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初デート?

馬車を走らせてしばらくすると、石畳の向こうに街並みが見えてきた。

休日の昼間だからだろうか。通りは人で賑わい、港には旅客船や貿易船がひしめいている。

軒先ごとに色とりどりの旗や看板が揺れ、路地裏からは焼き立てのパンや香辛料の匂いが風に乗って漂ってくる。

私は初めて見る光景に、馬車の窓から目を離せずにいた。


「あれは何ですか?」


通りいっぱいに出店が並ぶ一角が目に飛び込んできた。

電灯が連なり、鮮やかな花の飾りが風に揺れている。まるでお祭りのようだ。


「この時期は“花祭り”が開かれるんです」

「花祭り…?」

「はい。平穏に暮らせた一年に感謝し、来たる一年の無病息災を祈って、大切な人に花を贈る習わしです」

「素敵なお祭りですね」


恋人らしき二人が互いに花を選び、小さな子供たちが果物を頬張りながら歩く光景が見える。

あの中に混じって、アルベルト様と肩を並べて歩けたら――。


「ダメですよ」

「えっ……何がですか?」

「どうせ、貴方のことです。花祭りに行きたいとか、考えていたんでしょう」


まるで心を見透かされているようだった。

なぜわかったのか尋ねようとすると、アルベルト様は笑いながら、半ば呆れたように続ける。


「貴方の考えていることくらい、全部わかります」

「な、なぜですか……?」

「鏡で自分の顔を見てみてください。今の貴方は、何を考えているかすぐ顔に出ますから」


「えっ」と慌てて顔を手で覆い隠しながら、思わず彼を軽く睨む。

そんなにわかりやすく顔に出ているなんて、子供みたいで恥ずかしい。

でも、彼が肩の力を抜いたように柔らかく笑っているのを見て、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「でも、なぜダメなんですか?」

「こんな格好で行けば、目立つに決まっています」


自分たちの装いに視線を落とす。正装姿では、確かに街に溶け込むのは難しい。

あの祭りの中を一緒に歩けたらどんなに楽しいだろうと思っていたのに…、少し残念だった。

馬車が目的地に止まると、アルベルト様は大きなリボンのついたつば広の帽子を差し出した。


「今日はこれをかぶってください」

「……え?」

「ソフィアの体調が回復しつつあることは、まだ一部の人しか知りません。顔をできるだけ見られないようにしておきましょう」

「あ、なるほど……。お気遣いありがとうございます」


私は帽子を受け取り、彼の手に導かれて馬車を降りた。

カフェに入ると、すでに話が通っていたのか、街を見渡せる二階の個室に案内された。

モンブランとチョコレートドリンクが運ばれてくる。

長らく甘いものを控えていた私は、その艶やかな見た目に思わず目を輝かせた。


「食べてもいいですか?」

「ああ、もちろん」


アルベルト様がブラックコーヒーを飲む前で、私はモンブランを一口。

「んんっ!」と思わず声が漏れる。

生クリームをチョコレートドリンクに溶かすと甘さが広がり、幸福の絶頂にいるような気持ちになる。


「そんなに喜ぶなら、もっと早く連れてこれたらよかったな」


彼の肩の力が抜けた笑顔を見て、私の胸が跳ねた。

彼のそんな姿は滅多に見られない。もっと見ていたい…、そんな思いが自然と湧いてくる。

しかし、私のまっすぐな視線に彼が気づくと、口角を下げ、いつもの真面目な表情に戻った。

気まずそうに咳払いでごまかしている。


「な…、何ですか?」

「アルベルト様が、そうやって笑うこと、なかなかないですから」

「そんなことはない…。いつも笑っています」

「いえ、いつもは私の前でどこか気を張っているように見えます」

「…」

「私は、今みたいな貴方の姿を、もっと見たいです」


「そうですか…」と言いながら、照れてコーヒーを口に近づけるアルベルト様を見て、私はふと気づいた。

彼は、何もスイーツを食べていない。ブラックコーヒーを飲んでしかいなかった。

こんなに美味しいのに、コーヒーだけでは勿体ないーー。

私は、自分のモンブランをスプーンですくい、一口分差し出す。


「アルベルト様も食べます?」

「…え」

「せっかく美味しいので、一緒にどうかなって」


アルベルト様は差し出したスプーンをじっと見つめ、動かない。


「あ、ごめんなさい。人の食べかけなんて嫌ですよね」

「いや…」


私は、自分の行いの恥ずかしさに気づき、スプーンを戻そうと手を引っ込める。

しかし、彼はその腕を掴み、口にモンブランを頬張った。

まるで、私が「あ〜ん」をしているような状態になり、今度は私が固まってしまう。

彼はその様子に気づかず、モンブランを味わいながら「うん、うん」と頷く。


「…どうですか?」

「美味しい…と思います」


そう言いつつも、彼はすぐにブラックコーヒーを口に含む。


「もしかして…、甘いもの苦手ですか?」

「…そんなことはないです」

「でも、今、モンブランの味をかき消すように、すぐブラックコーヒー飲みましたよ?」

「それは、たまたまです」

「じゃあ、もう一口食べます?」

「…」

「ほら!!」


アルベルト様は、もはや言い繕えなくなっていた。

なんだか、無理に食べさせてしまって申し訳に気持ちになってきた。

彼は優しいから、断れなかったのだろう。


「苦手なら、苦手って言ってくれればよかったのに」

「でも、」

「…?」

「貴方がせっかく勧めてくれたから…断りたくなかった」

「……っ!」


普段は口下手な彼だが、今のように、時に無自覚に人を喜ばせる言葉を真っ直ぐぶつけてくる。

不意打ちの言葉がどれほど私の心を揺さぶるかこの人は理解しているのだろうか…。

思わず胸がときめき、私は「は〜〜〜」と、大きくため息をついた。

改めて自覚させられた。

――ああ、私、この人のこと本当に好きなんだ。



カフェを出た後、私たちは王室御用達の洋服屋に向かった。

オーナーとは昔からの顔馴染みらしく、療養中のはずの私を目にしても驚くことはなく、静かに店内へと案内してくれた。

すべてを察して、必要以上に立ち入らないこの距離感こそ、王室御用達の所以なのかもしれない。

アルベルト様が数点のドレスを選び、オーナーに半ば押し切られるように試着室に閉じ込められると、私は次々とドレスに袖を通した。

まるで着せ替え人形のようにされて、最後のドレスを着る頃にはすっかり疲れ果てていた。


「あの、アルベルト様…」

「そのドレスが気に入りましたか」

「え、あ、いや」

「なら、そのドレスと他に試着したものもいくつか買いましょう」

「いえ、そんなお気遣いは……。このドレスは素敵ですが、すでに着こなせないくらいの山ほどのドレスを持っています。今日だって選ぶのが本当に大変で!」


私は、今日出かける前に、イザベラが迷っていたドレスの山を思い返していた。

記憶を失う前の私は、どれほど贅沢な暮らしをしていたのだろう、と頭を抱えたくなる。


「あれは、貴方が記憶をなくした後に、私が勝手に買い足したものです」

「え?」

「元より、ソフィアは昔から、物欲がなさすぎるんですよ……」

「でも…」

「とにかく、この国の王妃なのだから。欲しいものは欲しいと言ってください」


我慢しているわけではない。

本当に、洋服やアクセサリーを見ても、欲しいと思うものがないのだ。

実際に、部屋にある眩いほどに輝くダイヤモンドのネックレスやドレスの山に、心が動くことはなかった。


そのとき、ふと店の端に置かれたマネキンに目が止まった。

馬車の中から見た花祭りで、若い恋人たちが着ていたような、膝丈のドットワンピースと、シャツにラフなパンツのスタイルだ。


「あれは…?」


私が指さすと、オーナーは少し慌てた様子で答えた。


「ああ、すみません。あれは系列店で販売している大衆向けの商品でして……決して、ソフィア様にご用意したものではなく」

「私、あれが着たいです!」

「え?」


驚く店のオーナーとアルベルト様の声が重なった。


「その二着を購入して、今ここで着替えてもいいですか?」


オーナーは困惑しながらも、「ソフィア様がそうおっしゃるなら……」と、マネキンの服を準備し始めた。

隣で「なぜ?」とでも言いたげに首を傾げるアルベルト様に、私はそっと囁く。


「アルベルト様、欲しいものは、欲しいと言ってもいいんですよね?」

「…ええ。いや、でもまさか」

「あの服、一緒に着ましょう!」

「な、なぜ?」

「あの服なら、行けますよね」


アルベルト様はその言葉で、私が何を言おうとしているのかすぐに悟ったようだった。

そして、観念したかのように微笑み、「本当、貴方には敵いな……」と、小さく漏らした。

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