無表情で答える。

「いえ、手加減しなければ殺せました。簡単に」

 周囲がおーと声を上げた。

「てめえは」

 凡がジェーンの胸ぐらを掴む。

 するとジェーンはそっぽを向いた。

「おまわりさーん、ここに非合法な組織が」

「殺す。絶対殺す」

「だから殺せませんって」

 ジェーンはそう呟いて、それから周りを見回した。

「分かりました。魔検に戦いを挑むのであれば、その途中で私を殺してくださる方と出会えるかもしれません」

 そうして凡に胸ぐらを掴まれたまま、深々と頭を下げた。

「不束者ですが、よろしくお願い致します」

 そう言って、不死者は組織に入った。


「よう、引網」

 遠郷は手を上げた。

「って言っても分からないよな」

 町の傍の山中で、頭を失って手足をばたつかせる引網と対した遠郷は悲しげに微笑んだ。

「まあ、その格好で捕まるよりは火葬の方が随分とマシだろ?」

 その途端、引網の手足のばたつきが大きくなる。そうして黒い棺が現れ、開くが、中には誰も居ない。

「じゃあな、羽鳥によろしく」

 そう言って、遠郷は旧友を燃やした。


「遠郷さん、随分と包囲されています。変な結界を掛けられる前に逃げましょう」

 灰を埋め終えた遠郷は頷いて、水ヶ原の下へ歩んだ。

「というより、佐藤さんを何とかしてくださいよ。今回殺されたから、その分殺すとか言って今にも暴れそうなんですよ」

「分かったよ。言って聞かせる」

 遠郷が水ヶ原の手を掴んだ。

 水ヶ原は尚も喋りながら転移する。

「それからですね、鈴木さんも落ち込んでて大変だし、魔女はどっかに行っちゃうし」

「分かった分かったよ」

 そう言って遠郷は組織に戻った。


「で、結局私の勝ちな訳じゃない?」

「いいえ、こちらの想定通りに言ったのだからこちらの勝ち」

「でも私の弟子はちゃんとフェリックスを止めて目的に貢献した訳だし。あなたの弟子は何をしたの? あの二人を止めるとか言って、結局他の二人にやられてるじゃない」

「あなたの弟子が止めなくたってどうせ後から来た援軍にフェリックスはやられてたでしょ? 何の影響も与えていない。それにそもそも、この状況はあなたの弟子が作った訳ですし、それを止めたからって」

「あのねえ、元はと言えばほとんどあなたが仕組んだ事でしょ」

「違いますー。私はただちょっと流れを変えただけですー」

「はあ、これは平行線になるわね」

「ええ、そうね」

「じゃあ、次はもっと明確にルールを決めてやりましょう」

「良いわよ。次にお祭りがある時はそれで」

「その時には、もう一人弟子が増える事だし」

「ああ、あの摩子って子ね?」

「違うわよ。それはもう私の弟子。これから弟子になるのは、法子」

「は、はあ? ちょっとあの子は私が目を付けて」

「じゃあねー」

「あ、くそ! ちょっと、絶対手を出さないでよ! 手出ししたら許さないんだから」

 そう言って、魔女は闇に潜る。


「は? 俺の親父が来てた?」

 徳間が驚いて新聞を取り落とした。

 剛太がそれを拾い上げながら答える。

「ええ」

「何かしてなかっただろうな?」

「法子さんと将刀君に接近した様ですけど、特に何もせず」

 剛太の言葉に徳間が疑わしそうな目をした。

 シャワーを浴びて出てきた真央が言う。

「どうせ品定めでしょ?」

 髪を拭く真央を徳間がたしなめる。

「おい、真央。それは剛太には刺激が強い」

「は? ちゃんと服着てるじゃない」

「もう風呂あがりってだけで駄目なんだよ。乙女心を察せ」

「いや、意味が分からないんだけど」

 剛太が机を叩いた。

「徳間、こっちだってそこまで純真じゃありません」

「へえ、じゃあ、真央の方向いてみろよ」

 剛太が資料に目を落とす。

「まあ、今回は色々と収穫がありましたね」

「おい」

「特に有望そうなヒーローが何人も」

「明日太は、残念だった」

「ええ」

「まあ、終わった事を話しても仕方ない。で、特にあの活躍した若い三人が凄かったな」

「そうですね、それに懐柔しやすそうだ」

「あのな無駄に巻き込もうとするなよ」

「しませんよ。ただ敵対するよりは良いでしょう? ただでさえ、魔検なんていう巨大なものと戦おうとしているんですから」

「まあな」

 その時、髪を乾かし終えた真央がやってきて資料を取り上げた。

「そんな未来の話、今する必要がある?」

 それを聞いて、剛太が恥じた様に言う。

「そ、そうですね。確かに今は平和が守れた事を」

「そうじゃなくて、これだけ長い間一つの任務にかまかけてたのよ? 他の問題が山積みでしょきっと」

「え? あ、ああ、そうですね」

「それで次の任務は?」

「ええっと、ですね」

 そう言って、三人は任務に戻る。


 その時インターホンが鳴った。

「あら、誰か来たみたい。ちょっと真治、出てよ」

「分かったよ」

 徳間は気配を探りながらドアに近付いて、その向こうに居る人間に気が付いてドアを開けた。

「エミリーか。お前死んだんだろ? 散々だったな」

 そう言って下を見下ろし、そして固まる。

 小学校の通学カバンを背負ったエミリーは楽しそうに言った。

「どうですか? 似あってますか?」

「似合ってるって、お前なんでそんな」

「どうしてと言われても」

 その時、部屋の奥から叫び声が聞こえた。

「ちょっと真治! 真治! 大変です!」

「どうした?」

 慌てて徳間が駆け戻る。エミリーも付いてくる。

「これを見てください」

 剛太が指差した画面を覗きこんで、徳間は絶句した。

「この町に滞在して以後の平和の維持に努めろってありますよ。最低一ヶ月。しかもエミリーさんを小学校に通わせろとか。真治、あなたが保護者になれって」

 徳間はそれをしばらく眺めていたが、やがて剛太の肩を叩いた。

「剛太、これは夢さ」

「え? ちょっと真治」

「はは、この破天荒なちんちくりんの親? しかも顔の割れたこの町で、この俺が平和維持? はは、無い無い。さあ、目を覚ます為に、とりあえず朝食を食べに行こうか」

「ちょっと、正気に戻ってください」

 徳間がふらふらと部屋の外に出ていく。剛太がそれを追う。

 エミリーはそれを呆れた様に眺めた。

「真治はデリカシーに欠けますね」

「ええ、そうね」

「どちらかを選ぶなら、剛太だと思いますよ」

「私もそう思うわ。けどその辺りが、この問題の難しいところよね」

 溜息を吐いて、真央も後を追う。

 最後にエミリーがカバンをベッドの上に置いて、中から狐の人形を取り出すと、手を組んだ。

「神様、今日も神様のお陰でエミリーは楽しいです」

 そう言って、エミリーも朝食へ向かった。


「ねえ、タマちゃん」

 闇に沈んだ静かな病室の中で法子はタマに話しかけた。

「何だい?」

「終わっちゃったね」

「うん」

「私、強くなれたかな?」

「勿論」

 それから少し沈黙が降りた。

 やがてタマが言った。

「君は本当に強くなったよ。君自身も強くなったし、仲間も出来たし、もう私が居なくとも君は大丈夫。将刀っていう恋人も出来たしね」

 法子はそれを聞いて表情を歪ませた。

「もしかして、タマちゃんまで行っちゃうの?」

「何で?」

「え? 何でってそんな雰囲気が」

「行って欲しいの?」

「まさか! やだよ!」

「ありがとう。まだ行かないよ。私もまだ君とは離れたくない」

「タマちゃん」

 法子は感極まった様子で目を潤め、それからふっと笑った。

「何だか夢みたい」

「夢?」

「そうついこの前までは、独りぼっちだったのに。今は友達が居て、彼が居て、それにタマちゃんも居て、私は魔法少女になって、色々な事があって、何だか有名にもなったみたいだし」

「そうだね。何だか凄い長い時間一緒に居た様な気がするね」

「うん。それが何だか夢みたいで。ちょっと怖い。穂風が実は親友じゃなかったみたいに、ふとした拍子に夢から覚めて、また元の孤独に戻ったらって思うと」

「夢ねえ。もしも本当に夢だったらどうする? それで起きたらその後、どうする? また同じ夢を見ようとするかい? あるいは夢なんか忘れて現実に立ち返る? それとももっと良い夢を見る為にもう一度寝直すかい」

「その前に今の夢から覚めない様に頑張るよ」

「起きないとお腹が減って死んじゃうよ」

 タマが冗談めかす。法子が笑う。

「きっと今は奇跡なんだと思う」

「奇跡?」

「そう。凄い偶然が沢山重なってようやく実った奇跡。だからもしも起きちゃったらもう何度寝てもこの夢は見られないと思う」

「そうか。それは起きられないね」

 法子が窓の外を見た。月は天井に隠れて見えない場所から光を注いでいる。青く陰った闇の景色は本当に夢の中に居る様で。

 法子が夢見る様に言った。

「実はね、タマちゃんて私のノートの中に書いてあるんだ」

「おや、そうなのかい? ノートってあの、見ようとすると君が奇声を発するノートだろ?」

「う、うん、そう。あのね、勿論大雑把に書いてあるんだけど、喋る日本刀は私の考えたノートにあるの」

「へえ。じゃあ他は? 例えば将刀とか摩子とか」

「居るよ。黒い騎士とか、摩子みたいな凄く優秀な魔法少女とか。針を使う魔術師とか、狐を召喚するイギリス人も書いたな。みんなみんな書いてある」

「おや、じゃあこの世界は君のノートの中だね」

「うん、そうだね。そう考えると、何だか不思議な気分になる」

 まるで本当に夢や空想の中なんじゃないかと錯覚してしまう。

 外は闇。中も闇。耳を済ませたところで何の音も聞こえてこない。全くの静寂の中、青みがかった闇はまるで絵画、この世界が現実ではない様な、そんな気がしてくる。

 そこで法子があくびをした。

 それを労る様にタマが言う。

「法子、もう寝ないと。美容の為には早く寝なくちゃいけないんだよ」

「そうだね。そろそろ寝るよ」

 法子が布団の中に潜る。

「じゃあ、おやすみ。タマちゃん」

「おやすみ、法子」

「起きたら、この夢から覚めていないと良いなぁ」

 そう言って、法子は眠りに落ちた。

 寝息を立てる法子を感じながら、タマは考える。

 法子は一体どんな夢を見ているのだろうか。

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