未来へ
王宮の一室。
大きな鏡に映る、ドレスを纏った自分の姿を、私はじっと見つめていた。
緊張のあまり、胸の奥が落ち着かない。ちゃんと笑えるだろうか。
声は震えないだろうか。鏡の前で、そっと口角を上げる練習をする。
――私は、今日。“王妃”として、この場所に戻ってくることを、国民の前で宣言する。
国民の前に立つのは、あの事件以来だった。不安がないと言えば、もちろん嘘になる。
それでもーー、
「ソフィ」
振り向くと、そこには正装したアルベルト様が立っていた。
その彼の首元にはあの日のペンダントが下げられている。
「大丈夫だ。笑顔を作らなくていい。いつものソフィアでいいんだ。それに、俺が隣にいる」
そう言って差し出された手を、私は迷わず取る。
その手にエスコートされるように、部屋を出た。
長い廊下の先にある、大きなバルコニーへ。
一歩一歩、噛みしめるように歩いていく。
廊下の両脇には、イザベラ、デューク、イザーク、ウィリアム……
皆が、静かに、けれど確かに見守ってくれていた。
やがて、アルベルト様が小さく頷く。同時に、バルコニーの扉が開かれた。
外へ出ると、眼下には数え切れないほどの国民の姿が。
皆が、息を詰めるように、こちらを見上げている。
私は深く、深く息を吸い、口を開いた。
「この度は、お集まりいただき、ありがとうございます」
自分の声が、思ったよりもはっきりと響く。
「私は、本日をもって、王妃としてこの場所に戻ってくることとなりました」
一瞬、空気が張り詰めるのを感じる。
「中には、納得のいかない方もいらっしゃると思います。それは……当然です」
それでも、視線を逸らさず、言葉を続けた。
「ですが、私にはやるべきことがあります。この国は今、とても活気に溢れ、前へ進み始めています。けれど、その裏で、前国王が残した負の遺産や、消えない遺恨は、まだ確かに存在しています」
静まり返った広場に、私の声だけが落ちる。
「だからこそ、私は王妃として、その負の遺産を清算し、この国を真の平和へ導くことで、責任を取る覚悟です」
胸が熱くなる。
「それには、長い時間がかかるかもしれません。それでも……皆様が納得してくださるその日まで、私は歩き続けます」
言い切った瞬間、ほんの一瞬の静寂が訪れた。
――そして。割れるような拍手と、歓声が広場を包んだ。
……伝わった。
まだ、たった一歩目に過ぎない。
それでも、こうして受け入れてもらえたことが、どれほど大きな一歩か。
その隣で、アルベルト様が一歩前に出る。
「この国は、この先、もっと良くなります」
彼の声は、力強く、迷いがない。
「誰もが、人としての誇りや尊厳を踏みにじられることのない国に。そんな国へ二人で、導いていきます」
さらに大きな歓声が湧き上がった。
アルベルト様は、私に向かって、静かに、優しく微笑んだ。
バルコニーでのスピーチを終えると、そこには皆が待っていた。
「いや〜、ソフィア様。良かったですよ、スピーチ。あんなにか弱かった王女様はどこへ行ったんだか、って感じで」
「おい、いい加減にしろ!」
「なんだよ、冗談に決まってるだろ」
いつものように振り回されるアルベルト様と、笑っているデューク。
その光景に、思わずクスッと笑ってしまう。
「ソフィア様〜〜!!またお仕えできて、嬉しいです〜〜!!」
泣きじゃくるイザベラに、私は自然と腕を広げる。
イザベラは、その胸に飛び込んできた。
「ごめんなさい。寂しくさせたわね」
頭をあやすように撫でると、彼女は何度も頷いた。
「ソフィ」
一歩近づいてきたウィリアムに、私は向き直る。
「……ありがとう。今まで支えてくれて」
「僕はソフィのお兄ちゃんみたいなものだからね」
「……」
「ソフィのためなら、当然だよ」
そして、まだ鳴り止まない歓声を聞きながら、デュークが肩をすくめる。
「それにしても、世間って都合がいいですよね。つい最近まで、あんなに自分勝手に非難してたのに」
すると、イザークが静かに口にした。
「世間とは、そういうものです。人の感情は、驚くほど簡単に移ろう」
「……」
「だからこそ、変わらないものの美しさが、より際立つのです。でも反対に、人は変わろうと思えば、変われるということでもあります」
アルベルト様と、視線が重なる。
苦しいことも、辛いこともあった。
それでも、今こうしてここに立てているのは、互いに変わることを選んだから。
――けれど、ひとつだけ。
変わらないと、胸を張って言えることがある。
それは、アルベルト様を愛しているということ。
突然、彼が私をお姫様抱っこのように抱き上げた。
「……!? な、何するんですか!」
「行くぞ。他の皆は、一切ついてくるな」
「え!? 行くって、どこに!?」
耳元で、彼が意地悪く囁く。
「寝室に」
「……っ!」
思わず、頬が熱くなる。
「ま、まだ昼間ですよ!」
「昼じゃなかったらいいってことか」
「そういう意味じゃありません!」
笑い合いながら、私たちはそのまま駆け出した。
――王妃として。
そして、一人の女性として。新しい人生が、ここから始まる。
これにて完結となります。
初執筆作品にお付き合いいただき、ありがとうございました!!




