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Day 1-2: 勇者パーティーの襲撃

 さて、早速学習を始めさせてもらおう。


 書庫に案内をされたが、蔵書はデジタル化されており、物理的に本を開いて読む必要はなかった。


 全ての蔵書にアクセスできるように、すでにフィオナが俺のための端末―魔導デバイスを準備してくれていた。そのデジタル情報は直接俺の脳内のストレージに転送できるようになっていた。


 学習の処理速度がどの程度かはまだわからないが、スペックによっては少し時間がかかるかもしれない。


 こめかみの部分に円形のインタフェース接続口があり、そこに魔導デバイスから伸びた植物の蔓のようなケーブルのプラグ部分を差し込む。ワイヤレスでも対応できるようだが、プラグの方が伝送効率は高いようだ。


 スマートフォンのようなデバイスのスクリーンの「▶」ボタンを押すと滝のようにデータが流れ込んでくる。


 各国の言語、歴史、文化、あるいは自然、宇宙物理、魔導工学などのアカデミックの情報など、多岐に渡るデータだ。


 悪くない。もといた宇宙とは、生物が発生しうる範囲内のわずかな宇宙定数の違いしかないようだが、宇宙をコントロールしている定数なだけに、わずかな違いでも、宇宙規模では大きな違いが出る可能性はある。


 三百億年の生涯の先にこんな知的興奮が待っているとは思いもよらなかった。


 三日では終わってしまうのはさすがに短いな。


 いったんこの世界を救ってみるか。


 うん、やる気が出てきたぞ。


 と、没頭していると、突然作業を中断された。フィオナがこめかみのプラグを抜いたのだ。いいところだったのに。


「侵入者です。念のため、避難してください」


「え? そんなイベントあるの? よく侵入されるのか?」


「はい、ここにはあらゆる知識が蓄積されていますし、預言書の力を知って、それを狙う者はいくらでもいますからね」


「そうなのか」


 ふむ、妨害要因があるなら可能な限り排除しておきたいところだ。


「俺も手伝いたいから、君らの能力のデータをもらえないか? できれば過去の戦闘記録もあるといいんだけど」


「はい、では端末に基本情報を転送します。私たちが迎え撃つポイントまではまだ時間がありますので。そもそもマリアのオートマタもそれなりに強いので、そもそも侵入者がそこまでたどり着けるかどうか。おそらく私たちだけでも問題ないとは思うのですが。私たちは各種族の代表者ですので」


「各種族での戦闘力もトップだってことね。まあ、念には念を入れておいていいんじゃないかな」


 俺はプラグをつなぎなおし、瞬時にデータを読み取る。うん、かなり強力な感じだ。戦略も組みやすい。


「ちなみに俺にも何か自衛用の武器が備わっているよね? 早く設計書を読みたいな」


「はい、『ネメシス』と『ラグナロク』ですね。さすがに『ラグナロク』を使う必要はないと思いますが」


「わかった。まあ、それは必要なときに情報をもらおう。じゃあ、行こうか」


 すでに他の三人は図書館入り口の大ホールにそろっていた。

 ここが迎撃ポイントということだ。

 世界樹図書館の内部は、俺が召喚された祭壇の間兼会議室や、数々の書籍を集積した中層、預言書が厳重に管理されている上層、図書館入口、大ホールや会議室などがある下層で構成されている。そこから出ると、世界樹の根が織りなす複雑なダンジョンの様相を呈しており、ブロックが製造し、マリアが配備したオートマタが侵入者の行手を阻んでいる。


「侵入者の身元はわかりましたか?」


 フィオナがマリアに尋ねる。


「はい…」


 マリアは気まずそうに小さく答えた。


「ヒト族様みたいだぜ。しかも勇者ご一行だ」


 ラズヴァンが小ばかにするように言う。


「まさか…そんな…」


 フィオナが呟く。


「そいつらの戦闘データもあるか? あれば事前にもらえると助かる」


 フィオナが頷き、すぐにデータを転送してきた。


「これは…」


 マリアと勇者一行には少なくない因縁があるようだ。


「おそらくマリアのオートマタたちは突破されて、ここまで辿り着いてくるだろう。今回の戦闘の指揮は俺にとらせてもらえないか?」


「おお、アイマ、やる気だねぇ。まあ必要はないと思うけど、智の魔神の力を見せてもらいますか」


 ラズヴァンよ、そういうフラグは立てないほうがいいと思うが。

 魔族なんて勇者の格好の餌食じゃないのか? 

 仕方ないから俺がフラグを折ってやるけど。


「『ラグナロク』は使うなよ」


 ブロックが口を挟んできた。


「あいにく設計書がまだなので、使い方も性能も把握できていない」


 ラズヴァンが口笛を吹いてごまかす。

 この世界でもそのごまかし方はテンプレなんだな。


「それにしても、なんでこのタイミングで勇者が来るかね。まさかアイマのことがばれたのか」


 ラズヴァンが無理やり話題を変える。


「そんなはずはないはずです。預言書の内容は、各国家元首とその補佐1、2名程度にしか知られていませんし。ただ、内容は知らなくても、預言書自体が狙われているかもしれません」


 フィオナは困ったように返した。


 勇者なら王様とかにも信頼されてそうだから、そこから漏れたのでは?


「マリアは何か知らんのか?」


 ブロックがマリアを見て言った。


「いえ、私は勇者パーティーを追放された身ですので」


「まあ、とりあえずやつらをぶっ殺して話を聞こうぜ」


 ぶっ殺してしまったら話は聞けないし、俺の予測ではぶっ殺すことはできない可能性が高い。

 が、とにかく目的がわからず侵入されているからには戦うしかないだろう。



「来ました!」


 マリアがオートマタからの魔導通信で、勇者一行の接近を検知したようだ。


 すぐに足音が近づいてきた。サウンド分析機能も優秀だ。足音は四人だな。「追放された」マリアの代役もすぐに見つかったのか。


 足音はかなり近かったが、突然立ち止まったようだ。

 ヒソヒソ作戦会議でもしているのだろうか。


 と、しばらくして、図書館入り口が大きな軋み音を立てて開いた。


「おお、おそろいだな。魔神もいるし、情報通りだ」


 紺の軍装に真紅のマント、大振りの剣を手に携えた、若いイケメン勇者だ。

 が、充血した目に何か邪悪さが伺える。


「魔王でもない奴らに使う時間はない。さっさと済ませよう」


 漆黒の軽鎧を纏い、妖しい光を放つ刀を手にした、美しい顔立ちの女剣聖。

 が、やはり何か邪悪な気配に冷めた笑みを浮かべている。めっちゃ性格悪そう。


「一応、油断しないでくださいね。私がいるから大丈夫ですけど」


 白銀のドレスに身を包み、柔和なかわいらしい笑みたたえた聖女。

 が、やはりどこか邪悪さが感じられる。外面が良くて腹黒いタイプか。


 外見はどうでも良いのだが、というかグッド・ルッキングなんだが、こいつらはおそらく高い確率でクソ野郎たちだ。


 三人。ここに到達する直前で一人が姿を消した。

 俺が読んだデータの4人目はマリアだった。新メンバーの情報はなかった。

 不確定要素は少ないことは推論にはもちろん有利だ。


「アンナはどうしたの?」


 マリアが俺の代わりに尋ねてくれた。


「ああ、役立たずのマリアか。久しぶりだな。おまえのオートマタの露払いが終わったからもう追い出したよ。あいつも結局役立たずだった。基本お前の席は使い捨て専用の枠だ」


 本当にクソ野郎たちだな。データがないやつがいなくなって予測のためのノイズとなりそうな変数が無くなったことだけは助かったが。


「おまえたちじゃダメなんだ。預言書と魔神は俺たちが接収して世界を救う! 大人しくやられろ!」


 勇者と剣聖が獲物を掲げて突っ込んでこようとする。


「フィオナ、風精霊の力で牽制しろ」


「わかった」


 そう答えて、フィオナは短い詠唱をすると、台風が十個くらいやってきたような突風が勇者一行を襲った。

 さすが勇者といったところか、吹き飛ばされもしないが、この不意打ちに少しの間、動けもしないだろう。


「今のうちに全員に加護を付与してくれ。マリアのゴーレムにもだ」


 剣聖の言う通り、さっさと済ませようじゃないか。予測用のデータは全てそろって分析も完了している。

 後は最善手通り進めるだけだ。


 フィオナは優秀な精霊使いだ。四種の精霊の力を自由に引き出せる。特に風の精霊の力は突出している。


「よし、マリア、ゴーレムで壁を作れ」


「はいっ」


 マリアは一見あれだが、傀儡師としての力は一級品で、ブロック製造のミスリル製ゴーレムの耐久力と組み合わせて、超堅固なタンクとして使うのがこのパーティでは最適だ。


 風の精霊の加護で防御力はさらに飛躍的に高まるので、よほどでなければ崩れることはない。本人が前衛にでる必要がないため、犠牲を気にする必要もない。


 聖女も女神の加護を使い、強化された勇者と剣聖がゴーレムに突進していく。が…


「なんだこれ、俺のエクスカリバーがぜんぜん効かねーじゃねーか」


「あたしのムラマサもだめだ」


 勇者と剣聖が焦りの表情をのぞかせた。


「今どきそんな化石みたいな武器を使っとるのか」 


 ブロックがボソッと感想を漏らす。ミスリルゴーレムとシルフの加護の乗算が勇者と剣聖の攻撃力を上回ることは算出済みだ。


「ブロック、攻撃だ」


 戦士職のブロックはウォーハンマーでの圧倒的な単体攻撃力が特徴。俺の指示よりも先に、すぐに走り出していた。


「わかっとるわい。ギガント・インパクト!」


 ゴーレムによる死角から飛び出して、勇者に向けたブロックの一撃。直撃すると即死級、まわりにいるだけでも衝撃波を強く受ける必殺技だ。


 勇者は必死の体でしりもちをつきながら避けたが、衝撃波でふっとばされ、その勢いで剣聖に激突し、同じく吹っ飛ばされた剣聖は少し奥にいた聖女にぶつかり、ドミノのように三人が重なって倒れた。


「ラズヴァン、一気に焼け」


 現代魔族は、魔術や呪術ではなく、先進的な魔導兵器で戦うスタイルが主流のようで、ラズヴァンは超高性能魔導カノンの使い手だ。着弾地点を中心に地獄の業火で広範囲に一気に敵を焼き尽くす。


「待ってました! 生きて帰れると思ってるんだったら、残念だったな、ザコ勇者ども! くらえ、マナ・ディストラクション・カノン!」


 たぶん、おまえの立てまくるフラグのせいで、俺の必勝ルートも妨害されて勝ちきれないんだな。


 ラズヴァンが魔導カノンをぶっ放した瞬間、マリアの強化ゴーレムが斜線上に立ち、勇者をかばった。ゴーレムも溶けだしたが、地獄の火炎も消尽してしまった。


「くそっ。退避だ」


 勇者は指示を出すと、聖女がすぐに転移魔法を詠唱し、勇者パーティは瞬時に姿を消した。


 俺のインテリジェンスはこの世界でも十分通用しそうだ。

 それは予測通りの結末だったーマリアはヒトを殺すことを許さない。


 データサイエンスというほどでもない単純な統計だが、彼女の戦闘記録では、ヒトを殺したことは一度もなかった。むしろどんな状況であろうとヒトを守ろうとしていた。同族愛が強いのだろう。


 そして彼女のゴーレムの防御能力は突出していた。ましてフィオナの加護付きのゴーレムではなおさらだ。


「くそっ、とどめをさすところが、ゴーレム一体分、こっちの負けみたいになっちまったじゃねーか。あんなザコどもによ。やっぱりおまえがあいつらを呼び込んだんだろう? じゃなきゃ、何で守ったりするんだ」


 ラズヴァンがマリアを睨みつける。ザコよばわりするけど、マリアが向こう側にいておまえがこっち側一人だったら負けるけどな。


「違いますっ!」


 マリアは必死に返し、そのまま走り出し、部屋を出て行こうとした。


「逃げやがったぜ」


 ラズヴァンが言うや否や、ホールの外で大きな淡い緑の光が発生し、微かな風圧なような圧力を感じた。


「魔素反応…なぜ?」


 フィオナが言う。


 マリアがそのまま外に向かい、俺たちも続いた。


 ホールの外に出ると、そこには呆然と立つマリアがいた。


「どうしました?」


 フィオナが声をかける。マリアは答えない。


「何無視してんだ」


 ラズヴァンが近づくと、あっ、と小さい声をあげた。


「死体じゃねーか。なんだあいつら。追放とか言って殺してんじゃねーか」


 おそらくそれは彼らがアンナと呼んだ、パーティのもう一人のメンバーだった。正面から斬り殺されたのか、死体の下部から血が大量に流れ出ていた。


「魔素反応はこのヒトの死のせいだったのね」


 魔素反応…世界樹が生物の死の際に発生する魔素を吸収し、マナに変換するときの事象だということだ。

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