6、体育祭
新学期が始まって1ヶ月近くが経った。
新学期最初のホームルームで種目決めが行われ、その中には男女ペアの二人三脚も含まれていた。
だけど、俺と服部さんがペアになることはなかった。
なぜなら、うちの高校の体育祭はクラス対抗ではなく紅組と白組に別れるからだ。
そして、俺は紅組、服部さんは白組に別れてしまった。
なのに、絢斗と凌我は俺と同じ紅組だ。
〜〜〜〜〜
「颯真!やったな!俺ら3人同じ組」
「絢斗と凌我よりも服部さんと同じが良かった」
「おい!」
「それにしても、夏休みが明けて服部さん少し雰囲気変わったね」
「明るくなったっていうか、話しかけやすくなったよな」
2人はニヤッと笑って俺の顔を見た。
一応、この2人には服部さん一家が近所に引っ越してきたことや夏祭りでの出来事、キャンプに一緒に行ったことは話してある。
服部さんが明るくなったのと俺は別に関係ない。
ただ、学校生活に慣れてきただけだと思う。
それに、
「茉優、一緒にリレー出ない?スポーツテストのとき足速かったよね?」
「走るのは好きだからね。瑠璃ちゃんと一緒なら楽しそう」
坂倉と服部さんが仲良くなったっていうのも大きいだろう。
なんか、いつの間にか名前で呼びあってるし。
ちなみに、リレーは紅白共にクラスから男女各2名ずつ出場する事ができる。
陸上部の凌我はもちろん出場する。
絢斗は合気道部に所属していてこの3人の中で帰宅部は俺だけだ。
「で、颯真は何出るの?」
「俺は、」
「あ、応援合戦は?借り人競争だけだと他の競技も出ろって言われるけど応援合戦は出る競技1つでいいんだろ?」
「颯真が出るなら俺も出るよ。面白そうだし」
「え、俺も!」
「じゃあ、決定だね」
「俺はまだ出るなんて………まあ、いいか」
2人とも乗り気だし、面白そうという絢斗の意見には同意だ。
〜〜〜〜〜
そして、体育祭まであと2日。
放課後は週に2回応援団の練習に顔を出すことになっている。
紅組応援団は合計で23人。
男子が14人、女子が9人と男子の方が多い。
本番は男女共に学ランを着る予定になっている。
今日はその学ランを一度着てみて練習をする。
ハチマキもつけようということになってハチマキもつけた。
グラウンドでは陸上部や野球部が練習をしているため、特別に屋上で練習することになった。
「屋上とか初めてだな」
「まあ、普段は立ち入り禁止だからね」
「これだけでも応援団やって良かったって思うな」
笑いながら配置について団長の合図で演舞を始めた。
三三七拍子や拍手と一緒にオリジナルの振り付けを入れている。
俺は3週間かけてやっと覚えた。
全員がぴったり揃うのは5回やって1回あるかないかくらいで、やっぱり少しミスをしてしまうこともある。
それでも、応援団は温かい人たちばかりで大丈夫、次次!と声を掛けてくれる。
演舞が終わって教室に戻って学ランから制服に着替えた。
「絢斗と凌我は今から部活?」
「うん」
「頑張れ」
「ありがとう。じゃあな」
「また明日」
2人と別れて昇降口に向かうと同じ紅組の応援団の三崎さんと榎本さんがいた。
2人とも同じ1年生で、隣のクラスらしい。
「原田くん、電車?」
「いや、俺は徒歩」
「途中まで一緒に帰らない?」
「いいよ」
3人で学校を出て一緒に帰った。
一緒に帰ると言っても5分程度歩いたら分かれ道だ。
学校を出てすぐ、榎本さんが忘れ物をしたから先に帰っていてと学校に戻っていった。
三崎さんは何度か話したことがあるけど、2人は少し気まずい。
「原田くんってさ、結構モテるでしょ?」
「全然モテないよ」
「ホントに?」
「逆に、なんで俺がモテると思うの?」
「だって、身長高いし距離感が丁度いいし気遣いできるし。ホントにモテないの?告白されたこともないの?」
「1回だけあるけど、モテないよ」
本当に俺がモテるわけがない。
中学の時も合わせて告白されたのは坂倉からの一度きり。
ずっと目立つタイプではなかったし、女友達だって坂倉以外にいなかった。
基本的に男子としか話さない。
「じゃあ、彼女とかいないの?」
「いないよ」
「意外。絶対にいると思ってた」
「そんなこと初めて言われたよ。まず、モテそうとも言われたことないし」
「みんな心の中では思ってると思うよ」
そんなわけないよ。
そう思いながら笑った。
そろそろ分かれ道だ。
三崎さんに手を振って家に向かった。
モテそう、か。
服部さんにモテなきゃ意味ないよ。
まあ、そもそも俺がモテるわけないけど。
家の近くのコンビニに寄ってアイスでも買おうと思っていると、私服姿の服部さんに会った。
服部さんもアイスを持っていた。
「俺もアイス買ってくるから一緒に帰ろう。ちょっと待ってて」
「うん」
急いでアイスを買ってきて一緒に家に向かった。
「原田くん、応援団の練習の帰り?」
「うん。今日、学ラン着て屋上で練習したんだよ」
「屋上?いいな。行ったことない」
「練習場所がなかったから仕方なくって先生が開けてくれた」
「私も来年は応援団やってみようかな」
「似合いそう」
笑いながら話していると、あっという間に服部さんの家に着いた。
アイスが溶けると行けないから早めに解散して俺も家に帰ってアイスを冷凍庫に入れた。
父さん用と伊吹用と自分用の3つ買っていたお陰かまだ冷たさが保たれていた。
風呂に入って夜ご飯を食べ終えてから、アイスを食べようとすると服部さんからメッセージが着た。
見ると、アイスの写真と美味しい!と笑っているスタンプが送られてきた。
俺も開けたばかりのカップアイスを写真で撮って服部さんに送った。
一口食べてやっぱり俺も美味しいとネコのスタンプを送った。
可愛いって喜んでくれているだろうか。
そんなことを考えながらアイスを食べる。
食べ終えて、カップのゴミを捨ててソファに座って服部さんにメッセージを送った。
『明日、一緒に学校行きませんか?』
すると、すぐに既読が着いた。
『賛成に一票!』
『じゃあ、明日の朝7時50分に迎えに行くね』
『お願いします』
何気に服部さんと一緒に学校に行くのは初めてかもしれない。
せっかく近所に引っ越したというのに、服部さんは坂倉と毎日のように登校してたから。
坂倉には悪いけど、たまにはそのポジションを譲ってもらう。
朝、起きてリビングに行くと伊吹が朝食を作ってくれていた。
それを食べて制服に着替えて寝癖を直す。
もちろん、入念に。
「行ってきます」
「行ってら」
家を出て服部さんの家に向かう。
すごい。ぴったりに着いてしまった。
家の前で待っていると、服部さんが出てきた。
朝一で会えるとかご近所さんって最高。
「おはよう」
「おはよう、原田くん」
「明日は体育祭だね」
「うん。予報だと晴れるみたいだよ。応援団、頑張ってね」
「応援団の応援?」
「そ。フレー、フレー、はーらーだーくんって」
何それ、可愛すぎる。
笑って服部さんに拳を向けた。
「服部さんも、リレー頑張って。白組は応援できないけど服部さんの応援はしてる」
「うん。絶対勝つ」
俺の拳に一回りほど小さい拳をコツンと当てた。
明日が楽しみだ。
学校に近づくと電車通学の生徒たちが前を歩いていた。
その中には八尾さんもいて、服部さんは八尾さんを見つけると俺の手を引いて八尾さんの方に走っていった。
「なっちゃん!おはよう!」
「おはよ、茉優。てか、なんで原田と手繋いでんの?」
「原田くん、置いていっちゃうといけないから」
八尾さんは気の毒そうな顔を俺に向けてから、服部さんの隣に並んだ。
そういえば、八尾さんは服部さんと同じ白組らしい。
しかも応援団をするとか。
「体育祭、絶対に白組が勝つからね」
「紅組も運動部多いから強いよ」
そんな話をしながら学校に向かった。
そして、あっという間に日付が変わった。
体育祭当日。
伊吹が気合を入れて弁当を作ってくれた。
見ようとしたら、お昼までのお楽しみに取っておけだと。
今日は服部さんは坂倉と一緒に学校に行くらしく、別々の登校だ。
学校に着いてすぐに体操服に着替えてグラウンドに行った。
紅組と白組で分けてブルーシートが敷いてあって、その上にテントが立ててある。
そこに荷物を置いて開会式のためにグラウンドに並んだ。
開会式を終えて、ラジオ体操をしてから紅組のテントに戻る。
早速競技開始だ。
最初は男子100メートル走。
凌我が出ている。
俺と絢斗はテントの1番前に行って応援した。
パンッというピストルの音とほぼ同時に凌我はスタートダッシュに入った。
周りの選手たちとぐんぐん差を広げて、余裕の一着だ。
まあ、陸上の短距離で県大会準優勝した凌我に並べるのなんかうちの学校にはいないだろう。
男子100メートル走が終わると、次は女子の50メートル走があって、その次は俺と絢斗の出る借り人競争だ。
俺と絢斗は違うレーンで絢斗が先に走る。
借り人競争が始まると1番最初のレーンにいた絢斗は走ってお題の紙を取りに行った。
そして、紅組のテントの方に走って少し小柄な男子生徒を連れて1位でゴールした。
全員がゴールしてから発表されたお題は尊敬してる人だった。
どうやら合気道部の先輩らしい。
俺の番が回ってきた。
ピストルの音が鳴って走ってお題を引きに行った。
『髪が長い人』
まあ、女子だよな。
あ、服部さん。
そう思って白組のテントの方に走る途中で、白組のクラスメートの女子が服部さんと走っていった。
え、じゃあ、他の女子か。
坂倉はいないし。
テントを見渡していると八尾さんと目が合った。
「八尾さん!来て!」
「は!?」
八尾さんと一緒に3位でゴールすると、服部さんが少し驚いたような表情をしていた。
八尾さんも似たような顔をしている。
俺の後にもう3人ゴールしてそれぞれお題が発表されていく。
服部さんと一緒に走っていたクラスメートは、『出席番号26番』と書かれていた。
俺のお題が読み上げられると、服部さんは少しホッとしたような笑みを浮かべてこちらを見ていた。
相変わらず美人だな。
「茉優に見惚れてんの?」
「そうですけど」
「原田って正直だよね」
「まあ、本人に伝わるわけじゃないから」
昼休憩を挟んで、午後の最初の種目は応援合戦だ。
応援団は早めに昼食を採って学ランに着替えなければならない。
教室で弁当を開けると、絢斗と凌我がおぉーと身を乗り出すように俺の弁当を覗き込んだ。
唐揚げ、卵焼き、ハンバーグと俺の好物と学ランとハチマキのキャラ弁だった。
すげぇ。
何時に起きたんだろ。
帰ったらお礼言わないとな。
弁当の写真を撮って弁当を食べた。
食べ終えてすぐに更衣室代わりの会議室に行って学ランに着替えて応援団用の長いハチマキを巻いてグラウンドに向かった。
その途中で、服部さんと坂倉と八尾さんに会った。
「いいじゃん。3人とも学ラン似合うね」
「みんな背が高いから絵になるね」
「どうも」
絢斗が笑って答えた。
服部さんは何も言わずに俺の顔を見ている。
何か顔についているのかもしれない。
顔を触っていると、可笑しそうに服部さんは笑った。
「変、かな」
「ううん。原田くん、人気者になりそうなくらい似合ってる」
「そんなに?」
「うん」
「ありがとう。頑張るから見ててね」
「うん」
服部さんたちに手を振ってグラウンドに行った。
昼休憩が終わって紅白応援合戦が始まった。
今年は白組が先攻らしい。
白組は学ランではなく白地の法被を羽織っている。
白組の応援が終わると、次は紅組だ。
団長の掛け声で走って並んで手を後ろで組んだ。
太鼓の音に合わせて前に拳を突き出す。
演舞を終えると大きな拍手が起こった。
そして俺たちが退場すると、少し間が空いて女子の400メートルリレーが始まった。
俺たちは最後に集合写真を撮るためリレーに出ないものはまだ着替えない。
リレーに出るものはリレーが終わったらすぐに着替えなくてはならない。
凌我は急いで体操服に着替えて入場門に並びに行った。
俺はグラウンドに視線を向けた。
もう第一走者はスタートラインに並んでいた。
ピストルの合図で走り出した。
え、服部さんアンカー?
あっという間に第9走者までバトンが渡っていた。
紅組がリードしたままバトンが渡った。
白組の選手も少し遅れて服部さんにバトンを渡した。
服部さんは紅組の選手との距離をどんどん詰めて行って、最後の最後に紅組の選手を抜かしてゴールした。
紅組の選手はゴールしたときに足を挫いたらしく、その場に倒れ込んだ。
服部さんは紅組の選手に肩を貸して、他の選手たちと別で養護教諭のいるテントに向かった。
やっぱり、好きだな。
迷いも躊躇いもなく人に手を差し出せる。
そういえば、俺が服部さんを好きになったきっかけも傘を貸してくれたことだったし。
男子のリレーは紅組が勝った。
最後の凌我の快進撃で半周以上離されていたのが嘘のようだった。
結果優勝は紅組だった。
点差はなんと2点差。
ギリギリの勝利だったんだな。
体育祭が終わって紅組全員で写真を撮ってから応援団だけで写真を撮って最後に紅白混ざってクラスで写真を撮った。
「原田くん、一緒に写真撮ろ」
「いいけど」
「次、私たちとも写真撮ろ〜」
「え、あ、うん」
クラスの女子のほとんどと写真を撮った気がする。
なのに、服部さんは写真を撮ろうと誘ってくるどころか坂倉と話している。
やっぱり、興味持たれてないな。
服部さんたちの方に行くと坂倉が気を遣って他のクラスメートのところに行った。
「服部さん、もし良かったら一緒に写真撮らない?」
「いいの?原田くん、みんなに写真頼まれてたから疲れたと思って遠慮してたのに」
「そっか。良かった」
興味持たれてないのかと思ってた。
「俺、服部さんと写真撮るの楽しみにしてたから」
「じゃあ、誰かに撮ってもらう?」
「俺が撮るよ」
さっきまで少し離れたところにいた絢斗が俺のスマホを取って2歩下がった。
3枚くらい写真を撮ってもらってスマホを受け取った。
「あの、梶井くん。ありがとうございます」
「いいよ。これくらい。それに、俺も颯真の友達なんだし敬語はやめよ」
「うん」
教室に戻って制服に着替えて各自解散した。
坂倉は友達と打ち上げをするらしく、今日は服部さんと2人で帰れる。
言っておくが、坂倉を邪魔だなんて思ってはいない。
ただ、服部さんと2人になれるのが嬉しいだけ………って誰に言い訳してるんだろう。
絢斗と凌我は体育祭の片付けがあるらしく昇降口のところで別れた。
校門で待ち合わせをしている服部さんのところに行こうと靴を履き替えていると、他クラスの女子生徒に話しかけられた。
「紅組の原田くんだよね?応援団やってた」
「そうだけど」
「学ラン似合うね。カッコよかったよ」
「ありがとう」
「帰りって電車?」
「いや、徒歩」
「途中まで一緒に帰らない?」
「ごめん。もう約束してるから」
断ってすぐに門の方に走ろうとすると、昇降口のすぐ前で服部さんが待っていた。
服部さんも今来たところだったらしい。
一緒に学校を出て家に向かった。
服部さんは長い髪をポニーテールにして、揺らしながら歩いている。
なんか、いい匂い。
「私って予言者かも」
「へ、」
「原田くん、今日一日ですっかり人気ものになったでしょ?」
「そうなのかな」
「みんなに写真お願いされたり一緒に帰ろうって誘われるのは人気者の証拠だよ」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
でも、人気者は服部さんの方だと思う。
そう呟くと服部さんはどうして?と首を傾げた。
「リレーのとき、服部さんの隣で走ってた人が転んだとき迷わず肩貸して養護テントまで連れて行ってあげてたでしょ?」
「それは、普通そうするでしょ?」
「そうだけど、大丈夫!?って大袈裟に訊いたりする人もいるでしょ?それってさ、転んだ側は少し恥ずかしいけど服部さんは冷静に対応してたから転んだ人も恥ずかしさはマシだったと思うんだ」
それでも服部さんは、当たり前の事をしただけなのにそれで人気者になるのはおかしいと納得していない様子だ。
それを当たり前だと言って実際に行動できるのが彼女の魅力でもあると思う。
「俺が服部さんを好きになったきっかけも、傘がなくて困ってたときに話したこともないのに傘を貸してくれたことだよ」
「あ、え、そう、なんだ」
もしかしてだけど、俺が告白したこと忘れてた?
それで今思い出した?
気まずくならないようにって友達っぽく接してたけど、本当に友達のようにしか思われてなかった?
「もう一回言っておくけど、俺は服部さんが好きだよ。服部さんが望むなら友達でいようって思ってるけど、友達だとしても服部さんを好きなのは変わらないから」
「はい、」
「忘れないでね」
「忘れてないよ。ただ、原田くんはもう私のこと好きじゃないって思ってただけで」
「どうやって服部さんを好きじゃなくなるのか教えてほしいくらいなんだけど」
呆れたように言うと、服部さんは驚いたように目を見開いて少しの沈黙を空けてふふっと笑い出した。
「私に訊かれても分からないよ。けど、ありがとう。私はまだやっぱり好きとか分からないけど、こうやって告白されたのは原田くんが初めてだから、嬉しい」
「そういうところだよ」
服部さんはどこ?と首を傾げる。
俺は本当に服部さんのことが好きだ。
初恋ってなんて厄介なんだ。
もし、彼女が好きがどんなものか分かったとして、その好きを俺以外の誰かに向けていたとき、俺は彼女の幸せを心の底から願えるだろうか。
それは、無理とは言えなくても結構な苦行だと思う。
だから、服部さんに好きになってもらえるように頑張ろう。
そのためにも、もっと俺のことを知ってもらわないといけない。