Day 1-9: 四元首会議
「もうまもなく元首会議が始まるわ。勇者襲撃の件を議題にあげて各国の王の間で話し合いをしてもらいましょう」
フィオナが言う。
「元首会議って各種族の王が話し合うのか?」
「そう、時間がないから詳細は伝えられないけれど、各種族の王たちに預言書の内容を伝えたエルフ王から提案して始まったの」
「ヒト族の王を追及だな」
ラズヴァンは楽しそうだ。マリアがいたたまれない。
「マリア、もし隠していることがあるなら言っておいた方が良いと思うわ」
フィオナがマリアに投げかける。
「何も隠してません!」
即答だな。本当に隠していないのか、隠し通すことを徹底しているのかどちらかだ。が、何かを隠している確率の方が高そうだ。
「勇者の件はヒト族の王に解決させるのが良いじゃろう」
ブロックが言う。この国際プロジェクトの障害になるようなことは王が責任を持って対処すべきだろう。
「もう始まるわ。いつも通り私から現状は報告します」
フィオナが魔導デバイスを操作すると、会議卓の端から魔導スクリーンがせり上がってきた。
フィオナはスクリーンの反対側正面の席に座り、右手にラズヴァン、ブロック、左手側にマリアと俺が座った。
スクリーンに画像が映し出される。そこに二人が映し出された。
一人は特徴的な耳で細身の優男、エルフの王だろう。そして対比的にいかつい髭の初老の男、ドワーフの王だ。
少し遅れて、もう一人映し出される。こちらは鋭い目つきに高い知性が無受けられる男性で、ラズヴァンとは少し形状が違うが角があるところを見ると、魔王だろう。
「遅れて申し訳ない」
顔はぜんぜん申し訳なさそうじゃない。忙しいアピールだろう。
「グレイヴァはまだなのか?」
今度は露骨に不満そうな顔をする。グレイヴァはヒト族の王の名前だろう。魔王の自分より遅れるのは許せないんだな。
「ザハリエル陛下、お忙しい中、ご参加ありがとうございます。グレイヴァは遅れています。連絡してみますので、少々お待ちください」
エルフの王が答えて魔導デバイスを手に取った。魔王の不満顔は治らない。
「繋がりません…」
エルフの王が言う。
マリアは俯いたままだ。
「マリアは連絡取れないんですか?」
フィオナが聞く。
「はい、私も今日は連絡が取れていないんです。勇者のことも報告しようと思っていたのですが…」
「もういい。エルセリオン、始めよう。皆、ヒマではないだろう」
魔王ザハリエルが言った。
「わかりました。では会議を始めましょう」
エルフ王エルセリオンが開始を宣言する。
「フィオナ、報告を始めてください。智の魔神の件からお願いします」
フィオナが顔を上げて画面に向く。おそらくカメラのようなものも内蔵されていて、向こうからこちらの様子も見えているのだろう。
「はい、智の魔神ですが、事前に個別に連絡はさせていただいておりましたが、無事に召喚が成功しました」
個別に、ということはもちろんヒト族の王グレイヴァにも連絡はいっていたのだろう。それを契機に勇者パーティが出向いていたとなると、グレイヴァ王の関与を疑うべきであろう。
「そこのゴーレムが智の魔神だな?」
魔王ザハリエルがこちらを見た。ような気がする。スクリーン越しだと視線がよくわからないが俺を見ているのだろう。おそらく他の王たちも。
「はい、そうです」
そう言ってフィオナが挨拶をするように促してくる。
偉そうにしているやつら苦手なんだよなぁ。
「智の魔神アイマです。この世界を救うべく全力を尽くします」
「おお、頼もしいな。学習はもうだいぶ進んでいるだろうな」
「いえ、ほとんど進んでいません」
「え? どういうこと?」
また魔王の表情が不機嫌になる。
「そのことですが、勇者パーティの襲撃に二度遭いまして学習を中断させられています」
「何だと!」
魔王が語気を荒げる。
「世界の危機が迫っているのになぜそんなことになっているんだ!」
魔王らしくないセリフだな…
「グレイヴァのやつがそれに関わっていて、姿を消している可能性があるな」
そこで魔王が思案する。
「グレイヴァのやつは私が捜索しよう。エルセリオンは世界樹の守りを固められるか?」
「はい、すぐにエルフ兵団を向かわせます」
微かに不服そうな表情を見せたが、エルセリオン王は合意した。
「我々には邪魔を許せる時間などないだろう。合意したことをなぜ守れんのだ、あいつは」
「どう思う、バルグラム殿」
一言も発言していないドワーフ王はバルグラムという名か。
「ザハリエル様の仰るとおりです。ワハハ」
ああ、こいつは魔王に頭があがらんやつか。おそらくドワーフが製造したものを大量に魔族の国に輸出して国が潤っているのだろう。考えはあるのかもしれないが、魔王の前では相槌をうつことに全力を傾けているのだろう。
「それだけか?」
バルグラム王が一瞬たじろぐ。つっこまれるとは思っていなかったのか? 魔王は機嫌が悪いんだぞ。
「…ヒト族は世界をリセットしたいんじゃないですかね。ハハハ…」
魔王もエルセリオン王もハッとした顔をする。
「世界の破滅の預言が実現されると、むしろヒト族に有利な状況になると考えているのか…」
エルセリオン王がボソっと言った。
「仮に世界が破滅したとしても今よりマシだとでも考えているのだろう」
魔王が同調する。意外とバルグラム王の意見が響いたな。
それにしてもヒト族ってどれだけ酷い状況にあるんだよ。
「会議を終えましょう。フィオナ、兵を送るから配備をしてください。智の魔神…アイマ殿も助力をお願いいたします」
また学習は先送りか…
王たちがスクリーンから消え、会議室が静寂に包まれた。
ヒト族の王グレイヴァの不在は深刻だったのだ。
勇者襲撃を止める有力な手段を失い、途方に暮れた。勇者たちの目的も不明なままで、ある意味それも不気味なことだった。
俺はマリアとの会話を思い出した。ヒト族は世界の破滅を喜ぶだろう、と彼女は言ったのだ。グレイヴァ王がその「世界のリセット」を本気で考えて妨害を画策している可能性があるのか。
「グレート・リセット…」
マリアがつぶやいた。
「何だって?」
ラズヴァンが聞く。
「『グレート・リセット』と言ったな」
俺が確認をする。それがどのようなことを意味するのかはだいたい察しがつくが…
「グレイヴァ王の計画だな?」
マリアは狼狽えた様子を見せたが、俺は畳みかける。
「この『智の魔神』プロジェクトを妨害して、世界を一度終わらせて、あわよくば再構築を図ろうとしているな。最悪、世界が滅ぼうと構わないということだな」
何という無謀な計画だ。捨て身の革命というわけか。
「いえ、私は詳細は知らないんです。ただ、その言葉をたまたま耳にしたことがあっただけで」
「どこでそれを耳にしたの?」
フィオナが割り込んでくる。
「ああ、ダメです…」
突然、マリアが倒れた。急いで近づき、様子を見たが、気を失っているようだった。
「呪いのようね」
「呪い? 契約の縛りみたいなものか?」
そんなに一般的なのか、呪いって」
「そう、おそらく。でも死んではいないわね。そこまでキツいやつじゃないみたい。情報が漏洩されかけると気絶するタイプのやつね」
フィオナが答える。
「グレイヴァ王がかけた呪いじゃろうな」
ブロックが呆れたように言う。
「マジでヒト族はクソだな」
ラズヴァンは怒りを見せる。
「グレイヴァ王の呪いかどうかはまだわからないけれど、ヒト族が俺たちを妨害しようとしているのはハッキリしたな。勇者パーティも間違いなくプロジェクトの妨害が目的だろう。俺たちに勝てないとわかっていても、迎撃の手間をとらせて俺に学習をさせないつもりだろう。あわよくば、俺を無力化することも考えているかもしれない。いずれにせよ、三日間邪魔して俺が必要な学習を終えられなければヤツらの勝ちだ」
「どうすればいい? エルフ兵団も来るから少しは時間は稼げるかもしれないけれど」
ラズヴァンが冷静になったのか、俺に意見を求めてきた。
「エルフ兵団は強いのか?」
俺はラズヴァンに答える前にフィオナに尋ねる。
「おそらく精鋭を送ってきてくれるでしょうから、それなりに強いは。ただ、勇者パーティーに勝てるほどではないわ。どれだけ時間を稼げるかもわからない」
「魔族やドワーフに援軍を求めてもすぐには辿り着けないだろう。この戦力で何とかするしかない」
「俺たちだけでも勇者に勝てるぜ。アイマは学習を進めておけよ」
ラズヴァンが自信満々に意見する。
「いや、100%勝てるとは限らない。こちらの手の内もだいたいわかっているだろうから、対策も十分練ってくるだろう」
俺は少し推論を行う。
「勇者パーティー以外のヒト族の戦力はどうだ?」
「まあ、A級冒険者とかはいるだろうけど、S級は勇者パーティーだけだから大したことはないな。あとグレイヴァ王とマリアも一応S級か」
ラズヴァンが答える。
「え、グレイヴァ王も強いの?」
「ヒト族の王だから強いに決まっているだろう?」
「え、何で?」
「いや、だから早く学習してくれよ。ヒト族は未だ原始社会だから力のあるもんが偉いんだよ。常識だぜ」
「ひどいな…そんな社会がまともなはずがないな…ところでこれは単なる好奇心だが、魔王はもっと強いんだろう?」
そう言うと、またラズヴァンが呆れた顔をする。
「智の魔神も学習しなけりゃひどいもんだな。魔王は先頭に関しては相当弱いと思うぜ。腕力なら勇者の方が遥かに強いだろうな。俺でも余裕で勝てるぜ」
「マジで?」
「マジよマジ。そもそも魔族社会は民主主義で国民投票で魔王を選んでいるんだぜ。腕っぷしなんかで選んでたら経済も発展もないだろうよ」
まあ、コンテキストから考えたらそうだろうとは思っていたんだけど、魔王は超凶悪で超強力であってほしかった…
「魔王候補が演説とかしちゃうんだ?」
「当たり前だろう。政策を説明して多くの国民の賛同を得られなけりゃ投票してもらえないだろうが」
もっと色々聞きたいが、今はそんなことをしている場合じゃないな。いずれ学習できることだろう。
「今する話じゃないな、すまん。次の襲撃の時は、確実に勇者パーティーを無力化しよう。それが確実だ」
「殺しゃいいんだな?」
俺は答えない。むやみに殺したくはないが、場合によってはやむをえないか。世界の存亡より勇者たちの命が重要だとは言えないが、それでも勇者たちを殺害するというその選択が正しいだろうか。
「とにかく俺が指揮をとる。今回はやつらを逃さない。それは絶対だ。万が一、グレイヴァ王が襲ってきた場合も同様だ。グレイヴァ王の戦闘データをもらえるか?」
「ああ、俺が持っている」
そう言ってラズヴァンが端末を取り出し、操作する。さすがに慣れた手つきだ。
「送ったぜ」
データ受信を確認。即時学習開始だ。
「どうだ?」
「うん、大丈夫だ。魔力も膂力もなかなか強いようだな。しかし、勇者パーティー全員と比べれば、そこまでの脅威ではない…撃退可能だ」
「よし、じゃあ見通しはたったな」
「うん、問題ない」
はずだ。
そのとき、突然会議室のドアが開いた。