お姉さまの婚約をブチ壊してみた
私、リーゼロッテ・フォン・マールバッハは三つのことを理解しています。
『その一』
私の一つ上のお姉さまのアーデルハイドは、リーゼロッテにとって絶対の存在であること。綺麗で、優しくて、純真で。オフの時は無表情で大食漢なところを除けば、理想の女性だと思っています。
お姉さまの星の光を集めたような繊細な銀の髪。顔を合わせた者に恋の魔法をかけるような、蒼と翆のオッドアイ。ミルクのように白い肌に、けがれのひとつもない姿。誰も文句をつけられるはずがないでしょう。
対して私はごくごく一般的な茶色の瞳とくすんだ金の髪。平凡でございます。
お姉さまは聖女という民を守るお役目を背負っていらっしゃいます。
この国、ジルドニア王国をはじめとして、周辺諸国には『神鉄の砂時計』と呼ばれている神具が安置されています。
さらさらと落ちる砂が落ち切ってしまうと、その国には大きな災いが発生するらしいのですが……。
魔物の暴走、自然災害、疫病。砂時計はそれらを抑える枷だ。砂は十年周期で落ち切ってしまう。だから砂時計はそのタイミングでひっくり返さないといけません。
砂時計は普通の人間には動かすことができない。そう、砂時計を回すことができるのが聖女という存在なのです。
『その二』
私はこの世界とは別のところに前世があるということ。
脳髄を未だにトラウマで苛む鬼の七十連勤。労基署も顔面をブルースクリーンにするほどの、コンプライアンスゴミ箱企業で、私は馬車馬のように働いた。働いて働いて、そして当然倒れます。
神も哀れに思ってくれるほどの真っ暗な人生でした。
インスタ映え？
私たちがそのシステム整備を孫請けしてるんです。私たちの労働実態はさぞ映えるでしょうね。
Vtuber？ 投げ銭？
文字がスクロールされていくシステムの管理、私に投げられっぱなしなんです。
乙女ゲーム？
なんでも請け負ってしまう、二代目社長がデバッグも受注してきたんです。バグチェックで心臓をお止めしてしまいます。
二十代も終わりを迎えるというのに、彼氏いない歴＝年齢のまま私の人生は幕を閉じた。せめて恋の一つくらいは実っても罰は当たらないのにと嘆いてみても、死んでしまえばそれでおしまい。
気が付いたらこの世界で赤ん坊になっていました。最初は戸惑いましたが、何かの恩恵なのか、言語はきちんと理解できたのは幸運でした。
クセなのですが、私は爪を噛もうとして、まだ歯が生えそろってないことに気づきます。これからの人生がどうなるのか想像もつきません。
『その三』
この世界には魔法があるということ。
生活で日常的に使われている『汎用魔法』と、その人間の属性に基づいた『属性魔法』の二つです。
この世界は科学の発達と同時に魔法とも調和しているようです。文明の発展速度は緩やかなものですが、いずれは様々な魔道具ができて生活を豊かにするでしょう。
地球での記憶がある私としては、魔法という超常現象の存在に大興奮したのを覚えています。
この世界では十歳の時に神殿で洗礼を受けます。その時に同時に魔法の属性鑑定が行われ、自分の得意な能力が判明するそうですよ。
お姉さまは十歳の時に眩い純白の光属性を発現させました。伝承に曰くその輝く白色こそが聖女の証だと、周りの大人たちはおおはしゃぎをしていたのを覚えています。
聖女の降臨を大地に住まうすべての生命が歓迎しました。
道々に花が咲き、木々は冬だったのにも関わらず深緑を芽吹かせておりましたわ。
お姉さまは神殿にある『神鉄の砂時計』を見事に回転させました。先代が亡くなって二年、新しい救世主の誕生だったのです。
お姉さまの存在は大陸中で祝福され、さながら不夜城のごときお祭りが何日も続きました。私もつい昨日の事のように思い出せます。
「聖女様がジルドニアに降臨なされた！ 聖女様万歳！ 王国万歳！」
「ありがたやありがたや……。これで孫の代まで安泰じゃ……」
反動というものは、必ず来るものです。
一つ年下の私にかかる期待は大きいものでした。爪を噛みながらもすまし顔で教会に足を運びました。聖女の妹御様だ、ご姉妹で聖女だったら歴史に残る一日になるぞ、との期待を受けて。
洗礼式。
聖油を額に付着させ、司祭様が力を込めた水晶球に手をあてる。全世界が注目している一瞬でした。
「リーゼロッテ・フォン・マールバッハ様……『闇属性』！」
「え……？」
「…………」
司祭様？ 沈黙が……痛いです。
もう狙ってるとしか思えないですよね。古書で読んだ限りの知識だが、闇魔法は相手に呪いをかけたり、敵を状態異常にしたり、ものを腐らせたりするような、人にあまり自慢できないモノだそうです。
およそ皆が抱いている負のエネルギーは大抵闇属性使いにとってのご馳走になるのです。
彼らの私に向ける猜疑心や恐れと言ったものが、どんどん体に入ってきます。
「おい聖女様の妹が闇属性だってよ」
「しっ、あまり大っぴらに言うと呪われるぞ」
「目を合わせるなよ。どうなるかわからない」
モリモリと力がみなぎってきます。負のエネルギー美味しいです。
お姉さまとは違ったくすんだ金よりの茶色気味の髪は、かなりの癖っ毛です。茶色の瞳も、人からは悪だくみをしていそうな垂れ目と評されていました。
いいんです。私は闇属性ですから。
◆
当たり前のことだけれども、私は常に聖女であるお姉さまと比較されて育ってきました。光属性の親玉のような存在のお姉さまは、何か人々に幸運なことがあれば崇拝の対象とされています。聖女様のおかげで子供が無事病から回復しました。ありがとうございます、と。
不幸なことがあると私が槍玉に上がります。今年の麦が不作だった。きっと呪いをかけられたに違いない。なんていう風に。煉瓦が割れるのも、水がめに穴が開くのも大体私のせいにされています。
けれど私は全然平気ですよ。
他の魔法使いは命を懸けて魔石を取ってきて、日数をかけてマナとして吸収しているという不安定なな自転車操業をしているそうです。
私は悪女ツラしてくっくっくと笑っていれば、皆さまが勝手にガソリン給油をしてくれます。ごちそうさまでした。
私は地球の価値観を持っているせいか、会社で罵られ慣れてるからかわかりませんは、無駄に煽り煽られに慣れています。
爆発しそうになっても、夜にボフンと枕を殴る程度でストレス解消になりました。
うん。個人に得手不得手はあって当然。人の特性は千差万別で、世の中にはオンリーワンしかいないですしね。
この世界は高度情報社会である地球と比較して、まだ文化の発達が未成熟です。中世的な価値観と評すればいいのか、とかく迷信や風説がはびこっています。
黒猫が前を横切ると不吉ということと、闇属性だから不吉ということに科学的な違いを説明できない以上、まあその辺はしょうがないよねで終わっておくのが良いようですね。
さてさて、そんな私たちもそろそろ結婚適齢期です。
私たちが住んでいるジルドニア王国では十五歳で成人とみなされ、貴族はその年齢よりも前に婚約者を見つけておくのが慣例です。女性の爵位も認められてはいますが、依然世界は男尊女卑の割合が高いのです。
子供の権利なぞ無いに等しい。下級貴族の娘ともなれば、下手をすれば祖父に近いような、年上のおじさん貴族のところに嫁ぐこともしばしば……。
なぜ今このような話をしたかといいますと、実はお姉さまと私は運命の分かれ道にいるからなのです。
「聖女アーデルハイド、貴女との婚約を破棄する！ 陛下の署名済みの書類もそろっている。さあ名前を書け！」
私は今、お姉さまの婚約者であった、ジルドニア王国第一王子のアラン殿下の隣にいる。対してお姉さまは誰も側仕えを置かずに、殿下の御前に一人きり。
立場がはっきりしましてよ。
可哀そうなお姉さま。今リズが楽にして差し上げますね。
