狂い出した運命の歯車~sideアルベルト~
それから暫くして、冬の寒さが厳しくなったある日、緊急で軍部に招集された。
再び、戦争が始まるとのことだった。敵国が侵略戦争を仕掛けて来たのだ。
ーーこれはチャンスだ。
この戦いで功績を上げれば、王の目にも止まるであろう。
王に近づけるかもしれない。近づくことができれば――あの夜の地獄の真実に、手が届く。
それに、いずれ起こす反乱のためにも、共に反旗を翻す同志を集めなければならない時が来るだろう。
そのためには、俺がまず「強者」であることを周囲に示す必要がある。
この戦いの結果が、今後を左右する事は明白であった。だから、こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。
ここで、功績を残せなければ、また目的まで遠ざかるだけだ。
その思いだけを胸に、俺は剣を振るい続けた。
そして、俺は当初の目標通り、いや、それ以上の功績を上げた。
敵軍の命とも言える軍人を一人で討ち果たしたのだ。
そこから、敵兵の統率はあっという間に乱れ、数年はかかると言われた戦争が1ヶ月で終幕した。
我が国の勝利で。しかし、こちらも大きな犠牲者を払ったのは事実で、勝利の代償はあまりにも残酷だった。
帰還後、すぐに王宮に招待され、凱旋パーティーが開かれた。
活躍した軍人を讃える会らしいが、国のために犠牲となった兵士を弔いもせず、祝宴を真っ先に挙げるあたり、やはりこの国の王は、血も涙もない。
そこに、憤りを覚えずにはいられないが、そんなことよりも、俺には優先すべきことがあった。
――これであいつに近づける。
王はたびたび戦争で功績を上げた軍人を、自身の護衛騎士に任命する事があるとは聞いていた。
ここで、そのチャンスを掴めるか、どうか。
王の護衛騎士になれば、常に全てを監視することができる。
それこそ、奴隷売買の証拠も掴めるかもしれない――。
大広間の奥、重厚な扉が開く音が響いた。
全員が静まり返り、視線が階段の上に集まる。
王が、金糸の装飾が施されたマントを靡かせて降りてきた。俺たちは一斉に立ち上がり、頭を下げる。
「よいよい。今日はお前らを讃える場だぞ、席に座りたまえ」
その声を合図に顔を挙げると、そこには思いがけない人物がいた。
王の隣に立っていたのは、
――シャーロット・ソフィアだった。
彼女の姿をこれほどに近くから見るのは、あの日、孤児院で会った以降だった。
しかし、あの日の無邪気な笑顔とは違い、今の彼女は“王女”の顔をしていた。
完璧に整えられた微笑み――作られた仮面のような笑みだった。
――あの笑顔がもう一度見たい。
ふと、そんなことを考えている自分に気づき、内心で舌打ちをする。
何を考えている。俺は、あの女の父親を殺そうとしているのに。仇の娘なのだ。
それより、問題は、彼女が俺のことを覚えているかどうかだ。
もし孤児院での出会いを覚えていたら……、俺の出身が露呈するかもしれない。
王は、身分の上下を何よりも重んじる選民思想の塊だ。
孤児院上がりの軍人など、決して傍には置かないだろう。
だから、頼む――気づくな。
そんな思いで、彼女を見つめていると、視線が交わった。
彼女の瞳に俺の姿が映る。
「…!」
一瞬、息が詰まる。
しかし、俺の焦りとは裏腹に彼女の表情は何も変わらなかった。
微笑んだまま、他の誰にでも向けるような穏やかな眼差し。
――覚えていないのか。
安堵すると共に、なぜか得体の知れない寂しさが同時に胸を掠めた。
覚えていないなら好都合だ。
そう思うはずなのに、胸の奥に小さな空洞ができたような気がした。
やがて食事の席が始まり、場が落ち着いた頃。俺は、ずっと感じていた視線の正体を悟った。
――王が、俺を見ている。
やがてその口が開いた。
「君はこの戦の最大の功労者だ。褒美をやろう。何が欲しい?」
その瞬間、会場の空気が止まった。俺の中では、すでに答えが決まっていたはずだった。
――“護衛騎士の座を”と申し出る。それだけでいい。
だが、口を開いた俺の言葉は、まるで他人のもののようだった。
「ソフィア様、あなたが欲しいです」
気づけば、そう口にしている自分がいた。
静寂と共に、その場にいた全員が息を呑んだのがわかった。
しかし、俺がその言葉を口にしたのと同時に、彼女の頬は赤く染まった。
……その瞬間、俺の中に奇妙な満足感が生まれた。
あの作り物の笑顔を俺が崩したのだ。あの日、孤児院で見た“本当の顔”を、再び引き出せた。
ーーいや、俺はいったい、何をしている。
なぜ、「護衛騎士にーー」と言わなかったのか。
正気に戻って後悔しても、もう遅い。
俺の願いは王の「面白い!」の一言であっという間に承認されてしまった。
呆然とする俺の脳裏に、デュークの言葉がふと甦る。
ーー「う〜ん。たとえば、彼女の護衛騎士に任命されるとか、あとは…婚約者になるとか?」
ああ、そうだ、俺はあの日の言葉に影響されたのだ。
あの時は、冗談だと思っていたが、今、現実になってしまった。
けれど、悪い話ではない。彼女の婚約者という立場なら、王室の内情を探るのも容易くなる。
王よりも、ガードの緩そうな彼女を通した方が情報を得やすい。
……そうだ、その事を見越した冷静な判断だ。決して間違いではない。
俺は自分にそう言い聞かせながら、胸の奥で静かに呟いた。
これは、復讐のための駒を手に入れたにすぎないと。
アルベルトの回想シーンはこれにて終了です…!次回以降、ソフィアの視点に戻ります!




