悪役令嬢が真実の愛を勝ち取るには?
4000字余りの百合短編です。設定ふわっと目ゆえ、矛盾があったらお許しを。
「お前との婚約は破棄だ、シオン」
貴族学園卒業の日。そのパーティで。
アスター公爵令嬢シオン・アニューラは、そう宣告された。
「子どもの勝手で婚約破棄とは。
帝国のご令嬢方を、侍らせるようになってからというものの。
ずいぶん幼稚になられましたね? リカルド王太子殿下」
王子に対するシオンの返答は、辛辣なものであった。
幼き頃より王太子の婚約者として、未来の王妃として教育されてきたシオン。
何かに取り憑かれたように、教養も、武芸も何でも身に着けた。
東に名君あると聞けば、行って誼を結び。
西に賢者あると聞けば、行って教えを請い。
各国の令息令嬢が集まるこの学園でも、一・二を争う才気と言われながらも慢心せず。
そうして若き身でありながら、父・アスター公爵の片腕となって今も東奔西走していた。
そんな彼女は、王国のことを第一に考えており。
拡張主義の隣国に傾倒する婚約者とは、意見が合っていなかった。
「なんとでも言うがいい。俺は真実の愛を、手に入れる」
そう言われ、シオンは神童と名高き黒髪の少女を思い浮かべる。
だが、その姿はこのパーティ会場にはなく。
(あれ? いま私、誰のことを思い浮かべたの?
黒髪で、黒い目の……知らない子)
シオンは僅かに混乱し、目を泳がせた。
「父上をかどわかし、アスター公が専横を働いているのは明白。
お前に選択肢はない、シオン」
王子が嘲笑うように言葉を続ける。
リカルドは力をつけているアスター公爵が、独立することを危惧していた。
もちろん、彼の後ろに居並ぶ、帝国令嬢令息がそう囁いているわけだが。
婚約破棄を宣言したということはもう、王子自身が望んで彼らの手をとったということである。
「それはこちらの台詞です。
では持ち帰って検討させていただきますので、リカルド様」
「フン。公爵領がある間に、返事を持ってくるがいい」
シオンは一礼し、会場を後にする。
(さようなら。お慕いしておりました、リカルド様)
道分かたれた婚約者を、振り向くこともなく。
◆ ◆ ◆
(忙しくなる……領に帰ろうとすれば、暗殺か誘拐の危険もある。
学園内の方が安全ですらあるけれど。
確実に、お父さまと連絡を取りつつ進めなくてはならない)
使用人や令嬢を連れ、シオンは中庭を行く。
(ロウクォーツ大神殿からの呼びかけで、帝国包囲はなりつつある。
かの国の激発が今少し収まれば、あとは我が王国の国内問題だけ……。
リカルド殿下はもう帝国の傀儡。第二王子殿下はまだ成人前。
リカルド様の廃太子が決まれば、状況は振り出しに戻る。
けどこのまま帝国を引き込み続けるようなら。
お父さまが立たねば、ならなくなる……。
そんな状況は、避けたいわ)
シオンは、前からふらふらとやってくる少女を避けるように端に寄って。
(戦争なんて、したくない。
今の緊張状態さえ、緩和できれば…………)
「――――まずは帝国内の皇子暗殺を防がないと――――」
すれ違った黒髪の少女の、物騒な呟きを耳にする。
シオンは。
遠く響く、何かの音に耳を澄まして。
「時計が…………動き出した」
そう呟くと、振り返った。
「カリアナ、オディリア。今日は何日?」
「えっ、3月」「8日ですけど……」
令嬢たちの答えを聞き、シオンは僅かに思案する。
「そう。学園でのこと、しばらく任せるわ」
「シオン様?」「いったい」
「……………………そうね」
荒れた黒髪を揺らし、歩み去る少女の背を見て。
シオンは少し、頬を緩めた。
「疲れたし、バカンスに行ってくるわ」
◆ ◆ ◆
石畳の街道を往く馬車の中で。
「楽にして頂戴。デルタ、だったわね?」
乱れた黒髪、やせこけた顔を見せる少女を前にし。
シオンは穏やかにほほ笑んだ。
「あ、あの。この、馬車は、どこへ」
誘拐同然に連れてこられた少女の名は、デルタ。
三年ほど前に貴族学園に入った平民出の少女で、神童と名高かった。
だが震えるその姿は、噂の才媛とは思えぬものであった。
「ロウクォーツ島の、龍神霊峰。
そこにある保養地へ向かってるわ」
「っ。クリア後ダンジョンがある場所……。
確かに、安全、だけど」
妙なことを口走るデルタの言葉を聞き流し。
「そうね。そこまで辿り着ければ安全。
それまでに何かあったら、終わり」
シオンは涼やかに述べる。
ハッとした様子で、デルタが顔を上げた。
「どうする?」
シオンの問いかけに。
「確かに、このパターンは今までやってない……。
うまくすれば……でも各地の情勢には手出しができなく……」
「交流のある神殿の賢者様から、お手紙を送ってもらえる。
神殿で聖別された使者が送るから、返事まで確実にもらえるの」
シオンが追加の言葉を投げかけると。
落ちくぼんだ少女の眼窩から、黒い瞳がじっと見てきた。
「どうかした? デルタ」
「いえ、その。シオン、様は。なぜこのような、ことを」
「死ぬほど疲れた子の顔を見たら、嫌になったのよ」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げた神童に、シオンは思わず吹き出して少し笑った。
「だってあなた、すごい顔よ?
見たら一発で、仕事する気なんて失せて。
帰ってご飯を食べて、暖かい布団で眠りたくなるわ」
「そんなこと言ってる場合じゃ……!」
「〝果報は寝て待て〟」
シオンに真剣な顔で告げられ、デルタが押し黙った。
「東国ではそのように言うそうね。
あなたも何やら忙しそうだし、英気を養いましょう?
デルタ」
少女は不審そうに、視線を彷徨わせながらも。
「バカンスに行きましょう。私とあなた、二人で」
「…………はい。シオン様」
馬車が目的地に着くまで、降りることはなかった。
◆ ◆ ◆
しばし保養地で過ごした二人。
デルタの顔に、艶と張りが少し戻ってきた頃。
「はぁ、今の状況がゲームの筋書きと同じ、ね。すごい話」
シオンは「乙女ゲーム」とやらの話を聞かされた。
この世界は、そのゲームと酷似しており。
デルタはゲームの主人公。
シオンは悪役令嬢だと言う。
リカルド王子らを巡り、二人相争うのだとか。
そしてデルタは、さらなる秘密に言及した。
「はい。でも何度、どうやってクリアしても。
学園入学の日に、時間が巻き戻されるんです」
「時間が巻き戻される……ひょっとして龍神の秘術かしら?」
「っ……そう、です。
私、転生したとき。龍神様? にこれをもらって」
デルタが服の中から、首飾りの先端を出す。
それは時計草に二匹の龍が〝∞〟の形で絡みつくアクセサリー。
その者が死したとき、時間を巻き戻す選択を提示するという秘宝。
誰でも持つことはできる。
しかしその先に待つ受難ゆえ、すぐ手放す者が多いという。
何度やり直そうとも、強く賢くなるわけでもなく。
ただ変わらぬ絶望を覚えるだけだ、と言われている。
「最初はこれで、何度もやり直してました。
でも。これっていうエンディングを迎えた後」
いくらか人らしい顔になったデルタの瞳が、暗く沈む。
「3月31日を過ぎると、なぜか時が巻き戻るんです。
私は、何もしてないのですが」
「…………そう」
「それでずっと、戻ってしまう条件を探してて。
関係者全員、生き残らせれば、もしかしたらって。
でも……シオン様だけは、どうしても毎回、亡くなって」
「昨今の情勢から行くと、確かに何か起きれば私は死にそうね」
「っ、はい。ただでさえ、悪役令嬢として断罪されやすい。
だから私が関わらないようにして……。
でもなぜか、3月31日になったら、亡くなられて。
あとはもう、徹底的に戦争とかが起こらないようにするしか」
「ふぅん。戦争回避にどうすればいいか、少し意見をくれない?」
シオンは呼び鈴を鳴らし、使用人に紙とペンを持ってこさせた。
さらに、多数の手紙や紙が入った箱も持ち込まれる。
「ここのところの情勢をまとめながら、アプローチを考えたい。
ドルチル共和国の呼応が弱いのよね」
「えっ。シオン様。私の言うことって……その。
信じてくれてるんですか?」
「信じてないわよ。情報の裏は自分で取る。
それで?」
「あ、あー……はい。共和国なら、臨時議会の招集は嘘で」
「なるほど、時間稼ぎか。オーツ連邦。
もう雪解けのはずなのに、道路が通れないって」
「そこは王国……リカルド王子の工作です。
帝国じゃないので、つつくともめます」
「やはりあの王子が立ちふさがるのか…………でも」
シオンは素早く書き留めつつ、手紙をしたためていく。
その最中。
「――――――――こうすればよかったのね」
そっと呟いて。
「シオン様?」
「何でもないわ。帝国、あなた皇子の暗殺に言及してたわね?」
「それは事情が複雑で――――――――」
◆ ◆ ◆
また幾日か経ち。
二人は、王国の貴族学園へ戻ってきた。
情勢が分からず不安だという、デルタたっての願いゆえであった。
「信じ、られません…………」
シオンに手を引かれ、馬車を降りたデルタが呟く。
「今日、本当に4月3日、なんですか?」
「そうよ。まだ不安なら、どこか話を聞きに行く?
学園のどこかでも、王城でも」
「ほとんど何もしなかったのに……。
学園も、王国も無事。
本当にどこも、開戦してないんですか?」
「してないわね。それで」
「あっ――――」
二人の前に、やってきたのは。
「シオン……」
「お返事を持ってきました。リカルド元王太子殿下」
廃太子された王子その人であった。
監視と思しき騎士が二人、彼に付き従っている。
「婚約の破談、受け入れますので。
ところでお探しの〝真実の愛〟とやらは」
シオンは手を離し、デルタの背を少し押した。
「こちらですか?」
「デルタ! 探したぞ。酷い目になど――――」
「いえ」
言葉数少なに、デルタは下がる。
「デルタ、俺はまた王太子に舞い戻る!
もう一度、俺と一緒に……!」
デルタが無言で、シオンの手を握った。
シオンはしばし、不思議そうな目で隣のデルタを見つめた後。
「わざわざありがとうございました。
デルタは話もなさそうですし。
私からもそちらの方とのお話は、以上ですので」
そう告げた。
騎士がリカルドを押さえ、引っ立てていく。
「なぜだ!? デルタ! 俺の、俺の――――!」
強い風に吹かれ、リカルドの声もすぐに遠くなる。
「こんなエンディングでよかったの? デルタ」
「いいんです、これで」
「そう……」
デルタが、繋いだままの手に。
ゆっくりと指を絡めていく。
美しい輝きを取り戻した、その瞳から。
一滴の涙を、流して。
シオンは、その涙を。
陶然と、眺めた。
(この瞬間のために、どれほどやり直しただろう――――――――)
デルタの手を、シオンは固く握り締める。
(私の巻き戻りは、限定的。この子と巡り合うまで、周回を自覚できない。
でも、限られた時間と機会を何度も繰り返し。
この子が誰かと結ばれるたびに、やり直し。
少しずつ仲を、深めて。
ここまで、これた)
春の風が強く吹く中、シオンは口を開く。
「「――――――――やっと手に入れた」」
風に消えた呟きは、二人分。
シオンは目を見開き、隣のデルタを振り返った。
デルタの腕が、シオンに絡みついていく。
「そりゃ私、ゲームの悪役令嬢シオンが時計草持ってるの、知ってますし。
だからまずシオン様に好かれるように、何度も繰り返した後。
あなたが、ループの記憶を取り戻して。
予想外の動きをしないようにしながら」
運命の秘術の使い手は、二人。
2つの時計草が、役目を終えて。
静かに、崩れ去った。
「あなたが私を選んでくれる、この奇跡のようなエンディングを迎えるために。
何万回でも、やり直したんです」
一時的と思われた、その地域の平和は。
二人が生涯を終えるまで、ずっと続いたという。
人の世に無関心を決め込んでいた龍神たちが、急に介入を始めたからであった。
彼らが幾万年かぶりに行動を変えた理由は、一説によると。
時計草の試練を乗り越えた乙女たちを、祝福したからだとも言われている。