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24、隠し事


 梅雨に入って湿気にイライラする日々が始まった。

姉貴は春から澄晴と同棲を始めて、茉優は一人部屋になったから受験勉強に集中できるのかリビングよりも自分の部屋で勉強をするようになった。


まあ、平日の放課後は颯真と一緒に塾に行ってることが多いけど。

俺も伊吹と同い年なら良かった。

俺はしばらく伊吹とデートをしていない。


伊吹は大学を卒業して広告代理店に就職した。

仕事に慣れるまではしばらく距離を置きたいと言われて2ヶ月と少し経ったけど、その間に会ったのはたったの3回だ。

休みの日も勉強してるらしい。

こんなに近所に住んでいるのに、伊吹の仕事が終わる時間と俺のバイトの時間が被ってるせいで会えない。

早い時間に入りたいけど、居酒屋だから問答無用で遅い時間のシフトばかりになる。


ああ、伊吹に会いたい。

そう思って、気付いたらメッセージを送っていた。

慌ててメッセージを取り消そうとすると、既読がついた。


『今日はバイトないの?』

『店長が五月病引きずってて臨時休業』

『相変わらず自由な店長だね』

『まあな。仕事は?』

『休憩中』

『駅着く時間分かったらまた連絡して。迎え行く』


既読ついたのに返信が来ない。

休憩終わったのか。

6時を過ぎた頃、34分着の予定とだけメッセージが来た。

傘、持ってんのかな?

一応大きめの傘をさして駅に向かった。


駅の中は屋根があるから傘を閉じて改札の前で伊吹が来るのを待った。

言っていた時間より少し遅れて、伊吹が同世代くらいの男と改札を出てきた。

誰だ?あいつ。

伊吹の方に行って声をかけた。


「おかえり、伊吹」

「蓮晴、ただいま。迎えありがとう」

「ああ。で、その人は?」

「ん?あ、小学校の同級生の烏丸(からすま)。痴漢されてたところを」

「はぁ!?誰だよそいつ!捕まえたのか!?それで遅くなったのか?大丈夫か?」


心配して伊吹の肩を掴むと伊吹は俺の頬を両手でパンッと挟んだ。


「最後まで聞け!」


事情を訊くと、伊吹ではなく伊吹の隣にいた人が痴漢されていたところに烏丸さんが居合わせて伊吹とちょうど同時に痴漢男に声を掛けて電車を降りて捕まえたらしい。

駅を降りて痴漢男を駅員まで連れて行っていたから遅くなったらしい。


「その人は大丈夫だったのか?」

「痴漢男にずっと死ねとか社会のゴミとか罵声浴びせてたから、多分」

「そうか。こんなこと言うの、最低だけど、伊吹じゃなくて良かった」

「大丈夫だよ。私、席空いてたらなるべく座るようにしてるし」

「それでも、気を付けろよ」

「ありがと」


烏丸さんと2人で帰ってきていたことを気にしていたけど、それを烏丸さんに気付かれてしまった。

烏丸さんはにっこり笑って「俺、婚約者いるから心配しないで」と俺の方を見た。

しかも、その相手は同じ小学校の人らしく伊吹も知っているらしい。


マジで心配いらなかった。


伊吹は折りたたみ傘を持っていたけど、俺の傘をさすと入ってきた。

こんな近くで並んで歩くのとか久しぶりだな。


「会うの、久しぶりだね。2週間ぶり?」

「だな」

「私に会いたかったの?」

「まあ、好きな人には毎日でも会いたいだろ」

「そ、だね」


伊吹が照れてる。

ニッと笑って頷くとついに顔を背けられた。

けど、会えただけで嬉しすぎる。

伊吹の家に着いて、もう少し話したくてなんとか引き止めていると伊吹は待っててと笑って家に入っていった。

少しすると、私服に着替えて家を出てきた。


「ドライブでも行く?」

「え、晩飯とか大丈夫なのか?」

「お父さんは今日も帰り遅いみたいだし、颯真には弁当持たせてるから。嫌なら無理にとは言わないけど」

「嫌なわけねえじゃん。車、とってくる」

「一緒に行くよ」


伊吹と一緒に家に帰って車の鍵を取って母さんに言ってから家を出た。

俺の車は家の隣の駐車場に置けないため家の近くの駐車場に停めてある。

車のロックを解除して傘を閉じて乗り込んだ。


特に行きたいところがあったわけじゃないから、とりあえず適当に走ることにした。


しとしと降る雨と沈黙のせいで空気が冷えている。

羽織っていたパーカーを脱いで伊吹の膝にかけた。


「ありがとう」

「ああ」

「蓮晴、ごめんね。私のワガママで会う時間減って」

「それは別にいいんだけど、そろそろ伊吹が甘えたいんじゃないかと思って」

「………そうだね。ちょうどぴったり」

「なんかあったのか?」


赤信号で停まって、前を向いたまま問いかけると伊吹はまあ、と呟いて窓の外を見た。

少し沈黙が落ちて、信号が変わってアクセルを踏んだ。

話しにくいことを訊いたのかもしれない。

けど、伊吹はすぐに抱え込むから多少強引にでも話を聞かないと、いつか潰れそうで怖い。

話しにくいことなのか?ときこうとすると、ゆっくり話し始めた。


「会社の先輩に、頻繁に食事とか誘われてるんだ」

「仕事のことで?」

「いや、プライベートで。休みの日とか。最初のうちはせっかく同じ部署になったんだから親睦を深めるためにもって言われたし、他の人とも行ってるからって言われて断れなくて行ってたんだけど、最近はただの食事っていうよりもデートみたいになってて」

「………伊吹、明日休みだよな?明日もか?」

「うん。ずっと嘘ついててごめん」

「伊吹が謝る必要はない」


そこから5分ほど走ったところにあるカフェに行ってホットティーを頼んで席に着いた。

もう遅いからか、お客さんは俺と伊吹を合わせて片手で数えられるほどしかいない。


ホットティーを飲んで一息吐くと、伊吹が真っすぐ俺の方を見ていた。

顔を背けて、視線だけ伊吹の方に向けると伊吹は微笑んでこっちを見ていた。


「なんだよ」

「久しぶりに会う彼氏の顔を目に焼き付けておこうかと」

「別に、伊吹が会いたいって思ったらすぐに会いに行くし」

「カッコいい台詞。私の方が年上なんだしカッコつけたいのに、蓮晴には敵わないよ」

「俺もカッコつけたいよ。年下でも彼氏なんで」

「そういうもの?」

「そういうもの」


伊吹はそっかと笑って紅茶を飲む。



翌日、車で伊吹と伊吹の上司が待ち合わせ場所に一緒に向かった。

近くの駐車場に停めて、上司のところに向かう。

そこにはマネキンみたいな服装の細身の男が待っていた。

これが噂の。

なんか、拗らせてそうな奴だな。


伊吹と一緒にその男のところへ歩いていく。


「原田さん、おはよう」

「遅れてしまいすみません。今日は、会ってもらいたい人がいるのですが少しお時間よろしいですか?」

「もちろん。その方が僕に合わせたい人?あ、もしかして弟さんかお兄さん?」

「彼氏です」


俺がそう言って伊吹の前に立つと、その上司は意味が分からないとでも言いたげな顔で首を傾げて伊吹の方を見た。


「まだ彼氏と別れていなかったのか?」

「私、別れたなんて一言も言っていません。いい加減、休みの日にこうして呼び出すのは辞めてください」

「呼び出すって、デートの誘いに乗ってるのは原田さんの方だろ?」


伊吹は俺の顔を見上げて頷くと、隣に並んで男の方を向いた。


「私、何度もデートじゃないですよね?って確認してますよね?その度に内井(うちい)さんは今度広告を作ることになったからその下見だって言ってましたよね?そのうちに違うんじゃないかなって思って、彼氏がいるからなるべく休日は空けておきたいって言ったら、今は彼氏よりも仕事を覚えることを優先しろって言ってきましたよね?ちゃんとメッセージに残ってます」


伊吹がスマホを向けると、男は何も言えなくなって俺と伊吹を睨みつけた。

なんで俺たちが睨まれないといけないんだよ。

伊吹を庇うように腕を伸ばすと、男は伊吹のスマホを奪おうと手を伸ばしてきた。

男の手を掴んで力を込めた。


「今後一切、伊吹に関わるな。ちなみに、このメッセージのスクショは会社に送らせてもらったから」

「は、」

「伊吹、行くぞ」

「う、うん」


伊吹の手を引いて車に乗って駐車場を出た。

男がその場に膝から崩れ落ちているのがバックミラー越しに見えたけど、見ないふりをして車を発進させた。

伊吹は少し怖かったのか、気になったのか時々後ろを振り返っていた。


「大丈夫だろ。さすがに車には追いつけない」

「けど、会社に報告したことはわざわざ言わなくても良かったんじゃない?言ったら、蓮晴が何かされるかも」

「悪いことなんてしてねえんだから、伊吹は心配すんな」


心配しなくてもあの男にはちゃんとした処置がくだる。

笑って伊吹の方を見るとそれでも心配そうに眉をひそめていたけど、そうだねと少し口角を上げた。


気分転換のためにも、伊吹が好きそうな映画を見に行くことにした。

ベストセラーになった人気恋愛小説の実写映画だ。

伊吹は少女漫画とか恋愛小説がめちゃくちゃ好きで、付き合う前からよく映画化されると連れ回されていた。

俺としては周りに数組のカップルと女性客だらけで少し気まずかったけどその内なれてきた。

むしろ、伊吹の影響で好きになった。


映画館に車を停めると、伊吹は驚いたように目を瞬いた。

車を降りてエレベーターのところまで歩く。


「今日は俺に付き合って」

「………うん!」


伊吹は嬉しそうに笑うと俺の腕に抱きついた。


エレベーターで映画館に上がって、予約していたチケットを発行した。

上映時間まで、あと17分あるため、ポップコーンも買うことにした。


「キャラメルと塩でいいか?」

「うん」


ポップコーンを持って5番シアターに行った。

広告のあと、映画が始まった。

前までは広告とか鬱陶しいと思ってたけど、伊吹が頑張ってる姿を見て広告の成り立ちを知って少しは面白いかもしれないと思ってきた。


いよいよ、映画が始まった。



余命半年の高校生の少女の1つ年下の幼馴染が主人公の話だ。

少女はどうせもうすぐ死ぬなら、今すぐに死にたいと夏休みに置き手紙を残して少年の前からいなくなる。

少女の家族も、少女の行方が分からなくて行方不明届けを出して捜索を始める。


少年は少女の親友に話を聞いて、少女が行きたいと言っていた5箇所の古本屋を巡る。

少年は古本屋に行く度に行く度に少女の写真を見せた。

少女を見たという者はいなかった。


少年は、最後の古本屋に着いて店主に少女の写真を見せた。


「この子を見ていませんか?俺の大事な幼馴染なんです」

「ああ。その子なら、ついさっきまでここにいたよ。ずっと探してた本があるって。けど、もう見つかったからと何も買わずに出て行ったよ」

「その、探してた本って何か分かりますか?」

「ああ。この本だよ」


店主が差し出したのはなんてことないありきたりな純文学の本だった。

その本に栞が挟んであり、少年がそのページを開くと、幼い頃、字を覚えたばかりの少女と少年が一生懸命書いた告白の言葉があった。


「ずっと一緒だよ」

「大好きだよ」


それぞれ、名前も書いていなかったけどこの字は確実に自分たちの字だと少年には分かった。

きっと、少女も分かったのだろう。

それで嬉しくて泣いたんだ。

まだ涙の跡が残っている。


そういえば、どの古本屋も少女の亡くなった父親がよく行っていた店だ。

少年は落書きされた本を買って店を出た。

店の近くの橋の上に1週間、行方不明になっていた少女の姿があった。

少年はすぐに少女に駆け寄った。


「やっと見つけた。会いたかったよ」

「………見つかっちゃった」

「帰ろう」


それから1年後、少女は余命を半年以上過ぎて静かに眠るように亡くなった。

少年との日々がよほど幸せだったのだろう。

最後の言葉は『生まれ変わってもまた好きになってね』だった。



映画が終わると伊吹は顔を両手で覆っていた。

ティッシュを渡して残っていたポップコーンを食べた。

少しして落ち着いたらしい。

席を立ってシアターを出た。

出口のすぐそこでポップコーンやジュースのゴミを回収していたのでポップコーンの入っていたカップを回収してもらった。


「昼ご飯、何食べたい?」

「え、今日は蓮晴に付き合うんでしょ?蓮晴の好きなとこ行けばいいじゃん」

「あ、そうか。じゃあ、ファミレスでもいいか?」

「ハンバーグあるとこなら」

「大体どこでもあるだろ」


とりあえず、車に戻って映画館の側のファミレスに行った。

高校のときもたまに姉貴と伊吹と一緒にファミレスで駄弁ってたな。


そんな思い出を振り返りながらファミレスに向かった。


ファミレスで昼ごはんを食べて、帰ることにした。


家の側の駐車場に停めて、伊吹の家に一緒に行った。

伊吹の部屋に入るのは久しぶりだ。

相変わらず綺麗だな。

ソファに座って天井を見ていると、伊吹が隣に座って肩にもたれかかってスマホを触りだした。


「蓮晴」

「ん?」

「呼びたかっただけ」

「そうか」

「あ、そうだ。これから休み合わせやすいように予定共有しない?」

「アプリ?」

「うん」


伊吹にスマホを渡すとアプリを調べてインストールして返された。

早速、伊吹は休みの日を予定に入れている。

基本的に土日が休みなら俺と一緒だ。

俺も土日はバイトが入ってない。

入ってても、居酒屋だから夜からだし。


しばらく伊吹の部屋でダラダラと過ごしているとバイト先の後輩から連絡が来た。


「電話出な」

「ああ」


通話ボタンを押してスマホを耳に当てた。


「服部さんって、明日シフト入ってますよね?」

「入ってるけど」

「良かった。私、まだ仕事覚えてなくて、話せる人がいて良かったです。あの、明日のシフト終わってから、良かったら一緒に帰りませんか?途中まで方向同じでしたよね?」


伊吹の方を見ると、少しムッとした顔で俺の方を見ていた。

電話の内容はしっかり聞こえていたらしい。


「悪い。彼女に心配掛けたくないから2人で帰るのは無理だ。」

「束縛激しい人なんですか?付き合ってて疲れません?」

「束縛されてるわけじゃねえし疲れてねえよ」

「すみません。じゃあ、失礼します」


電話が切れた。

伊吹はにんまり笑いながらスマホを見ていた。

伊吹のスマホを取り上げて、キスをした。

少し驚いたような照れたような顔をして、伊吹は俺の顔を見上げた。

もう一度キスをすると、今度は伊吹からキスをしてきた。


「なんか、久しぶりだからドキドキするね」

「………だな」



その2日後。

伊吹を駅まで迎えに行くとすごい形相で走ってきた。ヒールなのに走れるのすげえな、なんて感心していたら俺のすぐ目の前に来て肩を掴んで揺らした。


「今日、社長に呼ばれたんだけど!」


伊吹から話を聞くに、社長直々にあの男のことについて謝られたらしい。

実は、2年前も似たようなことをして問題になっていたけど、優秀だったあいつを逃すのは勿体ないと思った社長が厳重注意をして直属の部下に監視するように言っていたらしい。

ただ、その部下があの男に買収されて社長に報告しなかったそうだ。

そのことについてすごく謝られたという。


「良かったな。いい社長で」

「………ホント。蓮晴の叔父さんはいい人だね」

「ああ。………は?なんで知って、」

「最後に、蓮晴のことをこれからもよろしくお願いしますって言われたから、何のことかと思って社長に聞いたら教えてくれた。」


伊吹はなんで言ってくれなかったの?と俺を睨んだ。


就活のときに、叔父さんの会社受けるって知って気付いたら受かってて言い出すタイミングがなかった。

それに伊吹に言って、もし会社に広まったら、伊吹のことをコネ入社だって疑う人が出てくるかもしれない。

けど、今回のことを聞いて叔父さんに言えば確実に解決すると思って連絡した。

母さんの弟の叔父さんは早くに奥さんを亡くしてて、俺たち兄弟のことを可愛がってくれてたから。

俺の彼女が上司に絡まれてるって言ったときに驚きながらも思い当たる節がある、彼女を傷付けて申し訳なかったって何度も謝られた。


けど、言っておけば絡まれなかったのかと思うと少し後悔しなくもない。

伊吹は「もう入社して3ヶ月も経ってるのに………」とムッと頬を膨らませている。


「悪かったな」

「別に、蓮晴のことだからなんか色々考えて言わなかったんだろうしいいけど。他に何か隠し事してたら今言わないと許さない」

「伊吹の高校の頃の写真とかを姉貴に送ってもらった」

「見せて」


スマホを渡すと、伊吹はパスワードを打ってロックを解除してアルバムを開いた。

パスワード、記念日にしてるから言わなくても覚えてるんだな。

文化祭のコスプレショーで力士の着ぐるみを着てコスプレをした写真を伊吹が消そうとした。

慌ててスマホを奪い返した。


「なんで消そうとするんだよ」

「黒歴史!てか、蓮晴だってそんな彼女嫌でしょ」

「嫌じゃないから消そうとするな」

「消さないなら絶っ対にバラ撒かないでよね!」

「誰にも見せたくないから安心しろ」

「やっぱ、こんな彼女は嫌だって思ってるんだ」

「違えって」


可愛いから誰にも見せないだけだ。

笑って伊吹の手を引いて駅を出た。


梅雨も明けて、もう夏がやって来る。

夏休みに入ったらバイト頑張ってお金貯めて伊吹と旅行でも行けたらいいな。


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