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欲しがり妹の卒業式

 その日、グランゼリア帝国はとてもきれいな青空でした。

「お嬢様、輿入れのご準備はよろしいでしょうか? この長い廊下の中心にある丸いテーブルが、ジルドニアとグランゼリアとの国境になっております。お心を決められましたらお進みください」


 介添え人はいつも側にいたマリーやカイルではなく、王国の重鎮でもあるベルリオ公爵閣下です。本日初の顔合わせですが、シルバーアッシュの整えられたオールバックに、ちょこんと鼻にのっている丸眼鏡のアンバランスさが気持ちをやわらげてくれました。


「はい、公爵閣下、お手を煩わせます」

「晴れの舞台でございます。卑下するような言葉は不吉ですので、上向きの華やかなご発言をされてください」

「そうですね、一世一代の大切な式典ですもの、もっと笑顔でいないとですね」


 今私の垂れ目は零れ落ちそうなほどに緩んでいるでしょう。言葉を控えたぶん、ダークな闇のオーラがにじみ出そうですが、引き締めていきませんと。


 公爵の手を一時離れ、女官に導かれて衣装室へと進みます。ここでジルドニアの服をすべて脱ぎ去り、新しく仕立てられたグランベリア帝国の純白のドレスに着替えます。レースをふんだんにつかわれている花嫁衣装は、布地の厚さによって設えられた刺繍の見え具合が変わるのです。


「コルセットの締め具合は大丈夫でしょうか、リーゼロッテ様。体形は崩れていないと存じますので、早めにお外しください」

「はい。ありがとうございます。ですがジルドニアとグランゼリアを結ぶかけ橋として、つけ入る隙を与えないようにしないといけませんから」

「恐縮でございます。あとは御髪をまとめて、紅をさせば完了でございます」


 目を閉じれば、子供のころの思い出がよみがえってきます。いつもお姉さまを追いかけていて、いつも背中を見守ってきました。

 今日初めて、私がお姉さまよりも先に、新しい道へと踏み入ります。


 白いヴェールを被り、私は長い廊下を歩き始めます。

 やがてたどり着いた円形のテーブルに、手をついて三回回りました。

 一周するたびにジルドニア側の人間は頭を下げて後ろに下がり、代わるようにグランゼリアの竜人たちが私のもとにやってきます。


「ようこそ帝国へ、奥様。これよりグレイル殿下のもとへご案内申し上げます」

「ありがとうございます」

 振り返りはしません。私は今日この時より、グランゼリア人になったのです。


――

「とても……綺麗だよ、リーゼロッテ。本当に美しい」

「グレイル様も。ふふ、真っ白な軍服が帝国の礼服なのですね」

「ああ、私も一応軍籍に入っているからな。こうゴテゴテと勲章をさげるのは趣味ではないのだけれど、式典だからと叱られてしまってね。情けないことだよ」

「いえ、それくらいのアクシデントがあった方が楽しいですわ」

 差し出された腕に、私もそっと腕を絡めます。どうしてかしら、こういうときは涙が出そうになる現象に、名前はついていないのでしょうか。


 儀仗兵が整列し、オルガンの演奏が鳴り響く中、私とグレイル様はそっと二人そろって歩を進めます。

 関係各位の寿ぎを頂戴し、私はとうとうグレイル様と指輪を交換いたします。

 銀の土台にイエローダイアモンド。それは私の髪の色。

 そしてグレイル様からもらったタリスマンと同じ、この世でただ一つの大切な宝物です。


「では誓いの口づけを、え?」

 なんでしょう、司祭様が慌てていらっしゃいます。


「続きは私が」

 代わって壇上に上がったのは、白き聖衣をまとったお姉さまでした。

「聖女アーデルハイドがこの婚姻を祝福します。病めるときも、健やかなるときも、お互いに思いやり、誠を尽くし、真っすぐに愛を注いでください」


「お姉さま……」

 泣いていらっしゃいます。あのお姉さまが。

「では誓いの口づけを。天上の神よ、新たなる夫婦の愛に祝福を授け賜らんことを!」


 目が合うと、どちらともなくうつむいてしまいそうです。気恥ずかしさが込みあがってきて、もう自分を押さえられなくなりました。


「リズ――」

「はい、グレイル様。んっ」


 恥ずかしくて、嬉しくて。まるで暖炉の前におかれた雪だるまみたいに、溶けてしまいそうです。

 歓喜の声や拍手の上がる中、私たちは新たな一歩を踏み出しました。

 

 人生はどう転ぶかわかりません。

 だからどんなときも精一杯、自分ができることをやり遂げるのみです。

 

 私たちは新しい船で航海に旅立ちます。この日の喜びを櫂にして、凪のときも嵐の時も、力を合わせて進んで行けたらと心から願っています。


 欲しがりのリズにさようなら。

 私は今日から、ずっと「欲しがられたリズ」になりました。


Fin—―

お読みいただきありがとうございました!

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