Day 1-10: 人王の取引
「やあ、諸君」
そう言って入ってきたのはヒト族の女性だった。
身長は2mを超え、重厚な鎧に身を包み、両脇に剣と杖を携えていた。
傍らにはヒト族であれば10代半ばくらいに見える痩せ細った少女を携えていた。
が、彼女は明らかにヒト族ではない。頭の二箇所から角が生えている。魔族のものとも異なり、大きく湾曲した角だった。そして、その首には首輪をかけられていた。
「グレイヴァ王…」
フィオナが呟いた。マジか。噂をすれば、というやつはこの世界でも有効なのか…
「マリアが倒れているではないか。ここでもやはりおぬしらはヒトを迫害するのか!」
そうだ。マリアが意識を失っていて、誰も監視していなかったから侵入者に気づけなかったのだ。
「違います。マリアが『グレート・リセット』について話そうとしたら気を失ってしまったんです」
フィオナの説明を聞いてグレイヴァ王が顔をしかめる。
「なぜマリアが『グレート・リセット』のことを知っているのかはともかく、それは極秘事項だ。話せるはずがなかろう」
「呪いがかけられているようですね。いや、そんなことよりなんでここにあなたがいるんです?」
「そうだ、勇者をここに寄越したのもおまえの仕業か?」
ラズヴァンも乗っかってきた。魔族であれば、ヒト族の王であっても敬意を払う必要はないのか?
「うるさいやつらだわ。ヒト族はこの預言書と智の魔神プロジェクトに反対することを決めた。王としての決定だ」
「なぜ今さら…プロジェクトを始めるときから何の異論もされていなかったじゃないですか…むしろ積極的に協力されていたのに…」
「ふん、ヒト族の意見など誰も聞かないじゃないか。異論を唱えて何になるってんだ」
「それで、何しに来たんじゃ? 戦うつもりでおるんじゃなかろうな?」
「うるさいわ、ジジイ。あたしは取引に来たのさ」
「取引?」
俺が言うと、グレイヴァ王がこちらを向く。
「ほう、この男前ゴーレムが智の魔神か」
「アイマです。取引というのは何でしょう?」
「アイマか、おまえにも関係のある取引だ」
グレイヴァ王が一呼吸置いてもったいぶる。
「私も無用な争いは避けたい。ヒト族はご存知のとおり最弱の種族だからな。だから取引に応じれば勇者たちの妨害をやめさせよう。もちろん私も邪魔はしない。つまり、ヒト族からの干渉は一切なくなる」
「そちらの要求は?」
「預言の編集者と智の魔神を預けてほしい」
ぶっ、とラズヴァンが吹き出した。
「何を言ってんだ、あんた」
「応じるか?」
「勇者の邪魔がなくなったところで、預言書に書き込みができなきゃ何の意味がないだろうが! 王まで頭沸いてんのか、ヒト族はよ!」
「おぬしらの総意ととって良いか?」
誰も何も言わない。ラズヴァンに言われるまでもなく、取引が意味をなしていない。論外だ。
「取引は不成立か、残念だ。ではさらば」
そう言ってグレイヴァ王は消えた。無詠唱で転移魔法を唱えたようだ…
「何しに来たんだ、あいつは」
ラズヴァンが呆けたように言う。
そこにはドラゴニュートの少女だけが残されていた。
少女は怯えた目をしてこちらを見ている。
これは裏があるだろう。ドラゴニュートの少女を置いていったのが何かのサインか。
いや、グレイヴァ王がここにきて成したことは、ドラゴニュートを置いていったことのみだ。
バカげた取引はもともと成立させる気などなく、ドラゴニュートを置いて帰ることだけが目的だったのではないのか。
「違和感があるわ。最初からこんなことをするつもりなら、グレイヴァ王はプロジェクトの協力も渋って良かったはずだわ…やっと名君が現れてヒト族は過去の過ちを反省してやり直そうとしているのだと思っていたのに」
フィオナが言う。
そのあたりの経緯は知らないが、気に留めておこう。
「それよりもおそらくグレイヴァ王の目的はこのドラゴニュートだろう。時限爆弾的な存在かもしれない。ドラゴニュートに関するデータをもらえないか?」
「戦闘データはないわ。ただ、文献に出てくるから関連する文書を送るわ」
「頼む」
俺はドラゴニュートの学習を始める。
「その角は…こりゃ古代種じゃな。かなりの希少種族じゃ」
ブロックが言った。