第5話 森の家。
おばさまがマルガレータ嬢に紹介したのは、侯爵家が持っている領地のはずれにある森の管理小屋。
大方のものは前に住んでいた方の使っていたものがそのまま残っているらしい。
お嬢さまは実家から持ってきたドレスを古着屋に売って、庶民用のワンピースを何着か買い、おつりで履きやすそうな靴も買ったようだ。
おばさまが、お嬢さまの監視役兼護衛をつける。
そう、私と侯爵家の若手騎士のクルトという青年。優秀らしい。
そっと後をつけて様子をうかがうが、お嬢さまは終始楽しそう。買った着替えなんかの入ったリュックを背負って、馬車通りから山に続く一本道を登っていく。
お嬢さまが管理小屋に入ったのを確認して…私たちも、私たち用に用意された小さい家、小屋?に戻った。管理小屋から徒歩2分ぐらいかな?
さて。持ってきた荷物をささっと片付けてお茶にしようとして…薪が無いわ。
小屋の外に積んであった薪をクルトが運び込んでいる間、焚きつけ用の小枝を探しに森に入る。
もう初夏なのに、ひんやりとして気持ちがいい。
森には大型の動物はいないと聞いたので、落ちているよく乾いていそうな枝をエプロンに集めていく。
水は台所まで湧水が引いてある。冷たい。
沸いたお湯を茶葉の入ったポットに入れて、紅茶を出す。
(あら?水が違うので、紅茶の味が違う。深い森の味、ですかね)
ごそごそとカバンから途中で買ったパンを取り出して、クルトと昼ご飯にする。
椅子に座って外を眺めると、6月の空の下にぽつんぽつんと民家が見える。
*****
クルトと一緒に、お嬢様の後をそっと歩く。
私もクルトも、その辺にいる庶民の格好だ。ぶらぶらと、市の品物を眺めているふり。この村では一日おきに思い思いの物を市で売り出しているらしい。きちんとした店構えがあるのは雑貨屋と食堂くらいなので、こうして必要なものを購入できるのは助かる。
お嬢さまは質素なワンピースにリュックを背負い、髪は一本に縛っている。足取りも軽く、楽しそうにあちこち見て回り、その度お店の人と話し込んでいる。
八百屋の店先では小さな子供としゃがみこんで話しているし、強面のおじさんにもなんら臆することもなく話し込んでいる。キャベツとニンジンを購入。
パンを売っているご婦人とも楽しそうに話している。うんうんと頷きながら。
パンを購入。なにやらメモを取っている。
私たちもパンを買った。
「あら、さっきの子もだけど、あんたたちも見かけない顔だわね?二人で?駆け落ち?」
「は?」
と、バカみたいにむきになっているクルトの足を思い切り踏みつける。
「・・・実はそうなんです。秘密にしてくださいね?」
「うん、うん、大変だったんだね。ここは何にもないけどずっと住んでいてくれると嬉しいよ。さっきの子は森の管理小屋にいると言っていたから、あんたたちはヤン爺さんが住んでた家かい?」
「ええ、知り合いに紹介してもらって。」
「そうかい、新婚さんにはちと狭いか?まあ、うふふっ、丁度いいかあ。」
丁度いい?いえ、狭いです。部屋は私が使って、クルトは台所に寝てもらっている。
とりあえず…愛想笑いをする。
ご婦人がにやけながらパンを手渡してくれる。
「さっきの子にも言ったんだけどね、困ったことがあったら相談に乗るよ。あとは教会ね。」
明るく、姉御肌の良い方みたいだ。
「ありがとうございます。」
パンは美味しそうな匂いがする。買い物かごに入れて、クルトに持たせる。
「なあ、アンネ?俺たち仕事で来てるんであってだなあ…」
「バカなの?こんな狭い村で、すぐばれるわ!だったら、駆け落ちして身を隠しているって言うの、なかなかいい言い訳じゃない?合わせてよ。」
「いや…お前がそれでいいって言うならいいけど。」
「あんた…なに顔を赤くしてんのよ?」
クルトは、顔を手で仰ぎながら、落ち着こうとしているらしい。
優秀な護衛騎士殿?頼むよ、襲ったりしないでね。
その間、お嬢様は肉を売っているところで悩みながらも、ベーコンのブロックを購入。
次は…雑貨屋に入ったようだ。
外窓からちらりと見ると、塩だのの調味料や、茶葉を買っている。
お店の旦那さんに連れられて、勝手口から裏に出るようだ。なに?
ささっと裏口に回って、クルトの陰に隠れる。
お嬢さまは裏庭の柵の中にいた鶏を一羽購入。嬉しそうに小脇に抱えて去っていく。
にわとりねえ…。
「なんだ?おめえたちも欲しいのか?」
店主が私たちを見つけて声を掛けてきた。
「クルト、どうする?」
「卵を産んでくれるならいいんじゃない?」
「・・・それもそうね。」
「むふっ、駆け落ちの二人ってのはおめえたちか?じゃあ2羽いるな。」
「・・・・・」
話、伝わるの早くない?
片手に鶏を抱えたお嬢さまの後ろを歩く。
クルトは両脇に鶏を抱えている。とても腕利きの若手騎士には見えなくて笑ってしまう。帰りに八百屋で玉ねぎとキャベツを買って、少し重くなってしまった買い物籠を仕方なく自分で持って、緩やかな上り坂を歩く。
森に続く道はこの道一本だけ。見慣れない人が村に入ると、先ほどのご婦人のような方々が警戒してくれるようだ。どこで見ているのか分かったもんじゃない。
村って、すごい。
「なあ、アンネ、今日の昼飯は何?」
「野菜スープ。あんたさ、料理するのと鶏の柵を作るのどっちがいい?」
「え?柵、かなあ。」
「じゃ、決まりね。」