4、夏祭り
勉強会から4日後、今日は近所で開催される夏祭りに行く。
大規模な花火の上がるような夏祭りではないため、毎年行っていなかったけれど今回は服部さんと距離を縮めたいという俺の気持ちを汲んでくれた八尾さんが誘ってくれて、一緒に行くことになった。
何故か浴衣必須らしい。
中学のときに新しく買った浴衣が少し小さくなっていたから買い直した。
浴衣の着付けは動画を見ながら自分でやって、髪は伊吹にセットされた。
俺がやると、初心者が頑張ってセットしました感が出てダサいらしい。
「伊吹も昊さんと来るんだっけ?」
「ううん。昊はバイトだから蓮晴と行く」
「蓮晴さんとってあんなイケメンなのに彼女いないの?」
「まあ、中高男子校通ってたからね」
「めちゃくちゃ意外」
服部さん兄妹は全員美形で、服部さんは少し人見知りなところはあるけれど昊さんも蓮晴さんもそんな様子は全くなかった。
昊さんは2歳年上の社会人の彼氏がいるのは知ってたからてっきり蓮晴さんも彼女がいるものだと思っていた。
伊吹と家を出て、祭りの会場である神社に向かった。
浴衣って歩きづらいな。
服部さん、神社の場所分かるかな?
まあ、服部さん家から歩いて5分もかからないくらいの場所にあるから大丈夫だとは思う。
神社に着くと蓮晴さんと服部さんが一緒に待っていた。
服部さんも浴衣だ。
似合うと思ってたけど、やっぱりすごく似合う。
綺麗な黒髪をお団子でまとめて、水色と白の市松模様にレモン柄の浴衣を着こなしている。
「可愛い………」
一度彼女が視界に入れば無意識のうちに目で追ってしまうだろう。
つい、見惚れていると伊吹にベシッと背中を叩かれた。
「声にも顔にも出てる」
「え、」
驚いてもう一度服部さんの顔を見ると少し赤くなって目を逸らしていた。
可愛いって、声に出てた?しかも聞こえてた?
「いや、今のは違、わないけど、なんていうか、その」
なに、言い訳してるんだろう。
普通に似合ってる、可愛いって言えばいいのに。
ダサいって思われただろうな。
「………ありがとう」
「へ、」
「変じゃないなら良かった」
「全然変じゃない。似合ってるよ」
「原田くんもね」
服部さんは少し照れたように笑った。
やっぱり可愛い。
少し顔を手で扇いでいると、蓮晴さんと伊吹はニヤニヤと笑って2人で神社に入っていった。
咳払いをして彼女の方を見た。
「そういえば、八尾さんはまだ来ないね」
「え、なっちゃんから連絡きてないの?」
「なんの?」
「なっちゃん、急遽家族でお祖母ちゃん家に行くことになったから今日行けないって」
全く聞いていない。
もしかして、わざと?
俺、服部さんと2人きりとか緊張して何話したらいいか。
いや、けど、距離を近付けるのチャンスではあるかもしれない。
「じゃあ、とりあえずてきとうに周りながら好きな店寄ってく?」
「そうだね」
神社の境内に入ると、たくさんの屋台が並んでいた。
昔来た以来だけど、思っていたよりも屋台の種類が豊富だ。
定番のたこ焼き、焼きそば、わたあめ、フルーツ飴、焼きトウモロコシ、じゃがバター、ジェラートもある。
後で絶対にジェラート食べよう。
「服部さん、何食べる?」
「えっと、焼きそばとじゃがバターとたこ焼きと串焼きと唐揚げとジェラートも食べたい」
「じゃあ、順番に回ろうか」
「うん!」
可愛い。
とりあえず、焼きそばとじゃがバターとたこ焼きを買って、俺もじゃがバターと焼きそばを買って一緒にベンチに座って食べる。
それにしても、美味そうに食べるな。
食べるのが好きなんだろうな。
「写真撮ってもいい?」
「いいけど、どうして」
「美味しそうに食べるからか」
「食べ過ぎかな」
「ううん。俺も結構食べる方だから。祭りとかだと余計にね」
「分かる」
服部さんは笑ってじゃがバターを頬張った。
そんな可愛い顔を撮って俺もじゃがバターを頬張った。
買ったものを食べ終えて、プラスで串焼きと唐揚げも買った。
服部さんがあまりにも美味しそうに食べるからか、串焼きも唐揚げも少しずつ列ができていた。
それも食べ終わって最後にジェラートを買った。
スプーンですくってチョコのジェラートを口に運んだ。
美味っ!
祭りでこんな美味いジェラートを食べられるなんて。
最後の一口は名残惜しい気持ちで食べ終えて、カップを捨てに行った。
「颯真!来てたのか!」
「春樹!?」
顔を上げると、小、中の同級生だった相模春樹と他の元同級生たちが揃っていた。
地元が一緒だから会うかもしれないのに考えてもなかった。
「久しぶり!てか、浴衣ってもしかしてデートか?」
「いや、デートっていうか」
春樹は俺の首に腕を回して、ニヤニヤと笑っている。
久しぶりに会えたのは嬉しいけど、服部さんと春樹たちを遭遇させたくない。
と、そんな俺の気持ちが届くはずもなく少し先の方で待ってもらっていた服部さんが焦ったようにこっちにやって来た。
何かと思っていると、俺の手を引いて春樹たちを睨んだ。
「服部さん、どうしたの?」
「どうしたのって、え、カツアゲされてたんじゃないの?」
「こいつらは俺の中学の同級生だよ」
「同級生………」
服部さんはごめんなさい!と春樹たちに頭を下げた。
どうやら、俺と春樹たちがじゃれてるのを見てヤンキーに絡まれてると勘違いしてしまったらしい。
まあ、春樹は強面だしガタイ大きいからヤンキーって思っても仕方ないけど。
それよりも、カツアゲされてるかもしれないのに助けに来てくれたことが嬉しくてニヤけそうになる。
「颯真の彼女さん、全然気にしてないから顔上げてよ」
「彼女じゃ、ないです」
「あ、マジ?ごめん」
服部さんが即答したことにショックを受けつつもそうだよな、と自分の中で納得はする。
春樹たちも少し気まずそうにまたなと手を振って行ってしまった。
そろそろ7時半になるし屋台も閉まり始めたから帰ろうと神社を出た。
せっかくの浴衣だから、ツーショットがほしいと思って、思い切って頼んでみた。
「そうだね。せっかくだし写真撮ろっか」
自撮りでツーショットを撮ってフォルダを開いた。
服部さんの写真、思ってたよりもあるな。
スマホの画面を消して懐に入れた。
コトコトと下駄の歩く音だけが響いている。
2人きりは緊張するのに何故か落ち着く。
変な感じだ。
「好きだよ」
思わず言ってしまった。
慌てて口を手で塞いだときはもう遅かった。
少し赤くなった顔で服部さんがこっちを振り返っていた。
ああ、言ってしまった。
しばらくは言うつもりはなかったのに。
けれど、言ってしまったものは仕方がない。
ちゃんと伝えたい。
「俺、服部さんのことが好きです」
目の前の彼女は信じられないと目を見開いて、数分に感じられる沈黙の後、少し困ったような申し訳ないような表情で俺の顔を見ていた。
「ごめんなさい。私、誰かを好きになったことがなくて。原田くんの気持ちには応えられないです。友達としての好きか特別な好きかが分からないから。」
「うん。ちゃんと返事をくれてありがとう。服部さんがいいなら、これからも友達でいてくれる?」
「嫌じゃないの?」
「嫌じゃないよ。俺、服部さんと一緒にいるの楽しいから」
「ありがとう」
服部さんを家まで送り届けて、自分の家に向かった。
断られるよな。分かってた。
分かってたけど。
いざ断られるとなるとしんどいな。
力ないため息を吐いて歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、伊吹が立っていた。
「蓮晴さんは?」
「さっき別れたとこ。てか颯真、なんでそんなに元気ないの?もしかして茉優に振られた?」
「………」
「え、マジ?」
自分から訊いておいて気まずそうにするなよ。
伊吹を無視して家に着いて鍵を開けた。
リビングに行って、ドスッとソファに座ると伊吹が目の前で仁王立ちをした。
「諦めんの?颯真、1回振られたくらいで茉優のこと諦められるんだ」
「んなこと言ってないだろ。勝手に諦めるとか決めつけるな」
「そうでなくちゃ」
服部さんは別に好きな人がいるわけじゃない。
好きが分からないと言って断った。
だから、希望がないわけじゃないし。
諦めるわけがない。
もっとなる仲良くなってから絶対にもう1回告白する。
シャワーを浴びて、リビングに戻ると八尾さんからメッセージが届いていた。
今日どうだったかを訊かれて、つい告白をしてしまったことを伝えた。
『茉優、初恋もまだだからね。でも、告白したってことは意識してるかもよ』
『なんで分かるんだ?』
『幼馴染だからね。茉優、告白されるの初めてだし、原田の印象もいいし』
『これからってことか』
『そう。頑張って』
『どうも』
夏休みは後、3週間で終わってしまう。
その間にもう一度、服部さんとどこかに出掛けたい。
伊吹と昊さんと蓮晴さんも誘えば、気まずさはあまりないと思うし。
とりあえず、服部さんに訊いてみよう。
服部さんのトーク画面を開いた。