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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
魔法少女は夜眠る
10/108

休日だけど外に出る

「か、体が……動かな」

 法子は立ち上がってから体を硬直させて今さっきまで寝ていた布団へと倒れ込んだ。

 布団が浮き沈み、跳ね上げられて、それから仰向けになって大の字になる。

「だから今日はもう起き上がらない」

 そう厳かに宣言した法子に対して、タマが呆れて呟いた。

「昨日もそんな事を言って、一日中寝ていたよね」

「うん、でも今日も無理」

「はあ、若いのが何て様」

「タマちゃん、おばさん臭いー」

 法子は体を丸めて掛布団に絡みつくと、二度目の睡眠に入ろうとする。

 そこへ外から声が掛かった。

「法子ー、起きてー。昨日も一日寝っぱなしだったんだから、今日はもう起きなさい!」

「う」

「法子ー、ちょっと頼みたい事があるんだけど」

 母親の声が聞こえてくる。きっと面倒なお使いを頼まれる。

「おや、母君からだよ?」

「もう!」

 法子は不満を込めて起き上がった。

「おや、今日は起き上がらないんじゃないのかい?」

「行くしかないでしょ」

 法子が痛みに耐えるぎこちない動きで用意をしている姿に、タマは笑った。

「大変そうだね」

「本当に動きたくないのに。お母さんの馬鹿」

「私としては中に籠られるよりは外に出てもらった方が嬉しいけど」

 苛立つ法子と笑うタマ。そこにまた母親の声が届いた。

「ねえ! 法子ー! 起きてるー?」

「今行く!」

 法子は大きな声で答えてから、部屋の扉を開けて、体を引きずりながら下へと降りていった。


「全く、何で私があいつのお弁当を届けなきゃなんないの?」

「まあまあ。可愛い弟君の為だろう」

「全然可愛くない!」

「そうかねぇ。良い弟君だと思うけれど」

 休日の河川敷、法子は土手の上を歩きながら愚痴りつつ、下で行われているサッカーに目を向けた。

 今日は河川敷でサッカー大会をやっている。幾つかあるコートに小学生、中学生、高校生、社会人と分かれて、大声を張り上げながらボールを追っている。法子の弟も小学生の部に参加しているはずだ。法子はサッカーにまるで興味が無かったので、どうでも良さそうにわらわらと動く選手や、わやわやと野次っている観客を眺めてから、視線を逸らし、そして凄い勢いで視線を戻した。

 見れば土手の下、座って観戦している人々の中に見知った顔があった。同じクラスの生徒だった。何人かで固まって時折はしゃぎながら、中学生のコートを眺めている。名前も分からないが確かにその顔を毎日の様に見ている。

 見つかりたくなかった。元より学校の人と喋るのは怖い。もし取り囲まれたらどうしていいか分からない。一対一で話す事も無理なのに、複数人に話し掛けられたら、それこそ地獄を見る事になる。例え、相手にいじめの意志が無く、端から見てもただ単に話しかけているだけでも、それは法子にとってこの上ない苦痛になる。

 まして一昨日の学校での出来事がある。法子は出来るだけ見つかる事の無いようにこそこそとした滑稽な足取りで、コートに熱い視線を送るクラスの他人達の後ろを通り過ぎた。

 小学生達のトーナメントが行われている場所では法子よりも幼い子供達が掛け声を上げ、ボールを追っている。辺りから喚声が上がる。俄かに色めきたった観客達の間に視線を這わせていると、弟の姿を見つけた。

 ようやく面倒なお使いから解放されると安堵して、法子は重たい体に鞭打って弟の所に向かおうとして、足が止まった。

 弟が何だか楽しそうにはしゃいでいる。その隣にあの転校生が居た。転校生はサッカーボールを器用に操り、体の至る所でボールを跳ね上げ受け止めている。弟はそれを尊敬の眼差しで見つめている。

 何であの転校生がこんな所に? 疑問よりも先に、嫌だなと思った。会いたくない。喋る事になったらどうしよう。不安がどんどん膨らんで、その不安に押しつぶされそうになったから、法子は踵を返した。渡せなかったけれど目的地までは来れたんだから上出来だ。そんな自分勝手な事を考えて、背を向けてその場を去ろうとして、けれどそれは許されなかった。

「あ! 姉ちゃん!」

 法子の体が大きく震えた。続いて、湿っぽい汗が体中から吹き出し始めた。

「お姉さん?」

 転校生の尋ねる声が聞こえる。益々汗が強まった。

「良かった、弁当持ってきてくれたんだ」

 背を向けたまま固まる法子に、二人は近付いていく。

「悪い、姉ちゃん!」

 そう言って、弟が法子の前に回って、お弁当を引っ手繰った。

「そういや、将刀さんって知ってる? 姉ちゃんと同じ中学校に転校してきたみたいなんだけど」

 全力で首を横に振りたかったが、後ろに本人が要るのでは出来ない。肯定も否定も出来ずに法子はただ固まった。

「さっき偶然知り合ったんだけどさ。凄いんだぜ。部活とかクラブとかに入ってる訳じゃないのに、サッカー滅茶苦茶上手いの」

 弟の言葉なんて聞いていられない。今、法子の中はどうしたら当たり障りなくこの場を去れるかという方策を練るのに一杯だ。

「どうした?」

「いや、その、じゃあ、私帰るね」

「いや、姉ちゃん、ちょっと待ってって」

 一刻も早くこの場を去りたいという法子の願いは一向に叶えてもらえない。むしろ弟の所為で泥沼にはまっていく。

「将刀さん、これ、うちの姉ちゃん」

「ああ、さっき聞いた」

「まあ、弟の俺が言うのもなんだけど、結構美人だと思うよ」

 途中で吹き出しつつ弟が言った。

 ハードルを上げるなと叫びそうになる。それをぐっと堪えてこの場を立ち去る方法を探す。だが思いつかない。法子は恥ずかしさと怒りと、ついでに情けなさに苛まれながら、弟を殺して自分も死のうと少しだけ真剣に考える。

「多分、将刀さんと同じ学年だと思うんだけど」

「一緒だな。それに同じクラスだ。話もした」

「え?」

 法子は振り向きざまに間の抜けた声を出した。弟も同時に同じ様な声を上げた。

 弟の驚きは、将刀が姉を知っていた事に対する驚きが半分に、根暗な姉が他人と、しかもまだ出会って間もないはずの転校生と、その上容姿とサッカーに秀でた将刀と話していた事への驚きが半分。

 法子は他人が自分に言及した事に対する驚きが半分に、将刀の言葉が法子に対する棘を含んでいなかった事への驚きが半分。

 驚き呆けている二人の視線に晒されて、将刀は少しばつの悪そうな顔をした。

「えっと、法子さん」

 将刀の口調が唐突に真面目くさったものに改まる。

「昨日はごめん」

 そう言って、頭を下げた。

 頭を下げられて法子は混乱に混乱を極めた。謝られる所以なんてまるで無い。昨日というと公園でのやりとりだろうが、あれは完全に自分が悪かった。こちらの事を思って言ってくれた言葉を、痛いところを突かれたからといって、苛立って無碍に拒絶してしまった。それなのに謝られてはこちらの方が申し訳ない。

 法子はどう返したものか分からなくて、つられて頭を下げた。

「こちらこそすみません。ごめんなさい」

 こうなるともう訳が分からない。

 将刀としては部外者のくせに下手に踏み込んだ事を言って不快にさせてしまった事に対する謝罪をした訳で、将刀は全面的に昨日の事は自分が悪いと信じている。

 一方、法子は法子で、謝った後になって、さっきのタイミングで謝ったのは変だったと思い恥ずかしくなって押し黙る。

 弟はというと、これこそ完全に蚊帳の外で、ただでさえ姉が他人と交流を持っていた事に驚きを隠せなかったのに、それが突然謝られ、その上謝り返すという訳の分からない状況に、とにかく呆然として、やがて世の中って不思議だなと良く分からない感銘を持つに至る。

 三人共が黙りこくり、その静寂の中で、法子は形容しがたい和やかな居心地の悪さを感じた。

 そんな沈黙の中、将刀が話頭を転じた。

「お弁当持ってきたんだったよな」

「は、はい」

「料理出来るんだ」

「え?」

 出来ないとは言わないけれど、得意と断言する程の腕でも無い。ついでに持ってきたお弁当は全て母親が作った物だ。そんな意味の事をオブラートに包んで言おうと法子が頭を捻っていると、横から弟が口を出してきた。

「出来るよ! 無茶苦茶上手い」

「ちょっと!」

「今日の弁当も全部姉ちゃんが作ったしね」

 そう言って、弟は弁当箱を開いた。

 当然嘘だ。これ以上下手な事を言うのは止めろと焦る反面、何で弟はこんなに馬鹿な事を言うのだろうと疑問に思った。からかうにしてもいつもはもう少し違った角度で、端的に言えばあからさまに馬鹿にしてくるのに。こんな皮肉めいた遠まわしな厭味は弟らしくない。

「へえ、凄いな」

 開いた弁当箱を覗き込んで、将刀が感じ入って呟いた。その感嘆は法子に向いているが、当の法子は幾ら褒められても罪悪と羞恥しか感じない。

 その時、危ないという声が聞こえた。良く分からないまま見上げると、ボールが見えた。法子達に向かって近付いていた。

 ぶつかりそうだなぁと法子はぼんやりと考える。当たらないと思っている訳じゃない。当たるとは思っているが、それを避けるという行為が咄嗟に思いつかないだけなのだ。

 どんどんとボールは向かってきて、それにつれて法子の視界に映るサッカーボールの影も大きくなり、そろそろ当たるなと法子が思った時、突然視界一杯に影が射した。

 将刀が法子の前に立ち塞がって、ボールを胸で受け止め、落ちるボールを器用に足で操って静かに地面へと下ろす。

 試合に向いていた視線の内のいくつかが、将刀に驚嘆の視線を向けた。

 将刀はボールを蹴り上げて両手で持つとボールのやって来た方向へ歩いて行った。

 去っていく将刀を見送って、法子が息を吐いた。

「凄いんだね」

「何が?」

「ボール受け止めたの」

「あれくらいは普通だよ」

「あんた、出来るの?」

「守るのが姉ちゃんじゃなかったらね」

 弟が憎まれ口を叩いて笑った。だが法子は反応せずに上の空。

「どうしたの?」

「今、守ってもらったから」

 その法子の呟きは問い尋ねられたから答えただけの、何の感慨も籠っていない言葉であったが、弟はその言葉の中に拙い恋心を読み取った。

「へえ、成程ねぇ」

「何よ」

「いや~、別に~?」

 弟は一頻り笑ってから、尚も笑顔で、

「まあ、安心してよ。ちゃんと応援するからさ」

「応援って?」

「姉ちゃんの恋に決まってるじゃん」

「恋って誰との?」

「将刀さんとの」

「はぁ?」

 法子は思わず、遠く、サッカーボールを少年達に手渡している将刀を見て、すぐに視線を逸らした。

「なんで私があいつと」

「だって、気になってるだろ?」

「そんな事無い」

 そこで法子はまた将刀を微かに眺め、そしてまた視線を逸らした。

 法子の中に恋心と呼べる様な感情は無い。それは法子自身自覚していた。だが弟がはっきりと断言してくるので、まさかという思いが頭をかすめる。

「それに将刀さんも姉ちゃんの事、気に入ってるみたいだし」

「どこが?」

 法子の目が三度将刀へと向く。将刀はこちらに戻ってくるところで、目が合いそうになって法子は目を逸らした。

「こういうのは理屈じゃないんだよ」

「はぁ?」

「あのさー、姉ちゃんと喋る男なんて稀少だよ? 他に居るの?」

「居ない……けど」

「でしょ? そんな姉ちゃんに話しかけるって事はそれはもう惚れてるんだよ」

「訳分かんない」

「だから理屈じゃないんだって。見た目も良いし、性格も良いし、サッカーも得意。悪いところないじゃん」

「だから? こっちが幾ら思ったって所詮片思いでしょ?」

「だーかーらー、少なくとも無関心でも嫌ってる訳でも無いじゃん。つーことは、これから幾らでも好きになってもらえるって事でしょ?」

「意味分かんない」

「つまりやって見なくちゃ分からないって事だよ」

「私にはそういうの無理だよ」

「じゃあどうする訳? 自分が好きだって思える人で、その上自分を好きになってくれる人を待ってる訳?」

 図星なので、一瞬法子の言葉が詰まる。それを弟は嘲笑って、そしてふと真面目な顔になる。

「ま、そんな訳でさ、将刀さん、良いと思うよ、俺。マジで、姉ちゃんが頑張るって言うなら、俺も応援するし」

「何か心細いけど」

「おい」

「でも、何で? 別に関係ないのに」

「将刀さん気に入った。将来、俺の兄になる男に申し分ない」

「いやいやいや。何にせよ、私はそんな気ないから」

「えー」

 何故か弟と一緒にタマまで不満の声を上げる。

 なんだか腹が立って、さてどう叱ってやろうかと考えあぐねていると、将刀が帰ってきた。

 法子は意識してしまって喋れない。顔が火照るのを感じてまさか本当に好きなのかと、自分の心にどぎまぎしてしまう。弟はそんな姉を見てほくそ笑みながら、どうやって二人をくっつけようかと思案する。将刀は戻ってきたばかりで、どう話をしようかと考える。

 しばらくして、三人が同時に口を開いた時、遠吠えが木霊した。

 会場中の視線が発声源へと向く。人よりも二回り大きい獅子の様な獣が二つ足で立ち上がり、大きく凶暴な顔で辺りを睨みつけた。


「あれ? 法子さんじゃん」

「法子さん?」

「あんたの後ろの席の」

「ああ、法子さん」

「どうしたんだろう、こんな所に」

「サッカー部に好きな人でも居るんじゃない?」

「そんなキャラじゃないと思ってたけど」

「小学生達のコートに行かれますね。ご家族でもいるんでしょうか?」

「きっとそうだよ」

「しかし一昨日のは胸糞悪かったな」

「一昨日の?」

「ほら転校生の……ああ、そういえば摩子はあの時、寝てたっけ」

「野上君だっけ? それがどうかしたの?」

「いや、あの転校生は別に何も。ただその周りを囲んでた、江木さんとかがさ」

「どうしたの?」

「急に法子さんの悪口言い始めて」

「マジで冷めた」

「ね」

「へえ、そんな事があったんだ」

「まあ、そんだけ。関係無いっちゃ無いけどさ」

「あんまり気にしてもしょうがないです。今はサッカーを……あ、抜きましたね」

「あ! ああ!」

「ちょっと落ち着いて」

「攻めてるねぇ」

「行け! 行けぇ!」

「あ、外した」

「あああ!」

「うるさいです」

「もうちょっと落ち着いて観戦しろよ」

「落ち着いてられないでしょ? 三木君が! 三木君の!」

「知らないよ。あたしの目当てじゃないし」

「摩子さんのお目当てさんはどうなんですか?」

「えー? 私の? 特にいないけど」

「ん? だって、最近ずっと高橋君、高橋君て」

「そうなんだけどさー」

「ああ! また外した!」

「うるさい。さっき見かけたんだけど、すんごい馬鹿っぽくてさ」

「ああ」

「やっぱり外だけ良くてもねぇ」

「そりゃそうだ」

「いい加減決めてよ!」

「いい加減座れよ。何にせよ、じゃあ、ついでの武志君を応援して上げなよ」

「んー、そう思ったんだけど、さっきから全然活躍してないんだよね」

「武志君はディフェンスで、チームがずっと攻めているのですからしょうがないのです」

「でも折角応援しようと思ったのに……あれ?」

「どうしました?」

「なんだか向こうが騒がしい」

「ホントだ。どうしたんだろう」

「あれは……多分魔物でしょうか?」

「あ、摩子、何処行くの?」

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