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護衛騎士デューク

「こっちの明るいオレンジのドレスか、それとも淡い青……いや、むしろ――」


イザベラは私をドレッサーの前に座らせたまま、ドレスを抱えて真剣に悩んでいる。かれこれ数分。私は完全に置き去りにされていた。


「どっちでもいいわ。動きやすい方にして」

「え〜!そんな簡単に言わないでください! アルベルト様との久しぶりのお出かけなんですよ?」

「……お出かけ?」

「はい。立派なデートです」


デート――。そう言われれば、確かにそう見えるかもしれない。

そう思うと、少し意識をしてしまう。

でも、これはあくまで、私が外の世界を見たいと言ったお願いに付き合ってくれるだけだ。


「違うわ。私が外に行きたいってお願いしたから付き合ってくれるだけ。いつものリハビリの一環よ」

「いえいえ。目的が何であれ、お二人で出かけることは“デート”なんです。私はこうして、ソフィア様を着飾れるだけで幸せですから」


しかし、ドレスを抱きしめる彼女の顔があまりにも嬉しそうで、

私は「何でもいい」なんて軽々しく言えなくなった。


「……イザベラ」

「はいっ!」

「貴方が選んで。私に似合う方を」

「よろしいんですか!? わあ、それなら……」


目を細めて嬉しそうに頷くと、彼女は独り言のように呟きながら、ドレスを吟味し始めた。


「ソフィア様の瞳の色を考えると……」


その一生懸命な姿に、自然と笑みがこぼれた。

そして、無事に準備を終えて、玄関へ向かうと、馬車とアルベルト様の姿があった。


「お待たせして申し訳ありません!」

「いえ、気にしなく――」


振り向いた彼の動きが止まる。視線の先には、イザベラが選んでくれた淡い青色のドレス姿の私。

イザベラに選んでもらったのだから、センスは間違いないはずだけれど、

どこか変なところがあっただろうかと不安になる。


「どうしました?」

「……いや。そのドレス、とても、良い」

「ありがとうございます。このドレスかわいいですよね。

イザベラが悩みに悩んで選んでくれたので、きっと喜びます」

「あ、いや、そうじゃなく……」


言葉を濁す彼の真意を掴めず、首を傾げる。


「そんなんじゃ、何も伝わらないぞ」


その時、軽やかな声が割って入ってきた。

赤茶色の癖毛、八重歯が覗く笑み。陽気な雰囲気を纏った大柄の男が、いつの間にかアルベルト様の肩を叩いていた。


彼は私の前に跪き、手の甲に口づける。


「……っ!」

「本日よりソフィア様の護衛を務めます。デュークと申します。どうぞよろしくお願いします」

「お話は聞いています。これからよろしくお願いします」


突然の口づけに驚いたものの、礼儀の一環と受け入れる。

だが、彼が立ち上がり、まっすぐ瞳を覗き込んだ。


「……どうかしました?」

「いえ。今日のドレスは瞳の色とよく合っていて、大変お美しい」


真正面から「美しい」と言われ、思わず目を瞬かせる。

褒め慣れていない私には刺激が強すぎた。

そして、さらにデュークは笑みを浮かべながら一歩近づいてくる。


「王家の証、翡翠の瞳。近くで見るのは初めてです。やはり、我々とは違いますね」

「……あ、ありがとう」


しかし、そう言った彼の目の奥は笑っていなかった。

デュークの視線に潜む棘を確かに感じる。そして、何か含みのある声音。

胸の奥に冷たいものが落ちて、私は無意識に後ずさった。


「デューク!いい加減にしろ」


アルベルト様の声が間に入り、それと同時に、デュークとの距離が離れた。

緊張が一気に解け、私は息を吐く。


「失礼しました。ソフィア様があまりにお美しいから、不器用なこいつに代わって褒めたまでです。無礼をお許しください」

「余計なことを言うな」

「余計?でも本当のことだろ」

「……っ!お前な……!」


取っ組み合い寸前の軽口を叩くアルベルト様の姿に、私は目を丸くした。

彼が私の前で見せる姿は、いつも完璧で隙がない紳士のような振る舞いである。

だから、今のような年相応の表情を隠していることに、驚くと同時に、少し寂しさを覚えた。

私の前で見せる表情よりも、今の姿の方が生き生きして見える…なんて、少し嫉妬してしまう。


「仲が良いようだけど、デュークは、アルベルト様とどんな関係なの?」

「ああ、俺たちは子どもの頃からの腐れ縁で、元々は…」

「ソフィア!」


アルベルト様が慌ててデュークの言葉を遮る。


「そろそろ、行きましょう」


そして、私の返事も待たず、強引に手を引かれる。まるで、私に何かを聞かせたくないかのように。

しかし、私は、この機会を逃すまいと、慌てて振り返り、デュークに声をかける。


「あの、またゆっくり聞かせてください。アルベルト様のお話」

「ええ、ソフィア様が望まれるなら」

「ソフィア!あいつの言葉は信じないでくれ。8割は嘘だと思ってください」


私は、彼のエスコートに引かれ、そのまま馬車へ乗り込んだ。

だが、彼自身は「少し待っていてください」と呟き、私を置いて、デュークの元へ戻っていった。



◇◇◇



あの世間知らずのお嬢様を置いて、険しい顔で近づいてくる親友を、俺――デュークは飄々と迎えた。


「お前の使命はソフィアを守ること。それだけだ。余計なことを言うな」

「さあ?それは約束できないな」


軽口を叩けば、アルベルトの目が鋭く光る。

今、戦場でしか見せない殺気を、纏っていることに本人は気づいているのだろうか。


「ひえ〜、こわ。わかったよ。今のお前は公爵家の息子で、ソフィア様の夫。父上が崩御され混乱した中、体調を崩した彼女に代わって王位を継いだ――そういう話でいいんだろ?」

「ああ。そして……俺が平民出身だったとか、それを匂わせるような過去の話は、絶対に口にするな」


――これが、理想の王子様を演じ続ける男の姿か…。

プライドの高い親友が本当の自分を隠して、ソフィア様の前で、

見繕う姿はあまりにも滑稽で正直見ていたくなかった。

親友が己を偽り続ける姿は、あまりにも痛々しい。


「まあ、言えないよな、そんなことは。でも、このまま嘘を貫き通すつもりか?」

「……」

「そんな偽りの姿を演じて虚しくないのか」

「……それでも、それしかないんだ」


そう答える彼には、先ほどの威勢は消えていた。

アルベルトは決して俺の前では、自分の心に抱く彼女への感情を認めようとしない。

自分でも、認めたくないのかもしれない。気づかないふりをしているのかもしれない。

でも、俺にはわかるよ。だって、ずっと一緒にいたのだから。

偽りの姿で愛されて苦しいって、今のお前はそんな顔をしている。


俺は深くため息をつき、曇り空を見上げる。


「…もっと澄んだ空が見えると思ってたんだけどな」


全てが終われば、俺もアルベルトも幸せになれると思っていた。

なのに、目的を成し遂げてもなお、なんでお前は今もそんなに苦しそうにしているんだ。

それじゃあ、意味がないじゃないか。お前が幸せになれないのなら。

あの計画を実行した意味がーー。


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