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不穏分子~sideアルベルト~

朝起きて、大広間で一人で食事をし、会議に出席して、午後は溜まった書類仕事に追われる毎日。

また、合間を見つけては、体が鈍らないよう軍の練習場で兵士たちの剣の相手をしている。

最近では、他国から輸入した銃を新たな武器として使いこなせるような訓練にも自ら参加し、とにかく、いつも何かに没頭する日々を過ごしていた。


そして、今日も午前中の会議を終えた俺は、目の前の溜まった大量の書類に目を通していた。

この王位を手にしてから二年。たった二年だ。

不安定なこの国を安定させるために、やるべきことは山ほどある。休んでいる暇などない。


むしろ、この忙しない日々は、俺にとっては返って都合が良かった。

仕事に没頭している間だけは、彼女のことを考えずに済むのだから。


ふと、彼女の顔を思い浮かべる。


――幸せに暮らしているだろうか。


幸せに生きていてくれなければ困る。

そのために、俺はあの日、彼女をこの手から手放す選択をしたのだから。


噂によれば、彼女は元より支援していた孤児院で働き始めたらしい。

それまで、しばらくはウィリアムが、市井での生活の足場を整えていたという。


俺の知らないところで、彼女は新しく幸せな人生を歩んでいる。そう思うだけで、時折胸が締め付けられるように痛む。彼女の幸せを願っておきながら、矛盾していることはわかっている。

それでも、彼女にとって、俺は「不幸」の要因でしかなかったのだと思い知らされるのは辛かった。

わかっていたことなのに、彼女の幸せな未来に、俺は存在できないのだと突きつけられるような感覚に陥るのだ。


「アルベルト!」


その時、執務室の扉が、ノックもなく勢いよく開いた。

この無作法が許される人間は、今では、ただ一人だしかいない


「デューク。ノックくらいしろ」

「すまない、すまない」


いつものことだが、口では謝りながら、彼にはまったく悪びれた様子はない。


「それより、こんな時間まで仕事かよ。休めてんのか?」


彼の言葉に窓の外へ目を向けると、月が高く昇り、夜がすっかり訪れていた。


「根詰めすぎなんじゃねえの」

「俺には、お前らを導き、王になった責任があるからな。お前も言ってただろ」

「言ったけどさ…。今のお前は、敢えて忙しくしてるようにしか見えねえよ」


胸の奥を鋭く突かれ、俺は言い返す言葉を失った。


「それより、何しに来たんだよ。要件があって来たんだろう」

「…ああ。そうそう。すごく大事な報告」


すると、デュークが声を潜め、耳元で囁いた。


「アルベルトの予想通りだった。国境付近で“人身売買らしき取引”が行われているのを確認した。残党が生き残っているみたいだ。例の教会の」

「…そうか」


俺は、デュークの言葉に思わず深く息を吐く。


ここ最近、貧民街で子どもの失踪が相次いでいた。

これまでは、そこに住む子供がいなくなろうが、誰も気づかなかったし、たとえ、いなくなったことに気づいても、どこかでの垂れ死んだのだろうと、気にされることもなかった。


俺自身があの場所で暮らしていたからわかる。

貧民街とはそういう場所だ。

良くも悪くも、他人に無関心でその日限りの関係なのだ。皆、自分たちのことで精一杯だから。


だが、ここ1年は、貧民街の中心に支援施設を作り、定期的に食糧や生活必需品を配給するように整備を整えた。

それによって、支援施設の職員たちが子どもたちの“不自然な失踪”に気づき始めたのだ。

もしかしたら、子どもたちが暮らす場所を移しただけかもしれない。親切な引取り手が見つかっただけかもしれない。


しかし、もし「誘拐」だった場合。

消えていくのが子どもばかりだという事実を踏まえると、嫌でも思い至る。


――人身売買。


どうか、嫌な予想が当たらないでほしいと願っていたが、その願いは呆気なく砕かれた。


「あの時、全員殺したと思ってたんだけどな。しぶとい奴らだ」


前王を殺した際に、王に懇意にしていた教会は根絶やしにしたつもりだったが、まだ生き残っていたとは。


「でも、前王が亡くなった今、人身売買を続ける意味は?」

「そんなの決まってるだろ。子どもはどんな物よりも“金”になる」

「っ…...!!」

「人間は、一度手にした美味しい蜜を、そう簡単には手放せない生き物だからな」


元々は、前王の命令で動いていたはずの連中だ。

だが今は、その命令が消えてもなお、私利私欲で罪を重ね続けている。となると、目的はそれしかない。

儲かるその一点だ。


本当は、今すぐにでも、残党を潰しに行きたい。

だが、勢いのまま動けば、また残党が逃げ延び、同じことの繰り返しになるだろう。

今度こそ、着実に、過去の悪しき遺物たちを根絶やしにするため、慎重に事を進めなければならなかった。

そうは言っても、そうモタモタしてはいられないのも事実だ。

今この瞬間にも、誰かが攫われ、売られているかもしれない。


俺は、イザークをはじめ信頼できる側近たちを集め、作戦の計画を相談し、デュークたちには追加の調査を命じた。そして、彼らを根絶やしにする計画は形になり、計画実行の日を明日に控えたその時だった。


彼女が王宮を訪ねにきたのはーー。


「アルベルト様に謁見を願う女性が来ております。ただ…、アルベルト様の知り合いとも思えず、先ほど門前で警備の騎士が拘束したとのことです。名は、“ナタリー”と」

「……ナタリー? すぐに会わせろ! その人は丁重にもてなせ」

「承知しました」


ーーナタリーが、わざわざ王宮まで俺に会いに来た…?


最後に会ったのは2年前。俺がソフィアと婚姻する前に孤児院に訪れたきりだ。

過去を隠すため、あれ以降は孤児院に顔を見せることもなくなっていた。

ナタリーから俺に会いに来ることも、勿論なかった。

だからこそ、そんな彼女が、ここに来た理由に全く察しがつかずにいた。


イザークの案内で面会室に向かうと、そこには少しやつれた様子のナタリーの姿があった。


「すまない、うちの騎士がナタリーのことを!」

「そんなことはどうでもいいの。それより……」


俺が面会室に入った瞬間、ナタリーは立ち上がり、切羽詰まった声を絞り出した。


「うちの子たちがっ…、攫われたの」

「……何?」

「それに……おそらく、ソフィアも子どもたちと一緒よ」

「……っ!!」


驚きで一瞬言葉を失った。

喉がひきつり、呼吸が乱れる。


「ど、どういうことだ……?」


ナタリーが、珍しく気が動転している。

ここは、俺が冷静にならなければならないと、自分に言い聞かせるも、やっと絞り出した声は震えていた。


「週に一度、子どもたちとソフィアに畑に野菜を取りに行ってもらってるの。それで、今日は、なかなか畑から戻らなくて心配してたら、ソフィアと一緒にいたはずの子どもが唯一1人だけ泣きながら帰ってきて……『ソフィ姉ちゃんたちが攫われた』って」


つまりは、ソフィアと孤児院の子どもたち4人ほどで畑に出かけた際に、何者かに誘拐されたらしい。

その中で、1人だけ奇跡的に逃げ切り、ナタリーに知らせてくれたとのことだった。


「なぜそんなことに…。犯人に心当たりはないのか?」

「心当たりなんてとても…」

「その逃げてきた少年は、犯人を見てないのか?」

「……いや、覚えてないって。でも、その子が言ってたことがあるの。誘拐した男たちが「子どもにしか価値はない」って話してたって」

「…!」


ナタリーの言葉を聞いて、パズルのピースがハマっていく。そして、脳裏に浮かんだ1つの最悪な予感。


――もしや、ソフィアたちを攫ったのも教会の残党の仕業かもしれない。


こんなことになるなら、もっと早く動くべきだった。

俺の判断の遅れが、このような事態を巻き起こしたのだ。だが、後悔しても遅い。


「この件は俺に任せてくれ。必ず生きて連れ戻す。子どもたちも…、ソフィアも」


ナタリーの不安を少しでも拭うように、俺は強く頷いた。



その後、本来の計画を前倒し、デュークが率いる精鋭の騎士団を招集し、真夜中に王宮を出発した。

すでに、彼らの拠点の検討はついている。

あとは、人身売買の決定的な証拠、つまりは取引中の現場を押さえられるかにかかっていた。


奴らの拠点は、夏のバカンスの時期だけ賑わう港町。

夏は人が多く訪れるが、この季節は閑散とし、潜伏するにはうってつけの場所だ。

それに国境も近く、船も出しやすいので、人身売買の取引にはこれ以上の最適はない。


町の手前にある騎士団の施設に到着し、夜明けを待ちながら明日の支度を整えた。

しかし、俺は、真っ暗な窓の外を見つめながら、ソフィアに何かあったらと、焦りで胸が潰れそうになっていた。


「アルベルト。聞いたぞ。…彼女も攫わてるかもしれないって」


2人しかいない部屋、デュークが慎重に俺の顔色を伺う。


「こんなにも過去の自分の甘さを悔やんだのは、初めてだ。あの時、全員殺しておけばこんなことには…」

「…」


彼の無言の返事に、俺は今の自分の立場を思い出す。

今、ここにいるべきなのは、「アルベルト」ではなく、騎士たちを率いる頼れる王だ。

私情を挟むべきではない。俺は、責められてもいないのに、弁明するように続ける。


「わかってる。焦りは禁物だ。この作戦は、あくまで教会の残党をを討伐することでーー」

「なあ。アルベルト。俺もさ、たまに自分の行動を悔やむことがあるよ」

「…?」


予想外の言葉に、思わず彼を見つめる。


「俺は、ソフィア様と離れれば、お前は幸せになれると思ってた。淡い恋心から解放されて、ようやく本当の幸せを手にできるって…、本気で、そう思ってたんだ」


デュークは深くため息を吐いて、静かに続けた。


「でも、今のお前を見てると、時折俺の考えは間違いだったんじゃないかって、思えてくるんだ。挙げ句、王宮から離れた彼女は誘拐され、命に危険が及んでいる。…全部、俺の選択が、今の状況を招いたんじゃないかって」

「違う!彼女が誘拐されたのは、お前のせいじゃない!」


俺はすぐに否定をするも、彼は構わず続ける。


「でも、これで彼女が死んだら、お前は一生自分自身のことを責め続けるだろう?なぜ、あの時、彼女を手放したんだって」

「…」

「そんなことになったら、俺は…、この先ずっと、過去の自分を悔やみ続けることになる。――あの時、お前ら2人を離すべきじゃなかった。――あの時、婚約者になればいいなんてこと冗談でも言わなきゃ良かった。――あの時、復讐なんて提案しなきゃ良かったって」


デュークがこれほどにも思い詰めていたなんて、今まで知らなかった。

彼が後悔する必要など、どこにもないのに…。

彼は選択肢を提示しただけで、結局、この道を選んできたのは俺自身なのだから。


「だから、何が言いたいかって言うと…。困るんだよ。あの人に死なれたら、胸糞悪い」

「…?」

「アルベルト、お前は真っ先に彼女を助けに行け。俺は、この先「あの時、ああしなければ良かった」なんて罪悪感を抱えながら生きていくなんて、ごめんだ」

「デューク…」

「人身売買の証拠と子どもたちは、俺に任せろ」


これは、彼なりの不器用な優しさだ。長い年月を共にしてきた俺にはわかる。

俺が、迷わずソフィアを一番に考えて動けるようにーー。

そう言ってくれているのだ。


「…ありがとう」


俺たちの間に、これ以上の感謝の言葉は、必要なかった。


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