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『二つの炎――中章:蒼炎を帯びた英雄(3)~口の悪い乱暴者~』

2(後節).蒼炎そうえんびた英雄~口の悪い乱暴者~


「おうおう、てめぇ生意気だなぁ!? なんだって“これだけしか”もってこねぇんだよ!?」


 体格の良い少年が声を張り上げている。つば飛沫しぶきを飛ばして叫ぶ彼は荒れた子供の1人であろう。当時のマバラードではよくある存在だ。


 乱雑に急造された斜面の市街地。そこは複雑に入り組んだ細い街路が張りめぐらされており、建造物の影が多い。


 夏の暑い陽射しが照らす海辺の街。そこに作られた濃い影の中で体格の良い少年が“何か”を蹴り飛ばした。


「ギャァっ!? ごめんなさいごめんなさい……でも、だってそれしか……ひぃぃ!?」


 蹴り飛ばされた“何か”もまた少年である。蹴り飛ばされた細身で小柄こがらな少年は建物の壁に身体を打ち付けられ、痛みをこらえながら謝っている。


 彼が何を謝っているのか? それは“貢物みつぎもの”を満足に用意できなかったからだ。


「おい、この“雑魚ざこ虫”!! お前はこんだけのいもでこの俺様が腹いっぱいになると思ってんのか!?」


 体格の良い少年はそのように声を張り上げる。周囲を見れば、そこにニヤついた少年たちが5名ほど立っていた。


 彼らは細身の少年を囲うようにしており、建物の影で彼に蹴りを入れたり髪を掴んで揺さぶったりしている。


「ヒっ、ヒィィ!? ごめんなさい、ごめんなさい……でも、それで精一杯なんです! 家にあるものを、お母さんにうそをついてどうにか持ってきて――」


「うるせぇっ!! てめぇ、この雑魚虫めが……理由なんかどぉ~~~~でもいいからよ、もっと芋をもってこい!! 俺様は芋が大好きだって何度言ったらわかるんだ!?」


「ヒェェ、やめてやめて……わ、解ってます! プリヤンくんの好物が芋だってこと、もう解ってますよぉ! でもでも……それだけしかなかったんです! だからそれで許してください……ヒィィッ!」


「許せねぇよ……許さないよなぁ!? こんなたった3つのジャガ芋でよぉ……許すわけねぇだろぉが、この雑魚虫野郎!!

 よし、ムカつくからお前は“もっとボコボコの刑”にしてやる。おう、てめぇら容赦ようしゃしなくていいぞ!! 服も脱がしたれぃ!!」


 体格の良い少年が声をかけると、彼だけではなく周囲の少年たちはさらに頻度ひんどを増して細身の少年を攻撃しはじめた。


「わ、わああ!? やめてやめて……痛いっ!! 痛いよ、殴らないで、蹴らないで……脱がさないで!?」


 “弱い”少年の悲鳴……それは周囲にあふれる雑音にまぎれて響かない。


 実はその路地を歩く大人おとなは少なくない。そしてそのだれもが一瞥いちべつすることもなく通り過ぎていく。


 理由は単純、“ありふれた光景だから”。


 雑草を踏みつぶして歩く人があったとして、それを見てわざわざとがめるであろうか。命を大事にしろと、そのように注意する人があるだろうか。


 周囲にある大人たちが少年たちの暴行を見ても気にしないのはそれと同じことである。


(い、痛い……痛いよ。だれか、だれか……助……け……て……!)


 なぐり、られる細身の少年。


 そのままだったら彼はきっと、もっとボロボロにされて家に帰ることになっていただろう。そして彼を見た母親はいつものように「ああ、またひどいことをされたのね!?」と心配しながら彼を手当てするはずだ。


 母親は手当しながら言うだろう。「ごめんね、何もしてあげられなくて……ごめんね……」と。


 そうして謝り、涙を流す母親に対して細身の少年はこれもいつものように返す。「謝らないでお母さん。僕が悪いんだ……僕が弱いから、だからお母さんは謝らないで……」と。


 この親子はこの街に移り住んでからもう、ずっとそのような状況が続いていた。


 彼らの父親は財宝を目指して海に出て、そのまま帰ってこなかったらしい。父親は呆気あっけなく海に沈んだのである。だが、多少の犠牲はこの街にとって“些細ささいな”こと……それもまたありふれた話だった。


 殴られる少年の身体と心はその先、いつまでもつのだろうか。もしかしたらその限界はその日だったかもしれない。


 そのままだれもがその光景を見過ごしていたのなら……少年の未来はそこで終わっていただろう。




――この世のどこかで蒼き炎がともった。


 それは十数年前のこと……ある竜人が産まれたのと同じ日。


 その蒼き炎は何のために灯されたのか――




 マバラードの細い路地を歩く人々、その中に無数とある少年たち。


 そこに、“ある少年”がまぎれて歩いていた。


 その少年は路地の一角にて日常的な光景を目にすると足を止める。そして耳をまし、向きを変えて真っすぐ、そのありふれた光景へと歩き始める。


 銀色の頭髪が揺らいでいた。肩にれるほどにある髪は伸ばしているというよりは“伸びてしまった”かららしい。


 いわく――「髪切る金があるなら飯をくいてぇ」とのこと。


 “銀髪ぎんぱつの少年”は邪魔そうに前髪をかきあげながら歩き、そしてこのマバラードでは珍しくもない光景へといたる。


 不良少年たちの集団……それらに囲われた内側からこぼれる悲鳴。


 少年たちの笑い声にかき消されてしまうような悲鳴を……銀髪の少年はその聴覚にて聞き取っていた。それは離れた地点からでも判別できている。


 銀髪の少年は彼らの近くに立ち、れの中で一際ひときわ体格が良い少年の肩を「ポンポン」とたたいた。


「おっ……んん~~?? なんだ、だれだ俺様の肩を叩く奴は……」


 体格の良い少年が振り返った。すると、それに向けて銀髪の少年は少し微笑んだかと思うと……一転して表情を険しくした。


 銀髪の少年は叫ぶように鋭く、短く言葉を発する。


「てめぇ……“くだらねぇこと”してんじゃねぇぞ、こぉのボケナスがッ!!!」


 そのように叫んだと同時。振りぬかれた拳が体格の良い少年の顔面をとらえた。


 体重76kgの身体が“ちゅうに浮く”。歯のいくつかが口から飛んだが、まだ乳歯だったので心配ない。


 拳の一撃によって浮かされた体格の良い少年。それはしばらく宙を舞ってから路地に倒れ、目を「パチパチ」と何度もまばたいてほうけた。


 何が起きたのか解っていない大柄な少年……その周囲にある少年たちも呆然ぼうぜんとしており、いつの間にか居た“銀髪の存在”と倒れている巨体を交互に見ている。


 銀髪の存在は倒れている少年のとなりに近寄ってから身をかがめ、そうして“見やすく”してから右の拳を突き出した。


「くだらねぇお前がくだらねぇ真似まねをする……イラつくんだよ、そういうの。

 いいか、今度またくだらねぇことをしてみろよ? 次はな……」


 見せつけるように突きつけられた拳。銀髪の存在が突き出した拳に――“青い炎”がともる。


 彼の拳にしょうじた炎……それは深い青色であり、近づけられても熱量は感じなかったという。


 拳の炎を見せられた体格の良い少年。それは瞬きもめて硬直こうちょくした。


 銀髪の存在は揺らぐあお色越しに言う。


「次はな、“コイツ”でぶん殴る。そしたら歯だけじゃすまねぇぞ? てめぇの頭なんてよぉ……この“俺様”にとっては卵みてぇなもんだ……解るか?

 “パキッ”、と景気よく割ってやるからな。覚悟しとけやなぁ、オイ…………解ったんかよ、こぉのクソザコボンクラがぁぁぁ!!!」


 にらみつける眼光。まるで猛獣か、もしくはそれ以上に恐ろしい存在から睨まれているかのような感覚。


 そのような感覚におそわれた体格の良い少年は「ヒィィィィ!?」と悲鳴を上げた。それからいつくばるようにして走り出し、「わっかりました!!もうしません、ごめんなさぁぁい!!」とさけびながらその場を逃げ去っていく。


 ポカンと、大きく口を開けて立つ彼の仲間と思わしき少年たち。今度はそれらに向けて銀髪の少年が鋭い眼光を向けた。


 体格が良い少年の仲間たちはそろって「ひぃっ!?」と悲鳴を上げ、続くように慌ててその場を逃げ出していく……。


 マバラードの路地。その一角にあった日常的で暴力的な光景はなくなり、静寂せいじゃくが残った。また、ボロボロで細身な少年もその場に残されている。


 何がなんだか解っていない細身の少年。それをチラリと見た銀髪の少年は声をかけた。


「おぅ、てめぇ……立てんのかよ、なぁ?」


「――――えっ。」


「だからよぉ……立てんのかって、歩けんのかって…………聞いてんだろぉが!!! なぁ、てめぇゴルぁぁぁ!!!」


 銀髪の少年はそのように叫んだ。


「えっ・・・・・えぇぇっ!? ヒィィィっ、ご、ごごごごめんなさぃぃぃ!?」


 叫ばれた細身の少年は驚き、そして謝る。


 なんで怒られているのか解らないが……ともかく謝りれていた細身の少年はあまりの迫力を受けて反射的に謝ってしまったらしい。


 震えておびえ始める細身の少年……それを見た銀髪の少年は「チィッ、しょうがねぇなぁ!」と吐き捨てるように言った。


 すると彼は細身の少年を片手で引き起こし、そしてヒョイと背中にかついだ。


「てめぇ、家はどこなんだよ……」


「ヒ、ヒィィ・・・・・えっ??」


「だからよぉ…………てめぇの家はどこだって聞いてんだゴルぁ!! 俺様が仕方ねぇから送ってやるってんだよ、だから教えろやてめぇオラぁ!!!」


「ひゃぁぁぁ!? い、家はそっちで、うわわわわ……っ!?」


「なに、こっちってどっち?? ……どのへんだよてめぇ、もっとくわしく言えやオラぁ!! 俺様は速ぇんだからもっと素早く、的確に指示しやがれボケがぁ!!!」


「あわわわわ速いぃぃぃ!? ぎゃあぁ今度はそっちで……あわわ、ぶつかるぅぅぅ!?」


「うるせぇ、耳元で叫ぶな!! ほんでこっちだな? そいで次は……どこの道行けばいいんだコラぁ、オラぁ!!!」


「ぎゃぁぁぁああ!? もっ、もっとゆっくり走ってぇぇぇ!!?」


 細身の少年を担いだ“異常な存在”はマバラードの街を疾走しっそうした。


 まるで何も重荷がないかのように軽々とした走行。障害物の多い雑踏をぶつかることなくすり抜け、駆け抜ける敏捷びんしょう性。


 そして「道が違っちゃった」と言われたら一瞬のめをて跳び上がり、家屋を飛び越える跳躍力……。


 短い時間の中でも到底“普通ではない”身体能力が発揮される。背中にあった細身の少年は当時、恐怖を感じながらも「すごい……!」と高揚感のようなものを覚えたらしい。



 彼らがそうして路地のとある家屋へと向かっていった頃――。


 銀髪の異常存在によって逃走させられた不良少年の集団は一息ついていた。


 最も体格の良い少年は放心状態でうなだれており、その仲間たちは彼に気をつかいながらも言葉をわす。


「……ックショウ! あの野郎、いきなりだったからビックリしたぜ!」


「ああ、だがこれで終わらせねぇよ。今度は武器でも持って居場所を突き止めて不意打ちでも――」


「いや、ダメだ。そいつはダメだ……もう、関わらないほうがいい」


 不良少年たちが銀髪の存在への復讐ふくしゅうを口にすると、建築資材の上に座る男が少年たちを制するようにつぶやく。


「あん? なんだと……いや、どうしてですか、兄貴ぃ??」


 少年たちが不思議そうに顔を向けると、高い位置に座る男が続ける。


「お前たちが遭遇そうぐうしたのは……たぶん、“青い炎の怪物”だ。そいつは先月辺りからこの街に姿を現したヤツでな……早々に“危険人物”として俺たちも要注意してんだよ。ボスからも“これ以上刺激するな、関わるな”と言われているのさ……」


 口元から薬剤の煙を吐き出しながら、高い位置の男はさとったような表情でそう言った。


 不良少年たちがザワザワとしはじめる。


「青い炎……確かにそういやあいつの手……!」

「そんな、あのゲンザーさんが恐れている……?」

「先月からって、そういやなんか聞いた気がする。守衛隊のやつらがたった1人に半分もぶちのめされたって……まさか!?」


 不良少年たちは口々に聞いたうわさを話し、そうする内に身震いしはじめた。


 高い位置の男はさとすように言う。


「そうだ、あれは人間じゃねぇ……化物ばけものと思ったほうがいい。ゲンザーさんどころか、“頼りの先生”だって無理だと判断したそうだからな。しかし、こっちから仕掛けなきゃ一応は安全だと聞く……そこは助かるな」


 続けてもたらされた情報を聞いた少年たちは「ひぃっ!」とおびえた。彼らにとって一番強い存在だとされている“先生”が無理だと言うからには、もう絶対に関わってはいけない存在なのだろうと理解した。


 高い位置の男は言葉を続ける。


「やつが……確か“ロキア”とか言ったか? まぁ、そいつが厄介やっかいなのはくだらねぇ“正義”?みたいな意識で今日のお前らみたいなのを邪魔してくることだ。

 まぁ、見かけたらとにかく逃げろ……わざわざ追っかけて襲うまではないらしいからよ。そういう理性がある分、一応はやつも人間なのかもな。

 まったく、マバラードはじつに楽しい街だぜ……ははは」


 高い位置の男は大人おとなとして周辺社会の判断を語った。不良少年たちはそれをうなずいて聞き、「俺たち殴られなくて良かったな!」と嬉しそうに笑いあう。


 そして体格の良い少年は青ざめた表情でひとり、涙を流しながら恐怖体験を思い起こしていたらしい……。




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