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14、馴れ初め


 全てのテスト返却が終わって、茉優の家に行ってお互いのテストの結果を発表することになった。

リビングに解答用紙を裏向きに並べて順番にめくっていく。

俺は理系クラス合計73人中、総合順位16位だった。

苦手な英語で92点を取ったのが大きかったのだろう。

それに、今回は得意教科の点数もいつもよりも良かった。

ちなみに、絢斗は3位だったらしい。


茉優は文系クラス137人中の7位だ。

数学は70点どころか84点だったらしく満足そうに笑っている。

まあ、そもそも文系教科が100に近いものばかりだし、現国に限っては100点を取っている。


「海、いつ行く?」

「夏休み入ってからならいつでも。それより、どこにする?」

「去年行ったとこだと、誰かと鉢合わせしそうだよね」


県外に行くには少し交通費がかかる。

俺も茉優もバイトはしていないからなるべくお金をかけたくはない。

う〜んと頭を捻っていると、側で俺たちの答案用紙を見ていた昊さんと伊吹が小さく手招きをした。


首を傾げると、2人は一度顔を見合わせて俺たちの方を見た。


「2人がもし良ければなんだけど、トリプルデートしない?」

「何それ」

「私と伊吹、今度海行こって話してたら蓮晴と澄くんも一緒に行くことになったの。県外の人が少ないところだし泊まりになるけど、良かったら2人も一緒にどうかなって」

「それって、お祖母ちゃん家の近くの海?」

「そう」


茉優は嬉しそうに笑ってすぐに俺の顔を見た。

泊まりか。

まあ、父さんは許可してくれるだろうし伊吹もいるなら大丈夫か。

笑って頷くと、茉優はやった!と昊さんの方を見た。

昊さんは澄くんに連絡しておくねとスマホの画面をタップしていた。



あっという間に終業式がやって来た。

教室に戻って、ホームルームが終わると教室が一気に騒がしくなった。

八尾さんが俺の席の前に来た。


「原田、おばあちゃん家行くんでしょ?」

「あ、そっか。八尾さんのお祖母さんでもあるんだ」

「そうそう。おばあちゃん、原田たちに会うの楽しみにしてたよ」

「こっちは結構緊張ガチガチなんだけど」


元々は茉優たちのお祖母さんの家の近くの民宿に泊まる予定だったが、お祖母さんに海に行くことを伝えると部屋がたくさん空いているから泊まりにおいでといわれて泊まらせてもらうことになった。


夏休みに入ったすぐ次の日、伊吹と一緒に大きめのボストンバッグを背負って服部家の家の前にやって来た。

すでに車が停まっていて、昊さんの彼氏の澄晴さんがトランクを開けて荷物を積んでいってくれる。


荷物を積み終わると、運転席に澄晴さん助手席に蓮晴、後部座席の前列に伊吹と昊さん、後列に茉優と俺が座ることになった。

にしても、澄晴さん6人乗りの車持ってたとかすご。

元々ドライブが趣味だったらしく、去年の夏に軽四から買い替えたそうだ。


「海楽しみだね」

「うん」

「そういえば、颯真って泳げるの?」

「水泳は得意な方だと思うよ。小学生の頃スイミングクラブ通ってたし。まあ、途中でやめたけど」

「そうなんだ」


2時間程車で走って、海が見えてきた。

少し田舎っぽさのある港町だ。

なんか、いいな。こういう場所。

窓からスマホで動画を撮っていると、茉優がツンツンと肩を突ついた。

振り返ると、俺のスマホを取って逆側の窓を開けて動画を撮った。


私が4歳までここに住んでたんだよ。

茉優は懐かしそうに笑って街を撮っていく。


「こっちにも幼馴染とかいたりするの?」

「うん。毎年夏におばあちゃん家帰ってるから幼馴染とは会うよ」


男?女?と訊くのは少しはばかれて、そっかと笑い返した。

茉優のお祖母さんの家に着いて車を降りて澄晴さんから荷物を受け取っていく。

ボストンバッグを肩にかけると、茉優に手を引かれてお祖母さん宅に入った。


「おばあちゃん!久しぶり!」

「茉優ちゃん、元気そうね。お隣の子が茉優ちゃんの彼氏?」

「そうだよ」

「初めまして。原田颯真です。茉優さんと同じ学校でお付き合いさせていただいています」

「そんなに堅くならなくていいのよ。茉優ちゃんが選んだ人だもの。いい子なのは茉優ちゃんを見れば分かるから気楽にしてちょうだい」


お祖母さんの笑った顔は少し茉優に似ているなと思った。

伊吹たちも家に入ってきて、男子部屋と女子部屋それぞれ案内してもらった。

少し坂の上にあるからか、ここからでも海が見える。


荷物を片付けながら、ふと気になったことを澄晴さんに訊いてみた。


「そういえば、澄晴さんと昊さんっていつから付き合ってるんですか?」

「聞きたい?俺と昊ちゃんの馴れ初め」


澄晴さんは嬉しそうに笑いながらその場に座った。

蓮晴はすぐに顔をしかめて高速で首を横に振った。

澄晴さんはスルーして俺と昊ちゃんが出会ったのはね、と話し始めた。



 〜〜〜〜〜



俺が高校2年の冬、シングルマザーだった母親が知らない男と出ていった。

俺のバイト代でホストに貢ぐようなクソみたいな母親だったけど、家出してから俺が生まれたから顔を知る唯一の肉親だった。

こっそり別で貯めてたバイト代で大学行って見返してやろうと思ってたのに、まさか置いていかれるなんて思ってもいなかった。


途方に暮れて家の近くを歩いていると、急に後ろから誰かに手を引かれた。

目の前を車が通り過ぎてハッとした。

赤信号の横断歩道を渡ろうとしていたらしい。

振り返ると、近所の中学の制服を着た女の子がいた。

助けてもらったのに、俺はお礼も言わずにその女の子の手を振り払った。


「なんで助けるんだよ。死なせてくれよ!」


そう言った瞬間、中学生にビンタをされた。

叩かれた瞬間、色んな気持ちが溢れ出してきた。

天涯孤独になった不安感や、自分なんて生まれてこなければ良かったという劣等感が一気に襲ってきてこれまでにないくらい涙が溢れてきた。

泣きながらその場に膝から崩れ落ちた。


「あの、ごめん。そんなに痛かった?」

「違う。助けてくれたのに、怒ったりしてごめん。」

「それは大丈夫だけど。って、ヤバ。塾行かなきゃ。明日時間ある?もしあるなら、4時半にここ来て」

「え、と」

「ごめん。塾遅れたらめっちゃ怒られるから!」


中学生はそう言うと走っていってしまった。

けど、俺にとって知らない中学生との明日の約束は今日を生きるための十分な理由付けになった。

重たい足取りで家に帰った。


次の日、夕方の4時半頃にまたあの横断歩道に行くと昨日の中学生がいた。


「ちゃんと来てくれた。ねえ、今から公園行かない?」

「どっちでも」

「じゃあ行こう」


中学生はすぐ近くの公園に歩いていった。


「名前、なんて言うの?」

「大崎澄晴」

「私は服部昊。大崎くん、その制服霧里高校だよね?何年生?」

「2年」

「じゃあ、来年被るかな。私、中3なんだけど志望校霧里だから」


公園に着いて立ち止まった。

そして、中学生の方を見た。

話聞くよとでも言いたげな顔でこっちを見ていた。

そんな俺よりも年下の彼女に俺は全てをぶちまけた。


彼女は同調するでもなく励ますでもなく、ただ話を聞いてくれた。

少し楽になって、彼女に質問をしてみた。


「生まれてきた意味ってあると思う?」

「ないと思うけど、私はあなたを愛するために生まれてきました、なんて言われたら嬉しいと思うな」

「そんなロマンチストいないでしょ」

「そうだね」


やっぱり中学生だな。

そんな中学生の彼女はどうして昨日、見ず知らずの俺を助けてくれたのか。

気になって訊いてみた。


「助けなきゃ後悔するから」


彼女はそう断言した。

後悔する気がした、とかじゃなく後悔すると言い切った彼女が少しカッコいいと思った。


「昊ちゃん、だっけ?」

「うん」

「何か、お礼させて」

「お礼なんて………あ、そうだ。私が無事に霧里に合格したらお祝いでクレープ連れてって」

「分かった」

「約束ね」


昊ちゃんは小指を立てて笑った。



それから数日後、児童相談所の人から連絡があった。

俺の母親の妹で叔母にあたる人が面倒を見てくれることになったらしい。

児童相談所の人と一緒に家に来た叔母は母親とにても似つかない真面目そうな女性だった。

母親より10歳年下の26歳で一昨年結婚したばかりらしいのにわざわざ17年間一度も会ったことがない甥を育てるという選択をしたらしい。


「澄晴くんは、私のお父さん似だね。お姉ちゃんにも少し似てるけど」

「そうなんですか」

「うん。若い頃のお父さんの写真見たけどそっくり」


会ったことがない祖父にそっくりだと言われてもどう反応すれば良いのか分からない。

叔母夫婦は俺の祖父母と二世帯住宅で暮らしているらしく、叔母夫婦の1歳の息子は祖父母が面倒を見ていたらしい。


俺はこれからこの家に住むことになる。

高校も二駅ほど遠くなったものの、通える距離だ。

少ない荷物を持って叔母夫婦宅に足を踏み入れた。


リビングでは、祖父母と1歳の従兄弟が待っていた。


「初めまして。大崎澄晴です。しばらくお世話になります」

「君が、香澄(かすみ)の息子か。」

「はい」

「家では気を遣わなくていい。すぐに家族になれというのは難しいことだろうけどゆっくり家族になっていこう」


まさか、歓迎されるなんて思ってもいなかったから驚いて瞬きをしてゆっくり頷いた。



それから4ヶ月が経って、高校3年生になった。

入学式が終わって3日、毎日昼休みに1年生のクラスを見に来ている。

在校生は生徒会以外入学式に参加しないため、昊ちゃんが入学しているかどうかも分からない。

けど、7クラスある中、もう5クラスは回った。

1年6組の教室に行こうとすると、ちょうど教室から出てきた女子生徒とぶつかってしまった。


「ごめん。大丈夫?」

「平気です」


そう言って女子生徒は顔を上げた。

ああ、やっぱり合格してたんだ。


「合格おめでとう」

「大崎くん!ありがとう」

「良かったら今日でもクレープ食べに行かない?」

「うん!」



放課後、昊ちゃんと昇降口で待ち合わせて一緒に近くのクレープ屋に向かった。

チョコバナナクレープとイチゴチーズケーキクレープを買って隣のベンチに座った。


「改めて、あのときは助けてくれてありがとう」


それだけじゃないけど。

俺は、昊ちゃんに助けられた日から少しずつ前向きになってずっといなかった友達もできた。

叔母家族や祖父母と家族としての距離が縮まったのも昊ちゃんの明るく前向きな性格に影響されたことが大きいと思うし。


「それにしてもさ、私だけ大崎くん呼びって変だよね。てか、年上なのにタメ口使ってたね」

「いいよ。でも確かに呼び方は違和感あるね」


かと言って、澄晴くんは少し長い気がする。

頭を捻っていると、友達が手を振ってこっちを見ていた。


「澄!明日デートの感想聞かせろよ!」

「澄、くん?」

「それだ。ナイス!優斗(ゆうと)!」


友達は訳が分からないような顔をして帰っていった。

クレープを食べ終えて、駅まで一緒に帰った。


「澄くん、クレープありがとう。美味しかった」

「良かった」

「連絡先、交換しよう」

「うん」


昊ちゃんと分かれて家に帰った。

すぐに鏡を見た。

ダメだ。もっとカッコよくならないと。

リビングで従兄弟と遊んでいた叔父のところに行った。


「どうやったらカッコよくなれる?」

「澄晴は既にカッコいいよ」

「兄さんは贔屓目入ってるからダメ。美容師でしょ?どうやったらカッコよくなるか教えて」

「じゃあ、今週の土曜日うちの店おいでよ。ヘアカットと簡単なセットの仕方教えるから」


それから土曜日、兄さんの見せに行ってヘアカットをしてもらってセットの仕方まで丁寧に教わって月曜日になった。

兄さんに教えてもらった、簡単で校則に触れない程度のヘアセットをして学校に行った。


昼休みに昊ちゃんの教室に会いに行った。


「昊ちゃん」

「え、澄くん!めちゃくちゃカッコよくなってる!」

「ありがとう。ちょっと今いい」

「いいけど」


空き教室の近くの廊下に行った。

人気が少なくちょうどいい。


「昊ちゃん、俺と付き合ってくれない?」

「ごめん無理。澄くんのことまだ全然知らないし」

「友達からでもダメ?」

「今は付き合うとか考えてないから」


カッコよくなってもダメだったか。


それから、ことあるごとに昊ちゃんに告白をしては振られた。

その告白は昊ちゃんが高校2年生になって俺が大学1年生になった夏休みまで続いた。

大学1年の夏、大学の学祭の準備の途中で熱中症になって倒れて病院に運ばれた。


丸一日意識を失っていたらしく、目を覚ましたときは叔父と叔母が側にいた。

検査を終えて病室に戻ると、叔父から俺のスマホを渡された。


「勝手に電話に出てごめん。昊さんって子が連絡つかないから心配してたみたいで熱中症になって倒れたことを伝えたらお見舞いに来たいって言ってたんだけどどうする?」

「え、来て!」

「そう言うと思って、もう病院の住所伝えておいた」


さすが兄さん。

1時間程して、昊ちゃんが病室にやって来た。

叔父と叔母とは入れ違いで。


「毎日連絡してきたくせに、急に連絡途切れるとか。死んだのかと思って怖かったんだから」

「ごめん。でも、大丈夫だよ。もう死のうとしたりしないから。生まれてきた意味はなくても、俺は昊ちゃんを愛するために生きるから」


昊ちゃんは泣きながら俺の方を見た。

俺、昊ちゃんと出会ってすぐのときから随分変わったと思う。

あの頃みたいに暗くて何もかも諦めてた自分が嘘のようだ。

きっと、昊ちゃんの影響が大きいと思う。


「澄くん、いつも思ってたけど、結構重いよ」

「ごめん。引いた?」

「澄くんだから引かないよ。ホントは結構前から澄くんのこと好きだったよ。けど、いつか別れるくらいなら付き合いたくなかった。心配なかったみたいだけど」

「昊ちゃん、俺のこと好きって言った?」

「そうだよ」

「俺も大好きだよ」

「それはもう十分知ってる」



 〜〜〜〜〜



もう5年も前の出来事だなんて思えないくらい鮮明に覚えてるよと笑っている。

すると部屋の扉が叩かれて入るよ〜という声と同時に開いた。


「昊ちゃん。どうしたの?」

「海行かないの?って、茉優が」

「そろそろ行く?車の方がいいんだっけ?」

「うん。山だから行きはまだ楽だけど帰りがしんどいし」

「分かった」


澄晴さんは準備を整えてすぐに車を出しに行ってくれた。

文句1つ言わないのは、優しいからだけじゃなくそれだけ昊さんのことが好きだからなのかもしれない。

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