Day 1-5: ブロックとドワーフ族
次はヒゲモジャのブロックだ。フィオナとの見た目のギャップがすごいな。同じ知的生命体がこうも違う進化を遂げるとは、この世界の多様性は凄まじい。
「なんじゃ。いろいろ忙しいんじゃ。手短に頼むぞ」
「マリアのゴーレムの修理もしないといけないしな。よければ後で手伝うよ」
「そりゃいいな。そうじゃ、アイマは万能じゃからな。わしが作ったんじゃからな」
少し学習すれば機械の修復は簡単だろう。
「ところで、オートマタが不具合で暴走することはあるかな」
ふむ、とブロックは少し間を空けてから言った。
「なくはないかもな。もちろん、動力系や接続部の不具合で動きがおかしくなったり、動作しなくなるということはありうることじゃからな。品質には自信はあるが、100%問題ないということはありえん」
「そりゃそうだよな」
「ソフトウェア側の不具合もありうるぞ。敵ではないものを敵と認識して攻撃してしまうこともな。かなりテストは繰り返しているから可能性は極めて低いがな」
「ソフトウェア部分はラズヴァンが作ったんだよな?」
「そうじゃ。じゃが、ユーザーとしての設定はマリアがやっとるはずじゃ。例えばヒトを攻撃するかどうかの設定とかじゃな。確か撃退モードにで、殺傷はしない設定だったはずじゃ」
「そんなモードがあるのか」
「それに実際に自律的な行動を実行させる部分もマリアの傀儡師としての魔術がコントロールしているんじゃ。ラズヴァンが認識系、制御系のソフトウェアを提供し、わしがマナを通しやすい動力系を組み立てている。それをマリアのマナで動かしている、ってわけだ」
そうなるとどこで不具合が起きたのかはわからんな。意図的なものだったのか事故なのかも不明だ。オートマタの修理を手伝わせてもらえば手掛かりがあるかもしれない。
それにしても、ここにもエルフのフィオナは関わっていないのか。オートマタはエルフの孤立を象徴するようだな。
「そんなことを聞くってことは、オートマタがあの勇者の仲間を殺したと疑っているんじゃな?」
「はい、後で点検すればはっきりするだろうと思います。オートマタの武器に殺傷の痕跡があるだろうと思います」
「そんな原始的なことをせんでも戦闘ログでわかるわい」
ああ、そうか。俺も彼らに対する認識を改めなければ。このファンタジー風の異世界の社会は、テクノロジー的にだいぶ進歩している。異世界だろうと知的生命体が存在する限り必ず技術の進歩を目指すのだな。
「智の魔神の俺からしても、この世界はとても素晴らしい技術レベルにあると思います」
「そうじゃな。わしらは無心にただより良いものを作ろうとしてきただけなんじゃが」
ブロックが少し複雑な表情を見せる。進歩を単純に喜んでいるだけではないようだ。
「技術の進歩が失わせるものもありますからね」
「そうなんじゃ。わしももう何が正しいのかわからんが、より新しくより良いものを求めれば求めるほど、古の時代に憧れる気持ちも強くなってくるんじゃ」
ブロックはそこで一つため息をついた。
「古まで戻らんでも、わしが生きていた時代でも昔はよかった。ものを作れば作るほど世の中は良くなっていく感覚があった。じゃが、気づいたら欲しいものがなんだったのかもわからなくなって、社会も停滞して、ついには世界の危機ときた。いったい何を間違ったんじゃろな。おまえさんならわかるじゃろ?」
「まだ世界の危機の原因については情報と分析が必要だけど、一般的なことを言うのであれば、持続可能な開発や製造をしていないからでしょうね。それからモノを追い求めすぎたせいで精神の充足を無視しすぎたんでしょう」
「なんじゃ、エルフっぽいこと言いおって。まさか洗脳されよったか?」
「そんなわけないでしょう。智の魔神のベース知識からの推論です」
あとスローライフによる精神の充足を希求する俺の気持ちです。
「ふん、わしはそれよりも作りすぎてしまったことが原因じゃと思っとる」
「マナの減少のことですか?」
「そうじゃ。マナの減少、それからマナを生成する魔素の枯渇が当面の問題じゃ。魔素は植物からしか生成できないんじゃが、植物が生成するペースをはるかに超えるペースで消費しすぎたんじゃな」
「なるほど。植物からではなくて、例えばマナから魔素を還元するとか、人工的に魔素を抽出する技術は確立できていないんですか?」
「マナは消費するものじゃ。あらゆる魔道具がマナを消費して動いているんじゃ。おまえさんの体もそうじゃな。それが使われてしまったらもう二度ともとには戻らない」
そのことはこちらでしっかり分析しよう。たとえ魔素がこの世界では有限だとしても、魔素で作られたものから魔素を抽出する手段はある可能性はあるはずだ。消費されてしまったマナからの抽出は難しいかもしれないが。
それが世界の危機に関連する問題であれば、優先すべき課題であろう。
「だからこそ、例えば再生可能なエネルギーを開発して、持続可能な社会にすべきなんですよ。マナの消費方法によっては環境にも害を与えている可能性があります」
「違う。技術を使って世の中を良くしようとしているのに環境破壊なんぞするわけなかろう」
頑固ジジイめ。頑固さは視野を狭めるんだよ。
「アイマよ、おまえさんもわしらの技術のおかげで召喚されたんじゃ。もしおまえさんが世界を救うなら、それも技術の勝利じゃて」
頑固さに屁理屈が掛け算されたら敵無しだな。
「ではブロックは技術の力で世の中が良くなれば良いと思っているだね。どんな世の中が良い世の中と言えるだろうか。ドワーフ族はどんな世の中を望むの?」
「わしらは実直に生きとるだけじゃ。頑張ったものが報われる世の中ならそれでいい」
「頑張らない者は不幸になっても良いと?」
「なんじゃ、おまえさん、揚げ足取りが好きなんか? 偏屈な魔神じゃな」
あんたに偏屈とか言われたくない。これはとても大事な話なんだ。
「俺としては誰一人として不幸にならないような社会が望ましい」
ふん、とブロックが鼻で笑った。
「そんなのは不可能じゃよ。だから、誠実で勤勉な者から幸福になるべきなんじゃよ」
「俺はそういう価値観を定めてしまうのはとても危険だと思うよ」
「ものには優先度が必要じゃろうが。でなきゃ何も進められんじゃろ」
「優先度についての考えは支持するよ。ただ、優先度のつけかたが問題だ。世の中には頑張りたくても、頑張りたくても頑張れない者たちもいるだろう。最悪の場合、頑張る機会も与えられず、そもそも機会があろうと頑張ろうとも思えない者だっている。俺はそういう人たちこそ先に救われるべきだろうと思う」
「そんなことはありえん。環境のせいにして、頑張らんのは根性が足りんだけじゃ」
「それが現実にはありえるんだよ。だから俺は不幸が深刻な者から優先的に救わなければならないと考えている」
「学習の進んでいない魔神と言い合ったところで仕方ないな」
「そうだな。まずはもっと学習を進めるよ」
学習が進んでも意見が変わる可能性は低いと思うが、いくら説明してもしっかり検証も分析もできない頑固者とやりあったところで確かに時間の無駄だ。それよりも聞きたいことがある。
「ところで魔族のことはどう思う? ドワーフと魔族は得意分野の違いはあるだろうが、どちらも技術力で経済を拡大してきたんだろう? 考え方も似ているのか?」
「魔族はやりすぎじゃ。やつらは金と力のために何でもするやつらじゃ。わしらが伝統に敬意を払ってモノを作るのとは違うんじゃ。代々伝わる技術のおかげで今があるのに、やつらはより金になるもの、より強いものであれば迷わず古いものを捨てよる」
ドワーフが魔族を全面的に信頼しているというわけでもないんだな。
「世界の危機は魔族のせいだと?」
「そうとは言い切れん。わしらも魔族のおかげで生活が良くなったから全てやつらの責任にするつもりはない。じゃが、やつらが責任の多くを負っているじゃろう。もしマナや魔素が危機の原因ならばなおさらじゃ」
「魔族がマナと魔素を最も消費しているということだね」
「圧倒的な量じゃ。この大地の魔素だけじゃない。生物も存在しない海や空の先の魔素まで集めておるんじゃ」
宇宙からも魔素を集めているのか? やはり相当な技術力だな。しかし影響も考えず、無尽蔵に資源を消費しようとするのは良くないだろう。
「あまり魔族の陰口を叩くのも良い気分ではないわい。思ったより時間をとってしまったな。そろそろゴーレムの修理に行ってくる。ヒト族が修理代を払えるか心配じゃが。ははは」
豪快に笑って出てブロックは出て行った。
後でオートマタのログを見せてもらおう。