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闇属性奥義 破滅回避の魔眼

 私は鏡を見てため息をつく。銀のが蔦草のように彫られ、縁取りをきらめかせているお貴族様の逸品だ。薄茶色の化粧箪笥から紅を取りだし、ほんの少し唇に乗せます。


「暗い茶色の目にくすんだ金髪。あざとい泣き黒子。甘えきったようなたれ目。それでいて漂う負のオーラ」

 毎日見ている自分の顔の、なんともいえない悪女感に情けなくなってしまいます。これで属性が闇なのだから、世の中しっかりとしているのでしょう。


 思えば前世でもいいことがありませんでした。彼氏いない歴=年齢の私は暗くて、友達があまりいなくて、それでいて見栄っ張りで。だからこの世界に転生したときは本当に心が躍ったものです。

 恵まれた家庭環境。優れた姉。心から愛してくれる両親。

 前世では望んでも手に入れられなかったものが、全部ここにありました。



 最初に異変に気付いたのは、私がまだ五歳のころでした。

 視界がおかしい。慣れていたはずの我が家で、白い壁に急に衝突しました。

 以後、私は突然目に電波障害のような雑多なものが混じるようになったのです。

 それは人を見ると急激に症状が悪化していきます。


「りず、ぐあいだいじょうぶ?」

「おねえさま、めがおかしいの」


 敬愛しているお姉さまの顔がブレます。ざざっと砂嵐が走るように。


 お姉さまは怖がる私を抱きしめ、毎日一緒に寝てくれました。つたない、というと失礼ですけれども、子供が出せる精一杯のリズム感で、夜には子守唄を歌ってくれました。

 私はこの温もりだけは決して放してはいけないと、お姉さまの手をぎゅっと握ったのを覚えています。


「おねえさま、なんかおかおのまわりにことばがでてる」

「りず、ねつでもあるの?」


 これが魔眼の最初の鑑定だったと知った時、私の驚きはどれほどだったか説明するのは難しいです。その人の本質や隠している性格を見抜く魔眼。まるでゲームのステータス画面のように、対象の周囲に文字が現れました。


 良いことも悪いことも、なにかしらの特徴があればわかってしまうので、一種のプライバシー侵害ですが、この世界で生きていくには十分助けになるので、活用させてもらうことにしました。


 以来私は人物の姿を見るとき、一緒に鑑定するのが癖になってしまいました。


 お姉さまが十歳の時に聖女として認定を受けられました。それからというもの、笑顔に劇毒を隠して近づいてくる人間の多さに辟易してしまう日々が続きます。

 お姉さまの美しい銀の髪は、蒼と翆の瞳を添えて人々を魅了していきます。その花に誘われる毒蜂も数多いのです。


「聖女様ご機嫌麗しゅう。どうか我が領地にも巡幸をなさってくださいませ」

 本性を笑顔と喜色で染め上げていたのはどこの貴族だったのでしょうか。私の魔眼はその正体を見抜いていたのです。


『残酷だ』『嗜虐趣味もあるぞ』『少女嗜好も追加だ』『奴隷貿易とか終わってるな』『叛意とかギャンブラーだな』『誘拐犯もセットにしておくぞ』


 幼いころから淑女教育を受けてきた私には、犯罪や性的倒錯を許容するような無節操な寛容さは持ち合わせていません。それとなくお誘いをお断りするようにお姉さまに進言し、出向こうとするとギャン泣きして止めました。


 マールバッハ侯爵家に出入りしている人間も、悪意のある人物はそこかしこに潜んでいました。もうあまりに多すぎて人間不信になりかけたときも、側にいてくれたのは両親とお姉さまだったのです。とても力強かったです。


「守らなければ。この家を、家族を。魔眼を持っている私が矢面に立つしかない」

 そう決心しました。


 以後私は『欲しがり』になったのです。

 

「お姉さまのお菓子が欲しいの! お願いリズにもちょうだいちょうだい!」

「リズはしょうがない子ね……」


 お姉さまはいつも譲ってくれます。繊細な眉根を寄せ、それでも慈愛に満ちた聖母のような顔で、私の頭をなでてくれるのでした。

 そのクッキーには毒物が仕込まれていました。食べてないので何の毒かわからないし、私には調合の素地もありません。ですが運んできた新顔のメイドを見たときにありありと結論が浮かんでいたのです。


『毒殺者』


 不穏なメイドを解雇するには口実が必要だったのですけれど、そこは我儘放題の妹として駄々をこねるだけこねました。

「メイドのローズが私のことを怒るの! お父様、お願い新しい人を雇って!」

「またか! まったくしょうがないなリズは……」

 


 私は闇魔法使いとして洗礼されると、今までちやほやしてくれていた人たちはみな離れていきました。別に構いません。私はアーデルハイドお姉さまが無事であればそれでいいのですから。 


 お姉さまが十二歳になられました。同時に発表された婚約は、貴族にしてはやや遅いものだったと記憶しています。

 私は自分に使命を課していました。それは絶対にお姉さまを幸せな結婚に導くことです。

 自分はどうなってもいい。この目のおかげで見たくないものまで見えてしまうのだから、人とまともに付き合えるわけがないから。

 だからあくまでも能力として利用します。目も、家柄も、人間関係も。


 アラン王子とアーデルハイドお姉さまとの婚約が決まった時に、祈るような気持ちで殿下を魔眼で拝見いたしました。


 吐くほどやばかったです。


 よくもこれほどのマイナス要因を詰め込んだなと思うくらい真っ黒だったので、思わず私はトイレに駆け込んでしまいました。さんざん胃の中身を出し尽くして、そして残った私の意思は強く固まったのです。


 これはNTRしかない。いや、ほんとに寝ませんが、覚悟として一応、です。

 私はその日以降、ただ一人のダメ男(アラン殿下)を篭絡するために駆動し始めました。


「アーデルハイド、俺と若葉を身に行こう」

 魔眼先生『性的興奮状態』

「素敵ですぅ、お姉さま、リズも一緒につれてってくださいまし!」


「アーデルハイド、湖にボートを用意した。いっしょに乗ろう」

 魔眼先生『極度興奮状態』

「湖には一度行ってみたかったんですぅ。殿下ぁ、リズをお膝にのせてください!」


「あ、アーデルハイド、俺と鹿狩りに行こう」

 魔眼先生『蛮族的興奮状態』

「わ、私実は山の方が好きだったんですぅ。殿下のお馬さんにリズもご一緒させてください!」


 最初はうっとおしく思われていたはずですが、男心は秋の風。うつろいやすかったのです。そのうちにお姉さまよりも、アラン様から私への声掛けが増えていきました。

「リーゼリット、セルニア公爵の晩餐会に俺と出てくれ。どうもアーデルハイドでは場が持たない気がしてな」

「お誘いくださって感激です。リズは殿下にお声をかけていただけるだけで幸せですのに」


 お姉さまは仕事の時とそうでない時の。オンオフ切り替えによる落差が激しいです。

 オンの時は聖女としての務めを行っているとき。この時はどんな願い事をしても一生懸命ともに考えてくれる。自分のできうる限りの救世をしようとし、遠くまで旅路を続けて『神鉄の砂時計』を回しに行くのです。

 言葉も雄弁で、教会では僧侶も舌を巻くほどの聖なる説法を行っていました。


 オフの時は、うん。本当にぼーっとしておられます。無表情で無感情。空気を読むとかそういう高等なことはできません。

 夜会に出れば一人むしゃむしゃと食事をとり続け、リスのようにぱんぱんに膨れた頬で挨拶周りを受けていらっしゃいます。殿下と外出したときはまるで動く石像のようにただ移動するだけの存在と化していました。


「そうななのですか」「すごいですわ」「それはなによりですね」「すばらしいです」「さすがでございます」

 話しかければ大体この『5S』のセリフが返ってくるマシーンになってしまう。


 お姉さまの未来が私は心配でしょうがないのです。いや、私も割とダメなほうなんですけれども、お姉さまもだいぶんヤバいと思います。

 

 私が十六歳、お姉さまは十七歳になりました。

 おかげさまで私はすっかりアラン様を味方につけることができたと思います。我ながら人間性が最悪だと思いますが、見えている地雷を踏むほど愚かでもないと自負しております。

 相手《アラン殿下》のカードはブタ。私はぎり勝てるワンペア。もちろんコール(勝負)でございますわ。 


 そして私は今、お姉さまに髪を梳かれています。

 中庭の石造りの休憩座席で、二人だけで時間を過ごすのは格別ですね。近くの噴水から流れる水音が心地よく胸に染み入ってきます。


「リズ」

「なんでしょう、お姉さま」

「私は、怒っていますよ」

「殿下の一件でしょうか。本当にはしたなくて申し訳ないと思っています。ごめんなさい」


 ふるふると首を振って、お姉さまは否定なされた。


「私は貴女がそうやって傷ついていくのが本当に辛い。お姉ちゃんからのお願い。もっと自分の幸せを考えてね」

「お姉さま……」

 

 静かに流れる時間は特別なもの。それは誰にも汚せない、二人だけの聖域です。

 私は自分のことを考えていいのだろうか。私の一番の望みは何なのでしょうか。

 お姉さまを悲しませることはしてはいけない。私は基本を忘れていたのかもしれない。


 私の幸せは、お姉さまと共に。そうあるのが自然だと思ってきました。

 でももしかしたら、それはきっと……。

 自分で自分を鑑定できればと思う。魔眼は己の姿を見ることができないのです。だから私は手探りしながら、自分が正しいと思う道を歩んでいくしかないのでしょう。

お読みいただきありがとうございました!

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