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22、私の家族


 凌我の家から駅までは住宅街が並んでいるけど、車ばかりで人通りは少ない。

凌我の兄弟はみんな凌我にそっくりだなと思った。

特に、陽菜ちゃんなんか凌我をそのまま女の子にしたみたいな性格だし。

だからかな。話しやすかった。

来年、陽菜ちゃんが後輩になってくれたら嬉しいな。


「凌我の家族いいね。賑やかで明るい」

「だろ?」

「うちとは真逆」

「航太さんいるのにか?」

「あ〜、まあ、航太は1人でうるさいけど」


凌我は不思議そうに首を傾げる。

確かに、航太を知っていればうちの家族が静かだとは思わないだろう。

まあ、家族っていうか両親だけど。


「凌我はいつからお父さんとお母さんの名前知ってる?」

「いつからって、そんなん覚えてないけど」

「だよね。でも、私がお父さんとお母さんの名前を知ったのは高校に入学する少し前。それまで名前も知らなかった。それぐらい、私にとって両親は遠い存在なんだ」


凌我に家族のことを話したのは初めてだ。

けど、聞いてほしい。

凌我に知ってほしい。


外で話すのは寒いため駅にあるカフェに入った。

コーヒーを頼んで一口飲んでカップの取ってをなぞった。


「私、小さい頃からよく茉優の家に預けられてたんだ」



 〜〜〜〜〜



物心がついたときから、両親の仲は最悪だった。

喧嘩すらしない。

言葉を交わさない両親が大嫌いだった。

保育園のお迎えも、入学式も授業参観も運動会も二分の一成人式も卒業式も来てくれたことはない。

その代わりに母方のお祖母ちゃんか茉優の両親が来てくれた。


そんな両親のせいか、五つ上の兄である航太は過保護な性格になった。

私が少しでも寂しいと言えば両親が仕事中だろうが会社に電話をかけて文句を言う。

だから、寂しいなんて気軽に言えなくなった。

誰かに甘えられなくなった。

航太なりの優しさだったんだろうけど、その後に私がお母さんとお父さんに怒られた。


中学で何故かモテ始めて女子から嫌がらせを受けた。

下校中に嫌がらせをされている現場に航太が居合わせてその女子たちに怒鳴った。

けど、言い方がきつかったから私はヤンキーの兄がいるという噂が流れて仲が良かった子たちも離れていって私の側にいてくれるのは幼馴染で従兄弟の茉優だけになった。

別に航太のことを恨んではない。

兄がヤンキーかもしれないってだけで避けるような友達はどうせ上辺だけの友達だから。


今、家にいるのは私と航太だけ。

両親と最後に会ったのはもういつか分からない。

合格者説明会も同行者は航太だったし、三者面談も仕事で忙しいからと電話で話すだけだ。

元々出張の多い2人は今はどこかでホテル暮らしでもしているのだろう。

家事代行サービスを頼んでいるので不便はしていない。


こんな家庭環境でもあまり暗くなりすぎずに生きてこれたのは茉優たち家族のお陰だと思う。

ただの甥姪なのに、迷惑がらずに受け入れてくれた叔父さんと叔母さん。

喧嘩しながらも本当の兄弟みたいに接してくれた昊と蓮晴と茉優。

それでも、やっぱり私と航太は家族の枠に入りきれなかった。

私たちが入れなかった。


あんな両親でもまだ信じてしまう。

もしかしたら、仕事が一段落したら帰ってきてくれるんじゃないかって。

茉優たちの方で家族として完結してしまったら、お母さんとお父さんはどうなるんだろうって。


なんで期待なんか、してたんだろう。

期待したら、その分辛くなるのに。


こんな両親ならさっさと縁を切る方がよっぽどマシだ。私の家族は茉優たちと航太とおばあちゃんだけ。

あんな両親なんて大嫌い。

それでも、両親に見捨てられた自分が恥ずかしくてみんなが親からしてもらっていることを自分もしてもらっているんだと見栄を張った嘘を吐いていた自分が何よりも嫌い。



 〜〜〜〜〜



凌我は何も言わずに話を聞いていた。

こんな重い話、するつもりじゃなかった。

凌我に引かれたくなかった。

聞いてほしいって何度話したいって思っても、ずっと我慢してた。

こんなめんどくさい家庭環境に巻き込みたくなかったから。

心配かけたくなかったから。

けど、凌我の家族とか凌我を見ていたら受け入れてくれる気がした。

私はまた、期待してばかり。


「ごめん。重い話になって。こんなの聞かされても困るよね。やっぱ、忘れて」

「困んねえよ」

「嘘だ。家族が嫌いって薄情なやつって思ってるんでしょ」

「嘘じゃねえよ。だって夏芽、嫌いじゃなくて寂しいだけだろ」

「そんなこと、」


ないよ、と言えなかった。

代わりに頬を涙が伝った。

なんで私、泣いてんの?


私、きっと、誰かに気付いてほしかったんだな。

誰かに気持ちを聞いてほしかった。


「寂しい。寂しいよ。家族なのに、何も知らない。顔も、思い出そうとしてもあんまり思い出せない。忘れられてそうで、怖い。お母さんとお父さんに、会いたい」

「そうだな。会いに行こう、夏芽」

「は、何、言って」

「ごめん。航太さんに頼んでる。夏芽が今日、うちに挨拶に来るって決まったときから」


ちょっと待って。

航太に、頼んだ?

お母さんとお父さんと会えるように?

いや、え、お父さんとお母さんのこと話したのは初めてなんだけど。


「ごめん、夏芽。航太さんに反対されたまま1年記念日を迎えるのは嫌だったから説得しに行ったんだ。そのときに航太さんに聞いた。そのときに、夏芽は両親に会いたいんじゃないかって思って航太さんにダメ元で頼んだら分かったって言われて」


なんで、私がお父さんとお母さんに会いたいって分かったの?

航太がなんか言ったの?

もう、ホント、凌我の行動は予想がつかない。

ため息をついて笑みを溢した。


1年付き合って、私のこと全然分かってないなって思うことが多かったけど本当は誰よりも私のことを理解してくれてたんだ。


「ありがとう、凌我」


笑って凌我の顔を見ると、少し紅くなって照れたように笑った。


「やっぱり夏芽は、可愛いな」

「なに、言ってんの?」

「俺、夏芽に可愛いとか好きとかちゃんと言えてなかったから、これからは言うようにする」

「好きにすれば」


やっぱり私は素直じゃない。

こんな彼女でごめんね。


家と逆方向の電車に乗って、お父さんとお母さんと待ち合わせをしているらしいホテルのカフェに向かう。

凌我は遅くなることを既に伝えているらしい。


………本当にお父さんとお母さんが来てるのかな。

期待して、また落ち込むようなことにはならないかな。

不安な気持ちで窓から景色を眺めていると、凌我が私の方を見た。


「大丈夫。大丈夫だ、夏芽」

「うん」


駅から徒歩5分ほどの場所にあるホテルに着いて、カフェに行くと航太と両親が座っていた。

見ないうちに2人とも少し老けていた。

席に行ってお父さんたちの向かい側に凌我と一緒に座った。

お父さんとお母さんは私を見たあと、凌我に視線を移した。


「………蓮晴か?」

「違うよ。私の彼氏」

「そうか、彼氏。夏芽は今年で何歳になったんだ?」


凌我はその言葉を聞いた瞬間、信じられないというように目を見開いて席を立ち上がった。


「実の娘の、年齢も知らないんですか?」

「君は知らないかもしれないが、僕は仕事で家を空けることが多くて娘と息子と顔を合わせることが少ないんだ。だから、年齢を忘れても仕方がないだろう」

「凌我、座って」


小さく呟くと、凌我は言い足りないような顔をしながらも席についた。

顔を合わせるのが少ないどころか数年ぶりだけど。


「17だよ。来年受験生だから」

「ああ。そうだったな」

「夏芽、受験するなら医学部か看護学科にしなさい。あなた、勉強が得意なんだってね。医者や看護師なら将来性もあるし、就職もしやすいわ」

「私、管理栄養士になりたいから、受けるのも管理栄養学部」


凌我が陸上のために栄養を気にしてるのを知って、少しずつ勉強しているうちに興味が出てきた。

初めてできた私の夢。

電話懇談前に先生に話したのに、この両親はどっちが電話したか知らないけど聞いてなかったんだろうな。

娘の夢とか、一番興味なさそうだし。


「なりたいって、楽しいだけの仕事なんてないのよ。それにせっかく優秀なんだから医者にならないともったいないわよ。それに、学費を出すのは私とこの人なんだから勝手に決めないでちょうだい」

「そうだな。夏芽は医学部を受けなさい。それを条件に学費を出そう。浪人も1年までなら構わない。まあ、夏芽なら大丈夫だと思うが」


なんで私、こんな人たちに期待してたんだろ。

夢をバカにされたような気分で唇を噛んで俯くと、凌我がまた言い返そうと立ち上がった。

それとほぼ同時に立ち上がったのは航太だった。


航太はお父さんとお母さんを睨みつけて分かった、と呟いた。


「いいよ。あんたらが払わねえって言うんなら俺が夏芽の学費払ってやる。こんなこともあろうかと思って高1からのバイト代と小遣い全部貯めてて良かったわ。これまで金は充分に払ってくれてありがとう。お陰で苦労はしなかった。けど、もういいよ。高校の残り1年の学費と大学4年間の学費、生活費、携帯代だって全部俺が払う。あんたらとはもう縁切ってやる」

「何、バカなことを言っているの?」

「バカじゃねえよ。本気だ。あんたらのことで夏芽が悲しんだり悩んだりしてるところ見るのはもううんざりだ」

「待ちなさい、航太」


お父さんの言葉を無視して、航太は凌我と私の手を引いてカフェを出て駅まで走って向かった。

駅についてすぐに来ていた電車に乗った瞬間、さっきまでの出来事がドラマみたいで笑ってしまった。

あんなに会いたかった両親なのに、縁切るって航太が言った瞬間嬉しくなるとかおかしいな、私。

笑いすぎて少し涙が出てきたけど、大丈夫。

悲しいわけじゃない。

娘としてじゃなくて、自分の駒として見られてることは十分に分かったから。


「航太、本当に学費払えるの?」

「俺がバイトかけ持ちしてるの知ってるだろ?扶養超えないギリギリで高1のときからほとんど使わずに貯めてるんだ。お小遣いとかお年玉とかも中学から貯めてるから、余裕に決まってるだろ。それに俺、大手に就職するの決まってるから」

「紗奈ちゃんに使ってあげればいいのに」

「紗奈はデートとかプレゼントに金掛けたら怒るからいいんだよ。夏芽は気にすんな」


航太がデコピンをしてきて額を押さえるとフッと笑った。

何その、お兄ちゃんみたいな顔。

それにしても、凌我はまだなんか怒ってる。


駅から家に向かう途中もまだ怒ってる。

何をこんなに怒ってるのかと訊いたら、やっと聞いてくれた!とでも言いたげな顔で話しだした。


「夏芽の両親、美形なとこ以外全く似てないな!夏芽のことなんだと思ってんだよ!夏芽がこうしたいって言うなら応援するのが普通だろ!当たり前みたいな顔して否定するとか信じらんねえ!」

「なんで、凌我がそんなに怒ってるの?凌我が言われたわけじゃないのに」

「好きな子を否定されたら誰だってムカつくだろ」


航太が凌我の言葉に何度も頷いている。

まあ、確かに、凌我のことバカだって言ってるの聞いたら同意したくはなるけどムカつくかも。

バカでもバカなりに頑張ってるの知らないくせに何言ってんの?って。

けど、自分のことのようにここまで怒ってくれるのが嬉しくて笑ってありがとうと言うと、凌我は大人しくなった。


「凌我は夏芽の笑顔に弱いな」

「うるさい。航太くんだって弱いくせに」

「俺が弱いのは泣き顔だ、バカ」


そう言うと、航太は私の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。


「いい奴と出会ったな。良かったな、夏芽」

「今さら気付いたの?基本的に他人に興味ない私が好きになるくらいの人だよ?いい奴に決まってんじゃん」

「そうだな」


マンションに着くと、航太の彼女である紗奈ちゃんが待っていた。

って、紗奈ちゃんも凌我と初対面じゃないんかい。

紗奈ちゃんは一直線にこっちに走ってきて私に抱きついた。


「なつ、なんで私が航太を好きになったか少しは分かったでしょ?」

「………まあ」

「けど、なつは本当に縁切っても良かったの?」

「うん。私には親代わりのお祖母ちゃんと叔父さんと叔母さんと航太(お兄ちゃん)と紗奈ちゃん(お姉ちゃん)がいるから十分だよ」

「私も入れてくれるんだ」

「当たり前じゃん。もう8年の付き合いなんだよ」


紗奈ちゃんはありがとうともう一度私を抱きしめて、寒いからと航太とマンションに入っていった。

私は凌我の方を振り返って抱きしめた。

こうやってハグするのも初めてだ。


凌我の顔を見るのが照れくさくて顔を上げずにずっと抱きしめた。

せっかくの1年記念日のバレンタインなのに、色々ありすぎて最後の方は記念日どころじゃなかった。


「凌我」

「ん?」

「私、凌我が思ってる以上に、凌我のこと好きだよ。好きにすればとかあっそ、とか冷たくしちゃうのは恥ずかしいだけだから。嫌いなわけじゃないからね。呆れずに好きでいてくれる?」

「分かってる。大丈夫。そういうところも夏芽の可愛いところだから。ずっと好きだ」

「明日、部活だよね?早く帰らないと部活まで体力持たないね」

「そうだな。じゃあ、また明日な。おやすみ、夏芽」

「おやすみ」


凌我に手を振ってエントランスに入った。



翌日の放課後、いつも通り、凌我は部活だ。

今日も楽しそうに走っている。

こうして、たまにだけどしばらく練習を見てから帰る日もある。

練習が終わるまで見てると、凌我がわざわざ家まで送ってくれるから遅くても練習が終わる30分前には帰る。


休憩に入ると、練習を見ていたのに気付いた凌我がこっちに走ってきた。


「休憩しなよ」

「夏芽と話してる方が休憩になる」

「そ。タイムはどう?短くなってる?」

「おう!自己新まであと0.2秒だ!」

「応援してる。超えたら言ってね。お祝いにジュース奢る」

「楽しみにしてる」

「じゃ、そろそろ帰るね」

「気を付けて帰れよ」

「ありがとう」


本当に、私を好きになってくれてありがとう、凌我。

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