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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
主人公は眠らない
101/108

突き詰めればそれは一つの勝利

 炎がフェリックスの生み出した英雄達に降りかかる。

 全員が炎を降らせた魔術師へと目を向ける。

 屋根の上に立った遠郷は道路に集う面々を睥睨すると、徳間を見つめながら言った。

「どうやらピンチの様だな。俺は間に合ったのか?」

「ここからだ。それであんたはどっちにつく気だ?」

「どちらにつく気も無い」

 徳間の疑念に遠郷は一つ笑って引網を見る。

「腐れ縁の旧友を止めに来ただけだ」

「そんな私が一体何をしたというのです」

 引網が大仰な仕草で遠郷に抗議する。

「どういう事ですか、玲。あなたはそんな事をする様な人では無かったはずなのに。ああ、仲間に裏切られるなんて何と虚しい人生か」

「お前との約束だよ。お前がおかしくなった時は俺が止める」

「え? そんな約束してたか?」

 引網の疑問を聞いて、遠郷は笑った。

「どうやら記憶はあるみたいだな」

 そうして周囲に炎を生み出す。

「まあ、友達としちゃ、今のお前を止めない訳にはいかないだろ」

 引網が笑い、辺りの人形が遠郷を向く。

「友達甲斐のある奴だよ、全く。だが俺の手に入れた至高の芸術品をなめるなよ?」

 その引網の背後に突然人影が現れた。振りかぶった体勢から、見えない剣でも持っている様な動きで、引網の首を狙う。

 それを引網は前に転がって避けた。

「おや」

 攻撃を避けられたジェーンは見えない剣を担いで不思議そうに首を傾げる。

「ばれていました?」

「私に死角はありません。人形を通して全て見えています」

「そんな気はしていました」

 ジェーンは無表情で引網から視線を外し、背後を振り返る。

「という事らしいですので、そこに隠れていても仕方ないのでは?」

 すると曲がり角の影から凡が符で生み出した獣を連れて出てきた。

「別に隠れていた訳じゃねえ。ただタイミングを見計らっていただけだ」

「それを隠れていたと言うんです」

 言い返せずに凡は黙って歩んでくる。

 そんなやり取りを眺めて、引網は笑う。

「良いですねぇ。残りのヒーローがどんどんと集まってくる。これは手間が省けます」

 徳間が引網を睨む。

「集まればそれだけそっちが不利になるってのに」

「どれだけ集まろうと私の芸術品には敵いませんから」

「それを死体にしたのは誰だか分かるか?」

「あなたです。ですがそれも一対一の状況に持ち込めたから。そうでしょう? 他の人形も居るこの状況でそれはならない。そして私の隣には至高の芸術。何よりあなた方の目的は私では無いでしょう? そして私の隣には至高の芸術。この新世界を打ち破るのが目的では? そして私の隣は至高の芸術。でしたら私だけに全力を向ける事も出来ないはず。そして私の」

 勝ち誇る様な引網の言葉を飛来した弾丸が頭と一緒に消し飛ばした。

「は?」

 引網を睨んでいた徳間は睨んでいた頭が消えた所為で間の抜けた声を上げたが、すぐに狙撃だと気が付いて弾の飛来した方角に目を向ける。ビルの一室にライフルを構える人影が見えた。恐らく以前こちらを狙って狙撃してきた狙撃手だと徳間は判断する。どうしてそれが引網を殺したのかは分からないが、とにかくまずい事になった。

 桃山の言っていた言葉が本当なら、引網を殺せば引網の操る死体が魔力に変換されて爆発の時間が早まってしまう。

「くそ」

 だが死んでしまったものは仕方が無い。終わった事は考えず、今はこの新世界を止める為に学校へ向かうべきだ。

「真央、剛太、学校へ行くぞ!」

 そう叫んで振り返ると、剛太が引網へ指を向けて驚いた表情をしていた。

 その鈍さに徳間は苛立って怒鳴りつける。

「剛太、不測の事態に混乱するのは分かるが、今は」

「真治、違います。彼はまだ動いている」

 徳間が慌てて引網に向くと、引網は首を失った状態で手足を動かしていた。だが意思を感じない。ただばたつかせているだけの動き。引網の体がバランスを崩して倒れる。

 倒れても尚、手足をばたつかせて動いている。まるで昆虫の様に意思を感じさせない。

 それを法子は気味悪そうに見ながら呟いた。

「あれは死んじゃったの?」

 すると隣の摩子が呟いた。

「多分、生きてるんじゃないかな?」

「あれで?」

「だってまだ人形が動いているでしょ?」

 法子が咄嗟に振り返ると、焼け焦げた人形が取り落とした刀を拾い上げているところだった。

「そんな、まだ動けるの?」

 法子は不安そうに言いながらも刀を構える。

 法子の見つめる先の焼け焦げた剣士はゆっくりと剣を構えた。法子が刀を持つ手に力を込めた時、法子は剣士の後ろに人影を見た。人形の背後から駆け寄ってきた人影はあっさりと人形の頭を刀で割り、その勢いで法子の前に着地する。

「何だよ、随分弱いな今の」

「ハルくん」

 突然現れた晴信は驚いた法子を睨め付け、法子の鼻頭に指を突きつけて詰め寄ってくる。

「全く毎回毎回どうして僕より弱いのに苦戦するんだよ。その所為で僕まで弱いみたいになっちゃうじゃんか」

「あの、ごめんなさい」

 本気で罪悪感を感じている様な法子の表情に怯んで、晴信は溜息を吐いて手で払う仕草をした。

「まあ、良いよ。今のは相手がほとんど動かなくなってたからだし」

 そうして晴信は辺りを見回した。

「で、どういう状況? 何か敵の一人の頭が吹っ飛んだのは見てたけど。それに病院で暴れてた爺さんもぶっ倒れたみたいだし」

「え?」

 法子は振り返ると、ばたついている引網だけでなくフェリックスも倒れていた。かと思うと、その身が消失する。当然フェリックスの生み出した英雄の模造品もまた消える。けれどフェリックス以外の死体はまだ動いている。もしも引網の頭が無くなった事で魔術が解けたのなら、フェリックスだけでなく他の死体も動かなくなるのではないだろうか。

 そう不思議に思って法子は呟いた。

「どうして」

「で? 後は死体を操ってる奴を探して倒せば良いだけ?」

「ううん、死体はあの倒れて手足ばたばたさせてる人が操ってて」

「もう死んでるんじゃない?」

 晴信が疑わしそうに言ったのを、摩子が否定する。

「生きてるよ。だってまだ動いてるもん」

「死にかけの昆虫みたいだけど」

「でもほら、人形が集まってきた」

 引網の周りに段々と死体が集まり始めていた。それだけでなく道の反対側からも沢山の死体がやって来る。整列して調和の取れた動きは、まるで死を運ぶ使者の様だった。

 それに怖じる事も無く、晴信は死体の向こうに隠れた引網を指さす。

「じゃああいつをどうにかすれば良い訳ね?」

 晴信の確認する様な言葉に法子は頷いた。

「うん」

 それを摩子が否定する。

「違う」

「え?」

「違うよ、法子。私達がしなくちゃいけないのは、学校に居る誰かを倒す事だよ」

「あ、そっか」

 それを思い出した時、桃山の叫びが辺りに響いた。

「皆さん、二手に分かれましょう!」

 全員が桃山の方を見る。桃山は実に楽しそうに笑っている。

「私達の目的は学校に居るこの新世界を生み出した何者かを倒し、新世界を打ち破る事です。本来であれば全員で学校に乗り込むべきですが、引網の操る人形が邪魔をしてくる可能性がある。どれ位居るかも分からない人形全員が一箇所に集えば、勝てる戦いも勝てなくなります。だから囮が必要だ」

 桃山が引網を指さした。それを守る様に人形達が集っている。

「恐らく彼の魔術は彼を守る事を優先している。ですから、誰かが彼を攻撃すれば、人形達はそれを防衛する為にこの場に集まるはず。そうして一組が敵の目をこの場所に集めておいて、もう一組が学校を強襲しましょう。異論はありませんね?」

 戦いの中で興奮し、混迷する状況に混乱している人々が、確信をもってまくし立てられた言葉に反論する事は出来なかった。

 反論がないのを同意と受け取って、桃山がまた大声で言った。

「では、早速ですが私がその囮に志願いたします! それからそこに居るヒロシ君、あなたにも囮になってもらいます」

 名前を呼ばれたヒロシが体を跳ね上げる。

 徳間が驚いて桃山を見る。

「何であんたが」

「適任だからです。少なくとも人形に情を移すあなたにこの役は出来ないでしょう? 双夜さんや角写君も同じだ」

「ま、まあ、確かに。真央や剛太もあの子を攻撃できなかっただろうな」

「この場に残る者は最低限あなた達が学校で勝利するまでの時間稼ぎが出来なくちゃいけない。ですが私には他の者の実力が分かりません。そして学校での大事な戦いに裏切り者を連れて行く訳にもいかない」

「だが危険だぞ。実質一人だ。町中の死体達と戦う事になれば、幾らあんただって」

「承知の上です。そしてそれでも何ら問題無い。どうせ死んだところで新世界さえ破れれば、私達は戻れるのですから」

「だが」

「私はですね。信頼しているんですよ、あなたを。あなたなら私が負ける前に新世界を打ち破ってくれるってね」

「桃山さん」

「さあ、行ってください。喋ってる間にも人形が集まって来ました。やはり私の予想は正しかった様です」

 徳間は一瞬、逡巡する様に眉根を寄せて呻いたが、やがて声を張り上げた。

「みんな、今桃山さんが言った通りだ。彼を囮にして俺達は学校へ向かう!」

 そう言うなり、徳間は摩子達の居る場所へと走ってきた。

「悪いが、穂風ちゃん、君にも来てもらう」

 穂風はそれに微笑んだ。

「勿論です。私が鍵ですから」

 徳間は摩子達へも視線を向けた。

「君達の選択は君達に任せる。逃げても良いし」

「穂風を守ります!」

 法子が叫び、摩子も同意した。

「うん、一緒に行く!」

 だが晴信だけが一歩退く。

「僕はやめとくよ」

「え?」

 法子は驚いて振り返った。怖がっている様には見えなかったのに。

 晴信は戦い始めた桃山を指さす。

「あの人、何か頼りないし。死体の中に強そうなのも居るみたいだし。ホントに大丈夫なのって感じするし。俺も残って死体を抑えておくよ」

「でも」

 何だか先程の徳間と桃山のやり取りを聞くに、この場に残るのはとても危険そうに思えた。

「僕は大丈夫。それよりそっちだよ、法子。下手に負けて、僕の株を下げるなよ」

 そう言って笑うと、晴信は振り切る様にして死体の群れへ突っ込んでいった。

 法子がそれを呆然として見つめていると、摩子に手を引かれた。

「行こう、法子」

 既に穂風は徳間の背におぶさっている。真央と剛太も集まってきている。更に将刀が覇王覇王と言っているファバランに引き連れられてやってきた。だが集まってきたのはそれだけで、他の魔術師達を探すと、どうやら死体達と戦い始めている様だった。

「あれ、他の人達は?」

 法子の疑問に徳間が答える。

「まあ、ヒーローなんてお人好しが多いからな。一人残って死地に挑むなんて許せなかったんだろ」

 剛太が茶化す様に言った。

「それだけでなく、真治、あなたへの信頼もありますよ。あなたならばきっと事件を解決してくれる。だから自分達はここで死体を食い止める役柄に徹すれば良いと」

「買いかぶりにも程がある」

 徳間がうんざりとした様子で溜息を吐いた。

 凄い信頼されてるんだなぁと法子が感動して徳間を見つめていると、その肩を摩子に叩かれた。

「責任重大だね」

「え?」

「だって残った人達は、学校に行く組の人が勝ってくれるって信じてるから食い止めてくれてるんだよ。だったら私達その信頼に応えるために絶対に負けられないし」

「あ、そっか」

 初めて気が付いた様子で声を上げた法子とそれをくすくすと笑ってみている摩子を見て、真央が呆れた口調で言った。

「あのね、あなた達。その前に、私達の戦い如何で、私達含めてこの町が滅ぶかどうかが決まるんだけど」

 その言葉で責任が一気に両肩にのしかかってきて法子は青ざめた。

 一方で摩子は法子に笑顔を向けて、頑張らなくちゃねと言っている。

 何でそんなに余裕でいられるのか、一杯一杯の法子には、笑顔の摩子が今までで一番英雄らしく見えた。

「さあ行くぞ」

 道中の死体を蹴散らしながら、徳間達は最終決戦へと向かう。

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