12、スタート
学年末考査も終わって、無事に終業式を迎えた。
結局バレンタイン以降、服部さんとは一言も話さなかった。
八尾さんが心配して仲を取り持ってくれようとしたけど、服部さんは好きな人がいるらしいし断った。
ちなみに、八尾さんと凌我は順調なようでお互いに名前で呼び合うくらいの仲にはなっていた。
春休みも折り返しに入って、服部家と原田家合同のお花見が行われることになった。
なんで誰も俺と服部さんに配慮してくれないんだろう。
今日は昊さんの彼氏の澄晴さんも来るらしい。
すげぇ大所帯。
近所の大きめの公園に行くと服部家で場所取りをしてくれていた。
大量に作った巻き寿司の入った重箱を置いた。
「こうして顔を合わせるのは初めてですね。伊吹と颯真の父の原田圭一です。娘と息子がいつもお世話になってます」
「こちらこそいつも娘たちがお世話になってます。服部晴彦と申します」
「妻の芽衣子です」
父さんたちはお酒を交えて楽しそうにお花見を始めた。
伊吹と昊さんと澄晴さんは成人しているものの、今日は俺たち同様ジュースを飲むつもりらしい。
服部家は桜餅とおかずのお弁当を準備してくれていて、澄晴さんが取り分けてくれた。
俺と服部さんは対角に近い位置に座って黙って黙々とおかずや巻き寿司を食べる。
チラッと服部さんの方を見ると、食べるのが大好きな筈の彼女が笑っていなかった。
おかわりしてるから美味しくないわけじゃなさそうだけど、やっぱり元気がなさそうだな。
スマホをポケットに入れて立ち上がった。
「ちょっと歩いてくる」
「行ってら〜」
俺がいなくなったら、服部さん少しは楽しめるかな。
しばらく歩いてよう。
早咲きの桜がある場所は、もう散ってしまったせいか全然人がいない。
30分が経ったのを確認してからお花見の場所に戻ると、服部さんと昊さんと伊吹が3人で何やら内緒話をしていたけど俺に気付くとすぐに散らばった。
戻って来るタイミング間違えたか。
お花見が終わる頃、父さんたちは気分良さそうに笑っていた。
偶然同い年だからか気が合ったらしい。
レジャーシートを片付けて、お開きになった。
それから、新学期が始まった。
クラス替えは当たり前のように服部さんとは違う。
理系が苦手な凌我も文系選択のためクラスが離れた。
絢斗は同じ理系選択だけど隣のクラスだ。
6クラスあって、理系クラスは2クラスだ。
ちなみに、八尾さんと同じクラスだった。
クラスの中の知り合いは八尾さんと、去年のクラスメート1人だ。
うちのクラス、理系選択者俺含めて5人しかいなかったから。
始業式が終わった次の日は入学式だ。
入学式には参加しないため今日は家庭学習日だ。
今日は午後から雨が降り出すらしいから桜が散る前にもう一度見に行こうと思って、傘を持って家を出た。
公園に着くと少しだけど既に散り始めていた。
パシャッと写真を撮ってゆっくりと桜並木を歩く。
もう、お花見している人はいない。
まあ、午後から結構な土砂降りみたいだから仕方ないか。
歩いていると、ベンチに服部さんが座っていた。
ボーっと桜を見上げては時々下を向いて手に持っていた猫のマスコットを見てため息をついた。
てか、そのマスコットって俺があげたやつだ。
そんなに気に入ってくれてたのかな。
そんなことを考えていると、鼻先に冷たい雫が落ちてきた。
慌てて傘を差した。
服部さんは傘がないのか慌ててマスコットを濡れないように自分の体で覆った。
俺は彼女の座っているベンチの前に行って、傘を差し出した。
少し驚いたような顔で俺を見上げている。
2ヶ月ぶりに話すときってなんて話しかければいいのか分からない。
気まずい。けど、彼女は大して話したことのなかった俺に迷わず傘を貸してくれた。
そんな彼女を好きになったなら、俺もそうするべきだと思った。
「家まで送るよ」
「………ありがとう」
彼女はベンチから立ち上がると、俺の隣に並んだ。
何も話さないまま、家に向かった。
家に着くと、彼女は何か言いたそうにしていたけど、結局ありがとうとだけ言って家に入っていった。
土砂降りの雨の中、家に帰ってテレビをつけた。
やっぱり俺は服部さんを好きなのをやめることは出来ないらしい。
ほんの少し話しただけでこんなに嬉しい気持ちになるなんて。
夜になって雨が上がった頃、服部さんの家の前にいた。
トーク画面を開いて服部さんにメッセージを送った。
『話したい』
数分後、返信が着た。
『私も』
『じゃあ、外来て』
そう送ると、すぐに玄関のドアが開いて服部さんが出てきた。
嬉しくて少し泣きそうになるけど、なんとか笑顔を保った。
「ちょっと歩く?」
「うん。あ、お姉ちゃんに言ってくるから待ってて」
服部さんはもう一度家に入って少ししてから薄い上着を羽織って出てきた。
河川敷まで歩いて、近くの東屋に行って座った。
まだ夜は涼しいから、2人とも温かい飲み物を自販機で買った。
服部さんは美味しいと笑っている。
やっぱり俺は最近の作り笑顔よりこの笑顔が好きだ。
「服部さん、誰と一緒のクラスになったの?」
「瑠璃ちゃんと、鈴原くん。あ、水野くんも」
「凌我と同じクラスか。俺は八尾さんと同じクラスだったよ」
「知ってる。なっちゃんが言ってた」
2ヶ月ぶりでも、やっぱり服部さんは服部さんだ。
きいてみようかな。
服部さんの目を見てゆっくりと深呼吸をした。
バレンタインに訊けなかったけど、今なら訊ける。
むしろ、訊いたほうが諦めがついていいかもしれない。
「服部さんの好きな人って、誰?」
そう訊くと、彼女は少し言いかけて口を閉じた。
そして、目線を落として俺の持っていたココアの缶を見つめた。
「誰だと思う」
心当たりなんて、全くない。
服部さんが俺と凌我と絢斗以外の男子と話しているところを見た記憶があまりない。
俺が知らない人なのかもしれない。
頭を悩ませていると、服部さんはフッと笑った。
顔を上げると、少し赤く染まった顔で俺の方を見ていた。
「ごめん。ちゃんと言うよ」
「あ、じゃあ、一瞬待って。深呼吸させて」
分かってる。
服部さんが好きな人がいて、完全に失恋しているのは分かってる。
自分から訊いたくせに情けないが、訊くのが少し怖い。
ゆっくりと息をして自分の手をギュッと強く握った。
「原田颯真くん」
「はい」
少し震える声で名前を呼ばれてつい返事をしてしまった。
「私の好きな人、原田くんだよ。本当はバレンタイン渡したかったけど、たくさんチョコもらってたから嫉妬して渡せなかった。原田くんが勘違いしてるのも知ってたけど、なんか、話しかけられなくてずっと言えなかった」
嘘、じゃないよな。
服部さんが嘘でこんなことを言うわけがない。
それに、嘘だとしたらこんな声震えさせて一生懸命伝えてるわけがない。
本当だとしたら俺、2ヶ月も自分に嫉妬してたってことか?
「ごめん、服部さん。俺バカだね。2ヶ月も勘違いして自分に嫉妬してたとか」
「私の言い方のせいだよ。ごめんね」
「服部さんが謝ることはないよ」
笑って服部さんの顔を見た。
「俺も、服部茉優さんのことが大好きです」
「待って。私から言いたい」
「うん」
「原田くん、私とお付き合いしてください」
「こんな俺ですがよろしくお願いします」
夢みたいだけど、夢じゃない。
心臓がドキドキしてるのに、なんだか心地よい。
俺、おかしい。
服部さんは隣いい?と俺の座っている隣を指した。
少し右に寄って服部さんが座るスペースを空けると失礼しますと言って隣に腰を下ろした。
なんか、いい匂いがする。
「甘えてもいいですか?」
「ど、どうぞ」
服部さんはこっちを向いて両手を広げた。
ぎこちなく服部さんを抱きしめた。
たぶん今、世界で一番幸せだ。
服部さんもぎこちなく俺のことを抱き返した。
少し落ち着く。ドキドキしているのに落ち着くなんて矛盾しているけど。
「原田くん、お願いがあるんだけど」
「なんでも言って」
「付き合うこと、隠してほしい」
「………からかわれたりするのは嫌だからね。そうしようか」
「それもあるけど、原田くん、最近ますます人気出てきたから。あ、けど、梶井くんとか鈴村くんなら話していいよ。私もなっちゃんと瑠璃ちゃんには伝えるつもりだし」
人気、か。
「人気があるのは服部さんの方だよ」
呟いた声は聞こえていなかったようで、服部さんはどうしたの?と不思議そうに訊いてきた。
「分かった。けど、伊吹と蓮晴と昊さんには言ってもいいよね。まあ、言わなくても気付くと思うけど」
「確かに」
ココアもすっかり冷たくなって、飲み干して自販機の横にあるゴミ箱に捨てた。
「明日も学校だしそろそろ帰ろっか」
「うん」
服部さんの家に向かった。
途中で、手が触れて指だけ握ってそのままそっと手を繋いだ。
ぎこちない感じが俺たちらしくて、心地良い。
服部さんの家まではここから5分もかからないところにある。
もう少し一緒にいたいけど、明日のことを考えるとさすがにもう遅い。
2ヶ月の空白の寂しさが、今になって一気に襲ってくる。
俺、ホント何やってたんだろ。
自分に嫉妬とか前代未聞だろうな。
服部さんの家に着いてしまった。
名残惜しく感じながら、服部さんの顔を見た。
「おやすみ」
「おやすみ」
「………付き合ってること隠すけど、彼女いるか訊かれたらいるって言ってもいい?」
「うん」
「じゃあ、また明日」
「うん。バイバイ」
こんなにも待ち遠しい明日って今までにあっただろうか。
服部さんが、彼女。
俺が服部さんの彼氏。
ヤバい。幸せすぎて頭がおかしくなりそう。
もうなってるかも。
ごめん、服部さん。
こんな変な彼氏だけどこれからよろしく。




