3、勉強会
8月3日。土曜日。
今日は朝からいい天気だ。
暑すぎて何もしたくない、というのが本音だが姉の伊吹の高校時代からの親友である昊さん一家の引っ越しの手伝いに行くことになっている。
最近近所に出来た新築の家が昊さん一家が引っ越してくる家らしい。
うちから徒歩5分ほど歩くと、平屋の一軒家が建っている。
家の目の前にショートボブの美人な女性が待っていてこちらに気付くと大きく手を振っていた。
「伊吹〜!颯真くん!来てくれてありがと〜」
「どういたしまして。それにしても昊たち出て行った後、寂しくならない?」
「大丈夫。私と茉優と1つの部屋を仕切りで分けて使うから。蓮晴の部屋は客間予定」
「なるほど」
昊さんに続いて家に入ると、冷蔵庫やテレビなどの大きい荷物しか置かれていなかった。
大きい家電は業者に頼んだらしい。
何を手伝えばいいのだろうかと考えていると、車の音が聞こえた。
外に行くと目の前に車が停まっていて、助手席から背の高いとても美人な女の子が降りてきた。
「えっと、服部さん?」
「なんで、原田くんがいるの?」
驚いて固まっていると、昊さんが服部さんと俺を見比べた。
「そっか。颯真くんと茉優、高校一緒だったね」
まさか、服部さんが昊さんの妹だったなんて。
驚いて固まっていると、伊吹が服部さんの方に行ってハイタッチをした。
「久しぶり!茉優!元気にしてた?」
「うん。伊吹ちゃんも元気そうで良かった」
伊吹と面識あるんだ。
まあ、俺が昊さんと面識あるし、服部さんが伊吹と面識あってもおかしくはないか。
運転席から降りてきた若い美形の男性も降りてきて昊さんに引っ張られてやって来た。
「颯真くん、弟の蓮晴」
「初めまして」
「この子は颯真くん。伊吹の弟で、引っ越し作業の手伝いに来てくれた子」
「今日はわざわざありがとう」
「いえ、伊吹がいつもお世話になっているんでお返しさせてください」
それから引っ越し作業が始まった。
ご両親はマンションから蓮晴さんの運転する車に段ボールを運ぶ係で、蓮晴さんと服部で家まで持ってきて俺と伊吹と昊さんでそれぞれの部屋に段ボールを持って行く。
段ボールには持ち主の名前や部屋の名前が書いてあるためそれぞれ運び込んでいく。
お昼が過ぎた頃、全部の荷物を家の中に運び終えて、ご両親がやって来た。
「晴彦さん、芽衣子さん、久しぶり」
「伊吹ちゃん!わざわざ来てくれてありがとう。颯真くんだっけ?本当にありがとう。お陰で助かったよ」
「役に立てたならよかったです」
「お礼にお昼ご飯みんなで食べに行こっか」
「そんな、申し訳ないです」
「お礼しないと気が済まないタチだから」
なら、お言葉に甘えて。と言い切る前に昊さんと蓮晴さんに背中を押されて車に乗った。
後部座席に昊さんと蓮晴さんと伊吹、真ん中に俺と服部さん、運転席に父親である晴彦さん、助手席に母親である芽衣子さんが座った。
そういえば、芽衣子さんは三者面談のときに一瞬だけど見たことがある。
話してないけど。
「伊吹ちゃんの弟が手伝いに来てくれるって聞いてたけど、まさか原田くんだとは思わなかった」
「俺もだよ。昊さんと服部さんが姉妹って知らなかった。そもそも、昊さんの苗字知らなかったし」
「私も。伊吹ちゃんの下の名前しか知らなかった」
2人して同じことを言うのがおかしくて顔を見合わせて笑った。
昊さんが服部さんのお姉さんって知ってたら伊吹に相談して一緒に遊べる機会つくってもらえば良かったかも。
「あ、そうだ。一緒に宿題するって言ってたのいつにする?」
「頑張って今日と明日で荷解き終わらせるから、明後日うち来て」
「うん。あ、坂倉のことなんだけど」
「瑠璃ちゃんに聞いたよ。大丈夫」
名前で呼んでる。
そんな、仲良かったんだ。
少し意外で驚きつつも、服部さんにクラス内でも仲が良い人ができたのが嬉しい。
「代わりに誰か誘う?」
「じゃあ、なっちゃん誘ってもいい?」
「いいよ。幼馴染の子だよね?八尾さん?」
「うん。原田くんも1人ぐらいなら誰か誘っても大丈夫だよ」
「いや、絢斗は宿題終わらせてるし凌我は宿題やる気ないから誘っても来ないと思う」
そっか、と服部さんは少し困ったように眉をひそめて笑った。
表情一つ一つが可愛くて彼女から目を離せない。
もし俺が、好きだと伝えたらこうして友達でもいられなくなるのかな。
それは、嫌だな。
近所に出来た冷やし中華専門店に着くと、各々トッピングやタレを選んで席に着いた。
「原田くん、胡麻ダレ好きなの?」
「うん。瀬戸レモンと迷ったけど」
「私レモンだよ。1口交換する?」
「マジ?交換する」
冷やし中華が運ばれてきて口を付ける前に服部さんのものと自分のものを1口交換して食べた。
瀬戸レモンのタレはさっぱりめで暑くてもめちゃくちゃ食べれそうな感じだ。
「美味しい」
「こっちのも美味い」
食べ終わって、服部さんの両親にお礼を行って家まで車で送ってもらってしまった。
ここまでしてもらうと、引っ越し作業の手伝いのお礼を超えている気がするけど服部さんと仲良くなれたのは良かった。
「じゃあ、また月曜日に」
「うん。またね」
服部さんに手を振って家に入った。
伊吹はニヤッと口の端を上げて俺の顔を見て何度も頷いていた。
気にせずリビングのソファに座ってテレビをつけると、伊吹はソファの背もたれから身を乗り出して俺の頭に腕を乗せた。
「颯真、茉優のこと好きでしょ?」
「伊吹には関係ないだろ」
「見る目あんじゃん。茉優、可愛いしいい子だし。応援するよ」
今さらだけど、伊吹って服部さんのこと名前で呼んでるんだよな。
いいな。
俺も茉優って呼びたいって、言えないよな。
あっという間に月曜日がやって来た。
昼ごはんを食べてから服部さんの家に行ってインターホンを押すと、昊さんが出てきた。
中に入れてもらって服部さんの部屋に行くと、本当に荷解きが終わっていた。
てか、同級生の女の子の部屋入るのとか初めてかもしれない。
少し緊張しているのを隠すように服部さんの方を見た。
服部さんの隣には少し小柄で肩くらいの長さの髪を小さなお団子にしている女子がいた。
服部さんの幼馴染の八尾さんだ。
「いらっしゃい、原田くん」
「お邪魔します」
「この子は私の幼馴染のなっちゃん」
服部さんが笑って八尾さんのを紹介した。
あだ名で呼んでる。
可愛い。
「茉優の幼馴染の八尾夏芽です」
「原田颯真です」
なんか、八尾さんから敵対心みたいなものを感じる。
気のせい、だよな?
さっそく宿題を始めて服部さんが分からない問題を俺や八尾さんに訊く形で宿題を進めた。
俺も八尾さんも理系は得意な方だけど文系が苦手だから文系が得意で理系が苦手な服部さんに英語を教えてもらった。
「服部さん、このThatは訳すやつ?」
「訳さないやつ」
「ありがとう」
英文を訳して宿題を進める。
5時が近くなると残っていた宿題のほとんどが終わった。
ぐっと伸びをすると服部さんも同じタイミングであくびをした。
可愛いなと見ていると少し恥ずかしそうに顔を逸らした。
見すぎた。引かれてたら嫌だな。
そんな心配は服部さんの笑顔ですぐに去っていった。
「お疲れ、なっちゃん、原田くん」
「服部さんも」
「お疲れ、茉優」
俺が持ってきていたお菓子の袋を開けて、服部さんと八尾さんに渡した。
2人とも甘いものが好きなのか、楽しそうにクッキーを食べている。
八尾さんといるときの服部さんって、いつもよりちょっと子供っぽいっていうか、素を出してる感じでさらに可愛いんだよな。
俺ももっと仲良くなりたいな。
バレないように服部さんに視線を向けていると、正面に座っていた八尾さんから視線を感じた。
そっちを見ると俺を睨んでいた。
やっぱ、嫌われてる?
話しているうちに6時になった。
「茉優、私、そろそろ帰らないと」
「じゃあ、駅まで送るよ」
「大丈夫。道覚えたから」
「そう?気をつけて帰ってね」
「ありがと」
八尾さんも帰るし、俺もそろそろ帰ろうと鞄を持って立ち上がった。
服部さんに見送られて家を出て駅の方向に歩いた。
「原田って、家反対じゃないの?」
「なんで知ってるの?」
「茉優が言ってた」
俺の話をしてくれていたことに喜びつつ八尾さんの方を見た。
「薄暗いし、八尾さんが迷子になったら服部さんが罪悪感感じるかもしれないから送ってくよ」
「スマホあるから迷子にならないし」
八尾さんはそう言いながら俺の少し前を歩く。
服部さんと幼馴染ってことは昔の服部さんのことも知ってるってことだよな?
あのさ、と声を掛ける前に八尾さんが振り返った。
「原田、茉優と仲良いみたいだけど好きなの?」
「………うん」
「本気のやつ?罰ゲーム?」
「罰ゲームなわけがないだろ」
「中学のときにあったから聞いてんの!じゃんけんで負けた人が茉優に告白するって」
「………勝った人じゃなくて?」
服部さんに告白して、万が一にも付き合えたら、それは罰ゲームじゃなくてご褒美になるのではないのか。
それなら、勝った人が告白するのが普通だと思う。
「茉優のこと、ちゃんと好きなんだね」
「それは、まあ、そうですけど」
「原田、見る目あるね」
服部さんはやっぱりすごく魅力のある人なんだろう。
伊吹も八尾さんも服部さんを好きだと知ると2人して見る目あるって。
俺はまだまだ気付けてない魅力がたくさんあるなら、もっと知りたいな。
駅まで八尾さんを送って連絡先を交換した。
「この辺で夏祭りあるんだよね?」
「まあ、来週のお盆に」
「私と茉優、一緒に行こうかって話してたから原田も一緒に来る?」
「いいの?」
「いいよ」
お言葉に甘えて一緒に行かせてもらうことになった。
八尾さんは改札を通って帰っていった。
家に帰る途中、スマホが鳴った。
画面を見ると早速八尾さんからメッセージが着ていた。
『浴衣必須!』
浴衣なんかあっただろうか?
帰ったらクローゼットを漁るか。