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邂逅~sideアルベルト~

十五歳になった年、俺とデュークは過酷な選抜試験を潜り抜け、ついに国軍へ入隊した。

後ろ盾のない俺たちが、王政の中枢へ少しでも近づける唯一の道。

それが軍人になることだった。


だが、現実は甘くなかった。

入隊しても王に謁見する機会などほとんどなく、毎日は訓練と戦場の繰り返し。

命がけで戦い続けても、上から見れば“駒”の一つに過ぎない。

それでも、止まるわけにはいかなかった。目的を果たすまでは、死ぬわけにいかない。

そう心に刻み、俺は剣を握り続けた。


やがて、戦場での功績が認められ、ある名門公爵家が俺を養子に望んだ。

後ろ盾を得れば、行動の幅は広がる。

俺はその提案を逃さず受け入れ、公爵家の養子となった。


そして五年後。

俺は、複数あるうちの一つの軍隊を率いる立場にまで登り詰めていた。

だが、その地位に立つほどに思い知る。王を討ち、国を奪うなど、容易なことではない。

完璧な準備と、決定的な“正義”、つまりは民意を味方にするような革命の理由が必要だった。

――例えば、王が裏で行っている奴隷売買の証拠。


それを掴むためには、どうしても王の側近に近づく必要がある。

そんな折のことだった。訓練場で剣を振っていると、ふと視線を感じた。

見上げた先には、陽光に揺れる金髪と、柔らかく微笑む少女の姿。

その光景に、一瞬、息を呑む。

――シャーロット・ソフィア。

この国の王女だ。


彼女が軍の統括に興味を持ち、視察に来ることがあるとは聞いていた。

だが、実際に目にするのは初めてだった。

生まれながらに守られ、恵まれた世界でしか育たない者が持つ、特別な気品。

遠く離れた訓練場の片隅にいても、それは圧倒的に伝わってきた。


ぬくぬくと暖かい服を着て、安全な場所から俺たちを見下ろしている――。

その姿が視界に映るだけで、腹の底から苛立ちが込み上げてきた。

彼女が何も知らずに笑っていられるのは、あの残忍な王の庇護下にいるからだ。

その事実が、俺をさらに苛立たせた。


「ソフィア様、最近よく来るよな」


隣で剣を振っていたデュークが声をかける。


「なあ、あの人に近づいて、内部に潜り込めたりしないかな〜」

「近づくって、どうやって」

「例えば、護衛騎士になるとか……あとは、婚約者になるとか?」

「あのな。前者はあり得ても、後者はあり得ないだろう。俺たちなんて、王族から見れば虫けら以下だ。視界にも入らない」

「いや〜、でもお前のその綺麗な顔面なら……」


俺が睨みつけると、デュークは苦笑しながら肩をすくめた。


「冗談だって。冗談。ソフィア様の婚約者は、あの名門伯爵家の長男、シャロン・ウィリアムだしな。あんな絵に描いたような王子様が好みじゃあ、お前みたいな粗雑なやつは、いくら顔が良くても王女様のお眼鏡にはかなわないさ」


そう言って訓練に戻る彼を横目に、俺は再び彼女を見上げた。


――シャーロット・ソフィア。

到底生きる世界が交わることはない、遠く、届かない存在。

憎む男の娘。その時はそう思っていた。



それから、しばらくして、半年ぶりに訪れた休暇のタイミング。

俺は一つの場所へ向かっていた。懐かしい並木道を抜けると、目の前に見えてきたのは、かつて過ごした孤児院。

俺が初めて「帰る場所」と思えた唯一の故郷だ。


軍に入ってからはなかなか顔を出せなかったけれど、こうして少しでも暇ができた時には、必ずここに戻るようにしていた。

どれだけ時が経っても、ここだけは“本当の自分”でいられる唯一の場所だった。


扉を開けて足を踏み入れると、温かな木の香りが懐かしく胸をくすぐった。

あの日々が、まるで昨日のことのように蘇る。


――ここから始まったんだ。デュークと二人で。


だが、今日は少し様子が違っていた。

いつもは子どもたちの笑い声で賑やかな館内が、妙に静まり返っている。

奥へと進むと、ようやく一人の姿を見つけた。彼女は俺の姿を見て、目を細め、優しく笑った。


「アルベルト…?」


ーーナタリーだった。

俺をあの雪の日に拾い、救ってくれた人。そして、初めて“信じられる大人”だと思えた人。


「来てくれたの?軍は忙しいでしょう?」

「少し暇をもらったんだ。ナタリーは元気だった?」

「ええ、足腰はもうきついけどね。あなた、本当に立派になったわね」


母のように微笑むその顔に、胸の奥が少しだけ痛んだ。

俺たちが何を企んでいるのか彼女は知らない。

彼女の中では、まだ“息子”のように見てくれているその優しさが痛かった。


「子どもたちは?どこにも見当たらないけど」

「もうすぐ戻るはずよ。今日は畑に野菜を取りに行ってくれてて。シチューを作る予定なの」


その言葉と同時に、玄関の方から賑やかな声が響いた。

懐かしい、あの元気な声だ。思わず口元が緩む。


「ほら、ちょうど帰ってきたみたいね」


ドタドタと走る足音が近づき、次の瞬間――。


「ナタリーー!!ただいまーっ!!」


雪崩れ込むように子どもたちが食堂へ飛び込んできた。

頬も服も泥だらけ。それでも、その笑顔は太陽のように明るい。


「あれ、アルベルトじゃん!」

「おう、でかくなったな」

「ねえ、約束覚えてる?今度剣術教えてくれるって!」

「……ああ、あれか」

「絶対忘れてた!」

「覚えてたよ」

「嘘だ〜!でも今日は教えてもらうからな!」

「わかった、わかった」


彼らの無邪気な笑顔に、思わず笑い返していた。

この場所にいる間だけは、心が鎧を脱ぐ。そう思っていた、その時だった。


「もう、みんな! 廊下は走らないの!」


聞き慣れない女性の声が、食堂の入り口から響いた。

顔を向けた瞬間、息が止まった。


――俺は、嫌な夢でも見ているのか?


そこに立っていたのは、信じられない人物だった。

金糸のような髪が、窓から差し込む光にやわらかくきらめく。

翡翠のような瞳が、優しく子どもたちを見つめていた。

土で少し汚れてはいたが、それでも――。

あの特徴を持つ女性など、この世に一人しかいない。


「ナタリーさん、みんなで取った野菜、ここに置いておきますね」

「ああ、ありがとうね」


信じがたい光景に言葉を失っていると、彼女がこちらに気づき、目が合った。

心臓が跳ねる。

――なぜ、ここに…?


王を討とうとしている身で、王の娘と顔を合わせる。

それだけで、息が詰まるような緊張感が走った。


「こんにちは!」


俺がそんなことを考えていると、つゆも知らない彼女は、向日葵のような笑顔を咲かせた。

俺は、まともに声も出せなかった。


「さあ、みんな!手を洗いに行くわよー!」


そう言って、彼女は子どもたちを引き連れ、洗面所の方へと消えていった。


「彼女は……」

「アルベルトなら、流石に気がつくわよね。ソフィア様よ」

「……なぜ、ここに?」

「支援活動をしてくださっているの。各地の孤児院を回ってね」

「……なぜそんなことを?」

「さあね。でも、王族も王族なりに、抱えてるものがあるみたいよ」


――理解できなかった。

あの王の娘が、なぜ孤児のために働く?

何不自由ない王族が、なぜ孤児院なんかに。


だが、同時にこうも思った。

……これは、好機だ。

普段なら絶対に近づけない存在が、今、目の前にいる。護衛もなく、一人で。

この機会を逃す手はない――そう思った。


けれど、現実は思うようにいかなかった。

彼女は子どもたちに囲まれっぱなしで、近づく隙などまるでない。

一方で、俺も剣術を教える羽目になり、休む暇もなかった。

何人かの相手を軽くあしらい、ようやく木陰で一息つく。


ふと遠くを見やると、子どもたちが外で鬼ごっこをしているのが見えた。

その中でひときわ目を引く金の髪――。

彼女が、笑っていた。子どもたちと一緒に、心から楽しそうに。

公の場で見せる貼り付けたような笑顔とは違う。柔らかく、温かく、人間らしい笑みだった。

……まるで、いつも遠くから見る彼女とは別人のようだった。


夕日が沈みかけた頃、俺はもう帰ろうかと腰を上げかけた。

このまま彼女と話せず終わるだろう――そう思った矢先。


「あっつ〜!」


その声と共に、彼女が俺の隣に腰を下ろした。

頬を赤くしながら、手で仰いでいる。


その隣で、俺は動揺が顔に出ないよう、焦る心を落ち着かせる。


「子どもたちと同じテンションで遊ぶのは、なかなか大変ですよね〜」

「…ええ、まあ」

「あっ、そういえば、自己紹介まだでしたね。私、ソフィ……いえ、ソフィラスと言います!」

「っ…!」


思わず吹き出しそうになった。

自分のことを隠してここに来ているはずなのに、わざわざ自分から本名を名乗ろうとするなんて。

どこか抜けている人だ。


「あなたは?」

「俺は……、アルベルトです」

「ここの孤児院の出身なんですか?」

「はい。……でも、あなたは違いますよね?なぜ、こんなところにいるんです?」


問い返すと、少し間を置き、彼女は穏やかに笑った。


「それは秘密です。でもーー」

「……でも?」

「不幸な思いをする子どもを減らしたいと思って、ここに来てます」

「……」

「誰もが神様に見放されずに、平等に幸せでいられる世界にしたいって」

「っ…!」


そう言いながら、彼女は夕日の中で走る子どもたちを寂しげな瞳で見つめていた。

夕日の光が、彼女の金髪をやさしく照らし、その横顔が、光に溶けていくように美しくて、息を飲んだ。

――なぜだろう。

彼女の言葉が、心の奥に触れた気がした。


その日から、いつしか俺は彼女のことを遠くから目で追うようになっていた。

彼女の目に俺が映ることはなかったけれどーー。

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