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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
主人公は眠らない
106/108

ヒーロー/主人公

「ごめん、武志。負けそう」

「見りゃ分かるよ。大丈夫か?」

「武志、私負けたくない」

「分かってるよ。お前、負けず嫌いだもんな」

「だからお願い。少しだけ魔力をちょうだい。そうしたらきっと勝てる。勝てるから」

「分かったよ。それじゃあ目を瞑って」

「何しようとしてるの。たけちょんのえっち」

「真顔で返すなよ。冗談なんだから。ほら手を出せ」

「お願い。私、武志の前で負けたくないの」


 何事か話し合っていると摩子と武志を見ながら、法子はただ必死に祈っていた。

 もう摩子が立ち上がらない様に。

 ここで自分の勝ちで終わってくれる様に。

 だが摩子は立ち上がった。

 立ち上がり、こちらを見つめてくる。

 笑顔。

 まるで誰かを称える様な優しげな笑顔。

 それを見て、法子は全身に寒気を感じた。理由はまるで分からない。摩子の魔力は弱々しく、きっと触れれば倒せてしまうのに。何故だか恐ろしい。

 法子は首を振る。これは摩子の名前を恐れているだけ。摩子ならここからでも何とか出来るかもしれないと、過去を思い出して恐れているだけ。だって今の摩子はもう弱々しくて、触れれば倒せてしまいそうで。

 そう考えるのに、体が震えはじめた。

 どうしても恐れが消えてくれない。

 法子は歯噛みする。

 思い出す。戦う前に摩子が言った言葉。常に命を懸けていると言った言葉。だったらこちらも命を懸ける。そうであるなら何も怖いものはない。

 法子は立ち上がった摩子を睨んで、一度思い切り息を吸うと、空中を蹴って、摩子へ突っ込んだ。

 常人では目に映らない程の速さで摩子へ近付き、刀の切っ先を摩子へ突き刺そうとする。

 だが突然摩子の前に、文字列が浮かんだ。文字列が下から上へ凄まじい速度で流れていく。何処の文字だかも分からない不思議な文字は、最後の一行、たったの三文字が流れ切った瞬間、消えた。

 そして文字の流れていた場所が開く。何もない場所に、まるで扉でも出来た様に景色が引っ込み、その奥に闇が淀んでいた。闇がこちらを覗き込んでいた。次の瞬間、奥から闇がほとばしる。法子は闇に絡み取られ、そのまま勢い良く背後に吹き飛ばされ、地面に転がった。

 地面に転がった法子は立ち上がれずにその場で倒れた。

 全身が熱かった。熱を持った痛みが内側から全身を突き刺してくる。痛みで意識が朦朧とする中、法子は必死で顔を上げた。

 道の遥か先に摩子が立っている。その体には魔力が満ち溢れていた。さっき徹底的にやっつけて、魔力が無くなったはずなのに、何故だか今は最初よりも更に魔力を持っている。

 どうやら周囲から魔力を吸い上げている様だった。今まで法子と摩子の戦いで消費された魔力、その前に町中で起こった戦いによる魔力、更に前からそこにある土地に根付いた魔力、それ等あらゆる魔力を吸い上げて、自分の魔力としている様だった。自分がちっぽけに思えてしまう圧倒的な魔力。たった一滴の雫で果てしない湖に挑もうとしている様な気分。見ただけで震えが起こるほどの絶望的な戦力差を感じた。例え万全でも勝てそうにない。その上、今自分の魔力は空っぽで、もう対抗出来る手段がない。

 勝たなくちゃいけないのに。勝って将刀に格好良いところを見せなくちゃいけないのに。

「法子さん」

 将刀に抱き起こされた。

 間近で将刀の顔を見て、法子は悔しくなって涙を流す。

 勝つって約束したのに。格好悪いところを見せたくなかったのに。こんな駄目なところを見せたくなかったのに。

 法子は泣きながら弱々しく言った。

「ごめん、将刀君。私勝つって言ったのに。やっぱり私駄目だった」

「法子さん、駄目なんかじゃないよ。良く戦った」

「でも結局私は摩子に勝てなくて、きっとこれからもずっと勝てなくて」

 涙が更に溢れてくる。もう何が何だか分からなくなる位に悲しかった。

「将刀君にも好きになってもらえないし。きっとこれからもずっとずっと駄目なまま」

 勝ちたかったのに。どうしても勝とうと頑張ったのにそれでも勝てない。

 強くなったのに。前よりずっと強くなったのにそれでも勝てない。

 どれだけ時を過ごしても、摩子にもあの子にもその他のみんなにも、誰にも勝てない。

 どうしてこうなんだろう。どうしていっつも惨めな思いをするんだろう。

 それはきっと私だからだ。私が私である以上、この先ずっと、ずっとずっと惨めなまま。

 何だか将刀に申し訳無くなって、法子は涙を流して将刀に謝罪する。

「将刀君、ごめん。こんな事に付き合わせて。告白したりとか、色々迷惑掛けたのに。でも居てくれて嬉しかった。勝てなかったけど。でも、でも、でも、ごめん、格好悪いところ見せて、こんな私で、ごめん」

 それ以上言葉にならずに法子は泣きじゃくり始めた。

 そんな法子を将刀は抱きしめる。

「法子さん、俺は君の事が好きだよ。君には助けてもらったし、悩みも解決してもらったし、一緒に居て楽しかったし」

 法子が顔をあげる。

「でも、私は」

「確かに君は何でも一番て訳じゃないよ。でもそれは誰だってそうだよ。世界のトップリーガーはもしかしたら勉強が出来ないかもしれないし。世界で一番数学が出来る人はもしかしたら料理が全然かも知れないし。でもね、だからってその人の魅力や価値が減る訳じゃない。多分その人の魅力っていうのはもっと別の」

 そこで将刀は言葉を切って、恥ずかしげに頭を掻いた。

 そうして顔を真赤にしながら法子と見つめ合う。

「俺にとって、法子さんは一番だよ。この世界で一番好きだ。君の事を世界で一番大切にする。だからその一番から初めてみない? もしも他でも一番を取りたいなら、俺はそれに協力するから。君の隣に居させてよ」

 法子は将刀の真っ赤な顔を見つめながら、必死でその言葉の意味を理解しようと頑張った。頑張って頑張って、その言葉の意味を考えて、どうしてもそうとしか思えない答えに行き当たって、それでも疑わしくて考えて、結局将刀に問い尋ねた。

「それはつまり、あの、私の事を、その」

 そして問にならなかった。けれど将刀はそれを理解して、決意を込めた瞳になって力強く言う。

「俺は君を愛してる! 多分君と出会った時からずっと!」

 法子はそれを聞いて、眩暈を起こした。何か身の内に温かいものが灯る。

 将刀が恥ずかしそうに自分を見つめてきている事に気が付いて、法子は慌てて将刀に縋った。

「私も! 私もずっと、いつからとか、覚えてないけど、忘れちゃったけど、私は将刀君の事が好きです。愛しています。だから、だから一緒に」

 そこで喉が詰まって咳き込んだ。

 咳き込む法子の背をさすりながら、将刀は尋ねる。

「大丈夫?」

「うん、ちょっと息を吐きすぎちゃって」

「摩子さんとの戦い。もしも君が認めてくれるなら俺も一緒に戦おうか? あっちだって、武志の力を借りたみたいだし」

 法子はそこでようやく自分が戦っている事を思い出した。

 そして振り返る。

 摩子が立っている。

 待っていてくれる。

 きっと自分が立ち上がると信じて、待っていてくれる。

 だったら私も応えなくちゃいけない。

「大丈夫だよ、将刀君」

「でも、君の魔力はもう」

「大丈夫。勇気をもらったから。将刀君が私を愛してくれるから。私が私である以上絶対に負けない」

 法子が立ち上がる。

 立ち上がった法子を見て、将刀が呆然と呟く。

「法子さん、魔力が溢れて」

 法子は自分の掌を見つめた。確かに魔力が流れてくる。

 胸の底から魔力が溢れでてくる。

「何でだろう」

 もしかして摩子みたいに周囲の魔力を?

「いや違うよ」

「あ、タマちゃん。じゃあ、何? もしかして前に魔王の時にやったみたいな」

「いや、存在を変換しているのとも違う。私には何が何だか。何となく無から有を生み出している様な」

「ごめん、良く分からないんだけど、普通魔力って何も無いところから生まれるんじゃないの?」

「そんな訳ないだろ。ほら、前に授業でやってたエネルギー保存則が」

「ごめん忘れちゃった」

「あ、そう」

 法子はもう一度自分の体を見回して、それから摩子を見た。

「勝てるかな?」

「うーん、まあ互角かな? 少しあっちの方が上? まあ後は気持ちの問題だよ」

「気持ち、か」

 気持ちで摩子に勝てるだろうか。あの摩子に。

「大丈夫だよ」

「え?」

「だって、将刀が後ろに居るんだよ。負ける気がしないだろ」

 将刀は振り返ると将刀が見守っていてくれた。確かにこれなら負ける気がしない。

「いや、しかしさっきのは小っ恥ずかしかったね。何代主を替えてもこういうのは慣れないなぁ」

「もー、茶化さないでよ!」

「大丈夫だよ、法子。今の君はきっと無敵だから」

 法子は気恥ずかしく思いながら、将刀と向き合った。

「法子さん、頑張って」

 そうだ。私が私である限り。

 腰を屈めて笑う将刀の顔に自分の顔を近付けていく。

「え? 法子さん?」

 法子はその口に、自分の口を近付けていく。

 段々と近付けていく。

 が、途中で恥ずかしくなって、その狙いを頬に変える。

 で、それすらも恥ずかしくなって、法子は結局将刀を抱きしめ、終いにはそれすらも恥ずかしくなって、すぐに離れた。

「行ってくる」

 顔を真赤にした法子の言葉に、将刀は困惑した様子で答えた。

「う、うん」

 そうして法子は摩子を見る。摩子はいつの間にか上空へ上がっていた。法子も同じく、上空へ跳ぶ。

 摩子と同じ高さに辿り着くと、摩子が言った。

「法子、次で終わりにしようか。何だかもう魔力が十分魔力が満ちたからもう願い事叶えてくれるって。この世界、崩れるみたい」

「分かった」

 法子が刀を振りかぶる。やっぱり将刀君に教えてもらったあの技で決めたい。そう考えて、刀に魔力を溜めていく。

 一方で摩子も法子に見せつける様にして周囲に七つの魔法円を生み出して、その魔法円を頂点に七芒星を描き出した。

「じゃあ、行くよ、法子」

「うん」

 法子が頷いた瞬間、摩子が魔法円を発動させた。七芒星の各頂点から中心に魔力が集まり、それが闇となって法子へ襲いかかる。

 七芒星から法子の下へとやってくる一筋の闇に対して、法子は刀を振り下ろして、斬撃を生み出した。

 法子の斬撃が闇に触れた瞬間、突然七芒星から生み出される闇の量が増大して、凄まじい大きさの奔流となって、あっさりと法子の斬撃を飲み込み迫ってくる。

 その圧倒的な暴力に対して、法子はもう一度刀を振りかぶった。思いっきり魔力を込めて闇を待つ。

 溜めて溜めて。闇が迫り来るまで待って、そうして目の前まで来た瞬間、法子は刀を振った。闇と刀が触れ合う。凄まじい圧力が両の手に掛かる。さっき戦った剣士の最後の一撃と同じ位の圧力が襲ってくる。だが法子は決して刀を手放さない。

 闇の奔流が法子の刀と触れ合う部分へ集まっていく。闇は刀に触れると消失するが、更に後ろの闇がやって来る。法子は触れた部分の闇を消失させながら、新たにやって来る闇を消滅させ、更にやってくる闇を消散させる。次々と刀へ魔力を供給しながら法子は闇と対抗する。押し飛ばされそうな刀を押さえつけて、闇に抗う。

 法子の魔力がどんどんと減っていく。次々と魔力を生み出しても、増加が追いつかない。

 押し潰しにくる大量の闇を前に、法子は不安になった。摩子は後どれだけのこの闇を生み出せるのだろう。闇で視界が取れず、摩子の姿が見えないのが、不安を煽る。切っても切っても終わりの無い闇がまるで無限に続く様に思えた。

 いけない。弱気になっちゃ駄目だ。

 法子はちらりと下を見る。将刀が見守っている。格好悪いところは見せられない。

 恥ずかしい姿は見せられない。格好良くあろうと法子は集中し、新世界を生んだ。

 辺りが一変する。見かけの上では何も変わらない。ただし法則は劇的に変わっている。

『法則:剣を振る時、格好良くなる。凄い』

 そしてその法則通り、法子の刀と闇が触れ合う部分に光が迸り始めた。今までの弱い剣士がただ闇に侵食される姿から、一転して光と闇のコントラストの中で光の少女が闇を打ち払おうとしている壮大な光景に様変わりした。

「ねえ、馬鹿?」

「え?」

「何で、そんな事に魔力使ってるの?」

「分かってない! タマちゃん分かってないよ!」

「あ、そう」

「私はね、摩子達みたいなヒーローにはなれない。みんなを救う事は出来ない。でもせめて将刀君の前では、物語の主人公みたいに格好良くありたいの!」

「あ、生みだされる魔力の量が上がった。そうか。まあなんだかんだで、気持ちを高揚させる為には良い事なのか」

「でしょ? それを狙ってたの!」

「嘘つけ」

 けれどやはり法子の中の魔力は目減りしていた。次々と押し寄せてくる闇に法子の魔力は限界に達していた。

「く」

「法子、今更だけど、真っ向勝負をやめて、一度離脱して、側面を狙えば」

「凄く今更だし、そんな卑怯な事出来ない!」

「でもこのままじゃ」

 底が見える。

 もう魔力は残っていない。

「嫌。負けたくない。負けたくない!」

 そして尽きた。闇に抗う力が消える。闇は一瞬で刀を包み、法子へ襲いかかり、飲み込む。

 闇の奔流が法子を覆い隠すのを見て、地上に居る将刀が悲しみの声を上げた。

 その瞬間、法子の世界の法則が発動する。

『法則:剣を振る時、格好良くなる。凄い』

 無様に負けて格好悪い姿を見せない様に、法子の生み出す魔力量が急激に跳ね上がり、尽きていた魔力が一気に持ち直し、刀に流れ込んだ魔力が光を生み出しながら闇を払う。

 再び闇と刀が拮抗し、元の状態へと戻る。

「嘘だろ。何度も言うけど、反則だろ」

 法子はもうタマの言葉も聞いておらず、ただ一心に摩子の闇に向かって刀を押し付け続けた。法子の生み出す魔力と闇を払う魔力は拮抗している。

 また延々と続きそうな鍔迫り合いはすぐに終わりを告げた。

 唐突に法子の新世界が酷使に耐え切れず崩れ去った。

 再び法子の中の魔力が減り始める。

「く」

 負ける。このままだと。

 絶対に!

 だったら賭けに出る。

 負けない!

 法子が最後の力を振り絞って、叫び声を上げながら、刀を握る手に力を込めた。

 渾身の力を込めて押し寄せる闇を全部切り裂く覚悟で、全ての力を刀に込める。

 だが法子がその力を放出する前に、闇が晴れた。

 闇が晴れ、明るくなった空に魔力が尽きて息絶え絶えな摩子が辛うじて顔を上げている。

 法子は止まらない。

 必死でこちらに顔を向けている摩子へ向かって、法子は渾身の斬撃を撃ち放つ。

 斬撃は瞬時に摩子へと届き、苦しそうに顔をしかめた摩子を襲った。

 魔力の尽きた摩子は為す術も無く斬撃にやられ、地上へ落ちていく。法子が息を荒げながら、摩子を視線で追う。摩子は地面に落ちる直前で、急停止し、その瞬間変身が解けて、そのまま武志の腕の中に落ちた。

 勝った。

 法子が今度こそ勝利を確信して涙を浮かべながら満面の笑みを浮かべる。

 勝った。勝ったよ、将刀君!

 喜び勇んで法子が将刀を見ようとした瞬間、力尽きて視界が暗転し、後は何も分からなくなった。

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