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聖女として

 お姉さまをお呼びたてするのは心苦しいですが、このゴリラさんたちを説得してくれるのは他に代役がいないです。マリーに早速向かってもらいました。 

 いまごろグルメブックを枕に眠っているかもしれません。オフの時のお姉さまはちょっとマイペース気味だけれども、急用がよくあるために切り替えは上手です。


「お待たせしました。アーデルハイド様がお見えでございます」

「あ、イグナティウス様。五体投地禁止でお願いします。私の部屋の床はそれほど頑丈ではありませんので」


 注意を受けて、騎士たちは直立不動の姿勢をとられました。けれどいつでも身を投げ出す覚悟をした顔をしてますよね、イグナティウス様。そんなことをしてもお姉さまは喜ばないからもう許してください。


「大変お待たせしました。アーデルハイド・フォン・マールバッハと申します。お忙しい中おいでくださりまして、感謝いたします」


「聖女様のお光に触れることができて、一生の誉れでございます」

「今日の祝福を生涯忘れないでしょう」


 早速警備体制の話にうつるのですが、案の定お姉さまは首を横に振って否定的な意思を示されました。


「私ごときに陛下もかくやと思われる人数を動員しては、ジルドニアの権威が地に落ちてしまいます。それに騎士団が多いとどうしても威圧的になるでしょう。どうか帝国の民の顔がよく見えるように、風通し良い体制をお願いいたします」


「聖女様にお言葉を帰す無礼をお許しください。この世において『神鉄の砂時計』を巻き戻すことができるのは聖女様だけでございます。各国に王室は多々あれど、この世の救い手は一人しかおりません。ならば完全なる警備を図るのは騎士としての義務でございます」


 危険にさらすような真似は断固として認めないようです。職務に忠実というだけではなく、聖女の貴重さを十分に理解してくれているようで安心しました。


「イグナティウス様、アルフレッド様。私は帝国の砂を戻すだけが務めではありません。そこに生きる人々の姿をこそ目に焼き付けたいのです」


「ぬふううううううっ」


 滔々と滂沱のしずくを落とすイグナティウス様。


「聖女様たっての望みとあらば……某は……ああ、どうすればよいのだ」

「さらに選抜をしましょう。忠誠度や勤務態度、なによりも不正規戦に慣れた者を選び、短い期間ですが鍛えなおしましょう。こうしていられません」

「うむ、某らで信仰のなんたるかを叩き込むのだ」


 彼らはお姉さまに一礼をすると、馬を走らせて騎士団詰め所まで駆けていかれました。あの濃い人材の中から、さらに煮詰めたようなものが抽出されるかと思いますと、恐怖がこみあげてきます。


「結局私の道中は、にぎやかになるのでしょうか?」


「大丈夫ですよお姉さま。少なくとも民と共にありたいというご意思は尊重されるはずです」


 お茶菓子をぽりぽりと食べながら、お姉さまは遠くの空を見やる。土地は国境で閉じられていても、空はどこまでもつながっているのですね。


「お姉さまに聞きたいことがあったのですが、よろしいでしょうか」

「なんでしょう。私にこたえられることならばいいのですけど」


「お姉さまは聖女というお役目を重荷と思ったことはありませんか?」

 地球ではゲームや小説などで転生した人が聖女になるという設定があります。けれど根っこが庶民の私は思うのですが、それは果たして自分のためになっているのだろうかと。


「そうですね……難しい質問です」

 お姉さまは顎に拳を当て、考え込んでしまいました。質問が悪すぎましたか。

 私がお姉さまの代わりになれるはずもなく、むしろ多くの人のヘイトが集中している存在です。それでも私は胸を張って幸せだと言えます。ひとえにお姉さまや家族が変わらず私を愛してくれるので、私も世界を愛することができるのだから。


 ではお姉さまは?

 世界に限りない愛と浄化の力を注いでいるだけの、幸せは得られているのでしょうか。頑張った人が必ず報われるとは限らない。でも可能ならば報われてほしい。

 爪を噛んでいた私の頭を、ぽふぽふとお姉さまが撫でてくれました。


「私は聖女というものを『仕事』としてとらえたことがありません。ただ自分が思うままに行動できる力が授かったことを誇りに思っています。私はせめて自分の目が届く範囲の人々が不当な脅威に晒されないように、世の理に抗い続けるだけですよ」


 私はどうしても『聖女』というものが『ジョブ』であると考えていたようです。

 無茶をしても熟慮しても、現実は何も変わらない。人は生まれながらに配られたカードで勝負するしかないのです。だから聖女という定めが『仕事』から『習慣』になっているお姉さまのことを、勝手に不憫だと信じ込んでいました。


「私が短慮でした。お姉さま、ごめんなさい」

 お姉さまにとって人を救うということは呼吸をするのと同じことでしたね。

 その気高い生きざまが汚れぬよう、私が裏でサポートしていくしかありません。

 

 私は幸せになる必要はない。

 きっとその方がうまく物事が運ぶのだろうから。

お読みいただきありがとうございました!

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