Day 2: 少女の覚醒
勇者パーティーは拘束し、ラズヴァンとブロックに見張るよう依頼をした。
合わせて、王たちへの連絡と、フィオナの後継の預言書編集者を急ぎ呼び寄せるよう指示した。
俺は書物庫に戻り、一人考えをまとめようとした。
が、そこにはアインもいた。すでに覚醒しているようだった。
「だいじょうぶ?」
「ああ、起きたんだね」
「うん」
アインは何か言いたそうにしていたが、もじもじして何も言わない。
「どうかしたのか?」
イライラして口調が強くなってしまった。気がする。たぶん制御できていると思うのだが。
アインは意を決したように口を開いた。
「おねいちゃんは?」
俺は言葉に詰まってしまう。
「…何かあるのか?」
「お礼を言いたいの。ごはんおいしかった」
胸が詰まってしまう。
アインは不思議そうに見ていたが、やがて慰めるように俺の頭を撫でた。
俺は不意をつかれた。
「ごめんな。おねえちゃんは、出かけちゃって、帰ってこないかもしれない」
そっか、と言ってアインは寂しそうな顔をした。
「アインのことは俺が守るから心配するな。ごはんも俺が食べさせてあげるからな」
そう言うと、アインは、うん、と小さく頷いた。
この少女はおそらく相手の感情をとても敏感に正確に感じられるようだ。
場合によってはフィオナが帰ってこないことを察したかもしれない。
そして俺の落胆の感情も、アインに対しての感情も。
今思えばフィオナは数少ない、いや、ひょっとしたらたった一人俺を人間のように思ってくれていたんじゃないかと思う。
ひどく虚な気持ちになり、俺はこの小さなドラゴニュートに少女に精神的に依存してしまいそうだ。
それがなければ、こんな世界がどうでも良くなってしまいそうだ。
「だめ」
「うん? 何がだめなの?」
アインは何か言おうとしているが、うまく説明できないようだ。
「だめなの!」
だめらしい。
アインが相手の考えまで感じ取れることができると仮定すると、おそらく俺が全てを投げ出そうとしているのを止めようとしているのか。
そうだな。
たった丸一日だけの時間だったが、俺はフィオナに何か特別な関係を感じた。
フィオナの意志を継いで、この仕事だけは完遂するか。
俺の気持ちを読み取ったのか、アインは微笑んだ。
「おい、アイマ!」
ラズヴァンが慌てた様子で部屋に入ってきた。
「どうした? 勇者たちが暴れてるのか?」
「いや、やつらはまだ気絶しているし、ブロックが見てるから問題ない」
ラズヴァンが一呼吸おいて続けた。
「フィオナの後継者が行方不明なんだよ」
また推論が停止する。フィオナの後継者のデータがない!
「何だと!? じゃあ、誰が預言書の追記をするんだ!?」
ヒト族のグレート・リセットが俄かに現実味を帯びてくる。
智の魔神が聞いて呆れる。まんまとハメられたか!
「フィオナが死んだから次の次の後継者を選定しているらしいが、次のやつが生きている限りは編集権の移譲はできねぇってさ。そいつを見つけるしかねぇよ」
「どうやって探すんだ!? もう時間もないぞ」
「魔王軍もドワーフ軍も動いている。総出で捜索だ」
見つかることを祈るしかないな。未学習の智の魔神の何と無力なことか。
「グァるる…」
何だ?
振り返ると…アインの様子が何かおかしい。
身体中にところどころ鱗が現れてきている。
体も一回り大きくなって、着ていた服が破れてしまっている。
「お、おい、何だよ」
俺が取り乱した感情を見せてしまったから、アインを刺激してしまったのだ。
アインは俺を味方だと認識している。
その俺に負に感情をもたらしたラズヴァンを敵と見做し、興奮してしまったのだ。
そして、竜化しようとしている…
隷属拘束が解け、空腹が解消し、世界樹のマナも受けて、ドラゴンの本能が覚醒しているのだ。
「ラズヴァン、出ていけ!」
ラズヴァンは慌てて、逃げるように部屋を出た。
「大丈夫だ。俺は大丈夫…」
アインに優しく語りかける。
俺は落ち着いている。冷静だ。心配ない。
わかるだろう、アイン? 俺は智の魔神。この世界で最も優れた知性だ。
アインの鱗が少しずつ消えていく。体が縮小していく。俺はアインを抱きしめる。
こんな硬い体で申し訳ない…
竜化完全に解け、アインは俺に抱擁を返す。
大丈夫だ。俺たちは一人じゃない。
しばらくは誰もこの部屋に来ないだろう。誰かが来たらアインに追い払ってもらえばよい、
俺はようやく学習を進めることができるんだ。
俺は頭部にプラグを挿す。
書物データは俺の頭部にある情報処理機構を経由して知能部分の本体に転送されて学習が進む。
直接俺の脳の本体にケーブルを差して転送効率を上げたいところだが、今は誰も預言書の間に入れる者がいない。
学習速度のほうが転送速度を上回るので、それもあまり意味がないか。
時間が惜しい。とにかく1バイトでも多く学習を進めるんだ。