待ちくたびれたよ
その日、男の子は初めて私に出会った。
自分よりずっと年上の大人を見て男の子は少しだけ戸惑っていた。
私は男の子に頼んだ。
『お願いだから』
男の子は困惑したまま答えた。
「ごめんね。おねえさんのいうことがよくわかんない」
そう言うと同時に男の子の下へまだ歩くのもたどたどしい幼児がやってきた。
「ごめんね。このこをみていないと」
そう言われてしまえば私は何も言えなかった。
結局、私の話はあの子に伝わらず私は失意のまま家に帰った。
私は眠りあなたの夢を見た。
その日、少年は初めて私に出会った。
少年は私の事を覚えておらず、必死に話しかける私を見て少しだけ戸惑っていた。
私は少年に頼んだ。
『お願いだから』
少年は困惑したまま答えた。
「ごめんなさい。あなたの言うことがよく分かりません」
そう答えた少年のもとに一人の女の子が駆けてくるのが見えた。
少年はペコリと頭を下げると女の子の方へと向かった。
結局、私の話は少年に伝わらず私は失意のまま家に帰った。
私は眠りあなたの夢を見た。
その日、青年は私に出会った。
青年は私の事を少し覚えていて、必死に話しかける私の話を素直に聞いてくれた。
私は青年に頼んだ。
『お願いだから』
青年は少しだけ考えた後、丁寧な所作で謝罪をして答えた。
「ごめんなさい。やはり僕にはあなたの言うことが分かりません」
呆然とする私と、青年のもとに彼より少し年下の研究服を纏った神経質そうな少女が歩いてくる。
「何をしてるの?」
少女が不機嫌そうに言うと彼はあやす様に言った。
「ごめんね、少しお話をしていたんだ」
「それって私の手伝いに遅れるほど重要な話なの?」
そう言うと同時に彼女は彼を叩いた。
彼は苦笑し小言を言いながら、それでもどこか幸せそうに彼女をあやした。
そして私に振り返ると「ごめんなさい」と丁寧に頭を下げた。
「あなたの言うことがよく分かりません」
固まる私に彼は言った。
「だけど、真実なんだろうね。君が言うのだから」
青年は私の話を受け取ったけれど、それだけだった。
私は失意のまま家に帰った。
私は眠りあなたの夢を見た。
その日、私は男性に出会った。
男性は私の事を覚えていたけれど、必死に話しかける私の話を聞いてはくれなかった。
私は耳を貸さない男性に言った。
『お願いだから聞いて』
男性は自分の口に指を当てると「一緒に見に行こう」と小声で言って私を伴いとある研究室へと向かう。
男性がこっそり扉を開けると中では白衣を着たあの女性がうわ言を漏らしながら酷い形相で机に向かっていた。
その醜態に目も当てられず私は思わず目を逸らした。
「いつもあんな感じだよ」
男性は笑う。
否定も肯定も出来ず居ると彼は扉を閉めると私を連れてリビングへ行き温かいコーヒーを二人分淹れてくれた。
「彼女が言っていたよ。研究はいよいよ大詰めだって」
私は無言のまま懐かしいコーヒーを味わった。
彼もコーヒーを一口飲むと少し私を見つめた後にぽつりと呟いた。
「研究が終わったら」
私は彼が言おうとしている言葉に気づき思わず笑い声を漏らす。
「プロポーズをするつもりなんだ」
私の反応を見て彼は懐かしい苦笑いを見せた。
「ずるいよ、それ」
解答を知りながらテストに臨むなんて最低だ。
勿論、彼もそれに気づいている。
だから、再びコーヒーを口に含んで間を置いた。
「成功するかな?」
「最悪のプロポーズになるよ」
私の言葉に彼は吹き出し笑いをすると立ち上がりもう一人分のコーヒーを淹れて立ち上がる。
「あの子にも渡してくる」
そう言って踵を返して歩き出す彼を私はほろ苦いコーヒーを飲みながら見送った。
私は一人で家に帰り眠った。
私はあなたの夢を見た。
その日は私はあなたに会った。
記憶にある姿と全く変わらないあなたは病室のベッドで横になりながら私を待っていた。
「そろそろ来る頃だと思ったよ」
あなたはそう言うと傍らにある椅子へ私を招いた。
左手の薬指にはめている指輪は私の左薬指の物と対の物。
そして、あなたが亡くなった後、ネックレスに変えてずっと私が首にかけているもの。
「プロポーズ成功おめでとう」
皮肉を込めて私が言うと彼が笑う。
あの日の研究は残念ながら失敗した。
そんな怒りと焦燥でどうにかなりそうだった私にあなたは空気も読まずにプロポーズをしてきたのだ。
「答えを知っていたからね。落ち着いて臨めたよ」
「そんな人だとは思わなかった」
私も笑う。
「結婚してから他に失望したところはあったかい?」
「たくさんね」
「それは悪かった。ごめんね」
私は首を振る。
「別にいい。幸せだったから。そんなことも気にならなくなるくらい」
「そっか」
そう言うとあなたは少しだけ喋るのを止めた。
もしかしたら苦しかったのかも知れない。
だって、あなたは。
あと一時間後に亡くなるのだから。
あの日を思い出し胸が締め付けられる。
苦しさで泣き出しそうになった、その時。
あなたの手が私の頭を軽く撫でた。
「おめでとう」
懐かしい感触。
「出来たんだね、タイムマシン」
耐え切れず私は泣いていた。
「あなたが亡くなった時、私は」
「いいよ、それ以上言わなくて」
あの日の私は間に合わなかった。
あなたの死に目に会えなかった。
あんなに応援して支えてくれたあなたに。
あなたが私の前を永遠に去る前に。
せめて、完成したのを伝えたかった。
「おめでとう。夢だったもんね」
「うん」
泣きながら頷く私の頭をあなたは撫で続けた。
その時間を永遠に感じていたかった。
今度こそ、最期まで一緒に居たかった。
けれど、私は立ち上がった。
そんな私を見てあなたは流石に少し驚いた顔をした。
「行ってしまうのかい?」
「うん」
「それじゃ、僕は独りで死ななくちゃいけないのかい?」
慌てているあなたの姿が少しだけ心地良く感じたのは、きっと。
何度、時間を遡っても今の私と共に生きることを選んでくれなかったあなたへのちょっとした仕返しのためだろう。
「もう少ししたら」
私は精一杯の笑みを作って言った。
「私が来る。大慌てでね」
あなたはぽかんと口を開けたけど、すぐに意味を理解したようだった。
「そっか」
安堵と嬉しさの二つが混じった息。
それが聞けただけで良かった。
良かったのだと私はそう思うことにした。
病室を出ようとする私をあなたが呼び止めた。
「ありがとう。僕の時間から君を奪わないでいてくれて」
「どういたしまして」
何とかそう言うと私は病室を後にする。
とぼとぼと歩く私の前から、大慌てで走っていく過去の私が見えた。
あなたが誰よりも愛して、誰よりも今、会いたい私が居た。
私は家に帰り、独りで泣いて、そして眠った。
不思議とあなたの夢は見なかった。
翌日、私はタイムマシンを壊した。
多分、これで良いのだろうと私は思った。
過ぎていく日々は切なく、苦しく、色もなく退屈だった。
それでも、きっとこれで良いのだろうと思った。
それからずっとずっと後になって私はあなたと再会した。
「不謹慎だけれどさ」
あなたは小さく息を吸いぽつりと言った。
「待ちくたびれたよ」
私は笑った。
本当に不謹慎だ。
だけど。
「私も」
そう答えるだけにした。