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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
主人公は眠らない
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魔王の息子、合流

 学校に向かって走っていた法子の耳に風に乗って声が聞こえてきた。

「まだだ、来い」

 そんなルーマの声が。

 そう言えば、ルーマは誰かと戦いに行くのだと言っていた。心配だった。

 別にルーマが負けるとは思っていない。負ける可能性なんて考えられない。そうではなく、これから最終決戦に行くというのにそれを伝えずに行けば、きっと終わった後にルーマはがっかりするだろうと思った。落ち込むルーマを想像すると何だか心配になった。

「ごめん、摩子」

「え?」

「ちょっと知り合いを呼んでくる」

「え? え? でも」

「大丈夫。学校の場所は分かるから」

 ルーマの声が聞こえたのはそんなに離れた場所ではなかった。ちょっと声を掛けて戻ればすぐに追いつけるはず。摩子にだけ言ってこっそり戻ってこよう。

 そう考えて道を曲がってルーマの声がした方向へ曲がる。すると徳間達が追ってきた。

「おい、どうした! 何か異変があったのか?」

「法子も一緒じゃないと嫌!」

 徳間とその背に背負われた穂風がそんな事を叫んでいる。

 折角迷惑を掛けない様にこっそり来たのに。

 もう追ってこられてしまった以上は仕方が無い。

「一体何があった?」

「あの、知り合いが居るから連れてこようと思って」

 徳間の問いに法子は怖々と答えた。時間との勝負と言われていたのに、遅らせる様な自分勝手な行為を取ってしまって、怒られそうで怖かった。

 法子が怒られるんじゃないかと怯えていると、徳間が嬉しそうに言った。

「もしかして、あのルーマか?」

 予想外に好意的な反応に嬉しくなって、法子は何度も頷いた。

「あいつがこの辺りに?」

「多分、さっき声が聞こえて」

 また声が聞こえ、更に別の音も聞こえてきた。

 もうすぐそこを曲がればルーマが居る。

「ルーマ!」

 法子は不安が融ける様な気持ちで、ルーマの声がする路地に駆け込み、そして固まった。

 そこに広がる光景に思考がついていけなかった。

 ルーマが血だらけになっていた。

 法衣を来た二足歩行の獣がルーマと向かい合っている。獣面人身の体にも服にも傷一つ無い。対するルーマは血だらけで拳を構えている。

 信じられなかった。ルーマが血だらけになっている。今にも負けそうな姿だ。ルーマが負けるだなんて信じられなかった。法子にとってルーマとは摩子と並んで絶対的な強さを持った存在だったのに。

 ありえない。そう思うが、目の前には現実がある。いっそ目の前の光景もこの世界の生み出した嘘であって欲しいと願う位に、法子は目の前の光景を信じられなかった。

 法子が呆然としていると、塀の上に座っていた存在が声を掛けてきた。

「おや、法子さん。死体の山は抜けてきたんですか?」

 法子が見上げると、イーフェルが笑っていた。その隣にはサンフも座っている。

「イーフェルさん」

「どうしました?」

「イーフェルさん」

 何故だか法子の目から涙が溢れてきた。

「イーフェルさん、何があったんですか? どうしてルーマがあんなに」

「刺客ですよ。法子さんは聞いていませんか? ルーマさんを蹴落とす為に魔界から刺客がやってきている事を」

「聞いてた。聞いてたけど」

「彼はラベステと言いまして、相当の実力者です。辺り一面を焼き焦がす炎の悪魔。お二人が本気で戦えばこの町など一瞬で消え去るでしょう」

 イーフェルがルーマとラベステを指さした。二人はただ殴り合っている。お互いの二本の腕だけを使ってただ殴っている。ルーマは殴られる毎にその傷を増やしていく。一方でラベステの方は殴られて傷ついてもすぐに治り、未だ身奇麗なままだ。

「ところがルーマさんはラベステさんと賭け事をしまして、ラベステさんに町を壊さない様、約束を取り付けた。ラベステさんはその約束を守っているが為にその精密性の悪さから自身の炎の魔術が使えず、ルーマさんは自身の信条として魔術を使わない。だから二人はただ殴り合っているんです」

 イーフェルが笑いを漏らす。

「僕に言わせれば馬鹿げていると思いますけどね。どうやらルーマさんはどうしてもこの町を壊したくない様ですね。一体どうしてだが」

 イーフェルが法子に視線を戻すと、その時そこに法子は居なかった。

「あれ?」

 法子は既にルーマの下へと走っていた。殴り合いをして血塗れになっているルーマの下へ。血だらけになっているルーマの下へ。負けそうになっているルーマの下へ。

 ラベステが拳を振り上げ、ルーマを殴ろうとしている。

 またルーマが傷付いてしまう。

 法子は刀を抜き放ち、ラベステの首元へ突きつけた。

 ラベステの動きが止まり、ルーマとラベステの視線がこちらを向く。

「どういう事だ?」

 二人が同時に法子へ尋ねてきた。

「勝負の最中に何故割り込んできた?」

 ルーマが幾分怒気を孕んだ声音で尋ねてくる。多分ルーマを助ける為になんて言ったら怒られるのだろうと法子は思った。ルーマはきっとそんな事を望んでいない。けれどそれでも嘘を吐く事は出来なかった。

「ルーマを助けたかったから」

 法子は怒鳴られる事を想像して俯く。

 その頭上から怒気の強まった静かな声が聞こえてきた。

「貴様が俺を助けようとしただと? 力量差が分かっていないのか?」

「分かってるよ。私じゃ何の役にも立てないって」

「ならば大人しくしていろ」

「でも、私はルーマが負けるところを見たくないの!」

 法子が涙を溢れさせながらルーマを見上げた。傷付いたルーマの体が妙に痛々しく見えた。ルーマは不思議そうに法子を見下ろす。

「何を、泣いているんだ?」

「私はルーマに勝って欲しい。負けるところなんて見たくない!」

「分かった分かった。勝つからあっち行ってろ」

「でもルーマは傷だらけで。今にも倒れそうなのに?」

 法子が泣きながら必死にすがりつくと、ルーマが今までに見た事が無い位に表情を歪めた。

 そして素頓狂な声を上げる。

「はぁ?」

「え?」

「今にも倒れそう? 誰が」

「え、ルーマが。だってルーマは傷だらけなのに、そっちの人は全然無傷で」

「お前」

 ルーマが一度言葉を切って、それから心底不思議そうに尋ねかけてきた。

「え? 本気か?」

「本気かって」

「本気で俺の外面上の損傷とあいつのそれを比べて、俺が負けそうだと判断しているのか?」

「え? うん。え? 外面上? 何か違うの?」

 何だか雲行きが怪しくて、脂汗を掻きながらしどろもどろになった法子の鼻を、ルーマはつまみ上げた。

「ひゃい!」

 驚いて声を上げた法子を無視して、鼻をつまみながらルーマは諭す様に言う。

「良いか。まず始めに、現状俺と相手は互角だ。それを知れ」

「分かった。知ったから」

 ルーマが法子の鼻を放す。

「良いか? 確かに外面上、俺の体は損傷している。それはあえて俺が傷を治していないからだ。魔力を温存する為に」

「魔力を温存?」

「そうだ。外傷を治すのに魔力を消費する。その消費量と、傷によって戦闘終了までに流出する魔力を天秤にかけ、治さない方が得策と見て取っただけの話だ。逆に奴は長期戦になると考えたのだろう。傷を治した。それだけの差だ。そして今のところ、将来を見据えればお互いの損は同じ程度。ほぼ互角だ」

「え、じゃあ。何だ。別にルーマは全然負けそうじゃ」

「無い! 馬鹿者め。折角の戦闘を邪魔しおって」

「でも、いや、うん、ごめんなさい」

 法子が納得したのを見て、ルーマは溜息を吐くと、今度はラベステに向いた。

「失礼した」

「いや、構わんよ。中々愉快な余興であった。面白い部下じゃないか。それと一点間違いがある」

「間違い?」

「ほとんどの場合、傷は治した方が得だ。修復に魔力を大量に消費し、傷を治すかどうか迷うような強靭過ぎる肉体をしているのはお前だけだよ、ルーマ」

「へえ」

 法子が傷だらけのルーマを見て、感心しながらそんな声を漏らすと、ルーマがまた法子の鼻を摘んだ。

「お前は、何を、呆けた面をしているんだ」

「かふう」

 法子の喉の奥から変な音が出た。

 凄いなって思っただけなのに。

 っていうか、止めて。

 今、サンフさんが隣で物凄く怖い笑顔で私の事を見つめてるから止めて。

 法子は、いつの間にか傍によってきて笑顔で眼を付けてくるサンフに怯えながら、必死で手を振り回してルーマに抵抗を示した。

 ルーマが手を放し、法子から視線を外して、入り口の傍で立ち尽くしている徳間達に目をやった。

「ん? おい、法子。さっきお前が守るとか何とか言っている奴があそこに居るぞ?」

「え? あ、穂風? うん」

 ルーマがまた鼻を掴んできた。

「ぶう」

「さっき言っただろ。安全なところへさっさと連れて行って、追って来いと。ここに連れてきてどうする」

「だって」

 ルーマが鼻を掴んだ瞬間、サンフが物凄い至近距離に笑顔を近付けてきた。それを恐れながらも、不意に自分のしようとしていた事を思い出した。

「そうだ。それどころじゃないんだよ。私、学校に行かなくちゃいけないの」

「こんな時にか?」

「何かね、学校にこの新世界を作った人が居るらしくて」

 それを聞いて、ルーマが法子の鼻を放し、顔を近付けてきた。サンフの顔もまたくっつきそうな程寄って来る。

「何? つまり敵か? 強いのか? いや、この世界を生み出したという事は」

「うん、あの、魔界の覇王だって」

 その瞬間、ルーマは直立して、ラベステに手を上げた。

「悪い。用事が出来た。今日はこの辺で」

「何? おい、俺様との決闘! ちょっと待て!」

「お前とはいつでも戦える。後はイーフェルとサンフを置いていくから」

 そうして駆け出そうとしたルーマの肩をサンフが掴んだ。

「ちょっと待って下さい。覇王が出たのなら、私も」

「駄目だ。肉親とは戦わせられん」

「ですが顔も知らない先祖など」

「ならん。これは命令だ。ラベステを食い止めろ」

 縋るサンフににべもなく言い放ってルーマは法子を小脇に抱えて駈け出した。いつの間にかルーマの体の傷は全快している。

「ちょっと待て、ルーマ!」

 それをラベステが吠え声を上げながら追ってくる。

 ルーマは笑いながら道を駆け抜け、塀に腰掛けたイーフェルに命令を下した。

「イーフェル、サンフと共にラベステのお相手をして差し上げろ」

「えー、勝てる気がしないんですけど」

「馬鹿を言え。ただでさえ向こうは俺との殴り合いで消耗しているんだ。お前なら一捻りだろ」

「無茶言ってくれるなぁ」

 呆れた様に言って、イーフェルは塀から飛び降り、そうして迫ってくるラベステを眺めた。そうして背を向けながらルーマに告げる。

「じゃあ、さっさと勝って来てください。信頼してますから」

「ああ、任せろ」

 それだけ言って、ルーマは駈け出した。

「法子、学校へ行くぞ!」

「抱えられてるんだから私に拒否権無いでしょ!」

「それもそうだ」

 ルーマは納得した様子で法子を降ろし、爽やかに笑った。

「行かないならば授業中にお前の学校に押しかけ、お前が将刀に惚れている事を喧伝する」

「え?」

「さあ、行くぞ法子!」

 ルーマが駆けていく。

「やっぱり拒否権無いじゃん!」

 法子もそれを追って走る。更にその後をまず摩子が追った。更に将刀が続き、ファバランもそれに続こうとして、走り寄ってきたサンフに掴まれる。

「ファバラン! あなたも覇王と戦ってはいけません」

「私、将刀と」

「行ってはいけません!」

「嫌! 将刀! 将刀! 置いてかないで!」

 叫ぶファバランの言葉に、ルーマは立ち止まって振り返った。

「ファバラン、その人の言う通りだよ。ご先祖様なんだろ? 戦っちゃいけない」

 将刀はそう言うと、後は振り返らずに駆けていった。

 その背に向けてファバランは叫ぶ。

「待って、将刀! 駄目! 私も一緒に! その女と一緒は駄目!」

 ファバランの叫びは走り去った将刀には届かず、虚しく響き渡った。

 最後に徳間が唸り声を上げるラベステを見て、剛太と真央に言った。

「あいつは大分強そうだ。ルーマの部下も強そうだが」

「分かってるわよ。ここに残って食い止めろっていうんでしょ?」

「ああ、すまん」

「良いわよ、別に」

 真央が進み出て、振り返り、徳間を指差した。

「良い! 私がここに残るんだから、代わりに行くあんたは必ず勝ちなさいよ! 信じてるんだからね!」

「分かってるよ。じゃあ、剛太。お前も」

「ええ、任せてください」

「真央の事、頼んだぞ」

 剛太は複雑な表情で笑った。

「言われなくとも」

 その返事を聞いて、徳間もまた学校へ向かって駆けていく。

 途中徳間の背におぶさった穂風が言った。

「あなたも中々私好みの願いを持っていそうですね」

 意図の読めない言い草に、徳間の険が強くなる。

「何? どういう事だ?」

「いいえ、ただ誰が彼を倒すにしても、良い結果になりそうだと。そう思っただけですよ」

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