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第4話 マルちゃん。

「ま、マルちゃん?」


ごそごそと自分の荷物をかき分けているマルガレータ様に奥様が恐る恐る声を掛けている。足の踏み場がないほど荷物が散乱している。


「こ、これはどうしたの?アンネ?」


奥様の声が震えている。そうですね。なかなか無いですね。こういった部屋を見る機会は。

お嬢さまのお使いになっている客間は本であふれ、椅子という椅子には脱いだ洋服がかけられ、テーブルの上にはやりかけの刺繍の道具が出しっぱなし。机の上に至っては何冊も広げられたノートが層をなしている。壁には所狭しとメモがピンでとめてある…ベッドだけは整えさせていただいている。私的に、ここは譲れなかった。


「奥様、いつもお嬢様のお部屋はこんな感じです。」


「こんな?まるで泥棒が入った後の現場みたいなんだけど?」

「そうですね。いつもです。」

「いつも?って、お掃除係がはいるでしょう?」

「どこに何があるのか分からなくなるから、掃除はしなくていいと申されまして。」

「え?」

「例えば、本を読んでいますでしょう?ご不明な点を違う本で調べているうちに面白くなってその本を読み進みますね。すると、参考文献があったりしまして、どんどん幅が広がっていくらしいです。最終的には元の本に戻りたいので、そのままになるわけです。3冊も4冊も。本以外でもそんな感じです。刺繍を始めたとするでしょう?お花の形の確認に植物図鑑を開くでしょ…」

「そ…お洋服は?」

「お洋服も、明日また同じものを着るのでそのままで構わないと申されまして。」

「そ…???」

「但し、お風呂は入れております。強制的に。ほおっておくとそのまま本を読んだり、書きものをしたりして寝てしまいますので。」


呆然とした奥様と二人で、マルガレータ様のご自分の荷物の発掘現場を眺める。

お嬢さまは…先日、ご実家から送っていただいた本がたくさん入った荷物の陰で、飾り棚の下あたりをごそごそしている。


「あったわ!アンネ!」


嬉しそうにお嬢さまが掘りだした小箱。

流石です。お嬢様。この汚部屋で自分がどこに何を置いていたのか把握なさっていらっしゃる。頭に綿埃が付いています。


「あら、お義母様、いらしていたのですね?気づかず、申し訳ございません。」


小箱を持ったまま、お辞儀をしている。部屋の汚さとミスマッチ?綺麗なお辞儀だ。何でもそつなくこなして、もう教えることが無くなったわ、って奥様が喜んでいた。


お嬢様が急に実家に帰ると言い出したので止めに来たんだろうけど…。


「と、とりあえず、お茶にしましょう?」


奥様の動揺が伝わります。ま、びっくりしますよね。

私は一年見てきたので、慣れ?いえ、あれはあれで、お嬢さまにとっては合理的なお部屋なのだろう。最初の頃は散らかす端から片づけたくてうずうずしたが。



ティールームで、お茶を出す。


お嬢さまの茶器の扱いは優雅だ。とてもあんな汚部屋に生息なさっているようには見えませんね。頭の綿埃は取らせていただきました。


「それでね?マルちゃん。お家に帰りたい、って話なんだけど。」

「はい。」

「ほ、本気でランドルフとの婚約を解消したいの?」

「はい。」

「ランドルフが…嫌になった?」

「いいえ。そう言ったことではございません。」

「では…何か不自由があった?それとも…何かやりたいことがあるのかしら?」

「そうですね、一度婚約破棄とかすると、いい縁談はないと聞き及びますので、市井の生活をしたいと思います。」

「い?市井?ですって?」

「それからこれは、ランドルフ様から頂いた婚約指輪です。ジーモン侯爵家に代々伝わるものと伺っております。新しい婚約者様のために、お返ししておきますね。」

「え?」


お嬢さまが先ほど汚部屋で探し出したものですね。

綺麗に装飾が施された小箱ごと、にっこり笑って滑らすように奥様に。仕草もお綺麗です。


「……」

お嬢さまは上品にお茶を飲み始めた。


「わかりました。とりあえず、ご自分で生活なさってみなさい。市井の生活の体験?マルちゃんに丁度いい一人暮らし用の家を紹介いたしますわ。それでどうかしら?」


奥様?ランドルフに叱られますよ?


「まずは半年。大丈夫なようなら、そのお家を差し上げてもよろしくてよ?

そのかわり、無理ならここに帰って来るって約束してちょうだい。それから、家賃は月に5万ガルド。自分で働いてはらってちょうだい。できるかしら?最初の月は何かと大変だから、翌月払いでいいわ。」


使用人のいない生活も、働いたことすらないだろうお嬢様に、無理難題を突き付けて、あきらめさせようという作戦の様ですが…どうしたことか、マルガレータ嬢の瞳がキラキラと輝き、頬もほんのりと赤く…満面の笑み…


「よろしいんですか?ありがとうございます、お義母様!!」


スキップしながら汚部屋に戻られるお嬢様。

あんぐりと口を半開きにして見送る奥様。


「……」

「奥様?」

「ああ…アンネ、大丈夫よ。あの子だって貴族の娘よ?1か月もしないで音を上げるわ。うふふっ。」


そうですね。


あの年頃で、外の世界にあこがれる気持ちは私にもわかります。

ランドルフはいいやつだとは思うけど。


でも、現実は…衣食住を親に保証してもらって、その後は自分の夫になる人に、それから自分の子供に…生きていく上では仕方ないこと。もちろんおばさまのようにいい旦那様に巡り合える人もいるけど。


一度婚約破棄したような娘に来る縁談は、良からぬものが多い、というのも事実らしい。そこは否定しない。


私は…どうなるのかな…

兄上だって結婚するだろうし、いつまでもいつまでも実家に巣くっているわけにもいかないしな…










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