21、1年記念日
今日は2月14日日曜日、バレンタイン。
俺、鈴村凌我と夏芽の付き合って1年記念日でもある。
俺と夏芽が話すようになったのは、高1の11月頃だ。
颯真の家で、絢斗と夏芽と服部さんと勉強会をしたときまで夏芽とはほんの一言交わしたことがあるくらいだった。
初めて話したとき、夏芽は俺のことが苦手なんだろうなって見て分かった。
颯真のことは原田、絢斗のことは梶井って呼んでるのに対して俺のことはずっと鈴村くん呼びだった。
俺でも距離を取られてるんだなってことくらいは分かった。
けど、俺は嫌いじゃないなって思った。
好き嫌いがはっきりしてて、嫌いとか言いながらグループで行動しているような女子よりはよっぽど好きだと思った。
だから、仲良くなりたかったけど俺がどれだけ話しかけに行っても軽くあしらわれるから周りからは大型犬と飼い主とかいう不名誉な関係で呼ばれてた。
そんな俺と夏芽が仲良くなったきっかけはある雨の日。
その日は確か、クリスマスの次の日だった気がする。
〜〜〜〜〜
部活の練習帰り、電車に乗って空いていた座席に座って疲れていたせいかすぐに眠ってしまった。
誰かに声をかけられて少しずつ目が覚めてきた。
なんだかいい匂いがするなと思って目を開けると、隣に座っていた女の人に寄りかかって寝てしまっていた。
慌てて頭を起こして隣の人に謝って顔を上げた。
私服だから気付かなかったけど、そこに座っていたのは八尾さんだった。
「八尾さん!?本当にごめん」
「いいよ」
次の駅は俺の最寄り駅だった。
てことは、八尾さんの最寄り駅もう過ぎてる!?
「マジでごめん」
「乗り換えすればいいし」
「駅から家まで歩き?」
「まあ、」
「遅いから送る」
「いや、大丈夫だよ」
「俺のせいで帰る時間遅くなったんだし、送らせて」
「分かった。ありがとう」
八尾さんは仕方なさそうに笑った。
俺に対して笑ってくれたのは初めてな気がする。
最寄り駅に着いて、すぐに隣のホームに停車している電車に乗り換えた。
一駅だからすぐに着いて、電車を降りた。
八尾さんの家は駅から15分くらい歩くらしい。
送って正解だったな。
「鈴村くんって、優しいよね」
「そんなこと言われたことないけど」
「わざわざ送ってくれるとか、優しいよ」
「俺のせいで遅くなって、八尾さんになんかあったら嫌じゃん」
八尾さんの方を向いてそう言うと、八尾さんは少し驚いたように目を見開いて表情を緩めた。
「鈴村くん、下に兄弟いるでしょ。お兄ちゃんっぽい」
「いるよ。弟1人と妹4人」
「思ってたよりもいた」
「八尾さんは?」
「うちは5個上の兄が1人」
あんまり妹って感じしないから意外だった。
しっかりしてるから、むしろ弟か妹がいると思ってた。
話しているうちに、八尾さんの家に着いた。
八尾さんはマンションに住んでいるらしく、エントランスに入っていくのを見送って駅に戻った。
電車に乗った頃、八尾さんから2件メッセージが届いていた。
勉強教えてもらったときに一応連絡先を交換したけどやり取りをするのは初めてだ。
『わざわざ送ってくれてありがとう』
『気をつけて帰りなよ』
ありがとう、と送ってその少ないやり取りを見て嬉しくなってしまう。
少しは仲良くなれた気がする。
〜〜〜〜〜
それから少しずつ話すようになっていって、高1のバレンタインに夏芽がチョコを大量生産するから余ったのをくれるというのでもらうことになった。
そのときは、夏芽のことを好きだという自覚がなかったけど、2人で帰っているところを陸上部の友達に見られて早く付き合えよとからかわれた。
そのときに、付き合ってみるか?と自然と口から溢れていた。
夏芽はそうだね、とだけ笑って付き合い始めることになった。
それから1年、俺には2つ悩みがある。
1つは、夏芽の兄である航太さん。
過保護過ぎて、俺が夏芽と付き合っていることに不満を抱えているらしい。
なんでも、俺が部活ばっかで夏芽を放置しそうだとか、俺と夏芽じゃ釣り合わないとか。
2つ目は、付き合ってから1回も夏芽から好きって言われていないということだ。
俺は1回だけ花火大会のときに言ったけど、私もと返されただけだった。
1年記念日だし、今日くらいは言ってほしい。
今日は部活がないから朝から夏芽とデートだ。
「お兄、今日彼女さん連れてきてくれるんでしょ?」
「ああ」
「私、仲良くなれるかな」
「どうだろうな」
「絶対仲良くなる!」
中3の妹の陽菜は顔の前でガッツポーズを作った。
髪をセットしていると、中1の弟の光我が洗面所にやって来た。
「俺も彼女欲しい」
「俺、中学のときに彼女ほしいとか考えたことなかったな」
「兄貴、陸上バカだからな」
「バカは余計。てかこう、今何時?」
「8時52分」
「やべえ!」
急いで家を出て駅まで走っていった。
なんとか電車に間に合って、夏芽に乗った車両の場所を伝えた。
隣の駅に着くと、ドアが開いて夏芽が乗ってきた。
珍しくワンピースだ。
しかも、基本的に髪を下ろしてるのに今日は少し高い位置でまとめている。
「夏芽が髪結んでるの、珍しいな」
「面倒だから普段はしないけど、今日くらいはいいかなって」
「時々やってよ。めちゃくちゃ似合ってるから」
「気が向いたらね」
夏芽の最寄り駅から二駅隣の駅で別の電車に乗り換えて、さらに二駅移動した。
今日は、県内に唯一ある水族館にやって来た。
バレンタインだし、日曜日だからか思ってたよりも人が多かった。
夏芽が親から招待券をもらってくれていなかったら、チケット買うだけでも結構並んだだろうな。
水族館に入ると一気に暗くなった。
水槽のライトが明るくて少し目がチカチカしたけど、すぐに慣れた。
熱帯魚やクラゲの水槽を見ながら歩いていると、大水槽の前についていた。
「ウミガメ!夏芽、ウミガメいる!」
「え、どこ?」
「あそこ、あ、こっち来たぞ」
夏芽を引き寄せると、ウミガメを見つけたのかホントだと笑っている。
笑い返すと、夏芽は俺の顔を見上げてすぐに離れた。
急に距離を詰めすぎて引かれたのか?
大水槽の前から移動すると、ペンギンの水槽にやって来た。
夏芽、ペンギン好きなんだな。
水槽に張り付いてる。
俺も隣に並んで説明を読んだ。
最後の一文に「ペンギンはとっても一途な動物です。大切な人にぜひペンギンのぬいぐるみをプレゼントしてはいかがですか?」と書かれていた。
プレゼントか。
バレンタインだし、俺から好きな人にプレゼントしても変じゃないよな?
一通り見て回って、カフェに来た。
俺はグラタンとパスタとスープのセットを頼んで、夏芽はオムライスプレートとスープのセットを頼んだ。
食べ終えて、夏芽はホットコーヒーを俺はホットカフェオレを頼んだ。
「コーヒー、ブラックで苦くねえの?」
「飲んでみる?」
一口飲ませてもらった。
うっわ、何これ。にっが。
顔をしかめてすぐにカフェオレを飲むと、夏芽は大袈裟、と笑ってカップを持ってそのままコーヒーを飲んだ。
カフェを出て、夏芽がトイレに行っている間におみやげコーナーでペンギンのぬいぐるみキーホルダーを2つ買った。
ショルダーバッグにキーホルダーを入れておみやげコーナーから出ると、夏芽が戻ってきていた。
ヤバい、バレた?
「凌我、家族にお土産?」
「ま、まあ。夏芽は買わないのか?」
「私はいいかな」
「じゃあ、そろそろ出るか」
「そうだね」
水族館を出てベンチに座っていると、夏芽が水族館の横の観覧車を見ていた。
乗りたいのか?
「観覧車、乗るか?」
「いや、乗らなくていいよ。凌我、高いとこ苦手じゃん」
「克服してきてるし、夏芽と一緒だったら大丈夫。せっかくだし乗ろうぜ」
「凌我がいいなら。」
列に並んで順番が来るのを待った。
やっと順番が来て、ゴンドラに乗り込んだ。
夏芽と向かい合うように座った。
外の景色を見ないようにして、夏芽の顔を見た。
「夏芽って、俺のこと好き?」
「は?好きじゃなかったらとっくに別れてるけど」
「でも俺、1年付き合ってるのに夏芽から好きって言われたことねえよ」
「………そういえば、確かに」
夏芽は少しバツが悪そうな顔をしてゴンドラの外を指した。
何かあるのかと思って窓の外の方を向くと、軽くゴンドラが揺れて夏芽の顔がドアップになった。
近っ、と思っていると、視界に入らないくらいに近づいていて唇に柔らかいものが当たった。
え、今俺、キスされた?
そう気付いた瞬間、顔が熱くなった。
「好きだよ、凌我」
「俺も、夏芽が好きだよ」
「知ってる」
夏芽は笑って俺の隣に座ると肩に寄りかかった。
これで恋愛経験ないとか、ヤバいな。
てか、ハグもしたことないのに急にキスとか。
俺からキスしたかった。
「あ、そうだ。これ」
気を取り直して、さっき買ったペンギンのぬいぐるみキーホルダーを取り出した。
夏芽の手に置くと、ペンギンと俺を今後に見て手のひらに乗っているペンギンを見て微笑んだ。
「ありがとう。大切にする」
「夏芽、ペンギン好きなんだろうなって」
「それだけじゃないくせに」
ドキッとしてわざとらしく視線を逸らした。
まさか、夏芽もあの説明のところを読んでいるとは思ってなかった。
知らないフリをしてゴンドラが地上に着くのを待った。
ゴンドラを降りて、駅に向かった。
ホームで電車を待っていると、夏芽が小さい紙袋を手渡した。
「チョコブラウニー。バレンタインだから」
「ありがとう。食べていい?」
「電車来るよ」
「じゃあ、帰ってから食べる」
「そうして」
電車で最寄り駅まで行って、そのまま俺の家に行くつもりだったけど夏芽が手ぶらは嫌だからと駅にあるドーナツ屋でドーナツを買った。
元々手土産で何か持って行くために親からお小遣いをもらっていたらしい。
「手土産とか、別にいらないと思うけど」
「凌我はくれたじゃん」
「そうだけど、夏芽の場合は母さんと父さんが会いたいから来てって言ってるんだし」
「じゃあ、バレンタインだからってことで」
まあ、それなら確かに。
家に着いて、玄関のドアを開けて中に入ると夏芽はコートとマフラーを脱いで腕に掛けた。
そのまま一緒にリビングに向かった。
リビングのドアを開けると、待ち構えていたように家族全員が揃っていた。
なんか、俺が緊張してくる。
紹介しなきゃ、と思っていると一番末の妹の江奈がこっちに走ってきて夏芽のワンピースの裾をツンツンと引いた。
「それ、どーなつ?」
「うん。そうだよ。ドーナツ好き?」
「すき」
「良かった。あとでみんなで食べてね」
夏芽がそう言って笑うと、江奈はすぐに母さんの方に走っていった。
夏芽って、小さい子好きなのか?
なんか、俺に対してよりも可愛い笑顔を向けてた気がする。
「みんな、紹介します。お付き合いしてる人です」
「初めまして、八尾夏芽です。よろしくお願いします」
簡単な紹介をすると、母さんが江奈を抱っこしたままこっちに歩いてきた。
「夏芽ちゃんって呼んでもいい?」
「はい」
「私は凌我の母の玲奈です。こちらこそ、凌我のことよろしくね。本当、陸上バカで申し訳ないんだけど」
「いえ、走ってるときの顔が一番いきいきしてて好きなのでこれからも陸上を頑張ってほしいです」
なんだよ、それ。
初耳なんだけど。
母さん、感極まって泣きそうになってるし。
「あと、これ良かったら皆さんでどうぞ。バレンタインですし、これからよろしくお願いしますっていう意味も込めて」
「ありがとう」
母さんは江奈をおろして夏芽からドーナツの箱を受け取るとキッチンの方に置きに行った。
「えっと、僕は凌我の父親の丈一郎です。それでこの子たちが凌我の兄弟です」
俺が陽菜に目配せをすると、陽菜は光我たちを1列に並べた。
夏芽は少し驚いたように目を瞬かせている。
陽菜たちは気にせず順番に自己紹介を始めた。
「中学3年生長女の陽菜です」
「中1次男、光我です」
「小5次女、瀬奈です」
そこまで自己紹介をすると、陽菜が代わりに紹介した。
「恥ずかしがり屋の小3三女、千奈と、6歳四女、江奈です」
夏芽はよろしくと千奈の方を見たけど、千奈はすぐに陽菜の後ろに隠れた。
その代わりに江奈が夏芽の手を引いて夏芽に質問攻めをしている。
まあ、6歳の子が訊く質問なんて、何歳なの?とか好きな食べ物何?とかかわいいものだけど。
「え!私も質問したい!私、来年夏芽ちゃんの後輩だし」
「後輩?」
「陽菜、うちの高校受けたいらしい」
「もうすぐじゃん。学校で会えるの楽しみにしてる」
陽菜は絶対に受かるね!と拳を握って笑った。
夏芽は陽菜と江奈だけじゃなく、母さんと瀬奈と光我からも質問攻めに遭っていた。
千奈は父さんの後ろに隠れて時々様子を伺っている。
夏芽は千奈と目が合うと微笑むけど、千奈は慌てて父さんの背中に隠れる。
しばらく話しているうちに、5時を過ぎていた。
「もうこんな時間。夏芽ちゃん、もし大丈夫ならうちでご飯食べて行かない?」
「ご迷惑じゃなければ、ぜひ」
「ちょうどカレーを作るところだったの。夏芽ちゃん、カレー好き?」
「はい」
「良かった」
母さんはキッチンに行って晩飯を作り始めた。
父さんもそれに手伝いに行くと、千奈は俺の方にやって来て夏芽を見上げた。
千奈、夏芽と話したかったんだな。
俺が千奈の背中に手を当てると、千奈はあの、と小さく呟くように夏芽に話しかけた。
夏芽は屈んで千奈と目線を合わせた。
「ドーナツ、ちなも好きなの。………ありがとう、夏芽ちゃん」
「どういたしまして」
千奈はコクッと頷いて江奈と一緒に遊び始めた。
兄バカかもしれないけど、千奈ってめちゃくちゃいい子なんだよな。
人見知りしてても、ちゃんとお礼言えるとかいい子でしかない。
「凌我の妹って感じだね」
「千奈?」
「うん。ありがとうの前に、私が嬉しくなるようなこと言ってくれるところとかさすが凌我の妹だなって思った」
嬉しくなるようなこと?
記憶がないけど、まあ、夏芽が覚えてるならそれでいいか。
カレーが出来て、それぞれ米とルーを皿に盛ってスプーンと一緒にテーブルに並べた。
全員が揃ったのを確認していただきますと挨拶をしてカレーを食べ始める。
「夏芽ちゃんってなんで凌兄を好きになったの?」
「美人なのにお兄なんてもったいない」
瀬奈と陽菜はあはは!と笑いながら夏芽に訊いた。
よし、こいつらにはもうジュース奢ってやらない。
そう心で決めながらも夏芽の様子を伺った。
夏芽は、俺の方を見て見るな!とでも言いたげな顔をした。
仕方なくカレーに視線を落として食べ続けるけど、耳はしっかり傾ける。
「なんでって言われても、なんか気になるなって思ってたらいつの間にか好きになってただけだよ」
顔を上げて夏芽の方を見ると俺から顔を背けてカレーを食べていた。
照れ屋だよな、夏芽って。
けど、ちゃんと俺のこと好きなんだ。
「凌兄は?」
「夏芽って、普段美人なのに笑った顔がめちゃくちゃ可愛いんだよ。それでイチコロよ」
「一目惚れ?」
「いや、夏芽が俺に笑ってくれるようになったのってクリスマス明けくらいからだから一目ではない」
あ、耳まで真っ赤になってる。
そういえば俺、夏芽に可愛いって言ったことなかったかも。
いつも似合ってるとかだし。
夏芽だけじゃなくて、俺も言葉足らずだったかもしれない。
これからは気をつけよう。
夕飯が終わって、夏芽を家まで送り届けることにした。
玄関まで家族総出で夏芽を見送りに来た。
「夏芽ちゃん、絶対また来てね」
「うん」
「これからも凌我のことよろしくね」
「はい」
「なつめちゃん、またね」
「兄貴のこと頼みます」
「うん。任せて。玲奈さん、カレーごちそうさまです。美味しかったです」
「ホント?良かった」
「そろそろ失礼します。今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
バイバーイ!と兄弟たちに見送られて夏芽は少し名残惜しそうに家から出た。
にしても、夏芽はみんなに懐かれすぎだな。
千奈も最後の方は楽しそうに喋ってたし。
さすが俺の妹だ。
夏芽の良さをよく分かってるんだな。




