第16話 駆け落ち。
マルちゃんが予定通りランドルフ様と結婚することになったので、マルハウスは村長に預け、村営にすることにした。こまごまと引継ぎをしていた。
私たちの仕事の引継ぎも終わり、借りていたヤン爺さんの小屋を片づける。マルちゃんの住んでいた管理小屋はこの前ランドルフ様が来て、掃除していった。一足先にマルちゃんを連れて、帰っていった。
もともと私たちにそんなに荷物はない。もう秋が深くなった。10月も末。
水がだんだん冷たくなるな。
そういえば先日、クルトの実家からリンゴが大きな木箱で届いた。村人みんなに配れるほどの数だった。エプロンで磨いてピカピカにしたリンゴを、クルトと並んでがぶりと食べた。リンゴの丸かじりがこんなにおいしいなんて知らなかったよ。隣に座るクルトがリンゴを食べる私のことを嬉しそうに眺めているのに気が付いたけど…私からは、まだ、何も言っていない。
そうそう、最近分かったことだけど…クルトは私の一つくらい年下だろうと思い込んでいたら、3つ上だということが、わかった。今更だけど。今更、クルトさん、ていうのも…今更よね?言わないけど。童顔なんだな。言わないけど。まあ…どうでもいいか…。
クルトと窓を拭いたり、床を磨いたり…。
あれからこいつはそれらしいことは何も言わない。一言も。
「ねえ。あんた、田舎に帰るんでしょう?」
「うん。もう侯爵家に退職届は出した。退職金も貰った。ついでに馬も譲ってもらって来た。」
いつの間に…。
私はこう見えても…まあ、どう見えているかはよくわからないけど…貴族の娘。しかも伯爵家。おばさまの生家になる。
お父様やお兄様の迷惑にならないように、それなりのところに嫁ぐことになるのだろう。そう思って、お父様も私のことをおばさまに預けたのだから。
クルトは騎士だけど…平民?だよね。
ここのところ、ぐるぐるそればかり考えていた。いや、あの夏の日からずっとだ。
どうするべきか、もわかっているけど、どうしたいか、って気持ちもある。
「もう俺んちの方は雪かなあ。」
クルトはそんなこと言いながら、床を拭いている。
「明日の朝、出る。」
「ふーーーん。」
帰るのか。ふーーーん。
「お前も明日には侯爵家から迎えの馬車が来るんだろう?気を付けて帰れよな。」
「……」
鶏は2羽ともお世話になったパン屋のおばちゃんにあげた。
クルトは着替えもいらないらしく、おばちゃんの息子さんにあげていた。
「ふたりとも、幸せに暮らすんだよ?たまに遊びにおいで。」
「はい。また二人で今度は泊まりに来ます。」
しれっと返事して笑うクルト。
何言ってんのよ。
最後の朝食は、ごみを出さないように、昨日のうちに作ったサンドイッチを食べた。
静かな朝だった。
「じゃあな。元気でな。」
後ろ向きで手を振ってドアを出ていくクルト。
「ちょっと待ちなさいよ!!」
「え?」
「あたしもつれて行きなさいよ!!バカじゃないの?」
「だって、アンネ…。」
「駆け落ちするっていうのに、一人で行くな!バカ!」
「ん。」
「ほら、荷物積んで。」
「ん。」
「泣くな、クルト。」
「ん…。」
「コート無いと寒いかな?」
「途中で買おう。退職金もあるし。」
「そうだね。」
玄関先でぎゅうぎゅうにクルトに抱きしめられる。
バカだなあ。
そっと、クルトを抱きしめる。
さあ一緒に帰ろう。森と雪とリンゴがあれば楽しく暮らせそうだね。
*****
「まあまあ、なんてこと!お兄様に何て言えばいいのおおお!!!」
みんなでお茶をしていたところに、アンネから手紙が届いた。手紙を開いた母上が絶叫。
俺は一足早くマルガレータと家に戻っていた。
「あ、あの二人…駆け落ちしてしまいましたわ…。」
「まあ。もともと駆け落ちされておりましたでしょ?そう聞いておりましたが?」
顔色一つ変えずに、マルが言う。何をいまさらですか?って顔だ。
「え?」
「親御さんに反対されて、たまたま私の近くの家を借りて、お二人で住んでおりましたけど?」
「…ふ、二人で?」
「ええ。」
「だって、だって…アンナとマルちゃんは一緒に住んでたんじゃないの?」
「いいえ。私は一人住まいでしたが?」
「…え?ど、どうして?少し離れてマルちゃんを見守ってね、とはお願いしたけど…。まさか、結婚前のお嬢さまを…男と?二人暮らし???ああああああ!!!」
母上、頭をかきむしると、せっかくのセットが乱れますよ?
「まあまあ、お前。クリストハルトとアンネリーゼなら身分的にも何ら問題はないだろう?ちょっと格上だけどね。すごいところと親戚になったな。」
「あ、あなた…。どうしましょう!!!」
お茶を飲みながら父上は楽しそうに笑った。
「いいんじゃないか?アンネリーゼは今、婚約者はいないし。クリストハルトは元々、うちにいるような子じゃなかったんだし。本来なら近衛の師団長になるような奴だけど、領地に近いって理由でここに来たわけだし。もともと国元に帰るって言ってたしな。それが、嫁を連れて帰っただけだ。ふふっ。」
「そ、それは…そうなんですけど。」
「さあ、お前の兄上に手紙を出しなさい。お預かりしていたアンネリーゼ伯爵令嬢は辺境伯家の御嫡男殿と婚約して、辺境伯領に行きました、ってね。」
まあ、と驚いた真ん丸の瞳でマルが俺を見る。
すごいね、マル。過疎の村を元気にしただけじゃなく、恋のキューピット役もしちゃったみたいだね。
マルを引き寄せて、おでこにキスをする。
本編 完です。番外編に続きます。




