第1話 婚約者。
(貴族の婚約だの結婚だの、こんなもんだ。)
そう自分に言い聞かせる。昨年嫁いだお友達もそんなことを言っていたじゃないか。
アンネリーゼはお茶の出されたテーブルの向かいに座る子爵家の嫡男殿を精いっぱいの作り笑いで見つめる。月に一度設けられるお相手の子爵家でのお茶会に、余所行き着を着て、慣れない化粧を施されて、おとなしく座る。ほんの2時間くらいの辛抱だ。今のところは…。
そう、先ほどから目の前で自分の家の自慢話を繰り広げているその男こそ、私の婚約者。子爵家の嫡男、アルミン様。
「…それでね、聞いてる?」
「ええ、アルミン様。素晴らしいお話ですわね。」
思ってもいないことに笑って答えるのにも慣れた。出されたお茶も、勧めてくれないないので飲むに飲めない。
お爺様がどうした、だの、ひいお爺様がどうしただの…世が世なら、うちは子爵家なんて身分じゃなかったのに、っていう何時ものあれ、ですね。聞いてますよ。百回くらい。それと…この後はあれでしょう?お母様がどんなに素晴らしいか、お母様の生家が先々先代くらいに王様に直々にお仕えしていた、って話が始まるのでしょう?
そこでオチが来るんですわね?だからお前もたかだか伯爵家だと思っていい気になるな、でしたっけ?
…別に、伯爵家から子爵家に嫁ぐことについては、個人的にはそんなに思い入れはないけど、この人にとっては、コンプレックスなわけなのかしら?
…プライド?
控えていた女中さんが、すっかり冷めてしまったであろう紅茶を替えようと、アルミン様にお声がけをしてから、すっと手を伸ばした時、お母様の生家の先々代くらいの話をして興奮されたアルミン様の大げさな手ぶりにぶつかって、お茶がこぼれてしまった。
「何をしているんだ!」
自分の袖にお茶がかかって憤ったアルミン様が立ち上がって女中さんに手をあげる。
「申し訳ございません…もうしわけ…」
「この!役立たずめが!!誰に食わせてもらっていると思っているんだ!!」
怯える女中さんにもう一度手を振り上げようとしたところに、つっ、と割って入る。
「たまたまぶつかってしまっただけでしょう?その方は事前にアルミン様にお声がけしておりましたよ?そこまでしなくても」
ぱーーんっ、と音がする。
ひとテンポ遅れて、私は、私が打たれたのだと認識する。
打つか?普通?
「お前も、女のくせに生意気なんだ!僕に意見などするな!」