昇給の「欲望」は消えるのか?追いかけられても消えないのか。
代わり映えのない毎日、同僚から馬鹿にされる毎日、上司から咎められる毎日。
俺はそんな毎日を打破したい。だが、生きているだけで精一杯な俺は何も出来なかった。
誰か、俺の側にいて欲しい。そんな願いさえも…叶わなかった…。
今俺に出来ることは、ただ朝起きて電車に乗って会社に行って昇給を目指すことしか出来なかった。
そんな毎日にもう終止符を打ちたいが、世間体が俺の欲望を掻き消す。そして「欲望」を世間体のものにするしかなかった…。
今の俺の「欲望」は昇給すること。それしか「世界」から赦されなかった。
この物語の主人公、山田太郎は今日も現実に向き合って五時起きだ。
社会人二年目、もうアラームをかけなくとも目が自然と覚めるようになった。それでもなお、顔を洗う余力や歯を磨く余力はないようだ。
とりあえず机にあった昨日の夕飯の残りである牛丼を腹に入れる。山田太郎の一日の始まりだ。
「牛丼うめー」
山田太郎は会社に行きたくない気持ちもあるが、いつか「メシア」のような女の子が現れると信じている。
牛丼をかき込んだ後、シワのあるスーツに着替えて鞄を持ってアパートを出た。
昨日の夜酒を呑みすぎた山田太郎だが、アパートにしては頑丈なトイレに全部出して無かったことにしたようだ。
いつも通り山田太郎は駅の改札を抜けて仕事のマニュアルのチェックをしている。
「メシア」のような女性がいようとも、昇給をする為に完全無視である。
「そういえば今日異動してくる人がいるな…」
山田太郎は「メシア」のような女性が来てくれることを願った。
だが、昇給する為に出来る限り雑念は棄てたい山田太郎の気持ちは変わらなかった。
会社に着くと、いきなり見知らぬ人に山田太郎は話しかけられた。会社のフロントでの出来事だ。
腰まである黒髪、ぱっちりとした目、薄い唇…。どこからどう見ても完璧に美しく、可憐だ。それに加えて聡明そうで仕事も出来そう。
「こんにちは…その社員証は株式会社ワンの方ですよね?」
「そうですけど…」
「わたくし、今日から異動します、蓮寺未華子と申します。」
山田太郎は彼女は高校時代に一回しか出来たことがない。しかも蓮寺未華子のような「メシア」みたいな女性ではなかったので、山田太郎の脳内は昇給の事を忘れた。
昇給なんてどうでもいい。これからこの女性の為に会社に来るんだ。そんなようなことさえも一新させられた。
だがそれはものの十秒ほどで、すぐに昇給の文字が山田太郎の脳内に焼き付けられた。
「よろしくお願いいたします。」
そして報連相しか交わさなくていいや、と決意した。
「はい、これからよろしくお願いいたします。」
蓮寺未華子は何かを隠し持っている。富豪そうな装いから判断できるのは父親か母親が偉大ということ。
しかしながら…、両親から大切に育てられた訳ではなかった。教養をしっかり身に付けられたにも関わらず、「ある事」を期待されていた…。
そんな「ある事」が蓮寺未華子には重荷になっていて、会社で無意識に恋をすることによって解放されていた。
山田太郎は仕事も出来るし、そこまで外見も悪くないので蓮寺未華子は山田太郎に依存することとなる。
その依存が山田太郎にとって吉と出るか凶と出るかは神のみぞ知る。