デュークとアルベルト~sideアルベルト~
二階の窓越しに、王宮の前で手配された馬車を見下ろす。そこには、ウィリアムに手を引かれ、静かに乗り込むソフィアの姿があった。
「……」
俺は、ただ息を詰めてその光景を見つめていた。
今すぐにでも階段を駆け下り、彼女の腕を掴みたい。
ーー行かないでくれ。
その一言が、あの日から喉元に突っかかったまま出てこない。
一瞬、彼女が顔を上げ、こちらを見上げたように見えた。慌てて、俺はカーテンの影に身を隠す。
――俺は、一体何をしているんだ……。
もし今、彼女と目が合ってしまったら、冷静に見送ることなんて到底できるはずがない。
でも、彼女のあの言葉が、頭の奥で何度も響く。
――「辛いの。貴方の顔を見ることも、この場所で息をすることも」
あの時の彼女の表情。
泣きながらも微笑もうとした、あの顔が脳裏から離れない。
思い出すたびに、胸の奥を誰かに鷲掴みにされたように痛む。
「……そんなとこで何してんだよ」
背後から声がした。デュークだ。
ソフィアの見送りに行ったはずなのに。
「もう行ったぞ。あの人なら」
まるで俺の心を読んだようなタイミングで彼は言う。
再び窓の外を見ると、馬車はもう遠くへ小さくなっていた。
俺は、窓に手を這わせる。まるで、もう触れられない彼女の温もりを追うように。
「……あの日、なぜ俺に黙って連れ出した?」
「ソフィア様は記憶を取り戻したいと必死だった。それに、俺も彼女は早く記憶を取り戻すべきだと思った。だから、彼女の計画に乗った」
「お前を何のために護衛につけたと思ってる? 彼女を守るためだ!記憶を思い出す“きっかけ”になるものからも、だ!」
声が思わず荒くなった。
自分のために、ここまで共に歩んできた親友に怒りをぶつけるのは間違っている。
頭ではそうわかっているのに、止められなかった。
あの日、もし彼女が外に出なければ、今もここで笑っていてくれたのかもしれない。
「なのに、なぜ余計なことを…!」
「本当にわからないのか?」
「……っ」
「お前のためだよ!!!!!」
怒声が部屋の空気を震わせた。
いつも笑ってかわすデュークが、これほど感情を剥き出しにするなんて。
「なぁ…、俺が何も気づいていないと思ったのか?」
「……」
「子どもの頃からずっと、お前の隣で一緒にやってきたんだ。お前の顔を見れば、何を考えてるかなんて一瞬でわかる。お前は、本気で、あの人のことをっ...!」
「やめろ!それ以上は言うな!」
「聞けよ!お前は……本気で好きなんだろ!」
その言葉に、心臓を掴まれたように息が止まる。
あってはならないことだった。敵の娘を想うなんて。
ましてや、王家を討ち、革命を掲げたこの俺が。
彼女は利用するはずだった。
計画のための駒であり、復讐の象徴であり、決して、愛してはいけなかった。
だが、親友の口からその名を突きつけられた瞬間、胸の奥に押し込めていた全てが崩れ落ちていった。
「最初、お前が“王家の血を残すために彼女を生かす”なんて言い出した時、正直、頭がおかしくなったと思ったよ。今どき血筋なんて重んじるのは保守派の一部だけだ。だが、お前は彼女を生かした」
デュークの声が静かに、しかし確かに響く。
「そこで気づいたんだ。お前が彼女を見る目は、演技なんかじゃなかった。それに、彼女といる時のお前のあんなに惚けた顔…、俺でも初めて見たよ」
「なら、わかるだろ…。彼女が記憶を取り戻さなければ、このまま……」
「でも、それは結局紛い物にすぎない」
デュークが一歩、俺に詰め寄る。
その瞳には怒りでも哀れみでもない、ただ真実を見抜く冷たい光が宿っていた。
「困るんだよ。俺らを導いて王になったお前が、いつまでも幻の中で生きていたら。現実を見ろ、アルベルト。あの日のままじゃ、誰も救えない」
――「幻の中では、生きられませんよ」
かつてイザークに言われた言葉が、脳裏をよぎる。
そうだ。自分の手で、望んで壊しておきながら、誰よりもあの日々に戻りたがっていたのは、他でもないこの俺だった。
「もう……、お前のそんな苦しそうな顔は、見たくないんだ」
デュークの声が震える。
その顔を見た瞬間、初めて気づいた。
こいつは、ずっと俺を見ていた。ずっと、隣で、見守っていてくれたのに。
その思いを、踏みにじるようなことを俺はしてしまっていたのだ。
望みすぎてしまったのだ。復讐だけが目的だった。
前王を討つこと。それだけだった。
だが気づけば、王座に座り、そして、彼女の愛までも、望んでいた。
手に入らないと知りながら、手を伸ばし続けた。
復讐を果たしたら、彼女は一生手に入ることはない。そうわかっていたはずなのに。
「……すまない。俺が、どうかしていた」
それが、ようやく口にできた唯一の言葉だった。
デュークは、しばし沈黙した後、静かに呟く。
「お前も、彼女を解放してやれ。ソフィア様のためにも……自分のためにも、な」
その声が胸に突き刺さる。
窓の外には、もう見えない馬車の影。
そこに向けて、俺はただ、唇を噛みしめる。
そして、俺は覚悟を決め、自分の首に下げられたペンダントを引きちぎるように外した。
彼女が「俺の綺麗な瞳に似ている」と、そう言ってくれたこのペンダントは、もう必要ない。
そのように言い聞かせ、思いを断ち切るように机の奥に閉まった。
次回以降、アルベルトの過去篇に入ります!




