第2話 グーでした。
「そうか…事情は分かった。お前に子爵家をやめた使用人が付いてきた理由もわかった…」
「そうでしょう?お父様。」
「しかし、しかし、だな…だからって、アンネリーゼ…グーで殴るな、グーで。」
「…だって、先に手をあげたのはあちらですわ。」
あの後、さっさとお茶会を切り上げて帰ってきた。お茶会で給仕をしていた女中の子が子爵家の仕事を辞めて私の家までついてきたので、彼女のことは執事に任せた。打たれた頬を冷やしてくれるように頼んでおいた。
私も打たれた頬と婚約者を殴った右手の拳を冷やしながら自室で寝転がっていたら、父の執務室に呼ばれた。まあ、そうなりますわね。
今日子爵家で起こったことを、かいつまんで説明する。
「はああああああ……」
ソファーに座ったまま頭を抱えたお父様を見下ろす。深いため息ですね。
「それで?この婚約はもちろん解消でしょう?」
「…いや、先方さんはお前が泣いて謝りさえすれば許すと言ってきた。」
「は?」
「まあ、先方にとっては良い話だからな。伯爵家とつながりができるし、持参金も入るしな。面白くはないが、断りたくもないし、謝りたくもないんだろう。」
「……」
「もしかしたら、本当に、うちは悪くないと思っている節もある。そんなところに大事なお前を嫁には出せんな。おとなしそうな青年だと思っていたが。」
そうですね。是非にと子爵家に請われた縁談だと聞いた。両家揃っての初めての顔合わせでは、先方の母親がひたすらしゃべり、見合い相手のアルミンは母親の言うことに相槌を打つだけで一言も話さなかった。私も思っていましたよ、おとなしい方なのかなあ、って。
…他人の第一印象なんて、当てになりませんね。
「お父様!ありがとうございます!」
「…だがな…うちとしても手を打たないわけにはいかないから…お前はジーモン侯爵家に行儀見習いに行け。このごたごたは、私が片づけておくから。」
「まあ、おばさまのところに?」
「ああ。お前も少し…おしとやかにならないと、来る縁談はこんな、持参金目当てばっかりになるぞ?」
「……」
まあ、確かに。小さい頃は3つ上の兄上の後をくっついて回って、馬だの剣術だのが大好きだった。日焼けも気にならない。母親が早くに亡くなったので、お兄ちゃん子だったし、父親もそうそう厳しくもなかった。12歳ぐらいから、淑女教育の家庭教師が付いたけれど。
始まった淑女教育。立ち方。座り方。歩き方。ご飯のきれいな食べ方。ダンス…ぎゅうぎゅうのコルセットや息がしにくい化粧…
そう、息がしにくいんだ…窮屈だ。
どうせ嫁に行ったら、旦那様の言う通りに生きていく。口答えするな。にっこり笑ってさえいればいい。家庭教師の先生が、そう言う。
貴族だから?女だから?一人では生活できないから?
分かってます。頭では。