20、イメチェン
今日から新学期だ。
昨日、美容院に髪を切りに行ったばかりだからまだ少し慣れていなくて緊張しながら学校に向かった。
茉優も昨日、髪を切ったらしく今日学校で会うのが楽しみだ。
学校に着くと、既に来ていたクラスメートたちが驚いたようにこっちを見ていた。
席に着くと出席番号の近い女子が友達と一緒にやって来た。
「颯真くん、あけおめ」
「あけおめ」
「髪切ったんだね」
「前の髪型も良かったけど、今の髪型もカッコいいね」
「ありがとう」
あんまり短くしたことがないと美容師さんに言うと、セットしやすくて女子ウケも男子ウケもいいカットにしてもらうことになった。
少なくとも、女子ウケはいいらしい。
始業式で茉優のことを見かけるかなと思っていたけど、体育館が寒いからオンラインで始業式をすることになった。
俺の教室から茉優の教室は遠いため、休み時間に会いに行こうと思ってもいけない。
帰りのホームルームが終わってすぐに、荷物を持って茉優のクラスに行った。
「お、颯真。髪切ったんだな」
「うん。それより凌我、茉優知らない?」
「服部さんなら先生に雑用頼まれて出ていったけど」
「マジ?」
「ここで待つか?」
「そうする」
凌我と話して待っていると、茉優のクラスの女子たちがやって来た。
「服部さん待ってるの?」
「まあ、」
「てか、髪切ったよね?めっちゃカッコいい」
「ありがとう」
凌我が俺を放って、女子たちの間から逃げようとしたからすぐに捕まえた。
俺を助けてくれるまで離さない、と目で訴えかけると嫌そうに顔を歪めてから俺と女子生徒たちの間に入った。
「彼女持ちの男にあんまベタベタすんなよな」
「大丈夫。鈴村にはしないから」
「そういうことじゃなくて」
ダメだ。
凌我だとスルーされて終わる。
だからといって、あんまり強く言うの得意じゃないんだよな。
廊下で騒いでいると、後ろから凌我が引っ張られた。
振り返ると八尾さんが立っていた。
それを見て女子生徒たちはそそくさと帰っていった。
「夏芽、なんでビビられてんの?」
「中学のときに私のこといじめようとして航太になんか言われてたからかな」
「「あ~」」
「航太さんな。いつになったら俺のこと認めてくれるんだろ」
「あんな奴の言うこと聞かなくていいよ」
「いや〜、けどさ〜」
凌我も凌我で結構苦労しているらしい。
凌我と八尾さんと話していると、背中を叩かれた。
振り返ると、茉優が立っていた。
肩にかからないくらいの長さの髪を軽く巻いている。
くるくるじゃなくてなみなみだ。
とりあえず、ものすごく可愛い以外の感想が出てこない。
茉優の方を見て固まっていると、少し照れたように茉優は笑った。
その笑った顔がまた可愛くて思わず呟いてしまった。
その声は、茉優にも凌我にも八尾さんにも聞こえていたらしくなぜか茉優以外も照れている。
「茉優と原田見てたらこっちが照れてくる」
「それな。付き合いたてみたいな雰囲気出してるけど、実際はもう半年以上経ってるだろ」
そんなことを言われても、別に付き合いたてみたいな雰囲気を出しているつもりはないからどうすればいいのか分からない。
茉優は荷物取ってくるねと教室に入っていった。
「可愛すぎる、俺の彼女」
「夏芽も可愛いし」
「張り合わなくていいよ」
八尾さんは少し嬉しそうな呆れたような顔で笑っていた。
なんだかんだこの2人も仲の良さを見せつけてきている気がする。
そんなつもりはないんだろうけど。
「お待たせ。帰ろう」
「うん」
「凌我は今日は部活ないんだっけ?」
「ああ。だから帰って近所の運動公園で練習するつもり」
すごいな、凌我。
まあ、それぐらい練習しないと2年連続インターハイ出場できないよな。
しかも、今年は準優勝だったし。
校舎を出て、少し歩いたところで凌我と八尾さんと別れた。
「さっきは言えなかったけど、今の颯真の髪型、結構好きだよ」
「そっか。良かった」
笑って茉優の手を握った。
みんな、カッコいいとか似合ってるって言ってくれたけど好きだと言ったのは茉優だけだ。
俺、茉優と付き合ってから少しずつだけど自分に自信が持てるようになってきた。
それも全部、茉優がたくさん褒めてくれるお陰だ。
「俺も、茉優の今の髪型も好き。巻いてふわふわになってるの、可愛すぎる」
「ありがとう」
茉優を家に送り届けて、俺も家に帰った。
俺も茉優も3学期から駅前の個別塾に通い始めた。
元々塾に通いたいと思っていたら、茉優の両親が同じ塾に通って一緒に帰ってきてくれたら安心だと言うので同じ塾で同じ時間帯の授業を取ることになった。
ただ、文系教科の授業を取っている茉優と理系教科の授業を取っている俺では教室が違うらしい。
隣なら、勉強のやる気も出たんだけどな。
今日も塾があるので家に帰ってすぐに準備をする。
担任の先生には一応推薦の話もしてあるけれど、学力を維持できなければ推薦はなくなる。
そのためにも勉強は頑張らないといけない。
………落ちたら、別れられるかもしれないし。
どうせ自習をするから少し早めに家を出た。
茉優も今日は宿題をしたいと言っていたから一緒に塾に向かう。
「茉優のとこの先生も大学生なんだ」
「うん。2人とも女の先生だから話しやすいし優しい」
「俺の先生は男女両方いる。2人とも説明分かりやすいよ」
「塾講師のバイトって大学生に人気なのかな?」
「多分ね」
塾に着くとカードを通して中に入った。
入ってすぐのところにご飯を食べたり少し雑談のできるコミュニティスペースがあって、その奥に7つの部屋がある。
右側の手前から高校生で文理選択前の生徒の教室、文系の教室、理系の教室。
左側の手前から中学受験の小学生の教室、高校受験の中学生の教室、受験しない小学生と中学生が共同で使う教室が並んでいる。
そして、一番奥に自習室がある。
自習室は基本的に早いもの勝ちだが、事前に予約することもできる。
それに、教室の机が空いているときはそこで自習することも許可されている。
俺と茉優もそれぞれ教室に入った。
高校生はこの時間、授業がほとんどないため自由席だ。
授業が近付いてきたら、授業で使う席は空けなければならないけどまだ40分は平気だ。
席に座って授業までに予習をしようとワークとノートを開いた。
しばらくワークを解いて、授業の5分前になって席を移動すると隣の席の金崎さんが座っていた。
「颯真くん、髪切った?」
「うん」
「いいね、その髪型」
「ありがとう」
「私も切ろうかな」
「いいんじゃない?」
「相変わらず冷たいな」
金崎さんは笑う。
冷たいのかな?
自覚はないんだけど。
そのうちに先生がやって来て授業が始まった。
授業が終わってからコミュニティスペースでおにぎりを食べた。
このあとも少し自習をして帰るから小腹を満たす用だ。
ワークを見ながらおにぎりを食べていると、向かいの席に茉優が座った。
「いいな、おにぎり。私も何か持って来れば良かった」
「もう1個あるからあげる」
「あ、ごめん。そんなつもりじゃ」
「いいよ。伊吹が晩ごはん作ってくれてるし」
「それじゃ、ありがたく。いただきます」
茉優は座って手を合わせた。
相変わらず美味しそうに食べるな。
微笑ましく見ていると、眼鏡をかけた女子がこっちに歩いてきた。
どうやら茉優と同じ教室の女子らしい。
あの制服、県内の女子高の中で一番賢いところだった気がする。
なんだろうと思っていると、茉優と俺の横に立って見下ろしてきた。
「ここは学習塾です。塾は勉強をするところです。カップルでいちゃつきたいのなら他所でやってください」
いちゃついてるつもりは、なかったんだけど。
茉優は戸惑ったように俺と女子生徒を交互に見ている。
俺もまさかいちゃついているなんて言われるとは思ってもなくて驚いて少し間を空けてしまった。
困惑している俺と茉優を見て女子生徒がこれだからバカは、と小さく呟いた声が聞こえた。
「不快な思いをさせてたならすみません。けど、ここは食事をしていいし騒がしくないなら話してもいいスペースです。俺たち、別におにぎり食べてただけなんですけど、それが不快だと思うなら俺たちよりも職員さんに言ってルールを変えてもらってください」
「周りに迷惑を掛けているのにどうしてそんなに開き直っているんですか?」
「開き直ってなんか、」
「颯真、もう帰ろう。自習なら、家でもできるし」
「………そうだね」
教室にカバンを取りに行って、茉優と塾を出た。
俺は、茉優に比べて子供すぎる。
俺だけじゃなくて、茉優のことまでバカにされた気がしてムカついて言い返してしまった。
普通にすみません、これからは気をつけますって言えば良かったのに。
少ない街頭の中をゆっくりと歩きながら茉優の手を握った。
「ごめん、茉優。言い返して。茉優が悪く言われたら俺のせいだからすぐ言って。弁解しに行く」
「ううん。スッキリしたからいいよ。ありがとう」
「………茉優、ホントにごめん。俺のせいで居心地悪くなったら」
「颯真、本当に心配しなくていいから。大丈夫だよ。塾に居心地とかいらないから」
茉優はいつも通りの笑顔で俺の方を見ている。
その笑顔でさっきまでのイライラが少し落ち着いてきた。
けど、茉優が何か言われてないか気を付けておかないと。
2日後、また塾の日。
憂鬱だな。
茉優を家まで迎えに行くと、何かいいことがあったのか楽しそうに鼻歌を歌いながら家から出てきた。
可愛いけど、どうしたんだろう。
茉優は俺の腕に抱きついてジャーン!とチョコをおにぎりを見せてきた。
どうやら、昊さんがおにぎりを作ってくれたらしい。
しかも、茉優の好きな鮭らしい。
それでこんなに喜んでるのが可愛くて良かったねと笑った。
茉優も嬉しそうにうん!と頷いた。
塾に入る前に手を離して塾に入った。
やっぱり、注目されるよな。
今日は授業が始まる前に来たから、授業に出てから自習をするつもりはなかったけど、茉優がおにぎりを持ってきていたのを見て俺も自習をすることにした。
自習室の予約を取ろうと思ったけど、取れなかったので終わってから教室の空いてる席で自習することにした。
「颯真くん、一昨日は大変だったみたいだね」
「金崎さんも見てたの?」
「ちょうどジュース買いに行こうとしたら、なんかもめてるから。彼女さん、大人だね」
「うん。俺はまだ納得いってないけど」
「あれは理不尽だもんね〜」
金崎さんは普通に接してくれる。
茉優は、大丈夫かな。
授業が終わってすぐに教室を出た。
茉優は多分、おにぎりを食べに来るだろうからここで待ってようかな。
温かいお茶を買ってイスに座っていると、茉優が教室から出てきた。
少し元気がなさそうに見えるけど、今ここで訊いても教えてくれないんだろうな。
茉優はおにぎりを持ってこっちにやって来た。
イスに座って、いただきますと笑っておにぎりを食べ始めた。
大好きなおにぎりのはずなのに、作り笑顔だ。
お茶を渡すと小さく笑ってありがとうと言うとお茶を一口飲んだ。
喋ってたらまた何か言われるかな。
なるべく茉優以外に聞こえないくらい小さい声で呟いた。
「ひとり言。茉優がしんどいなら一緒に塾変えようかな」
「え、」
「逃げ道あるんだから、無理しないでほしい。っていう彼氏のワガママなひとり言でした」
茉優は下唇を軽く噛んで、そしてゆっくり笑った。
そういう顔が見たかった。
やっぱり茉優は笑顔が一番可愛い。
「またあなたたちですか」
声の主はこの間の眼鏡の女子だった。
今回はほとんど声出してないのに?
「ここは塾で、勉強をするところです。そもそも、恋人で同じ塾に通うなんて別れたら自分たちだけじゃなくて周りも気まずいってわからないんですか?」
ため息を吐くと、茉優が俺の顔を見て首を振った。
茉優にごめん、と呟いて眼鏡の女子を外に呼び出した。
眼鏡の女子も仕方なさそうについてきた。
「どうして俺たちを目の敵にするんですか?そもそも、別れるって決めつけるのは失礼ですし。それに、俺たち以外にも付き合ってる人はいますよね?一緒にジュース飲んで喋ってる人とか。俺たちだけに注意するのは理不尽だと思います」
不快だ!という感情を表に向けると眼鏡の女子は少し怖がるような表情をして急に泣き出した。
丁寧に言ったつもりだったけど、それでも怖がらせたのかと思って謝ると眼鏡の女子は涙を拭って顔を上げた。
「本当にすみません。私、小学校からずっと私立の女子校で勉強ばっかりしてて、あなたの彼女さんが高2のときの私より模試の結果が良かったって聞いて嫉妬してました。しかも、美人でイケメンな彼氏もいて仲が良さそうで。毎日何時間も勉強してる私より楽しんでるくせにって。もうすぐ受験で気が立ってたのもあって、八つ当たりしてました」
「俺じゃなくて、茉優に謝ってください。俺は許すとか許さないとかないんで、これからなるべく関わらないようにしてくれればそれでいいです」
コミュニティスペースに戻って、茉優に事情を説明してさっきのところに戻った。
茉優は俺が泣かせたと思ったのかなんて言ったの?と訊いてきた。
別に、と答えて眼鏡の女子の方を見た。
「あの、本当にすみません。嫉妬したせいで八つ当たりしてしまって」
「いや、全然、大丈夫ですよ」
「でも、私のせいであんな噂」
「それは!大丈夫なんで!多分、関係ないって言うか。本当に!じゃあ、自習したいんで戻ります!」
茉優は俺の背中を押して塾に戻った。
噂、ね。
教室に戻って、自習をしてから塾を出た。
茉優は知らないフリをしている。
俺も忘れたフリをして家まで向かって歩いた。
その途中で足を止めて、茉優の目を見つめた。
「噂って何?」
「え、と、なんだったかな」
「なに?」
「えっと、隣の席の人、男子なんだけど、可愛いとか軽く言うタイプで、颯真と付き合ってるのにその男子とも仲良くしてるとか、男好きとか」
「へ〜」
「本当に気にしてないよ!颯真に誤解されないなら、別にいいかなって」
茉優って、自分に無関心すぎる。
全然良くないよ。
ため息をつくと、茉優はごめんね?と俺の顔を覗き込むようにした。
もう、本当にズルいな。
これからは隠さずに教えてねと笑ってカイロを茉優の手に乗せてそのまま握った。
あったかいと嬉しそうに笑っている。
早く受験終わってほしいな。
まあ、まだまだ始まらないけど。




