8、クリスマスイブ
体育祭、文化祭が終わると残すは学期末考査だけだ。
うちのリビングで服部さんと八尾さんと絢斗と凌我と勉強会をした。
学年順位で言うと、絢斗は上位10位以内に入っていて俺と服部さんと八尾さんが50位以内で凌我はいつも赤点は取らないものの赤点スレスレの点数だ。
そのため、勉強会と言いながら凌我の赤点回避の手伝いという感じでみんな得意教科を凌我に教えていた。
そして、今日全てのテストが返却されてショートホームルームが終わってすぐに凌我の席に行った。
「凌我、赤点は」
「………これを見ろ!」
凌我はテスト結果の集計の紙を見せた。
苦手教科の物理と数学以外は全て50点台でその2つも49点と46点のためある程度余裕を持って赤点を回避していた。
ちなみにここまで頑張ったことには理由がある。
凌我たち陸上部はクリスマス付近の4日間で強化合宿があるらしい。
それに参加するためには補習は回避しないといけない。
そのため、テストの2週間前に俺たちに赤点回避を手伝ってくれと頭を下げに来た。
「良かったね」
「ああ。ありがとうな、絢斗、颯真。服部さんもありがと〜!」
「あ、はい」
少し離れたところにいた服部さんは急に話しかけられて驚いたのか敬語で返事した。
服部さんと一緒に帰る約束をしていた八尾さんが迎えに来ると凌我はテスト集計を持って八尾さんに見せに行って、八尾さんは軽くおめでとうと行っていた。
「大型犬と飼い主」
「ちょ、絢斗」
そう言われるとそうにしか見えない。
笑ってリュックを背負って教室を出た。
凌我と絢斗は今日も部活があるらしい。
「またね」
「ああ。またな」
「服部さん、八尾さん帰ろう」
「うん」
「そうだね」
2人と一緒に校舎を出て家に向かった。
八尾さんは今日は服部さんの家に行くらしい。
もうすぐクリスマスだな。
服部さん、誰かと過ごすのかな。
「あのさ、原田」
「ん?どうしたの?」
「鈴村くんって、彼女とかいないよね」
「凌我?まあ、見ての通りいないけど………って八尾さん、凌我のこと好きなの?」
「まだ分からないけど、多分」
「じゃあ、何か協力できそうなことあったら行って。俺手伝うから」
「どうも」
それにしても凌我か。
いや、まあ凌我で良かったけど。
絢斗は最近付き合い始めた彼女いるし。
他校の小中の同級生らしい。
俺は絢斗が付き合う前に1回しか会ったことはないけど、絢斗が好きなのは見て分かった。
みんな結構恋愛してるんだな。
まあ、凌我に関しては陸上が恋人みたいな感じするけど。
服部さんたちを家まで送って、俺も家に帰った。
リビングに行くと伊吹が帰ってきていた。
「あ、颯真。24日は夜ご飯各自でね」
「了解。蓮晴と?」
「そう」
蓮晴と伊吹はまだ付き合っていない。
9月にあった蓮晴の誕生日、伊吹が体調を崩してなくなって告白も白紙になったらしい。
「颯真は茉優とどこか行かないの?」
「八尾さんと過ごすかもしれないし」
「夏芽は家族で旅行行くらしいよ。この前言ってた」
「え、」
じゃあ、誘ったら完全に2人になる。
告白断った相手と2人はさすがに服部さん嫌だと思うし。
………さりげなく予定空いてるか訊いて誘ってみようかな。
普通にクリスマスとか関係なく遊ぶ感じで。
服部さんとのトーク画面を開いて24日が空いているか訊いてみた。
『空いてるよ』
『どこか出掛けない?イルミネーションとか』
『行きたい!』
『じゃあ、アウトレットの近くのイルミネーションとかは?』
『ツリーもあるんだっけ?いいね』
『だったら、昼ご飯食べてそのままイルミネーションまで時間潰す感じでもいい?』
『うん!そうしよ』
なんか、あっさり決まったな。
まあ、服部さんからしたら友達と遊ぶ予定を入れてるだけだから普通か。
友達って、ズルいよな。
でも、悪いけどしっかりこの立場を利用させてもらう。
終業式が22日にあってあっという間に2日後のクリスマスイブがやって来た。
11時に駅に集合予定だ。
服も結構気合を入れて、伊吹にダメ出しされながらも決まった。
ヘアセットは簡単なやり方を動画で見ながらやってみた。
服部さん、好きな服装とか髪型訊いてもあんまり興味ない感じだったし。
可愛いものが好きなのは知ってるけど、俺が可愛くなったところで………。
家の鍵を締めて、駅に向かった。
そういえば、2人での待ち合わせは初めてな気がする。
夏祭りは伊吹と蓮晴もいたし。
少し早めに駅に着いたのに、服部さんはもう来ていた。
少し濃いめのブルーのニットのワンピースにブラウンのコートを羽織って落ち着かない様子でスマホを見ている。
髪型は、って、ボブになってる!しかもパーマかけてる。
似合いすぎ。可愛い。
ニヤけるのを押さえて服部さんに話し掛けた。
「お待たせ」
「私もさっき来たところだよ」
「服部さん、髪切ったんだね。パーマも。めちゃくちゃ似合ってる」
「ありがとう。原田くんも真ん中で分けるの似合うね」
「ありがとう」
待って。
さすがに可愛すぎる。
それにしても、いつもより服部さんの顔が近い気がする。
ああ、ブーツがヒールになってるんだ。
ただでさえ、身長差があんまりないから少し寄ったら顔が近くなるっていうのにさらに近くなるとか心臓に悪いな。
アウトレットまでは電車で向かう。
ここから20分程の結構近場にある。
「お兄ちゃんたち、今頃楽しんでるかな?」
「ドライブか。俺も免許取ったら行きたい。もちろん、服部さんとね」
「原田くん、結構オープンだよね」
「こうでもしないと、俺が服部さんを好きってこと忘れられそうだからね」
服部さんは顔を背けて忘れないよと呟いた。
少し耳が赤く見えるのは気のせいだろうか。
アウトレットに着く頃には昼が近くなっていた。
お昼ご飯を食べる予定をしていた店はアウトレットから少し離れた定食屋だ。
少し歩いて定食屋に行った。
やっぱり列はなく店内には常連客らしい人しかいなかった。
クリスマスに定食屋って服部さんが提案しなかったら俺も考えてなかったくらいだし。
けど、こっちの方が安くて早くて美味しいという理由で定食屋に決まった。
「ご注文はお決まりですか?」
「すき焼き丼1つ。服部さんは?」
「私は角煮定食」
「すき焼き丼お1つと角煮定食お1つですね。少々お待ち下さい」
それから10分ほどで料理が運ばれてきた。
美味そう。
「「いただきます」」
「美味しい。お肉とろとろ」
「ここ、絢斗と凌我にも教えよ」
「原田くんは美味しいものは共有するタイプだね」
「言われてみればそうかも」
定食を食べ終えてアウトレットに行った。
とりあえず、一通りお店を回ろう。
おしゃれな雑貨屋に入ると、服部さんは入り口のすぐそこの棚で立ち止まった。
何を見ているんだろうと思っていると、雪だるまのイヤリングを目を輝かせながら見ていた。
「可愛いね、それ」
「だよね!」
服部さんは共感の声にさらに共感するようにうんうんと頷いている。
「買わないの?」
「………私は可愛いの似合わないから見てるだけでいいよ」
「そんなのつけてもないのにどうやって分かるの?つけてみてもいいって書いてあるんだから1回つけてみてよ」
正直言うと、誰が見たいだけだけど。
服部さん、どうしてそんなに自分に自信がないんだろう。
見たい!という視線を送っていると、服部さんは少し緊張した面持ちでイヤリングをつけた。
「………」
「やっぱ変だよ」
「………どこが?めちゃくちゃ可愛いけど、」
「原田くんの可愛いは信用できない。すぐに可愛いって言うし」
「だって可愛いし」
「ほら、また、」
服部さんは耳まで真っ赤になりながらイヤリングを外して元の場所に戻した。
そして、俺の背中を押すように雑貨屋を出た。
可愛いから可愛いって言ってるだけなのになんで俺は信用失っているのだろう。
ベンチに座らされて服部さんはお手洗い行ってくると少しムッとした顔で歩いて行ってしまった。
可愛いって言われ慣れてないみたいな反応だけど、これまでみんな服部さんの可愛さに気付けなかったのだろうか。
それは気の毒だな。
服部さんを待っていると少し満足そうに笑って戻ってきた。
服部さんのバックのチャックが少し開いていて、さっきの雑貨屋の袋が見えた。
もしかしたら、雪だるまのイヤリングを買ったのかもしれない。
欲しそうにしてたのを我慢して後で後悔してほしくなかったから良かった。
なんてもっともらしいことを考えながら服部さんの可愛さにどう反応したら良いか分からず表情が完全に固まった。
可愛いの似合わないからって言って、俺が可愛いって言ったら信用できないとか言ってたのにこっそり買いに行くとかなに?可愛すぎる。
「原田くん?どうしたの?」
「いや、うん。ちょっとね」
次に入った服屋でお互いにマフラーを選んで買った。
イルミネーションまで、どんなマフラーを選んだかは分からない。
紙袋を持ったまま他の店も見ていると外が暗くなり始めていた。
早めにイルミネーションのある広場まで行って、ツリーの前で写真を撮りたい。
広場にはもうすでに人が集まっていた。
ツリーの前なんか写真を撮るために10組近く並んでいる。
もっと並ぶ前に並んでおく。
「ツリー綺麗。うち、引っ越すときにクリスマスツリー捨てたから家にないんだよね」
「そうなの?」
「うん。だから、今年初ツリー」
そっか。初。
特別感があって少し嬉しい。
順番が来て、俺たちの前に写真を撮っていたカップルが写真を撮ってくれた。
「彼氏さん、もう少し寄って」
「かれ、しになりたいとは思ってるけど」
ボソッと呟くと、服部さんはえっ!とこっちを見た。
「彼女さん、カメラ目線ね」
「す、すみません」
彼女と呼ばれたことに否定するよりも、さっきの俺の言葉の方が頭に大きく残っているのか少し照れくさそうに笑っている。
やっぱり可愛い。
「ありがとうございます」
次のカップルの写真を撮って、ベンチに座ってマフラーを開けた。
紺色のマフラーだ。
しかも、俺が服部さんに選んだやつと色違い。
俺が選んだのは同じ生地のラベンダーカラーのマフラーだ。
「色違いだね」
「うん。けど、学校につけて行きづらい」
「登下校だけだし大丈夫じゃない?」
「原田くん、そろそろ自分が人気ある自覚持ってほしいよ」
「一生芽生える気がしないよ。その自覚」
好きな人から気を引けないのに人気があるってどうやって自覚しろって言うのだろうか。
「あ、忘れないうちに。はい、これ」
「猫のマスコット?」
「うん。今日のお礼。受け取ってほしい」
「ありがとう。でも、いいの?」
「うん。ご飯代払ってお礼が一般的みたいだけど、服部さんは気を遣うからそういうのは嫌いだと思うって八尾さんに言われて」
「そこまで考えてくれてたんだ。ありがとう。大切にする」
服部さんは笑って猫のマスコットを大事そうに見つめた。
この笑顔が見たくてこれを選んだ。
一昨日の俺、ナイス。
イルミネーションが混んでくる前に駅に行って帰った。
服部さんを家まで送り届けると、再度お礼を言われた。
「マスコットもだけど、今日は誘ってくれてありがとう。楽しかった。また今度一緒に遊ぼう」
「うん。俺も楽しかった。ありがとう」
「おやすみ。メリークリスマス」
「メリークリスマス、服部さん」
手を振って家に帰った。
✽ ✽ ✽
颯真はもう帰ってきてるのかな。
そんなことを考えていると、車が止まった。
隣を見ると、蓮晴がふぅと軽く息を吐いた。
信号が赤になって止まっていたらしい。
前の車を見ると、薄暗いせいでシルエットしか見えないけど明らかにキスをしていた。
ああ、嫌なものを見た。
視線を隣の運転席に移すと蓮晴は平気そうに装っているけど、少し耳が赤くなっていた。
「蓮晴」
「ん?」
「好きだよね?」
「え、」
「あ、信号変わった」
前の車が動き出して、蓮晴もアクセルを踏んだ。
家に帰ってからでもいいかなと思っていたけど、蓮晴は何が?と訊いてきた。
何がって、隠してるつもりなのかな。
「自惚れ、でもないと思うんだよね。クリスマスにドライブ誘われてたらさ」
「………まあ、」
「さすがにそこまで鈍感じゃないからさ」
「………はい」
正直、イブにデートに誘われて気付かない人はいないと思う。
いたら相当鈍感か、全く相手を異性として意識していないかの2択だ。
私はそのどちらでもない。
「じゃあさ、ワガママ聞いてほしいんだけど、いい?」
「どうぞ」
「27日に言って」
「………なんでか聞いてもいい?」
「12月27日は、私が1年で1番嫌いな日だから。その日を好きになりたい」
「分かった」
蓮晴はただ真っすぐ前を見て頷いた。
それがすごく頼もしくて安心する。
蓮晴の方が年下のはずなのに、それを感じさせないくらい頼もしい横顔をしている。
トラウマって好きな人となら乗り越えられることもあるらしい。
乗り越えられると、いいな。