真実
ーーまさか、こんな形で、再会するなんて。
「……ソフィア!」
「アルベルト様……」
お互いに驚きのあまり、目を丸くする。
「……ソフィア? それはそれは、追放された王女と同じ名前ですねえ」
すると、私の名前を聞いた神官の男が隣で嗤った。
「適当に攫ってきましたが……まさか、こんないい人質になるとは。前王には世話になりましたよ」
「……え?」
「人身売買を仕切っていたのは、この私ですよ。あなたの父君の命令でね」
その言葉に、頭が真っ白になった。
「ですから、ここであなたがどうなろうと文句は言えませんよ。こうなった全ての元凶は、あなたの父上なのですから」
――ああ、そうか。これは、因果応報なのだ。
身から出た錆。きっと、あの時、気づかないふりをした罰が、まだ続いている。
神官の男は、「それに……」と、なおも言葉を続けた。
アルベルト様に向かって。
「今、貴方のその真っ黒な、憎しみに満ちた悪魔のような目を見て思い出しましたよ。かつて、孤児だった、ある少年のことを」
「……?」
唐突に始まった昔話に、私は眉を顰める。
しかし、アルベルト様の顔は一段と強張った。
「不覚でしたね。あの豪雪の日、教会から逃げ出した少年が、生き延びられるわけがないと判断し、追っ手を出さなかったことは。そのせいで、人身売買の事実が露呈してしまったのですから」
「やめろ……」
「なぜ、貴方がこれほどまでに、我々を執念深く追い続けるのか。不思議だったんですよ。それが――今、ようやくわかりました」
「やめろっ!!!!」
「――貴方だったんですね。あの少年は」
その瞬間だった。
耳元をかすめるように、何かが通り過ぎ、背後の壁を激しく突き破った。
視線を向けると、アルベルト様が右手で銃を構えている。
「おお、怖い怖い。そんな物騒な代物は、どうかお仕舞いください」
「今度こそ、お前を撃つ」
「おやおや……彼女がどうなっても、構わないと?」
その言葉に、彼の瞳が揺れた。
「彼女を殺されたくなければ、銃を下ろしてください」
アルベルト様は、唇を強く噛み締めながら、ゆっくりと銃を下げようとする。
しかし、このままでは、私のせいで、父の共犯者を逃がしてしまう。
せめて、ここで父の罪をーー、私の命をもってしてでも、終わらせなければ。
「アルベルト様! どうか、私のことは気にしないでください!」
「……!」
「父の罪は、ここで終わらせなければならないんです! 私の命に代えてでも! これから貴方が治める国に、こんな禍根を残してはいけない!」
「……っ」
「撃って!!!!」
しかし、アルベルト様は中途半端に下げた腕を、上げることも下げることもできず、固まったままだった。
「ああ、そうだそうだ」
男は、愉快そうに笑った。
「ソフィア様、知っていましたか? 貴方の父上の、特別なご趣味を」
「……え?」
「少年と、遊ぶのがお好きだったんですよ。ですから、人身売買は、あくまで表向きの名目にすぎなかったのかもしれませんねえ。本当の目的は……まあ、今となっては、わかりませんが」
思わず、言葉を失った。
そして、嫌な予感が、背筋を走る。
「その雪の日に逃げ出した少年とも――、楽しそうに遊ばれておりましたねえ」
「っ……!」
もう、聞きたくなかった。
けれど、拘束された身体では、耳を塞ぐことすらできない。
アルベルト様は、目の前で完全に色を失っていた。
――そうだ。思い出した。
私がまだ王女教育を受ける前の、幼い頃。
雪が降り、雪遊びができると思ったのに、あまりの豪雪に危険だからと、室内にいるよう言われた日。
父に本を読んでほしくて、夜遅くまで書斎で待っていた。それなのに、暖炉の温もりに、いつの間にか眠ってしまって――。
深夜、書斎の灯りが点き、目を覚ますと、寒さで顔を赤くした父が立っていた。
まさか、私がそこにいるとは思っていなかったのだろう。
父は腕をさすりながら、独り言のように呟いていた。
「……あのクソガキ、顔は良いが、私に怪我をさせるとは」
今まで聞いたことのないような強圧的な声。
その声に視線を向けると、父の腕には、真っ赤な歯形のような跡が残っていた。
「お父様……?」
寝ぼけた声で呼ぶと、父は心底驚いた表情を浮かべ、慌てて袖を下ろし、私のもとへ駆け寄った。
そして、いつもの落ち着いた声で尋ねる。
「ソフィア、どうしてこんなところにいるんだ」
「お父様に……本を読んでほしくて」
「……ああ。すまないが、それは明日にしてくれ」
――忘れていた。あの日のことを。
今思えば、あの日こそが、彼が逃げ出した雪の日だったのだ。
パズルのピースが、音を立ててはまっていく。
アルベルト様は、私の父のせいで、どれほどの苦しみを背負わされてきたのか。
あまりの無惨さに、吐き気すら覚える。
ナタリーさんから孤児だとは聞いていたが、まさか人身売買の組織から逃げてきたとは――。
彼が王族を、そして父を、あれほどまでに憎み、反逆を起こした理由が、今なら痛いほどに理解できる。
「……はっ」
アルベルト様が、乾いた笑みを漏らす。
「それで……俺を揺さぶったつもりか?」
「……!」
「そんな過去は、ここで消える。俺の過去を知るお前を殺せば、それで終わりだ」
再び、銃口がこちらを向く。
その先にある彼の瞳には、怒りよりも深い悲しみが滲んでいた。
――これでいい。
ようやく、彼に罪滅ぼしができる。ここで死んでも、悔いはない。
ここで死ねば、私の死にも意味ができる。
覚悟を決め、目を閉じた瞬間、大きな銃声と共に、太ももに鋭い痛みが走った。
「っ……!!」
痛みに耐えきれず、その場に崩れ落ちる。
銃弾は太ももを掠めたようで、左足に力が入らない。
「おい! 何をしている! 立ちなさい!」
男は、私の腕を掴んだまま無理やり立たせようとするが、動かない私を見て、小さく舌打ちをした。
足を怪我した人質など、足手纏いに過ぎない。
「今だ!」
アルベルト様の合図と同時に、どこからか現れた騎士団が一斉に飛びかかり、男はあっという間に拘束された。
「……いたっ」
擦っただけとはいえ、銃弾は銃弾だ。太ももから、じわじわと血が滲んでくる。
「ソフィア……!」
アルベルト様が駆け寄り、ハンカチで強く縛り、止血する。
「す、すぐに医者に診てもらおう」
「大丈夫です……擦り傷ですから」
「駄目だ。弾が当たったんだぞ!」
「…っ!」
「こんな方法でしか、君を助けられず……申し訳ない」
まただーー。
その思い詰めたような、その表情。
いつもそうだ。どうして、私のことで、貴方がそんなにも悲しそうな顔をするの。
私といると、貴方はいつも苦しそうで...。
「私のことなんて、気にしなくてよかったのに」
「…?」
「本来、私の人生は、ずっと前に終わっているはずだったのですから」
本来なら、父が殺された時、私も王族として罰を受けるべきだった。
それを彼の判断で生かされ、死に損ね、周囲の言葉に支えられて、ここまで生き延びてきただけ。
そう。今の私は、死場所を失い、罪を償うために生きているだけなのだから。
しかし、そう口にした瞬間、彼の表情が苦しげに歪んだーー。




