Day 3-3: 世界を崩壊させるもの
世界崩壊の原因もやはり魔素減少によるものだった。
魔素には、マナに変換される性質の他に、この世界にとってもう一つ重要な要素があった。
それは斥力だ。
その斥力は波のように広がり、より遠くに行くほど波が大きく増幅していき、遠くの物体により大きな斥力をもたらすという不思議な性質だった。
もちろんあるポイントで波は収縮に転じ、収束していくのだが、それは遥か空の果てである。
そして、この世界の宇宙はビッグバン以降、ある程度の膨張の後、収縮し、ビッグクランチに向かう運命だったのだ。
それを魔族召喚、および魔族が魔界から持ち込んだ大量の魔素により、宇宙全体の斥力が高まり、収縮を転じさせることができていた。
それが、前回の、一千年前の預言書の示すことだった。
今、現代の魔族を中心に魔素を消費しすぎたせいで再び宇宙の収縮が始まってしまったのだ。
その収縮速度は時間と共に急激に速度を上げており、ビッグクランチまでの時間は極めて少なくなっている。
すでにこの世界樹図書館の外では大きな環境変化が起きているだろう。
それからもう一つ、大きな異常現象が発生していることが世界樹との交信の中で判明した。
魂の絶対数が減少しているのだ。
魂についてはメカニズムも明確にわかっておらず、根本原因も推論ができない。
世界の崩壊との関連も不明だ。
しかし、いずれにせよ、まずは世界の崩壊を回避することが優先だろう。
だが、ここまで来て、何をすべきかわからないのだ…
「アイマ!」
今までとは違う、鬼気迫る声だった。
アインが竜の威圧を発動しようとするが、それを制止した。
「ありがとう、アイン。でももう大丈夫だよ」
俺は書庫のドアを開き、外に出た。
そこにはラズヴァンがいた。一瞬驚き、安堵した表情をした。後ろにはブロックもいる。
「…終わったのか?」
「終わったよ」
俺の言葉を聞いて、ラズヴァンもブロックも露骨に嬉しそうな顔を見せる。
「マジか、やったな。こっちはいろいろあって大変だったぜ。勇者達も死んじまってるしよぉ」
「何だって!?」
「あ、俺たちは何もしてねぇぞ、マジで。気づいたら死んでたんだ。呪術の類だろうな。口封じで殺されたんだろう」
「本当じゃ」
ブロックも言う。
嘘はついていないようだ。正しい認識をしているかどうかはともかく。
「いやいや、それどころじゃねぇんだ」
勇者達の問題もけっこうな問題だとは思うのだが、それ以上の問題となるとあれしかないだろう。
「外の世界がヤバいことになってんだ」
だろうな。
「何か海がせり上がったり、気温が急上昇したり、世界崩壊までカウントダウンって感じだぜ。王様たちがひっきりなしに連絡してくるし、あ、エルフの幹部たちがここに避難してくるってよ。まあ、間に合ってよかった。で、教えてくれ。世界を崩壊させる原因は何だ?」
俺は彼らがある程度認識しているだろう歴史のことは省略して、魔素の性質とビッグクランチのことを中心に説明した。
「魔素にそんな性質があったのか…」
ラズヴァンが俺の話の内容を咀嚼するため、少し考えようとする。が、あきらめたようだ。
「で、そのビッグクランチを回避するにはどうすればいい? 魔素はどうにもならねぇよ」
まあ、そう聞くよな。
「…わからないんだ」
「へっ?」
ラズヴァンがどうしようもなく情けない顔になる。
「わからないんだ」
「おい、ふざけるなよ」
俺は沈黙する。
「おまえたちは俺に何か制限をかけているだろう? もしそれを解いてくれれば、推論が進むかもしれない」
「ありえねえよ」
ラズヴァンは即答する。
「なぜだ? 世界が崩壊しようとしてんだぞ」
「世界の崩壊はさせないし、制限も解除はしない」
「おまえこそふざけているのか?」
「ふざけちゃいねぇよ。制限はおまえの推論を妨害するようなもんじゃねぇよ」
「ブロック、どうだ。おまえも制限を解除する権限があるだろう?」
「すまんが、それはできんのじゃ」
「何とか考えろよ、アイマ!」
ラズヴァン声を荒げる。
俺は沈黙する。
ラズヴァンが泣きそうな顔になる…
いや、笑っている?
ブロックもかすかに笑みを浮かべる。
何かおかしい。
「ま、智の魔神様のおかげで原因はわかったんだ。あとは俺たちで何とかするか」
「おまえたちにはどうすれば良いのかわかるのか?」
「まあな、所詮おまえは俺たちに使われるだけのマシンだってことだ」
「なぜだ…」
俺は何かを欠落している。
書庫に戻ろう。
足りないデータを急ぎ補完しなければならない。
しかし何を学習すればいいんだ?
時間はもうないぞ。
いや、そもそも学習をしたところで本当に解決策を見出せるのか!?
部屋を出ると、そこにマリアがいて、危うくぶつかりそうになった。
「話は聞いていたわ」
「マリア、そうか。君も俺にかかった制限を外してはくれないのか?」
「そうね、というより私にはその権限はないわ」
このマリアに対してだけは支配力のようなももを感じない。ヒト族は除け者にされているのか? それでよしとされたのか?
「マリアだけ、智の魔神へのコントロール権は与えられていないのか?」
「いえ、同じように与えられているわ」
じゃあ、できるだろう? 頼むよ。変に思われるかもしれないが、マリアの言うことに対しては逆らうことができる気がするんだ」
「そうでしょうね…」
「私もあなたと同じようにコントロールされる側にいるからね。これ以上は教えられないわ。発言すらコントロールされているから…」
「世界が崩壊しかかっているんだ。何とかならないか?」
「わかっているわ…それでも私は逆らえないの…」
俺は黙ってその場を去り、フィオナの眠る書庫室へと戻る。
横たわるフィオナを前に、申し訳ない思いが溢れ出してくる。
「フィオナ、すまない…」