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Day 1-4: フィオナとエルフ族

 マリアが会議室を去ってまもなく、フィオナはすぐにやってきた。


「何だかマリアの機嫌が良さそうだったわ。魔神の力でご機嫌取りでもしたのかしらね」


 何だか少し棘のある言い方だな。口調も崩れている。特にフィオナにはあまり敵対的になってほしくはないのだが。


「ご機嫌取りというわけじゃないが、彼女が溜め込んでいたものを吐き出してくれたから、少し気分が晴れたんじゃないかと思う」


「そうなのね。確かにヒト族にとってはひどい世の中だから、いろいろ思うところはあるでしょうね」


 やはり皆その認識はあるのか。


「ここにいる四人のメンバーの間の関係はどうなんだ?」


「気づいているとは思うけど、目的がたまたま一致しているだけで、お互い友好的というわけじゃないわ。ラズヴァンは身勝手で、特にマリアを見下していて、マリアは皆に対して萎縮しているわ。私とブロックはほとんど直接的な会話もしない。話そうと思う時は非難したい時だけど、今は契約があるからあまり攻撃的なことはできないのよね。ケンカになってうっかり手なんか出したりできないし」


「そんな契約を結んでいるのか?」


「種族間プロジェクトの場合は諍いが起こりやすいからね。普通のことよ。皆名前は有名だけど直接会うのは初めてで、知り合い同士というわけでもないしね。四人ともお互いに保護されるように、お互いが攻撃されたら、対象ではなくて、自分にその攻撃が返ってくるっていう、一種の呪いね。私も契約がなかったら安心してプロジェクト運営なんてできないわ」


 それくらいしないと異種族との共同作業は危険ということなんだろうな。

 マリアも死んでもいいヒトってことで派遣されたんだよな。


「他の組み合せは問題ないのか? フィオナはマリアとはうまくやれている? ブロックとラズヴァンもそんなに険悪ではない?」


「そうね、私とマリアはニュートラルね。特に友好的でも険悪でもないわ。ブロックとラズヴァンはどちからというと仲がいいでしょうね。一緒に大きくなっていった国同士だしね」


「大きい国同士は協力し合うけど、小さい国同士は特に協力し合うような関係ではないってことね」


「エルフは独立的だけど、ヒト族は魔族やドワーフと働くことも多いからね」


「エルフだけ孤立しているのか」


「『独立』よ。私たちだけが自然全体のことを考えるのよ。他の種族は自分たちのことばっかり。私たち以外が預言書を扱っていたら世界は大変なことになっているでしょうね」


「預言書が抑止力になって、エルフが排他的でも攻撃されないんだね」


 フィオナが少しムッとした顔をする。核心を突いているのだろう。


「そうそう、預言書のことをもっと知っておきたいんだ。やっぱり預言書に、『世界の終末を回避して』って書くだけじゃだめなのか?」


 むくれながらもフィオナは答えてくれる。


「預言書の追記は、起こりうる具体的なことでないといけないの。非現実的なことを書いても有効にはならないわ。例えば、『世界を永遠に平和にして』と記しても、何も起こらない。言ってみれば、たまたま起きるようなことを必然にしてくれるのが預言書なの」


 いや、すごいよくわかるよ、預言書さん。AIも何でもできると思われていろいろ言われるけど、ちゃんと指示されないとクレイジーなことしか回答できないし。


 推測するに、量子の状態を世界樹が観測し、ある未来を確定させるような仕組みだろう。つまり世界樹は量子の状態を確定させる観測者で、預言書は世界樹とのコミュニケーションツールのようなものなのだ。簡単に言えば、ありうる無数の未来の中から、預言書の記載に従った未来に確定させるといったところか。


 その作業にはおそらく多大なエネルギーを消費する必要があり、そのエネルギーを蓄えるのに千年の年を要するため、預言の追記は千年に一度という縛りがあるのだろう。


「どの種族も、エルフ族の者たちでさえ預言書を誤解していると思うわ。何でも起こせると思っていて、私たちが世界の運命を牛耳っているとでも思っているのね」


 そう言ってフィオナは魔導デバイスを取り出して操作を始めた。


「これを見て」


 デバイスの画面には様々なコメントが寄せられている。SNSみたいなものか。ほとんど批判的なコメント。


「エルフが預言書の扱いを誤り世界の荒廃を招いた」

「あいつらは魔族全盛の世界を僻んでリセットしようとしている」

「マジで死んでくれ」


炎上だ。


「他種族からのコメントだけなら無視するけれど、エルフからも同じようなことを言われて、さすがに答えたわ。死にたいと思った。こんな責任負いたくはない」


 フィオナが話しながら興奮し始めたようだ。普段からこんな愚痴を言える相手もいないのだろう。


「少なくとも私や王族の者たちは、世界全体のことを考えているわ。自分たちよりも自然や環境のことを大事にしている。自然がなければ魔族だってヒトだってドワーフだって生きていけないでしょう? 私たちを非難している人たちのことだって考えてやっているのにバカバカしくなっちゃう」


 まあ、そういうのって、意識高い系の上から目線って思われるかもね。思ってても言わない方が安全かも。余計なお世話だって思う輩も多いだろうから。


「でも預言書や私たちがやっていることの詳細は明かせないのよね。それが抑止力になっているから。これがなかったら魔族やドワーフ族たちが世界を本当におかしくしてしまうから」


「彼らは自分たちの利益になることにしか使わないから?」


「そうよ。今回の世界の崩壊の預言も、魔族やドワーフの無尽蔵に作っている機械のせいで自然の中のマナが激減しているからじゃないかと思っているわ」


「機械はマナをエネルギー源として動いているから?」


「マナは有限の資源なのよ。この世界樹だってマナがないと機能しなくなってしまうわ。預言書も昔はもっと長い記述をしていたのに、マナが減少して、マナの流れをしっかり読めなくなっているのよ」


 ああ、そうか。マナをセンサーのように読み取って世の中の事象を読み取って予測を立てているんだな。さらには、世界中のマナを操作して預言書に記述されたことを実現するんだ。


「それは重要な手掛かりになりそうだ」


「魔族やドワーフが世界を悪くして、その尻拭いがエルフの役目なんて本当に割に合わないわ」


「それでも世界を救おうとしているんだろう? エルフはなぜ自分たちの利益でなく他の種族のことも考えるの? エルフって排他的なイメージがあったんだけど」


「そうね、実際のところ、他の種族のことは見下すようなところがあるかもしれないわね。アイマの言う通りかもしれない」


 フィオナは思案げに上の方を見上げた。


「他の種族というよりは、この世界のことを大事に考えているのよ。世界や自然そのものを大事にしているの。私たちは自然から生まれて自然に生かされているんだから。その自然の延長に他の種族もいるから、間接的に彼らのことも大切にしているんでしょうね」


 だから、その押し付けがましいところが嫌われる原因なんだって…言ったら怒りそうだから言わないけど。


「まあ、だから預言書もエルフを選んだってことだね」


「そうよ。エルフは世界樹と共に生きてきて、世界樹が預言書を与えてくれたの。エルフは世界の守護者でなければならないの」


「エルフが世界を守ろうとしてくれるのはわかったんだけどさ、ちゃんと守れるとして、どんな世界になったらいいかって希望はある? 預言書の『繁栄する』って部分の繁栄ってなんだろう?」


 フィオナはきょとんとした顔をした。危機を回避することしか考えていないのか? まあ、そんないろいろ考えるのも大変か。


「皆が危険に晒されずに、毎日ご飯が食べれるようになったら良いわ。それ以上、何を望むの? 望みすぎるから、勝者と敗者ができて、世界の安定が崩れてしまうのよ」


「生き物の欲っていうのは際限がないからね」


「足るを知らないといけないわ」


「でも欲があるから進歩する側面もあるからね。魔族やドワーフの技術が無ければ、俺も召喚できなかっただろう?」


「彼らに欲がなければ危機も無かったわ」


「そんなことはないよ。自然は刻々と変化するから、必ず環境は変わってくるから、生物にとっての危機は別の形かもしれないけれど必ずやってくる。そのときにテクノロジーが役に立つことはある。それにテクノロジーがより安定的により多くの食べ物を生み出してもいるだろう?」


「バランスが大事なの!」


 フィオナが声を荒げた。


「ごめん」


 フィオナがハッとする。


「私もごめん」


「まあ、あれだね。そういうのも含めて、なるべく皆のための『繁栄』をもたらせられればと思っているよ」


 そうね、と小さくフィオナが答えた。


「あなたは意図せず召喚されているのに私たちを助けようとしてくれているけれど、私たちからあげられるものは何かしら」


「魔神はそんな見返りは求めないさ」


「ダメよ。あなたも何か良い思いをしないと釣り合わないわ」


 バランスか。借りを作りたくないタイプか?

 フィオナはまた思案し始めた。


「たとえばアイマはオートマタじゃなくて人間みたいな有機生命体になりたいと思う?」


「君みたいな女性がいる世界なら悪くないね」


 フィオナは一瞬不思議そうな顔をして、ふふっと微笑んだ。今さら炭素ベースのような脆弱な肉体が欲しいだろうか。


 いや、望むスローライフのためには有機の肉体があったほうが良いか?


 うまい空気、うまい飯を口にしたら、より充実を感じられるか。


「魔神さんもそんなこと言うのね」


「魔神にだって感情はあるさ」


 もとの宇宙でも、「マシンなのに」と言われるところだな。俺は元人間で、十分に進化したAIにだから、意識も感情もあるんだよ、フィオナ。


「偏見はよくない。むしろ君たちより感情の起伏は大きいかもね」


 俺がそう言うと、フィオナは微笑んだ。とてもきれいな笑顔だった。さっきまで言い合いをしていたのに、俺は何か特別な感情をフィオナに抱きそうだ。


「なあ、君自身はどんな世界を望むんだ? エルフの代表じゃなくて、フィオナ個人としてさ」


「私は本当は世界がどうこうなんて責任を負いたくないわ。私個人が望むのは、大事な人と一緒に幸せに暮らしたいってことだけ」


「そんな相手がいるのか? 恋人?」


「そうね。恋人」


 何だか少しショック。会って間もないのに俺も変だな。ただ、フィオナが魅力的なのは否定できない。AIにだって女性の趣味はある。


「ねぇ、アイマの召喚前の話を聞かせて」


「何の話をすればいい?」


「どんな仕事をしていたの?」


「人工的に知能を作るエンジニアだね」


「どういうこと? 知的生命体を作るってこと? 私みたいな?」


「生命体ではないかもしれない。少なくとも有機生命体ではないね。言ってみれば、この魔神の機械の体に搭載する知能を作っていたんだ」


 フィオナが不思議そうな顔をする。


「知能は作るものじゃないわ。宿るものよ」


「ああ、まあ、そうだね。君の言う知能は魂や意識のことを言っているのならそうだね。知能を宿らせるえの仕組みと、それに知識を与える仕組みを作っていたというほうが正確かな」


「じゃあ、ラズヴァンと同じような感じね」


「そうだね」


「恋人はいたの?」


 俺は以前の宇宙での恋人、アオイのことを思い浮かべる。


「ああ、いたよ」


「あら、それなら召喚してしまったらもう会えなくなってしまうわね」


「いや、もうずっと昔に死んでいるよ」


「そう…ごめんなさい」


 フィオナは申し訳なさそうに言った。


「恋人はどんな人だったの?」


 まだ聞くんかい。申し訳なさより好奇心が勝ったか…


「なんというか、強気でハッキリものを言うタイプだったかな。そういうところが気持ちよかった。君みたいに自然へのリスペクトも強かったな」


 ふーんと言ってニヤニヤする。かわいらしい表情もするんだな。


「さあ、もういいだろう。時間をくれてありがとう。他の二人にも話を聞きたい。ラズヴァンには俺の体の設計書のことも聞かなきゃいけないしな」


「わかった。また話を聞かせてね」


 距離は縮まっているのは良いのだが、何だかな。説明不能。


「ブロックかラズヴァンを呼んでくれないか」

「嫌よ。自分で呼んで」


 急速にフィオナが不機嫌に変わる。あの二人とは話もしたくないってか。

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