本当は
蓮寺未華子は特別な人間だ。そして、
完璧。そして…。おかしい。
「おい、やっぱり何か知ってるんだろ!!」
血みどろのまま山田太郎は蓮寺未華子の胸ぐらを掴んだ。
蓮寺未華子の表情は微動だにしない。
山田太郎は目を伏せながら深くため息をついた。
そして、蓮寺未華子の胸ぐらから震わせながら手を離した。
「あなたも、隠していることがあるんじゃあないかしら」
ーーそう、山田太郎は生まれてから今まで父親に口止めされていたことがある。
その事が罪悪感で、本当は誰かに打ち明けたくて…。
小学生の時も、中学生の時も、高校生の時も、大学生の時も、友達にも一言もソレを打ち明けなかった。
父親の威厳に恐れているのではない。自分がダークヒーローになった気分で、他者を俯瞰視していたのだ。
自分は何かができる、他人とは違う、特別な人間と思い込ませるために。
「ーー痛って…」
山田太郎の背中の傷から血が流れる。ただの深い傷ということは、普通の包丁であることには間違いない。
背中である以上、自分でなかなか処置できないようだ。
山田太郎は渋々シャツを脱ぎ、胴体に巻き付けた。
その時、蓮寺未華子は目を眇めながら握っていた両手に力を入れながら口から言葉が溢れた。
「…傷が心臓部まで達していれば…。」
刹那、ハッとしたように蓮寺未華子は力を入れていた拳を広げ、口を抑えた。そしてわなわなと震えながら目に泪を溜めた。
「ーー違う、違います。違う…。ご…」
「?」
幸い、山田太郎の耳には届いていなかったようで、山田太郎は背中の傷の処置が終わっていたようだった。
ーーやはり、蓮寺未華子は華がある。サラサラの髪の毛はまるで絹のようで、背格好も美しい。眼もまるで真珠のようだ。
山田太郎は様子がおかしい蓮寺未華子を怪訝に思い、顔を覗き込んだ。
そして、そっと抱き寄せようとした。ーーが、蓮寺未華子は振りほどき、そそくさと鞄から替えの制服と新品のジャージを出した。
「これを着てください」
山田太郎の前に差し出したのは、新品のジャージだった。
二人は大量の血を被り、とても駅の雑踏を歩けるような様子ではなかった。
蓮寺未華子は強張りながら細く冷たい手で山田太郎の手を握り、
「彼方の公園に水道があります。向かいましょう。」
と言った。