彼の本当の姿
それから、しばらくして、私は自室に移動させられた。
久しぶりの自分の部屋は、かつてとは様変わりしていた。窓には厚い鉄格子、扉は外から鍵がかけられている。
そして、外から聞こえる罵声の数――。
他の王族は国民の前で首を落とされたにも関わらず、私一人だけが生きながらえている。
それを良く思わない国民たちがいるのは当たり前だ。
「ソフィアを殺せ!」
「王族のせいで息子が死んだんだ!」
「シャーロット家は皆殺しだ!」
昼も夜も怒号が続いている。
私は恐ろしくなり、カーテンを閉め切ったまま息を潜めたまま過ごすようになり、いつしか眠っている間でさえも、幻聴が聞こえるようになっていた。
そんなある日。
「ソフィア様」
懐かしい声が、扉の方から聞こえた。
イザークだった。
「…あなたが無事ということは、そういうことね」
父の宰相だった男だ。
本来であれば、生きていられるはずがない。
そんな彼が、今もここに無事でいるということは、アルベルト様側の人間だったということだ。
彼の理知的な瞳は、どこか影を落としていた。
「申し訳ございません」
「どうして、あなたが謝るの…?私が貴方でもそうするわ」
そう言いながら、胸の奥で別の痛みが走った。
幼い頃から信じていた人にさえ、裏切られた――その事実が。もう、誰を信じればいいのかわからない。
「ねえ、イザベラも、このこと知っていたの?」
「……いえ。彼女は何も存じておりません」
「そう……」
「イザベラはソフィア様のおそばにおりたいと申しておりましたが、今は実家に戻っていただいております」
息を深く吐く。それが、暗闇の中で唯一の救いだった。
「イザベラには一生、ここに戻らないように伝えておいて」
「…え」
「そうして」
「…承知しました」
それでいいーー。
彼女には、もう私のような、先のない人間に関わらないでほしかった。
一緒にいても、何も得にはならないのだから。こんな地獄みたいな世界に巻き込みたくない。
だが、その願いはすぐに裏切られる。
数日後――、扉が再び開き、イザークが立っていた。
その背後には見慣れた少女、イザベラの姿。
「イザーク!何で…」
「アルベルト様のご命令です」
「え…?」
「ソフィア様の身の回りの世話をする信頼できる女性が必要だと」
理解が追いつかなかった。
――どうせ私を殺すつもりなのに、なぜ私の傷をさらにえぐるような、追い討ちをかけるようなことをするの...?
私は、その疑問を振り切るように駆け出した。「ソフィア様!」と叫ぶ護衛の手を振り切り、ただ一人、あの部屋へ向かって。
そして、彼の執務室の前で、剣を構える騎士たちに制止される。
「ここにいるんでしょう?会わせて!」
「それは、できません!」
「…お願い!」
その時、扉の向こうから低く響いた。
「通せ」
その声を合図に、騎士たちは道を開ける。
私は中へ足を踏み入れた。
扉を開くと、そこには机に向かい書類をめくるアルベルト様の姿。
数ヶ月ぶりに見た彼は、あの頃より逞しく、大きく見えた。
そして――、その瞳の奥には、もう私の知る温もりはなかった。
「…どうして、イザベラを?」
問いかけると、彼は眉間に皺を寄せて、視線を逸らした。
よっぽど、私のことを見ていたくないようだ。
その素振りに心の奥がチクリと痛む。
でも、これは当然だ。仇の娘なんて憎くて仕方がないだろう。
「君が食事を取らず、どんどん痩せ細っていると聞いた。だから、世話する者が必要だと思った。それだけだ」
「……どうして、…私を殺さないの?」
そう口にした途端、彼の手が止まった。沈黙が落ちる。
「貴方は、私の父だけでなく、母も弟も殺した。家族には、何の罪もないのに」
「同罪だ。王族として、罪を償ってもらったまでだ」
「だったら…!!」
彼の前で絞り出した声は震えていた。
家族は皆死んだ。大好きだった人には裏切られた。
そんな孤独な世界で、一人だけ生かされることが、どんな罰よりも残酷なことか。
「全部、最初から計画だったの?」
「…ああ」
「戦争で活躍して、父に近づいたのも?」
「…そうだ」
「私を愛しているふりをして、結婚を望んだのも?」
「……ああ、そうだ」
「私を生かしている理由は、王家の血を残すため?」
「っ……!」
その時、彼の瞳が一瞬だけ揺れた。
――ああ、そうだったのね。
ショックを受けることはわかっていたのに、なぜ自らこんなことを聞いてしまったのだろう。
それでも、少しの希望に縋ってしまった。
もしかしたら、少しでも私を愛してくれているのではないかと。
彼と笑いあった日々が全て嘘だなんて、信じたくなかったのだ。
私が、こんな幸せな日々が一生続くことを祈っていた間、彼は、こんな惨めな日々が早く終わればいいのにと願っていたのだろう。
一瞬揺らいだ瞳は、すぐに冷たく戻る。
「君は…、思い通りにならなくて、本当に厄介だよ」
もう、あの優しい声ではなかった。
涙が溢れてくる。頬を伝う涙を止めることなど、できなかった。
――この人を、まだ愛している。
それが、いちばん惨めで、痛かった。




