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9/27

9、1年で1番大嫌いな日

※不倫表現あり


 12月27日。

今日は朝から身体がだるい。

熱があるわけじゃない。

けど、毎年恒例で気持ちがしんどくなる。

だから、お父さんも毎年この日だけは年末の忙しい時期の中絶対に仕事を休んで家にいてくれる。


本当にこの日だけは1年からいなくなってほしい。

そしたら、毎日楽しいのに。


「伊吹、無理してないか?父さんにできる事があったら言えよ」

「うん。ありがとう」

「あ、そうだ。今年の正月はばあちゃんの家には行かなくていいんだな」

「うん。家で家族で過ごそう。それに、颯真も好きな子と初詣行きたいだろうし」

「なんだ。颯真も好きな子が出来たのか」

「伊吹!余計なこと言うなよ!」


お父さんは楽しそうに笑いながら颯真にどんな子だ?と質問している。

颯真は絶対言わないと首を横に振りながらも、可愛いかと訊かれて即答で可愛いと答えていた。

お父さんはそれを楽しそうに聞きながらまたどんどんと質問していく。

それを見ながら昼ごはんでも作ろうかと冷蔵庫を覗いた。

あ、そうだ。しょうゆ切らしてるんだった。


「お父さん、しょうゆ買ってきてくれない?あ、出来れば一番安いスーパー限定のじゃなくて、黄色のラベルのやつね」

「しょうゆだけか?」

「うん」

「それと、今日の昼ごはんは俺と颯真で作るから伊吹はゆっくりしてろ」

「ありがとう」


冷蔵庫のドアを閉めて、ソファにぐでんと全体重を乗せた。

お父さんの料理、見た目は微妙だけど味は美味しいんだよね。

颯真は逆。

合わさって良くなる方に期待しよう。

まあ、颯真の作る料理って大体が初心者が作るものじゃないから微妙になっても仕方ないけど。


なんで料理初心者がいきなりプロの味再現しようとしだすんだろ。

普通に考えて無理なのに。


「伊吹、オムライスでいいよな?」

「うん」


野菜を切るのに時間がかかるから今から切り始めるらしい。

颯真が野菜を切っている間にお父さんが帰ってきた。

スーパーまでは車で3分もかからないから結構帰って来るのが早かった。

いや、颯真の野菜を切るスピードがゆっくりなだけかもしれない。

てか、ケチャップライスにニンジン入れるの?私が作るときはあんまり入れないけど。

って、大根も入れようとしてる!?


「ちょっ、待って!ケチャップライスに大根入れるつもり?」

「こっちはコンソメスープに決まってるだろ」

「決まってないよ。颯真なら入れそうだもん」

「さすがに大根は入れない」


お父さんも料理に加わって、出来たのは約1時間後だ。

まあ、見た目は卵はボロボロだけど、焦げてるわけじゃないし、スープは普通に美味しそう。

お皿を並べてテーブルを囲んで手を合わせた。


「「いただきます」」


こうして家族全員で揃った食事は基本的に休日だけだ。

お父さん、平日は仕事が終わるのが遅いから基本的に作り置きをしておいて私と颯真は先に食べる。

私たちがご飯も食べてお風呂も入ってゆっくりしてるくらいの時間にお父さんは帰ってくる。

疲れていても絶対にご飯を残さずに食べて、今日も美味しかったって言ってくれるから作るのが苦にならない。

お弁当も毎日写真撮ってスマホのアルバムに保存しているのも知ってる。

親バカだなって思う。


「どうだ?美味いか?」

「うん!」

「伊吹が作るのには負けるけど、俺たちも多少は料理上手くなっただろ」

「まあね。颯真もチャーハンくらいなレシピ見なくても作れるようになったし、お父さんは見た目は気にしないものの味は美味しいし。足して割ったら完璧なのにな」

「欠点を補ってこそ原田家だろ」

「だね〜」


昼ごはんを食べ終えて、ゆっくりしていると蓮晴からラインが着た。

散歩か。


「お父さん、散歩してきていい?」

「じゃあ、俺も」

「ダメ。蓮晴と行くから」

「………蓮晴って?どんな男かも知らないやつと、しかも今日。伊吹、大丈夫なのか?」

「父さん、蓮晴はいい人だよ。誰よりも伊吹のことを考えてくれてる人だから」

「そうか」


拗ねてる。

これだといつまで経っても嫁に行けないじゃん。

もう婿に来てもらうしかないかな。

笑ってダウンを着て家を出た。


蓮晴は既に家の前に来ていて、少し鼻が赤くなっていた。

もしかして、連絡してくれたときからここで待ってくれてたのかな。


「行こっか」

「うん」


蓮晴はさりげなく車道側に行って私の隣を歩いた。

お兄ちゃんらしいな。

茉優が小さい頃はこうしてたんだろうな。


しばらく歩いて大きい公園にやって来た。

年末に近い平日だからだろうか。

全く人の気配がない。

ここなら、大丈夫かな。

公園のベンチに座って、ハァ、と息を吐くと真っ白になって目の前から消えていった。

なんで、嫌な記憶はこうやってすぐに消えないんだろう。


「蓮晴、今日、私が1年で一番嫌いな日って言ったよね」

「ああ」

「うち、お母さんいないの知ってるでしょ?」

「ああ」

「お母さんが出ていった日、6年前の今日なんだ」


蓮晴は少し驚いたような顔で私の方を見た後、まだ話の続きがあるのを察したのか真っすぐ前を見た。

目を合わせて話すのはちょっと話しづらい内容だから私の方を見ないでくれて助かる。


「最後に会ったのはもっと後だけど、この日、お母さんが出てったのは私のせいなんだ」


冷たくなる手を擦っていると、蓮晴が私の手に自分の手を重ねた。

落ち着くんだ。


「その日、颯真は市内のキャンプイベントに参加してて家にいなくてお父さんは仕事に行ってて私も受験生だったから塾の冬期講習に行ってた。全員帰るのは夜の予定だった。そうすれば良かった。でも、私は冬期講習の途中で体調が悪くなって早退して帰ることになったの」


ぎゅっと蓮晴の手を握った。

落ち着け。深呼吸だ。


「家に帰ったらさ、知らない靴があって。怖かったけど、お母さんのことが心配でリビングに行ったら、知らない男の人とお母さんがキスしてたところを見ちゃったの。私、気持ち悪くて、本当に。でも、その場から動けなくなって過呼吸になった。けど、お母さんはすぐにその男の人と走って家から出ていったの。ああ、裏切られたんだって、分かった。なんで、置いていくのって。浮気してたのバレたとしても娘が過呼吸になってるんだよ?心配してよ!って言いたかったけど、言えなかった。それから、毎年この日はフラッシュバックして気分が悪くなるから嫌いなんだ」


そう言い切ると、蓮晴は恐る恐る私を抱き寄せた。

私が抱き返すと、今度は力強く抱きしめた。

すごく理不尽なことを思ってしまう。

なんで、あの時来てくれなかったの!って。

声に出していたらしい。

蓮晴はごめん、と謝った。

謝る必要なんて全くない。

だって、あのときはまだ蓮晴とも昊とも知り合ってなかった。

来れなくて当然。

なのに、申し訳なさそうな顔をする。


「それ、颯真は知らないんだろ」

「………お父さんもね。私が帰ったときにはもうお母さんはいなかったって言ったから」

「1人で抱え込む癖、やめろよ。次から何かあったら小さいことでも絶対に俺に話して。家にゴキが出たとか」

「それ、小さくないよ」

「じゃあ、ニキビできたとか」

「好きな人にそんなこと言えないよ」


そう言った瞬間、私を抱きしめる蓮晴の力がすぅ〜と抜けていった。

蓮晴の顔を見上げると真っ赤になっていた。

やっぱり、安心するからかな。

思っていた通り、トラウマだったはずのことを話しても全然大丈夫だ。

愛の力は偉大だ。なんてね。

行ってみたかった。


「蓮晴のお陰で元気出たよ。帰ろっか」

「いや、え、待って」

「もう、なに」

「なにって、」


蓮晴は俺が変なのかななんて焦っている。

大丈夫。

私が照れくさくてそれをバレないようにしてるだけだよ。

蓮晴のことからかうのはね、年上の余裕を見せたいからだよ。

私だって恋愛経験ほぼないし。


振り返って蓮晴の手を引いて立ち上がらせた。


「どうする?私から言ってもいいけど。もう言ったようなものだけど」

「俺から言わせて」


蓮晴は少し赤い顔を私に向けた。

言葉にしなくても、こんなに気持ちが伝わってくることってあるんだね。


「俺、中2のときからずっと伊吹のことが好きだ。」

「え、そんな前から?」

「そうだよ。伊吹、働き出してちゃんと自立できてからだけど、俺と結婚してほしい」

「なんか1個飛ばしてるけど、いいよ。別れるつもりはないから」


まさか、告白じゃなくてプロポーズされるなんてね。


「とりあえず、恋人からってことで」

「ああ」


結局告白は私からしたような………。

まあ、プロポーズされたからいっか。

ぎこちなく恋人繋ぎをしたまま家に向かった。

蓮晴は私の目を見て立ち止まった。


「伊吹が甘えられる存在になりたい。どうやったらなれる?」

「甘えてって可愛くおねだりされたら甘えちゃうよ」

「抱え込まずにちゃんと話してくれるか?」

「うん」

「伊吹。いっぱい甘えてね」


蓮晴はどうやらあざといらしい。

まさか、そんなコテンと可愛らしく首を傾げて口調まで変えてこられるとは思ってもなくてカウンターをくらって顔が真っ赤になったのは言うまでもない。

本当に恋愛経験ないの?

年下としての武器と身長の高さと顔を上手く使いこなしすぎでしょ。


「伊吹って思ってたより俺のこと好き?」

「好きだよ。私も蓮晴が高2くらいのときから好きだし」

「もっと早く言ってくれれば良かったのに」

「それはこっちの台詞だよ」


家に着いて玄関のドアを開けるとお父さんが走って出てきた。

驚いて私も家から出ると、蓮晴は少し驚きつつもヘコッと頭を下げてお父さんの顔を見た。


服部蓮晴です。19歳の大学1年生で、伊吹さんとお付き合いすることになりました。伊吹さんが頼れる存在になれるように頑張ります。としっかりと挨拶をした。

これだけだと慣れてるのかと思うけれど、声が震えていたから緊張しながらも頑張ってくれたんだなって伝わってきた。


「蓮晴、いい子でしょ?」

「………蓮晴くん、伊吹のことをよろしく頼むよ。あ、今から時間あるなら家でゲームしないか?颯真とやってたんだが、弱すぎるから。蓮晴くん、ゲームするんだってな」

「はい。颯真よりは強いと思います」

「じゃあ、早速家に上がってくれ。俺のことはイチさんとでも呼んでくれ」


イチさんって。

後ろで吹き出していると、お父さんは別にいいだろと颯真に似た顔をしていた。

さすが親子だな。

ちなみに、お父さんの名前は圭一だ。

そして、お父さんの仕事はゲームクリエーター。

颯真は決してゲームが弱くない。

お父さんが強すぎるだけだ。

仕事にするくらいゲームが好きな人だから、小さい頃から私も颯真もゲームの英才教育を受けてきた。

むしろ強いと思う。


「え!そのゲームもイチさんが作ったんですか!?」

「そうだよ」

「俺、これ中学のときにめっちゃやり込んでました!レベル上げるために毎日学校から急いで帰って時間費やしてました」


蓮晴もお父さんも楽しそう。


外が暗くなってくるまでゲームをして蓮晴は帰っていった。

お父さんは蓮晴のことをすごく気に入ったようで連絡先まで交換していた。

すごい手のひら返しだな。


夜ご飯を食べて、部屋でゆっくりしながら蓮晴にメッセージを送った。


「今日、1年で1番嫌いな日から1年で1番好きな日になったよ。ありがとう」

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